過去編
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「如月四席、本日はどうぞよろしくお願いします!」
「「よろしくお願いしますっ!」」
「ええ、皆さんの力になれるよう、微力ながらお手伝いさせていただきますね」
やわらかな微笑みを浮かべながら澪が応じると、訓練場に集まった一般隊士たちの表情が一斉に緩んだ。
ここは五番隊の訓練場。
不定期で開かれている自主訓練会だ。
教官役を務めるのは、五番隊四席・如月澪。
中央霊術院卒業時には六十番台までの鬼道を習得し、現在では七十番台を習得している彼女は、実力・理論ともに申し分ない上級者だが、教え方は驚くほど丁寧で優しい。
新人隊士たちは、ついその包容力ある微笑に惹かれ――というよりは、男の夢を詰め込んだようなその姿に惹かれて参加する者も多い。
一方、数度訓練に参加したことのある者たちは、知っている。
澪が訓練になると、普段の姿とは違って“凛とした厳しさ”を纏うことを。
そのギャップに、知らず惹かれていく隊士も少なくなかった。
* * *
「はい、じゃあもう一度。構えを見直して。霊力の収束が甘いと、術が暴走するわよ」
斜めから差し込む午後の陽光に照らされながら、澪の声が落ち着いた響きを持って訓練場に響く。
列を成すのは十数名の一般隊士たち。
破道の三十一「赤火砲」や、三十三「蒼火墜」等三十番台の習得を目指す若手ばかりだが、その多くが術の制御に苦戦していた。
「破道の三十三・蒼火墜!」
一人の隊士が詠唱を唱え、蒼白い火球を放つ。だが、弾道はわずかに逸れ、標的から外れて地面を焼くだけに終わった。
「――惜しい。火球に“芯”がないわね。霊圧の密度を維持したまま放てなければ、ただの照明弾になるわよ」
そう言って、澪は静かに右手を掲げた。
「見ていて――破道の三十三・蒼火墜」
詠唱はなかった。だが、火球は即座に形成され、鋭く、裂くように標的へ飛翔した。
――そして、標的の中央を正確に撃ち抜き、爆ぜた。
「……すごい……詠唱してないのに……」
「さすが、如月四席……」
感嘆が漏れる中、澪は表情を和らげる。
「焦らなくていいわ。最初から出来る人なんていないもの。
まずは――“赤火砲を、確実に狙った場所へ放てるようになること”。それが第一歩よ」
隊士たちは、一斉に背筋を伸ばし、再び構え直す。
その視線の先には、優しく、頼もしい四席の背中があった。
******
訓練場に再び熱気が満ち始める中、別の隊士が気合いを込めて赤火砲の詠唱を始めた。
だが、放たれた火球は真っ直ぐ飛ばず、軌道がそれて標的の左をかすめる。
「……はい、そこまで」
静かだが明確な澪の声が響く。
「今のは何がいけなかったと思う?」
「えっ……えっと、霊力の練りが甘かった…とか……?」
澪は首を横に振る。
「違うわ。問題は“姿勢”よ」
そう言って、澪はゆっくりその隊士の隣に立つ。
「あなた、重心が右に偏ってるわ。肩と足がずれていて、霊力が安定して流れない。
鬼道は精神力だけじゃなく、“体で支える”術でもあるの。構えが崩れていたら、どんなに詠唱を正確にしても、術は綺麗に出ないわ」
言われた隊士が驚いて自分の立ち姿を見直すと、確かに足がやや外側に向いていた。
「それに、その構えじゃ――ほら、こんなふうに後ろから簡単に崩されるの」
澪は言うが早いか、すっと手を添えて隊士の背中を軽く押した。
「あっ……!」
ぐらりと体が傾き、本人も驚いたように目を見開く。
「今は私だからいいけど、もし相手が敵だったら? 術を放つ前に斬られて終わりよ」
その言葉には、どこか優しさよりも“現実”が滲んでいた。
「もう一度、構えて。足の位置、腰の高さ、肘の角度。自分の霊力がどこに流れているか――ちゃんと感じて」
隊士が真剣な面持ちで構え直す。
「いいわね。今の姿勢なら、術が安定して撃てるわ」
ふっと澪の表情が和らぐ。
「……術そのものだけじゃなく、土台から見直すこと。それが、上達の近道よ」
言葉を受けた隊士たちは一様に頷き、再び真剣な面持ちで構え直していった。
澪の声が再び響く。
「じゃあ、次は“赤火砲”を順番に撃ちましょう。一人ずつ、私が見るわ」
******
午後の陽光が傾き始めた頃。
五番隊舎の回廊を、平子真子と藍染惣右介が並んで歩いていた。
「……ん? 訓練場、今日は賑やかやな」
ふと足を止めた平子の視線が、庭越しの訓練場へと向けられる。
そこでは、十数名の一般隊士たちが鬼道の構えを取り、如月澪がその一人一人に丁寧に指導をしていた。
「如月四席の自主訓練会のようですね。近頃、参加希望者がかなり増えていると聞きました」
藍染が、眼鏡越しに軽く目を細めてそう告げる。
澪は、一人の隊士の背後に立ち、腰と肩の角度を静かに調整していた。
その動作は自然で、無駄がなく、柔らかくも凛とした空気をまとっている。
『……腰が浮いてるわ。霊子の流れが不安定になるの。肩を少しだけ落として、そこから真っ直ぐに構えて』
その落ち着いた口調に、教えられている隊士は緊張しつつも、信頼を寄せている様子だった。
平子は黙ったまま、じっとその光景を見つめていた。
(……あんなふうに教える顔、ええな)
厳しいわけでも、甘いわけでもない。
けれどしっかり芯があって、自然と人を惹きつける。
……どうしたって目がいってまう。
そんなふうに、どこか他人事みたいに眺めていたはずなのに。
澪が、若い男隊士の背後にそっと近づき、背中に軽く手を添えて構えを正したその瞬間――
胸の奥に、わずかに針を刺すような違和感が走った。
(……距離、近ないか)
特にやましいことなんて何もない。教えるために当然の距離感。
――そう分かってるのに、気になって仕方がなかった。
教えられてる男が、ちょっと赤くなってるのも。
それを見て澪が、ふわっと笑いかけるのも。
(……あかん、あれ見て平気な顔できるほど器用ちゃうわ、俺)
気になっている子が至近距離で自分以外の異性に鍛錬の為とはいえ近ずいてるのは面白くないら、
あんな見た目も性格も完璧な子、惚れん方がどうかしてる。
嫉妬している自分を誤魔化すように一緒に歩いていた副官へ言葉を投げる。
「……教えるの、上手いな。俺なんかより、ずっと向いてるんちゃうか」
「……ええ、まさにそんな感じがしますね」
藍染はそう答えたが、あくまで訓練の様子に対する一般的な感想で、平子の感情に触れる様子はなかった。
若干平子の事を貶した気もするが気にしない。
平子は小さく笑って、視線を訓練場から外した。
「……ほな、戻ろか。片付けんといかん書類、まだ山積みやしな」
「はい、隊長」
踵を返したその背後から、今も訓練場に響く澪の声。
静かなその声が、なぜか妙に耳に残った。
(あかんな、あんなとこ見せられたら……余計、気になるやんか)
誰にも聞かれぬように、心の中だけでそう呟きながら、平子は歩き出した。
******
五番隊の訓練場は、夕焼けに染まり始めていた。
空気には昼間の熱気がまだ残っているが、吹き抜ける風は少しだけ涼しく感じられる。
すでに隊士たちの姿はなく、静まり返った場に、澪が一人残っていた。
姿勢を正し、鬼道の構えを取り直す。
「……破道の六十三『雷吼炮』」
放たれた鬼道の光が目標の標に命中し、周囲に霊子の余波が拡がる。
澪は小さく息を吐き、手首を振るって力を抜いた。
「……集中力が甘い。昼よりも全然」
自分にだけ聞こえるような声でそう呟くと、また新たな構えに入ろうとした――その時。
「……熱心やなぁ、」
聞き慣れた、緩い関西弁の声が背後から届いた。
澪はわずかに肩を震わせ、振り返る。
「……平子隊長。お疲れ様です」
「おう。そっちこそ、もうみんな帰ったやろ。自主訓練まで付き合うたあとに自分の鍛錬……ほんま働きもんやなぁ」
澪は少しだけ微笑むと、軽く頭を下げた。
「隊の戦力が上がれば、結果的に隊長の負担も減りますから」
その言葉に、平子は少し眉を下げて笑った。
「……せやけどな、それだけやない。今日ちょっと通りかかった時な、お前が教えてるとこ見てたんや。」
「……っ、見てらしたんですね」
「せや。うちの隊士が最近強なってきてるのは澪のおかげやって、素直に思うたわ」
平子の言葉に、澪は一瞬きょとんとしたあと、ほのかに表情を緩める。
だが、そこで彼がふと目を逸らし、ぼりぼりと後頭部をかいた。
「……ただまぁ、ひとつだけ、言いたいことがあってな」
「……?」
「いや、あのな……ほら……あんまり、男の隊士になぁ、あんまし近すぎるのは……まあ、その……良くないんと思おてなぁ……うん」
視線は泳ぎっぱなし、頬にはわずかな赤みが差している。
「……隊士らが勘違いしたら困るしな? 変な気起こしたら、なぁ。困るやろ?」
あまりに不自然な“注意”に、澪は一瞬ぽかんとしたが、すぐにふっと目を伏せて笑った。
「……そうですね。気をつけます」
「……ほんまか?」
「はい。隊長にそう仰るのでしたら、ちゃんと気を付けますね。」
その返事に、平子はほっとしたような、けれどどこかまだ照れくさそうな表情を浮かべた。
一方の澪は、表面上は穏やかなままだが――
(……まるで焼きもち妬いているような、そんなこと言ってくれるなんて、ずるい…。)
内心、心臓が跳ねていた。
これまで、どれだけ平子のために理想の姿を演じてきたか。
けれどその“理想”のままで、彼がちゃんと見てくれていると分かったのが、何より嬉しかった。
「……ほんま、澪が五番隊にいてくれてよかったわ。ありがとな」
「いえ。私は、隊長のお役に立てるなら、それだけで」
「……そやけど無理すんなや。何かあったら、ちゃんと隊長である俺に頼ってええんやからな」
澪はその言葉に小さく目を見開いたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
「……はい。じゃあ、その時は。ちゃんと頼りますね、隊長」
染まっていく空の下、夕焼けに背を押されながら、
2人の距離はほんのわずかに、けれど確かに近づいていた。
******
静かな夜の自室で、澪は机に向かい、今日の訓練の記録と反省ノートを書き終えたばかりだった。
窓の外には月明かりが静かに差し込み、部屋の中の薄暗さにぎよ淡い光を落としている。
澪はひとりきりの空間に心の声を漏らした。
「あぁ……隊長のあんな言い方、ずるい……!」
ふと声に出してしまい、すぐに口元を押さえる。
「……好きぃ……」
小さな吐息に頬が熱くなる。
(あんな言い方……不意打ちすぎる)
澪は机に両手をつき、深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。
「……でも、そう言ってもらえるのは、嬉しい」
気丈に振る舞う日々の中で、唯一許された自分への小さな甘え。
澪はその想いを胸に秘め、再び筆を取り直す。
――もっと丁寧に。技術は日々磨くもの――
「例え平子隊長に部下としてしか見られていなくても…」
小声でそう呟く澪の目に、ほんの少しだけ甘い輝きが宿っていた。
「「よろしくお願いしますっ!」」
「ええ、皆さんの力になれるよう、微力ながらお手伝いさせていただきますね」
やわらかな微笑みを浮かべながら澪が応じると、訓練場に集まった一般隊士たちの表情が一斉に緩んだ。
ここは五番隊の訓練場。
不定期で開かれている自主訓練会だ。
教官役を務めるのは、五番隊四席・如月澪。
中央霊術院卒業時には六十番台までの鬼道を習得し、現在では七十番台を習得している彼女は、実力・理論ともに申し分ない上級者だが、教え方は驚くほど丁寧で優しい。
新人隊士たちは、ついその包容力ある微笑に惹かれ――というよりは、男の夢を詰め込んだようなその姿に惹かれて参加する者も多い。
一方、数度訓練に参加したことのある者たちは、知っている。
澪が訓練になると、普段の姿とは違って“凛とした厳しさ”を纏うことを。
そのギャップに、知らず惹かれていく隊士も少なくなかった。
* * *
「はい、じゃあもう一度。構えを見直して。霊力の収束が甘いと、術が暴走するわよ」
斜めから差し込む午後の陽光に照らされながら、澪の声が落ち着いた響きを持って訓練場に響く。
列を成すのは十数名の一般隊士たち。
破道の三十一「赤火砲」や、三十三「蒼火墜」等三十番台の習得を目指す若手ばかりだが、その多くが術の制御に苦戦していた。
「破道の三十三・蒼火墜!」
一人の隊士が詠唱を唱え、蒼白い火球を放つ。だが、弾道はわずかに逸れ、標的から外れて地面を焼くだけに終わった。
「――惜しい。火球に“芯”がないわね。霊圧の密度を維持したまま放てなければ、ただの照明弾になるわよ」
そう言って、澪は静かに右手を掲げた。
「見ていて――破道の三十三・蒼火墜」
詠唱はなかった。だが、火球は即座に形成され、鋭く、裂くように標的へ飛翔した。
――そして、標的の中央を正確に撃ち抜き、爆ぜた。
「……すごい……詠唱してないのに……」
「さすが、如月四席……」
感嘆が漏れる中、澪は表情を和らげる。
「焦らなくていいわ。最初から出来る人なんていないもの。
まずは――“赤火砲を、確実に狙った場所へ放てるようになること”。それが第一歩よ」
隊士たちは、一斉に背筋を伸ばし、再び構え直す。
その視線の先には、優しく、頼もしい四席の背中があった。
******
訓練場に再び熱気が満ち始める中、別の隊士が気合いを込めて赤火砲の詠唱を始めた。
だが、放たれた火球は真っ直ぐ飛ばず、軌道がそれて標的の左をかすめる。
「……はい、そこまで」
静かだが明確な澪の声が響く。
「今のは何がいけなかったと思う?」
「えっ……えっと、霊力の練りが甘かった…とか……?」
澪は首を横に振る。
「違うわ。問題は“姿勢”よ」
そう言って、澪はゆっくりその隊士の隣に立つ。
「あなた、重心が右に偏ってるわ。肩と足がずれていて、霊力が安定して流れない。
鬼道は精神力だけじゃなく、“体で支える”術でもあるの。構えが崩れていたら、どんなに詠唱を正確にしても、術は綺麗に出ないわ」
言われた隊士が驚いて自分の立ち姿を見直すと、確かに足がやや外側に向いていた。
「それに、その構えじゃ――ほら、こんなふうに後ろから簡単に崩されるの」
澪は言うが早いか、すっと手を添えて隊士の背中を軽く押した。
「あっ……!」
ぐらりと体が傾き、本人も驚いたように目を見開く。
「今は私だからいいけど、もし相手が敵だったら? 術を放つ前に斬られて終わりよ」
その言葉には、どこか優しさよりも“現実”が滲んでいた。
「もう一度、構えて。足の位置、腰の高さ、肘の角度。自分の霊力がどこに流れているか――ちゃんと感じて」
隊士が真剣な面持ちで構え直す。
「いいわね。今の姿勢なら、術が安定して撃てるわ」
ふっと澪の表情が和らぐ。
「……術そのものだけじゃなく、土台から見直すこと。それが、上達の近道よ」
言葉を受けた隊士たちは一様に頷き、再び真剣な面持ちで構え直していった。
澪の声が再び響く。
「じゃあ、次は“赤火砲”を順番に撃ちましょう。一人ずつ、私が見るわ」
******
午後の陽光が傾き始めた頃。
五番隊舎の回廊を、平子真子と藍染惣右介が並んで歩いていた。
「……ん? 訓練場、今日は賑やかやな」
ふと足を止めた平子の視線が、庭越しの訓練場へと向けられる。
そこでは、十数名の一般隊士たちが鬼道の構えを取り、如月澪がその一人一人に丁寧に指導をしていた。
「如月四席の自主訓練会のようですね。近頃、参加希望者がかなり増えていると聞きました」
藍染が、眼鏡越しに軽く目を細めてそう告げる。
澪は、一人の隊士の背後に立ち、腰と肩の角度を静かに調整していた。
その動作は自然で、無駄がなく、柔らかくも凛とした空気をまとっている。
『……腰が浮いてるわ。霊子の流れが不安定になるの。肩を少しだけ落として、そこから真っ直ぐに構えて』
その落ち着いた口調に、教えられている隊士は緊張しつつも、信頼を寄せている様子だった。
平子は黙ったまま、じっとその光景を見つめていた。
(……あんなふうに教える顔、ええな)
厳しいわけでも、甘いわけでもない。
けれどしっかり芯があって、自然と人を惹きつける。
……どうしたって目がいってまう。
そんなふうに、どこか他人事みたいに眺めていたはずなのに。
澪が、若い男隊士の背後にそっと近づき、背中に軽く手を添えて構えを正したその瞬間――
胸の奥に、わずかに針を刺すような違和感が走った。
(……距離、近ないか)
特にやましいことなんて何もない。教えるために当然の距離感。
――そう分かってるのに、気になって仕方がなかった。
教えられてる男が、ちょっと赤くなってるのも。
それを見て澪が、ふわっと笑いかけるのも。
(……あかん、あれ見て平気な顔できるほど器用ちゃうわ、俺)
気になっている子が至近距離で自分以外の異性に鍛錬の為とはいえ近ずいてるのは面白くないら、
あんな見た目も性格も完璧な子、惚れん方がどうかしてる。
嫉妬している自分を誤魔化すように一緒に歩いていた副官へ言葉を投げる。
「……教えるの、上手いな。俺なんかより、ずっと向いてるんちゃうか」
「……ええ、まさにそんな感じがしますね」
藍染はそう答えたが、あくまで訓練の様子に対する一般的な感想で、平子の感情に触れる様子はなかった。
若干平子の事を貶した気もするが気にしない。
平子は小さく笑って、視線を訓練場から外した。
「……ほな、戻ろか。片付けんといかん書類、まだ山積みやしな」
「はい、隊長」
踵を返したその背後から、今も訓練場に響く澪の声。
静かなその声が、なぜか妙に耳に残った。
(あかんな、あんなとこ見せられたら……余計、気になるやんか)
誰にも聞かれぬように、心の中だけでそう呟きながら、平子は歩き出した。
******
五番隊の訓練場は、夕焼けに染まり始めていた。
空気には昼間の熱気がまだ残っているが、吹き抜ける風は少しだけ涼しく感じられる。
すでに隊士たちの姿はなく、静まり返った場に、澪が一人残っていた。
姿勢を正し、鬼道の構えを取り直す。
「……破道の六十三『雷吼炮』」
放たれた鬼道の光が目標の標に命中し、周囲に霊子の余波が拡がる。
澪は小さく息を吐き、手首を振るって力を抜いた。
「……集中力が甘い。昼よりも全然」
自分にだけ聞こえるような声でそう呟くと、また新たな構えに入ろうとした――その時。
「……熱心やなぁ、」
聞き慣れた、緩い関西弁の声が背後から届いた。
澪はわずかに肩を震わせ、振り返る。
「……平子隊長。お疲れ様です」
「おう。そっちこそ、もうみんな帰ったやろ。自主訓練まで付き合うたあとに自分の鍛錬……ほんま働きもんやなぁ」
澪は少しだけ微笑むと、軽く頭を下げた。
「隊の戦力が上がれば、結果的に隊長の負担も減りますから」
その言葉に、平子は少し眉を下げて笑った。
「……せやけどな、それだけやない。今日ちょっと通りかかった時な、お前が教えてるとこ見てたんや。」
「……っ、見てらしたんですね」
「せや。うちの隊士が最近強なってきてるのは澪のおかげやって、素直に思うたわ」
平子の言葉に、澪は一瞬きょとんとしたあと、ほのかに表情を緩める。
だが、そこで彼がふと目を逸らし、ぼりぼりと後頭部をかいた。
「……ただまぁ、ひとつだけ、言いたいことがあってな」
「……?」
「いや、あのな……ほら……あんまり、男の隊士になぁ、あんまし近すぎるのは……まあ、その……良くないんと思おてなぁ……うん」
視線は泳ぎっぱなし、頬にはわずかな赤みが差している。
「……隊士らが勘違いしたら困るしな? 変な気起こしたら、なぁ。困るやろ?」
あまりに不自然な“注意”に、澪は一瞬ぽかんとしたが、すぐにふっと目を伏せて笑った。
「……そうですね。気をつけます」
「……ほんまか?」
「はい。隊長にそう仰るのでしたら、ちゃんと気を付けますね。」
その返事に、平子はほっとしたような、けれどどこかまだ照れくさそうな表情を浮かべた。
一方の澪は、表面上は穏やかなままだが――
(……まるで焼きもち妬いているような、そんなこと言ってくれるなんて、ずるい…。)
内心、心臓が跳ねていた。
これまで、どれだけ平子のために理想の姿を演じてきたか。
けれどその“理想”のままで、彼がちゃんと見てくれていると分かったのが、何より嬉しかった。
「……ほんま、澪が五番隊にいてくれてよかったわ。ありがとな」
「いえ。私は、隊長のお役に立てるなら、それだけで」
「……そやけど無理すんなや。何かあったら、ちゃんと隊長である俺に頼ってええんやからな」
澪はその言葉に小さく目を見開いたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
「……はい。じゃあ、その時は。ちゃんと頼りますね、隊長」
染まっていく空の下、夕焼けに背を押されながら、
2人の距離はほんのわずかに、けれど確かに近づいていた。
******
静かな夜の自室で、澪は机に向かい、今日の訓練の記録と反省ノートを書き終えたばかりだった。
窓の外には月明かりが静かに差し込み、部屋の中の薄暗さにぎよ淡い光を落としている。
澪はひとりきりの空間に心の声を漏らした。
「あぁ……隊長のあんな言い方、ずるい……!」
ふと声に出してしまい、すぐに口元を押さえる。
「……好きぃ……」
小さな吐息に頬が熱くなる。
(あんな言い方……不意打ちすぎる)
澪は机に両手をつき、深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。
「……でも、そう言ってもらえるのは、嬉しい」
気丈に振る舞う日々の中で、唯一許された自分への小さな甘え。
澪はその想いを胸に秘め、再び筆を取り直す。
――もっと丁寧に。技術は日々磨くもの――
「例え平子隊長に部下としてしか見られていなくても…」
小声でそう呟く澪の目に、ほんの少しだけ甘い輝きが宿っていた。
