第七章
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それから月日が経ったある日のこと、街でおつかいに出ていたなつみは、ばったり奥さんと遭遇したのだ。彼女もお買い物の最中だった。
「あれ!奥さん⁉︎こんにちは、お久しぶりです。ぼくのこと覚えてますか?以前、道に迷ったところを助けていただいた」
「え⁉︎なつみちゃん⁉︎」
「はい❗️😆」
「大きくなって」
言葉もはっきり発音している。
「ぼく、ちゃんと死神目指して、身体鍛えてるんですよ❗️💪」
力こぶを見せて差し上げる。
「あら、すごい。あの人に教えてあげたら、きっと喜ぶわ」
「ひひー😁おじちゃん元気ですか?」
「…、あなたと会った頃と比べると元気になったんだけどね。怪我をしてしまったの」
「もしかして、仕事復帰したんですか?」
「そうよ」
「良かったじゃないですか」
「でも、その怪我でまた出れなくなって…」
「そんなに酷いんですか」
「すぐには現場に戻れないくらいかな。今日も救護詰所に行って、治療を受けてるわ」
「そうですか…。でもでも、治りますよね。約束したもん、ぼくの師匠に相応しくなるって。大活躍な死神に戻りますよね!」
奥さんとなつみはそれぞれの買い物を済ませ、京楽家に行くことにした。奥さん曰く、渡したい物があるんだそうだ。
「まだ死神になりたいって思ってくれてるなら、あの人がなつみちゃんに大事な本を貸してあげたいって言ってたの」
「ふぇ〜。おじちゃんも、ぼくのこと覚えててくれてるんですね」
「当然でしょう?あなたみたいな面白い子、忘れる方が難しいわ。あなたのおかけで、あの人はとても前向きになったのよ。本当に感謝してるわ」
照れちゃうなつみであった。
懐かしのあの家に到着、…するかと思いきや、あとひとつの角を曲がる前になつみの足が止まった。
「どうしたの?」
気付いた奥さんが訊ねる。
「ぼく、まだ身長伸びてないから、お家に行けません。おじちゃんとの約束破りたくないです」
というなつみの身長は、あの頃から1と1/2倍には伸びていた。だが、それでは足りないのだ。
「紐で測ってますからね😤」
長く赤い紐に、当時の身長で印を付け、その2倍のところにも印を付け、数週間置きに床に寝転び、こっそり測定しているのだ。
「真面目なんだから。わかったわ、ここで待ってて。本を持ってくるから」
「あい❗️」
四番隊にも通いつつ、自身所属の隊では隊舎内で済む仕事をし、その日の業務を終えて帰宅したおじちゃんが見たのは、妙に機嫌の良さそうに台所に立つ妻の姿だった。
「帰ったぞ。どうした?何かあったか?」
「おかえりなさい」
にこにこしていたのに、可愛らしく頬を膨らませる奥さん。
「もう!」
「何だよ💦」
「さっき、なつみちゃんが来ていたんですよ。そこの角までですけど」
「は⁉︎そうなのか⁉︎デカくなったか?アイツ。元気そうだったか?」
「ええ。成長していましたよ。髪はばっさり切ってましたけど。死神になる夢を、まだ目指しているそうですよ」
「そうか〜。…で、何で不機嫌そうなんだよ」
すっと夫の方へ、身体を向ける。
「あなたの霊術院入試対策書を渡してあげました」
「おお!ありがとな。喜んでたろ」
「ええ」
「何だよ。問題あったか?」
「大有りです❗️」
「破れてたか」
「違います❗️落書きですよ❗️もう、至るところにくだらない言葉が書き込まれてたんです❗️」
なつみに渡した際、彼女がペラペラと中身を見たときに発覚したのだ。
「恥ずかしいったらありませんでしたよ」
「知らねぇよ!そんなもん書くかよ!」
と訴えたが、思い当たる節が。
「春水だな…💧」
ガックリと手で目元を覆った。
自身が使った参考書。無事入学し、用済みとなるも、愛着から処分することができず、弟に譲ることにした。それもまた用済みとなり、弟の本棚に仕舞われていたところ、許可を得て、再び兄の手に戻ってきた。表紙を見る限り、また誰かに貸してやるのも悪くないと思い、自室の棚に置いておいたのだ。願わくば、生まれてくる息子のために。
そんな時、ジョンスミスが現れ、娘は霊術院への興味を示していなかったため、必要としそうな方へ、先に参考書を貸してあげようと考えていた。なのに。
「どんな落書きだった」
「わからない言葉があっても、調べないように言っておきました」
「ワリぃな💧」
「兄貴ぃ!足生えたー?」
噂をすれば影ということで、件の弟が遊びに来た。
「てめぇ❗️真面目に勉強しやがれ💢」
「ええっ⁉︎💦」
かくかくしかじか🐥
懐かしの、死神ごっこ部屋にて、おしゃべりする兄弟。
「落書きしたのは悪かったけど、別に、新品の買ってあげれば良かったんじゃないの?そのまま渡しちゃった義姉さんだって、悪いじゃないか」
「うるせぇ!俺のお古が良いっつって、聞かなかったんだそうだ!」
「ふ〜ん。すっかり兄貴に恋しちゃってるわけだ。かぁわいい😏」
「んなガキに好かれてもな」
「でも、良かったじゃない。兄貴の言ったこと、ちゃーんと守っててくれてさ。兄貴も無事に死神稼業戻ってこれたし。よかった、よかった。病気だって治ったし、呪いなんかもう解けちゃったか、最初から無かったんだよ。あとは何も心配無いね。あの子が兄貴を訪ねてくるのが、楽しみだよ」
しかし、兄の表情はパッとしなかった。
「完治できてたらな…」
ぼそっと呟いた。
「ん?何か言った?」
弟には聞こえなかった。
縁側からつっかけを履いて、庭に降りる兄。見上げた空には星が瞬く。雲がいく筋か、ちぎれて流れる。
「俺も楽しみだよ、子供たちの成長が」
「ははっ、その言い方だと、『むつこ』にしちゃうことになるけど(笑)」
「もう『息子』って言えるだろうよ。お前は『ちゅんちゅん』のままだろうがな」
「ボクには、『次郎』と『総蔵佐』もあるもんね。どれかで呼ばせるさ」
恐らく、「きょーあくじろちゃくらのつけちゅんちゅん」とからかわれて終了だろう。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス的な。
「部下の戦闘訓練を観てやることが増えてな。俺が教えたことをよく吸収してくんだよ。みんな、実戦で良い結果を残してくる。人の成長は、見ていて気持ちが良いもんだ。
こうして、託すことで未来を作ってくのも、悪くねぇと思い始めてるぜ。
隊士たちの成果を眺めるみてぇに、七緒やアイツがどんな大人になって、どんなすげぇことしてくれるのか、見届けてやりてぇよ。2人とも優しくて賢いからな、きっと俺の想像も追いつけねぇ素晴らしいことすんだろうよ」
「そうだね〜。子供の可能性って、無限大だもんね〜」
「お前は総隊長になるからな!」
「ならないよ😑」
「お前の可能性だって、無限大だ」
「ならない可能性に逃げさせてもらうさ」
「否定しねぇとこ、隠れ自信家なのムカつくぜ」
「兄貴が言い出したんだろ⁉︎あんただって可能性は無限大だよ。完全復活して、力を極めて、総隊長になる!そしたらボクは、兄貴の部下として、のんびり仕事できるもんね〜。らくちんだよ〜♪」
「はぁ、お前の怠け癖はいつ治るんだろうな」
「美人さんにケツ叩かれたら、治るかもね〜」
治りません。
弟は縁側に座ったまま、兄は庭でそちらへ向き、妙な距離が2人の間に作られた。
「その無限の可能性の内のひとつに備えて、お前に頼んでも良いか?」
「悲観的なお願いならヤダよ」
「聞いてから断れって」
とても嫌そうに口を尖らせる弟。
「俺に万が一の事が起きたら」
「ヤダ」
兄に背を向け、ダンゴムシ姿勢で耳を塞いだ。
「俺の代わりにジョンスミスの面倒を見てやってくれ‼️」
「ヤーダー‼️それ兄貴の仕事だろ⁉️ボクに投げるなよ‼️元気にしてれば、良いだけのことなんだからさ‼️もしもなんか言うなよ‼️」
若い弟は、自分磨きに集中したい年頃なのだ。
「わがまま言うなよ!」
ダンゴフォルム解除。
「兄貴だって、自分のわがままボクに付き合わそうとしてるだろ!そっちがわがままだ!」
「ああそうだ!兄貴のわがままに付き合うのが弟だろ!」
「ちょっと生まれたのが早いからって、そんな偉そうにするなよ!」
「俺の部下になって、呑気に過ごす魂胆どこ行ったんだよ!上司に従うのが部下の務めだろうが!」
「それとこれとは違うったら!」
ムーッと睨み合う兄弟。
そこに苦情を申し立てる2人組が顔を覗かせた。
「お父さんと叔父さん、うるさい!良い年して喧嘩しないでよ」
「近所迷惑になりますよ。兄弟なんですから、仲良くしてください」
静かな夜を過ごしたい妻と娘からの文句であった。
「ごめんよー。兄貴が全部悪いんだ〜」
「お前が聞く耳持たねぇのが悪いんだろうが」
「私からしてみれば、どっちもどっちですよ。何が起きてもうまく動けるようにするのが、上に立つ人に必要な素質ではありませんか?頭ごなしに否定しないでください。位だけを振りかざして、無理強いするのも、褒められないことですよ」
「そもそも、隊長になってから、総隊長になる話してよね」
もうグサグサと心に、言葉の刃が飛んできた。
「「はい。申し訳ありませんでした」」
反省した兄弟は、酒を持ってきて、大人しくすることにした。
「俺がアイツを見つけたのは、それなりの縁があってのことだと思う。だから気になるんだよな、アイツの将来が。
俺がって訳でもねぇ。うちの家族の誰かに何かありゃ、アイツの面倒を見られる余裕が無くなるかもしれねぇんだ。その時のために、お前に頼んでおきたいんだ。わかるだろ?」
「あぁ。保険ね」
頷く。
「アイツは自力でも夢を叶えにいくだろうが、支えてやる誰かは必ず必要になる。その役目をお前に託したい。アイツが大人になってからでも良いから、気にかけてやってくれよな。
お姫様になっても、死神になっても、お前なら会いに行ってやれるだろ?
アイツが楽しそうに笑って過ごす未来が、俺の新しい夢だからよ。アイツの夢を絶対叶えてやりたいんだ。
こんなこと、お前にしか頼めねぇ。な、春水」
「は〜ぁ、わかったよ。もしもの時だからね。しょうがないなぁ」
「ありがとよ!」
ノリ気ではない発言をした丸い背中の弟の頭を、兄がガシガシと撫でてやった。
「やめろよ💦」
「ハハハッ」
兄のお猪口には、美味しいお酒。
「そういや、アイツの名前教えてなかったな」
「いーよ、どうせ忘れちゃうって。ジョンスミスで覚えとく」
「あーそーかよ」
また月日が流れ、なつみは胸を張って京楽家へ訪問することができた。
「ごめんくださーい‼️ 木之本なつみですー‼️」
と元気よく挨拶をしたのだが。
「なつみちゃん、こんにちは」
出てくれたのは奥さんだった。しかし、何やら落ち込んだ雰囲気が漂っていた。
覚えた霊圧を探したが見つからなかったため、おじちゃんは家にいないようだ。
「おじちゃん、お留守みたいですね。伝言お願いできますか?身長が伸びたので、稽古をつける予定を組んでくださいって。お返事を聞きに、また伺います😊」
伝言を預けたのだが、それを聞く奥さんは鼻のところを押さえ、軽く俯いてしまった。
「奥さん…?」
すっと息を吸う音の後、奥さんは申し訳なさそうに事情を話してくれた。
「ごめんなさい、なつみちゃん。稽古の約束してたけど、破らなきゃいけなくなったの」
「へ……?」
嫌な予感はしたが、できれば抗いたい。
「実は、…、この家から引っ越すことになって、ここより遠くのところにある新しい家で暮らすことになったの」
「どうしてですか…」
「うちの都合としか、今は言えない。ごめんなさい」
「おじちゃんは⁉︎おじちゃん、まだ死神だよね⁉︎」
奥さんの言葉は詰まったが。
「ええ、もちろん。あの人はずっと死神よ」
嘘のような、本当のような。
「七緒と一緒に、向こうの家へ荷物を運んで、今頃荷解きを頑張ってるはずじゃないかしら」
にこりと笑ってみせる奥さん。
「そうでしたか。忙しいところを押しかけて、すみませんでした」
「謝らないで。知らせておかなかった、私たちが悪いのよ」
きっと奥さんは、最後の大掃除をするために、家に残っていたのだろう。そう想像すると、なつみの足が1歩後ずさった。
「今日は、これで帰りますね」
たとえ不自然に感じたとしも、奥さんの言ったことを信じる他は無い。なつみは赤の他人であり、この状況下ではどうすることもできないから。
しかし、希望は得て帰りたい。咄嗟の閃きを、躊躇なく投げかけた。
「時間ができたらで良いので、落ち着いたら、新しいおうちの住所、ぼくに教えてくださいね!」
その返事を考える間なのか、奥さんはなつみの頭を撫でてあげた。
「奥さん…?」
「いつになるかわからないけど、なるべく早く、お手紙を送りますね」
「はい!お願いします!」
なんとか繋ぎ止められたようで、安心したなつみは、一礼して帰っていった。
「落ち込んでもしょうがないよね。前向きに考えよう!どうしてお引っ越しすることになったのか。ん〜、そうだな〜、おじちゃんがすごーく偉くなって、偉い人たちが住むすごーい家に住めるようになったとかかな?きっとそうだな!ぼくは死神じゃないから、内部情報を隠されちゃったんだ。それぐらい偉い人になったんだ。極秘情報ってヤツだな!おじちゃんはすごいな〜」
そうして、京楽家からの手紙を待っていたのだが、それが届くことは無かった。3ヶ月は楽しみに待てていた。次の3ヶ月は、なんとか待つのに堪えられていた。そこからは、再び妄想することで、手紙が届かない事実を乗り越えようと試みた。
「おじちゃんめ!ぼくの師匠になる自信がまだ無いって言うんだな⁉︎むぅ!こうなったら、ひとりで死神になってやる!死神になってから、おじちゃんに稽古付けてもらう!おじちゃんの、ケチーッ‼︎‼︎入隊したら、覚えてろよ!絶対会いに行ってやる‼︎」
なつみが知らない出来事が起きていた。それは、彼女が奥さんと3回目に会った、あのお引っ越しの少し前のこと。
おじちゃんはなつみとの約束を破って、帰らぬ人となっていた。
病気は完治したのだが、休養していたため、その間に以前よりも体力が落ちてしまった。そのせいで、思うように身体が動かず、虚に右足首から先を食いちぎられてしまったと、周りは思っていた。彼は上位席官になれた男。時間が経てば、足だって元通りになるはずだった。
しかし実際は、病も怪我も完治しなかったのだ。それでも彼には夢があったため、引退という言葉に甘える選択をしなかった。あくまで現役を貫き、なつみに恥じない生き方をしたがった。
そして、全盛期の彼なら瞬殺で退治できそうな虚を相手に、殉職してしまったのだ。仇は、彼が大事に育てた部下たちによって完遂されたが、彼の死は変えられない事実となってしまった。
兄の葬儀が終わり、後日、弟は義姉に呼び出された。そこで彼女は、伊勢の呪いの元凶とされる斬魄刀の件、七緒の件、自身の行く末について話し、了解を得ようとした。弟は望まない現実を前に伏し目がちだったものの、「わかった」と頷いた。
それからもうひとつと、義姉は忘れずに夫の夢も弟に託した。
「あの人が、木之本なつみちゃんをよろしく頼むと、言っていましたよね」
話し始めたが、やはり伏し目がちな姿勢は続いており、彼は聞いていない様子だった。
「春水さん、聞いてますか。大丈夫ですか」
その問いかけに、集中力を少し取り戻すことができた。
「うん…。えっと、誰だっけ」
「覚えてませんか?あの人が突然保護してきた、小さな女の子です」
「あぁ。迷子のジョンスミスか」
「はい。あの子の志しがまだまっすぐなままなら、必ず入隊することでしょう。七緒の方が先になるでしょうが」
「そうだね」
「お忙しいでしょうから、無理にとは言いませんが、あの人はずっとあの子をがっかりさせまいと、最期まで戦っていましたから、是非、あの人の想いを、春水さんに引き継いでいただきたいんです。たくさんのものを託してしまい、申し訳ありませんが、どうか、…、どうか」
奥さんは深く頭を下げた。
「義姉さん」
「宜しくお願い致します」
兄夫婦の絆のカタチ、2本の簪を受け取ることで、彼なりの答えを示した。
「参ったね…、どうも」
そこからまたうんと時が過ぎ、なつみは真央霊術院に入学できた。特別講師として、隊長に昇格した京楽がたまに校内を訪れることがあったが、不思議となつみはそのクラスにいることはなかった。死神になって、おじちゃんを驚かせてやろうと目論むなつみ。仕事も私生活も落ち着いて、兄の夢のタネを探し始めた京楽。見ている方向が違っていたのが、すれ違いの原因だったかもしれない。時間の経過は、成長と妄想を促した。
なつみは入隊後、任務に喰らいつく日々の合間を縫って、必死でおじちゃんを探そうと、瀞霊廷をできる限りお散歩して回ったり、最新の瀞霊廷通信を隅々まで読み込んだり、いろんな人の噂話に聞き耳を立てたりした。しかし、その努力が報われることは無かった。
冷静になって、考えを巡らせるなつみ。会えば良いだけだからと、彼女は思っていたため、おじちゃんの名前を知ろうとか覚えようとはしなかったことを、すごく後悔した。会えない現実を想像もしていなかったのだ。これだけ活躍の痕跡すら辿れないとなると、多少はネガティブに思考を方向転換させなければと思った。
「おじちゃん、引退しちゃったのかな」
なつみとの約束を守れそうにないと、勝手に思われてしまったという筋書き。理想通りには功績が残せず、なつみの師匠に相応しくないとして、なつみには何も知らせず、死神を引退してしまったというもの。
「だからって諦めないぞ。会うったら、会うんだから」
おじちゃんへの想いが強かったため、きょーあくちゅんちゅんのことはすっかり忘れていた。なので、何故京楽春水に一目惚れしたのか、気付くことはなかった。
一方京楽は、本当に微かな記憶を頼りに当時のジョンスミスを思い出し、大人の姿を予想して探すことにした。こちらも、何故名前をちゃんと聞いておかなかったのかと、後悔していた。
ジョンスミスの特徴は、長く黒い髪、美しい顔立ち、目上の人にも怯まない強気な性格、それでいて、礼儀作法を身に付けている。一人称は私。入試対策本を喜んでもらっていったところから考えて、勉強熱心な一面もありそう。夢に向かってまっすぐな、強い信念の持ち主。それが大人にサイズアップしたと、思えば良い。
面倒を見るということは、自分のそばに置いておくことであるからして、現実のジョンスミスとは別人な、彼の鼻の下が伸びやすくなる、スラッと背の高い美人を想定してしまった。もちろん、スカウトをして、どんどんとそれっぽい女子を集めるも、ジョンスミスを見つけることはできなかった。
「お姫様になっちゃったのかな〜。何にせよ、ボクと会えば、あの日遊んだ思い出を話してくれるはずなんだけどな。きょーあくちゅんちゅんですよねって」
会えばわかるは、お互い様だったのだ。
特別講師、スカウト、他隊新人への挨拶、お散歩、呑み会などなど、人と出会う機会をこまめに作ったものだが、成果は狙いとは違う方向へしか結ばれなかった。
そんな当てずっぽうなやり方の中、なつみを見つけた京楽だが、彼女の髪の短さ、低い身長、自分のことを「ぼく」と呼ぶところから、これが大人になったジョンスミスだと気付かなかった。が、気になることはあった。何故か妙に惹かれてしまったのだ。
(おかしい。全然ボクの好みじゃないのに、抱きたくて仕方ない)
そんな感想を抱いた。不思議な魅力の虜になった京楽は、それからはご覧の通りとなる。自分の新たな面を発見できた喜びもあったかもしれない。そして、欲しいものは必ず手に入れる性格が、彼の心を燃やす。
(彼女はボクのものだ。誰にも渡さない)
なつみからの視線も熱いので、余計に。
(ぜーったい、抱いてやる‼️キミの恋心、素直にボクにぶつけてごらん😚💕)
兄から託された夢ではないと判断。もう彼の恋は止まらなかった。
だが、なつみが男になったことで、簡単に止まった。恋心にストップは確かにかかったが、このなつみが兄が大切にしていたジョンスミスだとわかったとなれば、無関心というわけにはいかなくなる。
湧き上がる記憶の勢いに乗って、慌ててなつみの部屋へ駆けつけたが、それがうまくいかなくて良かった。大人しく帰ったことで、なつみをどう見たら良いのかを考え直すことができたからだ。
「ボクはキミを見つけられた。キミがどんな子でも、兄貴の願いだから、ボクはキミのためにできることを、ありったけしてあげたいんだ。キミにこんなに惹かれていたのは、この繋がりがあったからなのかもしれない。自分の気持ちに勘違いして、思い切り怒って、キミの心を傷つけてしまった。ボクはバカだったよ。ごめんね、なつみちゃん」
「ぼくの方こそ、京楽隊長のことを忘れてしまっていましたから、謝らないと。あの頃と、全然雰囲気が変わられましたよね。死神ごっこに付き合ってくれた弟さんが、京楽隊長だとわかりませんでした」
「簪をするために、髪を伸ばすことにしたんだ。兄貴と義姉さんの形見なんだよ」
「おふたりのことが大好きなんですね」
「うん…。あの2人が見たがった未来を、ボクは彼らの代わりに見届けてあげたいんだ。だからボクはもう、キミを蔑ろにはしないよ。キミが困ってるときには、必ず助けに行くからね、なつみちゃん」
差し伸べられる手を断ることはしない。途切れそうな夢の続きが、ちゃんとずっと目の前にあったことに気付けたから。
「ぼくが死神として活躍できれば、おじちゃんの夢を叶えてあげられますよね」
「うん。そう思うよ」
「きっと、京楽隊長の笑顔が示してくれますよ。おふたりはご兄弟ですから」
なつみはにっこりと微笑んだ。
「京楽隊長のご期待に添えられるよう、精進します。引き続き、ご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします」
ぺこっとお辞儀したなつみの前に、京楽はそっと右手を出した。
「仲直りの印をくれないかい?ボクはキミが自由に生きることを望むよ」
「京楽隊長…」
「今はもう、キミがかわいくて仕方ない。ウチの兄貴が約束破っちゃって、ごめんね。兄弟揃って、キミに許してもらいたいんだ」
なつみはその手を取った。両手で大きな手を包んだ。そうしたら、大好きの気持ちがなつみの心に帰ってきた。
「はい。仲直りです」
いつも見ていたなつみの笑顔が浮かんだようだった。ぷにぷにほっぺを赤くする、あのはにかんだ。
「ありがとう、なつみちゃん。心が幾らかすっとしたよ」
「ぼくもです。おじちゃんに会えなくて、どうしようと思ってましたが、これでもう大丈夫です」
離れた心も、この握手で再び繋がった。手を放しても、もう大丈夫。
「なつみちゃん、兄貴と義姉さんに会わせてあげるよ。今度、ボクが2人のお墓に連れてってあげる。どうだい?」
それを聞いて、なつみの顔はぱあっと明るくなった。暗くなってきたので、部屋の明かりをポチッとつけたのもあるが。
「是非ッ‼️‼️」
鼻の穴をひくひく広げながら、興奮気味にお返事した。
「うん。じゃあ…」伝令神機に手を伸ばしかけたが、やめておこう。「時間があるときに、ウチの隊舎に来てくれるかい?墓はそんなに遠くないからね」
「そうですか!では、都合がついたら、尾田に連絡します」
「うん。お願いね」
「早くおじちゃんに息子の成長を見てもらわなきゃ!」
「そうだね〜。でも、2倍からはそんなに変わってないかな〜?(笑)」
「そんなこと無いですぅッ‼️大っきくなりましたよぉッ‼️」
えっへんと胸を反らせて、身体を大きく見せるなつみ。その態度はあの頃と同じ。
「なつみちゃんだなぁ」
今も昔も、中身は変わらない。
「楽しみだな〜。しあわせーッ😆✨」
ほっぺにグーの手を当てて、ぴょんぴょんとび跳ねるなつみ。
「フフッ」
甥っ子を見つめる、優しい瞳。
「あれ!奥さん⁉︎こんにちは、お久しぶりです。ぼくのこと覚えてますか?以前、道に迷ったところを助けていただいた」
「え⁉︎なつみちゃん⁉︎」
「はい❗️😆」
「大きくなって」
言葉もはっきり発音している。
「ぼく、ちゃんと死神目指して、身体鍛えてるんですよ❗️💪」
力こぶを見せて差し上げる。
「あら、すごい。あの人に教えてあげたら、きっと喜ぶわ」
「ひひー😁おじちゃん元気ですか?」
「…、あなたと会った頃と比べると元気になったんだけどね。怪我をしてしまったの」
「もしかして、仕事復帰したんですか?」
「そうよ」
「良かったじゃないですか」
「でも、その怪我でまた出れなくなって…」
「そんなに酷いんですか」
「すぐには現場に戻れないくらいかな。今日も救護詰所に行って、治療を受けてるわ」
「そうですか…。でもでも、治りますよね。約束したもん、ぼくの師匠に相応しくなるって。大活躍な死神に戻りますよね!」
奥さんとなつみはそれぞれの買い物を済ませ、京楽家に行くことにした。奥さん曰く、渡したい物があるんだそうだ。
「まだ死神になりたいって思ってくれてるなら、あの人がなつみちゃんに大事な本を貸してあげたいって言ってたの」
「ふぇ〜。おじちゃんも、ぼくのこと覚えててくれてるんですね」
「当然でしょう?あなたみたいな面白い子、忘れる方が難しいわ。あなたのおかけで、あの人はとても前向きになったのよ。本当に感謝してるわ」
照れちゃうなつみであった。
懐かしのあの家に到着、…するかと思いきや、あとひとつの角を曲がる前になつみの足が止まった。
「どうしたの?」
気付いた奥さんが訊ねる。
「ぼく、まだ身長伸びてないから、お家に行けません。おじちゃんとの約束破りたくないです」
というなつみの身長は、あの頃から1と1/2倍には伸びていた。だが、それでは足りないのだ。
「紐で測ってますからね😤」
長く赤い紐に、当時の身長で印を付け、その2倍のところにも印を付け、数週間置きに床に寝転び、こっそり測定しているのだ。
「真面目なんだから。わかったわ、ここで待ってて。本を持ってくるから」
「あい❗️」
四番隊にも通いつつ、自身所属の隊では隊舎内で済む仕事をし、その日の業務を終えて帰宅したおじちゃんが見たのは、妙に機嫌の良さそうに台所に立つ妻の姿だった。
「帰ったぞ。どうした?何かあったか?」
「おかえりなさい」
にこにこしていたのに、可愛らしく頬を膨らませる奥さん。
「もう!」
「何だよ💦」
「さっき、なつみちゃんが来ていたんですよ。そこの角までですけど」
「は⁉︎そうなのか⁉︎デカくなったか?アイツ。元気そうだったか?」
「ええ。成長していましたよ。髪はばっさり切ってましたけど。死神になる夢を、まだ目指しているそうですよ」
「そうか〜。…で、何で不機嫌そうなんだよ」
すっと夫の方へ、身体を向ける。
「あなたの霊術院入試対策書を渡してあげました」
「おお!ありがとな。喜んでたろ」
「ええ」
「何だよ。問題あったか?」
「大有りです❗️」
「破れてたか」
「違います❗️落書きですよ❗️もう、至るところにくだらない言葉が書き込まれてたんです❗️」
なつみに渡した際、彼女がペラペラと中身を見たときに発覚したのだ。
「恥ずかしいったらありませんでしたよ」
「知らねぇよ!そんなもん書くかよ!」
と訴えたが、思い当たる節が。
「春水だな…💧」
ガックリと手で目元を覆った。
自身が使った参考書。無事入学し、用済みとなるも、愛着から処分することができず、弟に譲ることにした。それもまた用済みとなり、弟の本棚に仕舞われていたところ、許可を得て、再び兄の手に戻ってきた。表紙を見る限り、また誰かに貸してやるのも悪くないと思い、自室の棚に置いておいたのだ。願わくば、生まれてくる息子のために。
そんな時、ジョンスミスが現れ、娘は霊術院への興味を示していなかったため、必要としそうな方へ、先に参考書を貸してあげようと考えていた。なのに。
「どんな落書きだった」
「わからない言葉があっても、調べないように言っておきました」
「ワリぃな💧」
「兄貴ぃ!足生えたー?」
噂をすれば影ということで、件の弟が遊びに来た。
「てめぇ❗️真面目に勉強しやがれ💢」
「ええっ⁉︎💦」
かくかくしかじか🐥
懐かしの、死神ごっこ部屋にて、おしゃべりする兄弟。
「落書きしたのは悪かったけど、別に、新品の買ってあげれば良かったんじゃないの?そのまま渡しちゃった義姉さんだって、悪いじゃないか」
「うるせぇ!俺のお古が良いっつって、聞かなかったんだそうだ!」
「ふ〜ん。すっかり兄貴に恋しちゃってるわけだ。かぁわいい😏」
「んなガキに好かれてもな」
「でも、良かったじゃない。兄貴の言ったこと、ちゃーんと守っててくれてさ。兄貴も無事に死神稼業戻ってこれたし。よかった、よかった。病気だって治ったし、呪いなんかもう解けちゃったか、最初から無かったんだよ。あとは何も心配無いね。あの子が兄貴を訪ねてくるのが、楽しみだよ」
しかし、兄の表情はパッとしなかった。
「完治できてたらな…」
ぼそっと呟いた。
「ん?何か言った?」
弟には聞こえなかった。
縁側からつっかけを履いて、庭に降りる兄。見上げた空には星が瞬く。雲がいく筋か、ちぎれて流れる。
「俺も楽しみだよ、子供たちの成長が」
「ははっ、その言い方だと、『むつこ』にしちゃうことになるけど(笑)」
「もう『息子』って言えるだろうよ。お前は『ちゅんちゅん』のままだろうがな」
「ボクには、『次郎』と『総蔵佐』もあるもんね。どれかで呼ばせるさ」
恐らく、「きょーあくじろちゃくらのつけちゅんちゅん」とからかわれて終了だろう。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス的な。
「部下の戦闘訓練を観てやることが増えてな。俺が教えたことをよく吸収してくんだよ。みんな、実戦で良い結果を残してくる。人の成長は、見ていて気持ちが良いもんだ。
こうして、託すことで未来を作ってくのも、悪くねぇと思い始めてるぜ。
隊士たちの成果を眺めるみてぇに、七緒やアイツがどんな大人になって、どんなすげぇことしてくれるのか、見届けてやりてぇよ。2人とも優しくて賢いからな、きっと俺の想像も追いつけねぇ素晴らしいことすんだろうよ」
「そうだね〜。子供の可能性って、無限大だもんね〜」
「お前は総隊長になるからな!」
「ならないよ😑」
「お前の可能性だって、無限大だ」
「ならない可能性に逃げさせてもらうさ」
「否定しねぇとこ、隠れ自信家なのムカつくぜ」
「兄貴が言い出したんだろ⁉︎あんただって可能性は無限大だよ。完全復活して、力を極めて、総隊長になる!そしたらボクは、兄貴の部下として、のんびり仕事できるもんね〜。らくちんだよ〜♪」
「はぁ、お前の怠け癖はいつ治るんだろうな」
「美人さんにケツ叩かれたら、治るかもね〜」
治りません。
弟は縁側に座ったまま、兄は庭でそちらへ向き、妙な距離が2人の間に作られた。
「その無限の可能性の内のひとつに備えて、お前に頼んでも良いか?」
「悲観的なお願いならヤダよ」
「聞いてから断れって」
とても嫌そうに口を尖らせる弟。
「俺に万が一の事が起きたら」
「ヤダ」
兄に背を向け、ダンゴムシ姿勢で耳を塞いだ。
「俺の代わりにジョンスミスの面倒を見てやってくれ‼️」
「ヤーダー‼️それ兄貴の仕事だろ⁉️ボクに投げるなよ‼️元気にしてれば、良いだけのことなんだからさ‼️もしもなんか言うなよ‼️」
若い弟は、自分磨きに集中したい年頃なのだ。
「わがまま言うなよ!」
ダンゴフォルム解除。
「兄貴だって、自分のわがままボクに付き合わそうとしてるだろ!そっちがわがままだ!」
「ああそうだ!兄貴のわがままに付き合うのが弟だろ!」
「ちょっと生まれたのが早いからって、そんな偉そうにするなよ!」
「俺の部下になって、呑気に過ごす魂胆どこ行ったんだよ!上司に従うのが部下の務めだろうが!」
「それとこれとは違うったら!」
ムーッと睨み合う兄弟。
そこに苦情を申し立てる2人組が顔を覗かせた。
「お父さんと叔父さん、うるさい!良い年して喧嘩しないでよ」
「近所迷惑になりますよ。兄弟なんですから、仲良くしてください」
静かな夜を過ごしたい妻と娘からの文句であった。
「ごめんよー。兄貴が全部悪いんだ〜」
「お前が聞く耳持たねぇのが悪いんだろうが」
「私からしてみれば、どっちもどっちですよ。何が起きてもうまく動けるようにするのが、上に立つ人に必要な素質ではありませんか?頭ごなしに否定しないでください。位だけを振りかざして、無理強いするのも、褒められないことですよ」
「そもそも、隊長になってから、総隊長になる話してよね」
もうグサグサと心に、言葉の刃が飛んできた。
「「はい。申し訳ありませんでした」」
反省した兄弟は、酒を持ってきて、大人しくすることにした。
「俺がアイツを見つけたのは、それなりの縁があってのことだと思う。だから気になるんだよな、アイツの将来が。
俺がって訳でもねぇ。うちの家族の誰かに何かありゃ、アイツの面倒を見られる余裕が無くなるかもしれねぇんだ。その時のために、お前に頼んでおきたいんだ。わかるだろ?」
「あぁ。保険ね」
頷く。
「アイツは自力でも夢を叶えにいくだろうが、支えてやる誰かは必ず必要になる。その役目をお前に託したい。アイツが大人になってからでも良いから、気にかけてやってくれよな。
お姫様になっても、死神になっても、お前なら会いに行ってやれるだろ?
アイツが楽しそうに笑って過ごす未来が、俺の新しい夢だからよ。アイツの夢を絶対叶えてやりたいんだ。
こんなこと、お前にしか頼めねぇ。な、春水」
「は〜ぁ、わかったよ。もしもの時だからね。しょうがないなぁ」
「ありがとよ!」
ノリ気ではない発言をした丸い背中の弟の頭を、兄がガシガシと撫でてやった。
「やめろよ💦」
「ハハハッ」
兄のお猪口には、美味しいお酒。
「そういや、アイツの名前教えてなかったな」
「いーよ、どうせ忘れちゃうって。ジョンスミスで覚えとく」
「あーそーかよ」
また月日が流れ、なつみは胸を張って京楽家へ訪問することができた。
「ごめんくださーい‼️ 木之本なつみですー‼️」
と元気よく挨拶をしたのだが。
「なつみちゃん、こんにちは」
出てくれたのは奥さんだった。しかし、何やら落ち込んだ雰囲気が漂っていた。
覚えた霊圧を探したが見つからなかったため、おじちゃんは家にいないようだ。
「おじちゃん、お留守みたいですね。伝言お願いできますか?身長が伸びたので、稽古をつける予定を組んでくださいって。お返事を聞きに、また伺います😊」
伝言を預けたのだが、それを聞く奥さんは鼻のところを押さえ、軽く俯いてしまった。
「奥さん…?」
すっと息を吸う音の後、奥さんは申し訳なさそうに事情を話してくれた。
「ごめんなさい、なつみちゃん。稽古の約束してたけど、破らなきゃいけなくなったの」
「へ……?」
嫌な予感はしたが、できれば抗いたい。
「実は、…、この家から引っ越すことになって、ここより遠くのところにある新しい家で暮らすことになったの」
「どうしてですか…」
「うちの都合としか、今は言えない。ごめんなさい」
「おじちゃんは⁉︎おじちゃん、まだ死神だよね⁉︎」
奥さんの言葉は詰まったが。
「ええ、もちろん。あの人はずっと死神よ」
嘘のような、本当のような。
「七緒と一緒に、向こうの家へ荷物を運んで、今頃荷解きを頑張ってるはずじゃないかしら」
にこりと笑ってみせる奥さん。
「そうでしたか。忙しいところを押しかけて、すみませんでした」
「謝らないで。知らせておかなかった、私たちが悪いのよ」
きっと奥さんは、最後の大掃除をするために、家に残っていたのだろう。そう想像すると、なつみの足が1歩後ずさった。
「今日は、これで帰りますね」
たとえ不自然に感じたとしも、奥さんの言ったことを信じる他は無い。なつみは赤の他人であり、この状況下ではどうすることもできないから。
しかし、希望は得て帰りたい。咄嗟の閃きを、躊躇なく投げかけた。
「時間ができたらで良いので、落ち着いたら、新しいおうちの住所、ぼくに教えてくださいね!」
その返事を考える間なのか、奥さんはなつみの頭を撫でてあげた。
「奥さん…?」
「いつになるかわからないけど、なるべく早く、お手紙を送りますね」
「はい!お願いします!」
なんとか繋ぎ止められたようで、安心したなつみは、一礼して帰っていった。
「落ち込んでもしょうがないよね。前向きに考えよう!どうしてお引っ越しすることになったのか。ん〜、そうだな〜、おじちゃんがすごーく偉くなって、偉い人たちが住むすごーい家に住めるようになったとかかな?きっとそうだな!ぼくは死神じゃないから、内部情報を隠されちゃったんだ。それぐらい偉い人になったんだ。極秘情報ってヤツだな!おじちゃんはすごいな〜」
そうして、京楽家からの手紙を待っていたのだが、それが届くことは無かった。3ヶ月は楽しみに待てていた。次の3ヶ月は、なんとか待つのに堪えられていた。そこからは、再び妄想することで、手紙が届かない事実を乗り越えようと試みた。
「おじちゃんめ!ぼくの師匠になる自信がまだ無いって言うんだな⁉︎むぅ!こうなったら、ひとりで死神になってやる!死神になってから、おじちゃんに稽古付けてもらう!おじちゃんの、ケチーッ‼︎‼︎入隊したら、覚えてろよ!絶対会いに行ってやる‼︎」
なつみが知らない出来事が起きていた。それは、彼女が奥さんと3回目に会った、あのお引っ越しの少し前のこと。
おじちゃんはなつみとの約束を破って、帰らぬ人となっていた。
病気は完治したのだが、休養していたため、その間に以前よりも体力が落ちてしまった。そのせいで、思うように身体が動かず、虚に右足首から先を食いちぎられてしまったと、周りは思っていた。彼は上位席官になれた男。時間が経てば、足だって元通りになるはずだった。
しかし実際は、病も怪我も完治しなかったのだ。それでも彼には夢があったため、引退という言葉に甘える選択をしなかった。あくまで現役を貫き、なつみに恥じない生き方をしたがった。
そして、全盛期の彼なら瞬殺で退治できそうな虚を相手に、殉職してしまったのだ。仇は、彼が大事に育てた部下たちによって完遂されたが、彼の死は変えられない事実となってしまった。
兄の葬儀が終わり、後日、弟は義姉に呼び出された。そこで彼女は、伊勢の呪いの元凶とされる斬魄刀の件、七緒の件、自身の行く末について話し、了解を得ようとした。弟は望まない現実を前に伏し目がちだったものの、「わかった」と頷いた。
それからもうひとつと、義姉は忘れずに夫の夢も弟に託した。
「あの人が、木之本なつみちゃんをよろしく頼むと、言っていましたよね」
話し始めたが、やはり伏し目がちな姿勢は続いており、彼は聞いていない様子だった。
「春水さん、聞いてますか。大丈夫ですか」
その問いかけに、集中力を少し取り戻すことができた。
「うん…。えっと、誰だっけ」
「覚えてませんか?あの人が突然保護してきた、小さな女の子です」
「あぁ。迷子のジョンスミスか」
「はい。あの子の志しがまだまっすぐなままなら、必ず入隊することでしょう。七緒の方が先になるでしょうが」
「そうだね」
「お忙しいでしょうから、無理にとは言いませんが、あの人はずっとあの子をがっかりさせまいと、最期まで戦っていましたから、是非、あの人の想いを、春水さんに引き継いでいただきたいんです。たくさんのものを託してしまい、申し訳ありませんが、どうか、…、どうか」
奥さんは深く頭を下げた。
「義姉さん」
「宜しくお願い致します」
兄夫婦の絆のカタチ、2本の簪を受け取ることで、彼なりの答えを示した。
「参ったね…、どうも」
そこからまたうんと時が過ぎ、なつみは真央霊術院に入学できた。特別講師として、隊長に昇格した京楽がたまに校内を訪れることがあったが、不思議となつみはそのクラスにいることはなかった。死神になって、おじちゃんを驚かせてやろうと目論むなつみ。仕事も私生活も落ち着いて、兄の夢のタネを探し始めた京楽。見ている方向が違っていたのが、すれ違いの原因だったかもしれない。時間の経過は、成長と妄想を促した。
なつみは入隊後、任務に喰らいつく日々の合間を縫って、必死でおじちゃんを探そうと、瀞霊廷をできる限りお散歩して回ったり、最新の瀞霊廷通信を隅々まで読み込んだり、いろんな人の噂話に聞き耳を立てたりした。しかし、その努力が報われることは無かった。
冷静になって、考えを巡らせるなつみ。会えば良いだけだからと、彼女は思っていたため、おじちゃんの名前を知ろうとか覚えようとはしなかったことを、すごく後悔した。会えない現実を想像もしていなかったのだ。これだけ活躍の痕跡すら辿れないとなると、多少はネガティブに思考を方向転換させなければと思った。
「おじちゃん、引退しちゃったのかな」
なつみとの約束を守れそうにないと、勝手に思われてしまったという筋書き。理想通りには功績が残せず、なつみの師匠に相応しくないとして、なつみには何も知らせず、死神を引退してしまったというもの。
「だからって諦めないぞ。会うったら、会うんだから」
おじちゃんへの想いが強かったため、きょーあくちゅんちゅんのことはすっかり忘れていた。なので、何故京楽春水に一目惚れしたのか、気付くことはなかった。
一方京楽は、本当に微かな記憶を頼りに当時のジョンスミスを思い出し、大人の姿を予想して探すことにした。こちらも、何故名前をちゃんと聞いておかなかったのかと、後悔していた。
ジョンスミスの特徴は、長く黒い髪、美しい顔立ち、目上の人にも怯まない強気な性格、それでいて、礼儀作法を身に付けている。一人称は私。入試対策本を喜んでもらっていったところから考えて、勉強熱心な一面もありそう。夢に向かってまっすぐな、強い信念の持ち主。それが大人にサイズアップしたと、思えば良い。
面倒を見るということは、自分のそばに置いておくことであるからして、現実のジョンスミスとは別人な、彼の鼻の下が伸びやすくなる、スラッと背の高い美人を想定してしまった。もちろん、スカウトをして、どんどんとそれっぽい女子を集めるも、ジョンスミスを見つけることはできなかった。
「お姫様になっちゃったのかな〜。何にせよ、ボクと会えば、あの日遊んだ思い出を話してくれるはずなんだけどな。きょーあくちゅんちゅんですよねって」
会えばわかるは、お互い様だったのだ。
特別講師、スカウト、他隊新人への挨拶、お散歩、呑み会などなど、人と出会う機会をこまめに作ったものだが、成果は狙いとは違う方向へしか結ばれなかった。
そんな当てずっぽうなやり方の中、なつみを見つけた京楽だが、彼女の髪の短さ、低い身長、自分のことを「ぼく」と呼ぶところから、これが大人になったジョンスミスだと気付かなかった。が、気になることはあった。何故か妙に惹かれてしまったのだ。
(おかしい。全然ボクの好みじゃないのに、抱きたくて仕方ない)
そんな感想を抱いた。不思議な魅力の虜になった京楽は、それからはご覧の通りとなる。自分の新たな面を発見できた喜びもあったかもしれない。そして、欲しいものは必ず手に入れる性格が、彼の心を燃やす。
(彼女はボクのものだ。誰にも渡さない)
なつみからの視線も熱いので、余計に。
(ぜーったい、抱いてやる‼️キミの恋心、素直にボクにぶつけてごらん😚💕)
兄から託された夢ではないと判断。もう彼の恋は止まらなかった。
だが、なつみが男になったことで、簡単に止まった。恋心にストップは確かにかかったが、このなつみが兄が大切にしていたジョンスミスだとわかったとなれば、無関心というわけにはいかなくなる。
湧き上がる記憶の勢いに乗って、慌ててなつみの部屋へ駆けつけたが、それがうまくいかなくて良かった。大人しく帰ったことで、なつみをどう見たら良いのかを考え直すことができたからだ。
「ボクはキミを見つけられた。キミがどんな子でも、兄貴の願いだから、ボクはキミのためにできることを、ありったけしてあげたいんだ。キミにこんなに惹かれていたのは、この繋がりがあったからなのかもしれない。自分の気持ちに勘違いして、思い切り怒って、キミの心を傷つけてしまった。ボクはバカだったよ。ごめんね、なつみちゃん」
「ぼくの方こそ、京楽隊長のことを忘れてしまっていましたから、謝らないと。あの頃と、全然雰囲気が変わられましたよね。死神ごっこに付き合ってくれた弟さんが、京楽隊長だとわかりませんでした」
「簪をするために、髪を伸ばすことにしたんだ。兄貴と義姉さんの形見なんだよ」
「おふたりのことが大好きなんですね」
「うん…。あの2人が見たがった未来を、ボクは彼らの代わりに見届けてあげたいんだ。だからボクはもう、キミを蔑ろにはしないよ。キミが困ってるときには、必ず助けに行くからね、なつみちゃん」
差し伸べられる手を断ることはしない。途切れそうな夢の続きが、ちゃんとずっと目の前にあったことに気付けたから。
「ぼくが死神として活躍できれば、おじちゃんの夢を叶えてあげられますよね」
「うん。そう思うよ」
「きっと、京楽隊長の笑顔が示してくれますよ。おふたりはご兄弟ですから」
なつみはにっこりと微笑んだ。
「京楽隊長のご期待に添えられるよう、精進します。引き続き、ご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします」
ぺこっとお辞儀したなつみの前に、京楽はそっと右手を出した。
「仲直りの印をくれないかい?ボクはキミが自由に生きることを望むよ」
「京楽隊長…」
「今はもう、キミがかわいくて仕方ない。ウチの兄貴が約束破っちゃって、ごめんね。兄弟揃って、キミに許してもらいたいんだ」
なつみはその手を取った。両手で大きな手を包んだ。そうしたら、大好きの気持ちがなつみの心に帰ってきた。
「はい。仲直りです」
いつも見ていたなつみの笑顔が浮かんだようだった。ぷにぷにほっぺを赤くする、あのはにかんだ。
「ありがとう、なつみちゃん。心が幾らかすっとしたよ」
「ぼくもです。おじちゃんに会えなくて、どうしようと思ってましたが、これでもう大丈夫です」
離れた心も、この握手で再び繋がった。手を放しても、もう大丈夫。
「なつみちゃん、兄貴と義姉さんに会わせてあげるよ。今度、ボクが2人のお墓に連れてってあげる。どうだい?」
それを聞いて、なつみの顔はぱあっと明るくなった。暗くなってきたので、部屋の明かりをポチッとつけたのもあるが。
「是非ッ‼️‼️」
鼻の穴をひくひく広げながら、興奮気味にお返事した。
「うん。じゃあ…」伝令神機に手を伸ばしかけたが、やめておこう。「時間があるときに、ウチの隊舎に来てくれるかい?墓はそんなに遠くないからね」
「そうですか!では、都合がついたら、尾田に連絡します」
「うん。お願いね」
「早くおじちゃんに息子の成長を見てもらわなきゃ!」
「そうだね〜。でも、2倍からはそんなに変わってないかな〜?(笑)」
「そんなこと無いですぅッ‼️大っきくなりましたよぉッ‼️」
えっへんと胸を反らせて、身体を大きく見せるなつみ。その態度はあの頃と同じ。
「なつみちゃんだなぁ」
今も昔も、中身は変わらない。
「楽しみだな〜。しあわせーッ😆✨」
ほっぺにグーの手を当てて、ぴょんぴょんとび跳ねるなつみ。
「フフッ」
甥っ子を見つめる、優しい瞳。