過去編
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とある日
「お、いたいた、澪〜!」
四番隊へ自隊の医療材料の在庫が少なくなって来てため補充の為の依頼を終えた所で廊下の先からリサが向かってくる。
「リサ、どうしたの?」
「たまたま近く通ったら澪がいるって聞いてな」
「ちょうど良かったわ、今夜一緒に飲みに行かへん?」
「突然だね?何かあるの?」
普段2人で飲みに行くとしても、お互い事前に予定を組んでから行く事が多い為、不思議そうに訪ねる。
「まぁええやん、良いお店見つけたから澪と一緒に行きたくてな」
「リサと飲みに行けるなら嬉しいけど毎回言ってるけど私殆ど飲めないからね」
「澪が一杯でも酔ってまうことはもう分かってることやからええんや、私はあんたと飲む事が楽しいくて好きなんやから」
澪はお酒が殆ど飲めたい為、周りが楽しく飲んでいる中、自分だけ飲めないとあっては周りが楽しめないのではと考え、飲みの場には極力参加は控えていた。
しかしリサはそれでも一緒に飲む事が楽しいと言ってくれ、そんなリサが澪は大好きなのだ。
「ふふ、なら今夜行こっか」
「決まりやな!ほな今夜𓏸𓏸って所に集合な!」
「うん、楽しみにしてるね」
久しぶりに気心知れたリサとの予定に機嫌よく業務に戻っていく澪の後ろ姿をリサは小さくガッツポーズをして見送った。
*****
その後リサは五番隊隊舎へ来てきた。
先程の澪と一緒に向かえばいいものの、リサは澪には知られずに平子に会う必要があった。
「真子、今夜お前暇やろ、𓏸𓏸って所でうちの隊長が飲み会するからお前もこいや」
「なんや、突然来たと思ったら」
「生憎俺は隊長やから忙しいんです〜」
面倒臭い雰囲気を察したのか、平子は適当に断りを入れたが、それを見越してリサは次の一手を打つ。
「今回は澪も来るで」
「あいつがそないなところに参加する訳ないんやから嘘ついても無駄やで」
「嘘ちゃうて、さっき了承得たからなぁ」
「は?」
「あ〜あ、澪ってお酒弱いからこらぁ他の隊士がほっとかないなぁ〜お持ち帰りされたらどうしよう」
ニヤニヤしながらこちらを見るリサ。
平子はあの澪が酔ったらどうなるんだ?もし俺以外の隊士と…色々想像しここまで2秒もかからず行くと食い気味にリサへ伝える。
「なら今夜𓏸𓏸でな〜」
そう言い残し颯爽と去っていくリサ。
それを見送った平子は頭を抱えるのだった。
*******
瀞霊廷の某料亭にて
お酒を飲みたい京楽春水の発案がきっかけとなり、今夜、瀞霊廷の隠れた名店にて小規模ながらも宴会が催されていた。
顔を揃えたのは、各隊の隊長格や副官、それに数名の席官たち。
厳格な宴席ではなく、気心知れた者同士でほどよく賑やかな場。普段の肩肘張った空気とは違い、酒の香りと談笑がほどよく混じる、穏やかな時間が流れている。
その一角に、普段こうした場にはあまり姿を見せない如月澪の姿があった。
彼女は、元来酒の席を好まない。
酒そのものが苦手というわけではないが、大勢で騒ぐような場は得意ではなかった。
飲むとしても、気の置けない相手と静かに盃を交わす程度。特に、リサと飲む時が、澪にとっては一番気楽な時間だった。
だからこそ、この場に彼女がいるのは、本人にとっても本意ではない。
久しぶりにリサと静かに飲める。
そう思って今日の業務も早めに切り上げ、時間通りに指定の料亭を訪れたのだが――
暖簾をくぐった瞬間、広がるのは思ったよりもずっと賑やかな空気。
見知った隊長や席官達が酒を酌み交わし、笑い声が響いている。
(……えっ)
何が起きているのか一瞬理解が追いつかず、しかしすぐに――騙された、と察した。
リサの姿を見つけ、やや早足でその隣に腰を下ろす。
「リサ……聞いてないよ、こんな大人数の飲み会なんて!」
小声で抗議する澪に、リサは手を軽く振りながら気の抜けた口調で答える。
「やから言わんかったんよ。言うたら絶対来ぉへんやろ、澪」
「そ、そりゃ……そうだけど……!」
言い返しきれずに言葉がしぼむ。
「まぁまぁ、今日くらいええやん。それに今日はあいつも来とるし……はい、飲み」
そんなやりとりの最中にも、リサは手際よく澪のお猪口に酒を注ぎ、自然に手渡してきた。
(あいつ?……まぁでも少しだけなら。リサのそばで静かにしていれば)
そう思い直して、澪は手元の酒にそっと口をつけた――そのとき。
「平子隊長、何飲まれますか? ご一緒してもいいですか?」
澪の耳に、くっきりとした女隊士の声が届いた。
言い慣れた名前、聞き慣れた響き。
――平子隊長
自分が仕える、あの人の名前だった。
(……え?)
握っていた盃が、わずかに震えた。
「平子隊長、このお酒、美味しいんですよ!どうです……?」
明るく通る、やや高めの女性の声が耳に届いた瞬間、澪の眉がピクリとわずかに動いた。
声の主は、他隊所属の女性隊士。見れば、やや緊張した様子ながらも、はしゃぐような笑みを浮かべて平子に話しかけている。
リサに目線をやればニヤリとこちらを笑っている顔がある。
(リサったら知ってたのね……)
(もうこうなったら、どんな女が隊長に絡んでるのか見てやるわよ……)
やけくそのように澪はちら、と視線だけでその女性を値踏みする。
艶のある髪。だが、よく見れば乾燥気味で、手入れが甘い。普段から念入りに椿油で整え、艶とまとまりを意識している自分の髪と比べれば――歴然。
(悪くないけど……“及第点”ね。私とは比べ物にならない)
次に目が行くのはその胸元。
(……胸元は、うん、やっぱり……控えめ)
着崩してはいないが、そもそものシルエットが線が細い。
一目でわかる。あの人が好むのは、こういう“子供みたいな体”じゃない。
(……“出るとこ出てる”――隊長の好み、私が一番よく知ってる……残念、そこも“圏外”ね)
声は可愛らしいが、少し甲高く、夜に落ち着いて酒を酌み交わすには耳に残る。
そして一番大事な“包容力”――それだけは、見た目では判断できない。
(まぁ……そこは分からないけれど。ぱっと見で分からない時点で、あの人の好みではないわね)
ほんの少し盃を傾けながら、澪は薄く笑う。
口元は微笑んでいるのに、目は笑っていない。
「へぇ、そりゃまた気ぃ利くなぁ。ほな、もろとこか」
平子がいつものように飄々と笑いながらお猪口を差し出す。その隣で、女性隊士は嬉しそうに日本酒を注ぎ入れていた。
(……隊長、ああいう子が“好き”ってわけじゃないのよね。そうよね?)
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながらも、その光景が視界から離れず、胸の奥がじわりと熱を帯びていく。
(でも……なんで、そんなに笑ってるの)
その笑みが、自分には向けられたことのない柔らかさに見えて――
たったそれだけで、何年もかけて磨いてきた自分の努力が、急に頼りなく思えるのが悔しかった。
(……まさか、隊長の好み……変わった?)
幼い頃に聞いた“好きなタイプ”――
綺麗な髪に、包み込んでくれるような、出るとこは出てる。
その言葉を信じて、形にしてきたのに。
今、あんな風に微笑んでるのを見ると、ふと不安になる。
その理不尽な焦燥に、澪はぎゅっと指先に力を込めた。
隣でそれに気づいたリサが、ちらりと視線を寄越してくる。
「……澪、もしかして拗ねてんの?」
「……っ、拗ねてなんか……」
咄嗟に否定しかけて、言葉が少し詰まる。
――だって、本当は拗ねている。平子真子が、あんな子に向かって微笑んでいるのが、どうしようもなく気に食わない。
(隊長が振り向くのは――あの子じゃない。私じゃないと、意味がないのに)
静かに揺れる独占欲と、焦るような不安と、拗ねた想いを胸に、澪は再び盃を傾けた。
澪が無言で盃を傾けていると、耳に馴染みのある声が届く。
「お、リサ。ここにいたのか。お前が珍しく如月誘ってるから、てっきりどっかでこっそり飲んでんのかと思ったんだけどな」
「……別に隠れて飲む理由なんかあらへんわ。ただでさえ澪を騙したとはいえ、誘いに乗ってくれてるんやから、皆で乾杯せんと損やろ」
面倒くさそうに言いながらも、リサは口元をわずかに緩める。
リサ達の近くに、六車拳西がどかっと腰を下ろす。拳西のあとから久南白が手を振って近づいてきた。
「澪ちんもお疲れさま〜。今日の飲み会、来てたんだね!珍しいじゃん」
「久南副隊長、こんばんは。……はい、リサに誘われて……」
「ちょっと〜、だから副隊長はやめてってば!“白”でいいよ〜ぶ〜!」
「……わかりました。では、白さんと、」
さんもいらないのに〜と白の明るい笑みに、澪も少しだけ肩の力を抜いて笑う。
リサほど気心が知れているわけではないが、白とは書類のやり取りで九番隊へ赴いた際、良く顔を合わせることも多く、自然と会話ができる程度には打ち解けていた。
「あいつの下で色々と迷惑かけられて気苦労も多いだろ」
拳西が、どこか気安い調子で声をかけてくる。
「えっ……いえ、平子隊長に対して……そんな、苦労だなんて、とんでもないです」
頬をわずかに染めた澪が、慌てて首を振る。
澪は盃を握ったまま、思わず目を伏せる。――実は今、すでに三杯目。普段なら一杯でも酔いが回るほど酒に弱いため、なるべく一杯をゆっくりと飲むよう注意しなければならない。
その為、今の状態は軽く酩酊に入っているレベルだった。
「そうかぁ? たまに平子が部下にちょっかいかけて、めんどくさがられてんの見るが、――そういえば、お前に対しては素直っつーか。比較的大人しいな」
「……えっ……そ、そんな……っ。ちょっかいかけられるなんて…う、羨ましい….。た、隊長は……私にはそんなこと……」
拳西の言葉に胸の奥がそわそわと落ち着かず、普段なら絶対口にしないよう秘めている本音を酒のせいかポロリと漏れてしまう。
その反応に、白がリサの方へ視線を投げる。
「なんか……澪ちん、ちょっと雰囲気違う?」
「あぁ、澪はもう三杯目やしな」
白が「え〜?!」と驚いたように目を見開く。拳西も、澪の少し赤らんだ頬と、わずかに緩んだ口元を見て眉を上げた。
「……おいおい、まさか三杯でもう酔ってんのか?お前、そんなに酒弱かったんだな」
「えっ……そ、そんなこと……っ、あの、少し……だけ、です。すみません……」
口調は丁寧だが、明らかに語尾が揺れている。ふだんの“完璧な大人の女性”の仮面に、ひびが入り始めていた。
澪は視線を盃に落としたまま、上ずる鼓動を誤魔化すように口をつぐむ。
その様子を、リサは半ば呆れたように見やりながらも澪に酒を飲ますため、行動した。
「拳西、澪はな、気配りできるし要領ええし、真子のやつをうまーく使いこなしてると思うで?」
リサが澪 の盃に酒を注ぎながら冗談めかしに言うと、拳西は目を細めながら口の端を持ち上げる。
「はは、マジかよ。あいつが手のひらで転がされてんの、ちょっと見てみてぇな」
「ち、ちがいますっ!」
思わず立ち上がりそうな勢いで、澪がバッと手を振って否定する。
「そ、そんなこと……わたし、平子隊長をうまく使おうなんて、そんなつもりは全然なくて……!むしろ平子隊長にはもっと使って欲しいと言うか…っ// ち、ちがいます!いつもお世話になってるからたくさんお役に立ちたいと……!だからっ、決して……!」
焦りのあまり言葉がつっかえながらも、――恥ずかしい事を口走っているような気もするが――必死に誤解を解こうとする澪。顔は真っ赤で、目も泳いでいる。
拳西はそんな澪を見つめながら、ふっと息をついた。
「へぇ……酔うと、けっこう喋るんだな。なんか意外だわ、お前」
「……ふふ、せやろ? 普段あんだけ取り繕ってんのに、三杯でこれや」
リサが肩をすくめながら、楽しそうに笑う。
白も思わずくすっと吹き出した。
「澪ちん可愛い〜! リサちんがからかいたくなるのも分かるかも〜」
「わ、私、可愛いとか……っ、そんな……!」
ますます顔を赤らめ、目を伏せる澪。
盃を持つ手をぷるぷると震えていて、どこかに逃げ出したいと現実逃避する様に酒を煽った。
*****
平子side
「それで〜回道使えるからって四番隊に回されたんですよぉ、納得いかなくて。五番隊に憧れてたのに〜。だって、平子隊長、すごく優しいし、面白いし……」
そう言いながら、女隊士はぐいっと身を乗り出し、平子との距離をぐっと詰めてくる。
「一緒にいれたら、絶対毎日楽しいだろうな〜って思ってたんです。私、隊長のそういう所、すっごく好きなんです」
――あかん。顔、近い。
平子真子は困ったように笑みを浮かべながらも、どこか冷静な目でその言葉を聞き流していた。
(……こういうの、ほんま苦手や)
“好き”とか“憧れ”とか。今までにも、似たようなことを何度か言われたことはある。
露骨に距離を詰めて、無防備に腕へと触れてくるその指先も、やたらと熱っぽい視線も。
たぶん「平子真子」じゃなくても、「隊長」という肩書きを持ったやつなら誰にでも、似たような言葉を向けるんやろな……と、どこか醒めた感情が平子の胸を掠めていく。
それでも今日、こうして珍しく大勢の飲み会に顔を出しているのは――
他でもない、澪が出る聞いたからだった。
リサから澪も誘ったからお前も来るやろと有無を言わせない口調で――普段はこういう場には絶対に姿を見せない彼女をいったい何と言って参加させたかは知らないが――伝えられ平子も満更では無かった。
(あいつが来るんやったら、行かん理由あらへんやろ)
そう考えた時には既に是として飲み会に参加していた――
澪はリサと拳西、久南白の輪の中にて、ほろ酔いの頬をほんのり染めながら、楽しげに談笑していた。
「へぇ〜澪ちん、お酒弱いんだぁ〜」
白の声が耳に届き、ふとそちらへ視線をやれば――
(……あれ?)
澪が、ふらりと身体を揺らして3人に何か否定するようなジェスチャーをしている。
会話はあまり聴き取れないが、口調はどこか、いつもよりくだけていて、頬はほんのり桃色に染まっていた。
(あいつ……酔ってる?)
驚いた。
澪が酒を飲んでいる姿なんて、今までほとんど見たことがなかった。
酒に弱いのはリサから聞いてはいたが、こうして酒がまわって口調が崩れていく彼女の姿を見て、平子は――
(……あいつ、ほんまに弱いんやな)
思ったよりも早く頬が赤らみ、ほんのり笑うような表情を浮かべている。
だが、それがいやらしいとか、だらしないとか、そういうのとはまったく違って――
(……可愛いやないか)
気がつけば、自然とそう思っていた。
―――
「……それで、ね? 隊長って、そういう特別な人とかいないんですかぁ? あんまり噂とかなさそうですけど」
女隊士は、盃をくるくる回しながら、意味ありげに笑いかけてくる。
「そんなん言うたら、逆に変な噂立つやろ。……まぁ、おらんこともないけどな」
平子は軽くかわすようにそう言い、わざと曖昧な笑みを浮かべた。
「えっ……! いるんですか?!誰なんですか?」
女隊士が詰めって来たが――
「んー、秘密や。言うたらつまらんやろ?」
そう言って冗談めかして笑い飛ばしたものの、女隊士の顔が微かに曇る。
そして再び距離を詰め、上目遣いに囁くように言ってくる。
「私じゃ……だめですか?」
その言葉に、周囲の喧騒がふっと遠のいた気がした。
(ああ、やっぱこういうの、違うわ)
目の前の女隊士は傍から見たら可愛いく、隊の中でも人気があるのかもしれない。
だが、その言葉を本当に言って欲しい人は他にいる――
そのときだった。
「ふふ……ちょっ……リサったら、もう、からかわないでよぉ……」
酔いの回った澪の笑い声が、少し掠れたように響いてくる。
見れば、澪はリサに肩を預けるような格好で、頬を赤らめながら小さく笑っていた。
もう五杯目に手を伸ばしているはずなのに、本人に自覚はないのか、どこかふわふわした足取りで。
「わお……澪ちん大丈夫?」
白が澪の普段見せない雰囲気に心配をしており、拳西も「おいおい、だいぶ来とんなコレ」と苦笑混じりに澪の様子を見ている。
普段の澪しか知らない彼らにとって、これはまさに“レアもの”のようだった。
しかし、平子は違う意味で動けなかった。
(……嘘やろ)
思わず息を呑む。
ほんのり赤らんだ頬、少し潤んだ目、ふにゃりと緩んだ笑顔――
見たことがない。
見たことがなかった、こんな彼女。
普段は完璧なほどに隙を見せず、冷静で、柔らかい笑みを浮かべているのに。
その仮面が、酒によってほんの少し崩れ落ちた瞬間。
(あいつ……あんな顔、するんか……)
柔らかい。
可愛らしい。
そして――無防備な姿。
平子の目が、自然と彼女を追ってしまう。
たとえ目の前に、距離を詰めてくる女隊士がいても。
「……隊長? 聞いてますか?」
女隊士の声が近くで鳴っても、もはや頭に入ってこない。
視界の端で、澪がふらりと立ち上がり、酔った勢いで盃を持ったまま軽くよろけた。
******
no-saido
「わっ、澪たん危なっ……!」
ぐらり、と澪の体が傾ぐ。
床に膝をつきかけたその瞬間、平子は考えるよりも先に動いていた。
気がつけば、澪の細い肩を抱きとめている。
「……っと。あぶなっかしいなぁ」
驚いたのは周囲の方だった。
近くにいた白と拳西は、突然現れた平子に一瞬目を丸くし、リサはというと――どこか「やっと来たか」という顔で薄く笑う。
さっきまで平子に絡んでいた女隊士も、予想外の展開に呆然としていた。
澪は、平子の腕の中でようやく彼の存在に気づいたらしい。
「あれ……? ひらこたいちょ……?」
ぽうっと赤らんだ頬に、潤んだ黒い瞳。
焦点の合っていない視線で見上げてくるその様子は、いつもの彼女とはまるで別人だった。
普段の澪は、平子の前では決して取り乱さない。
“理想の女性像”を徹底的に演じる、それはもはや体に染み付いている癖のように
けれど今は――酒が、その仮面をゆるりと剥がしていた。
「平子隊長だぁ〜、どうしたんですかぁ〜? ふふ……いつもより近くて、ドキドキしちゃいますね♡」
潤んだ瞳をこちらに向け、澪がふわりと微笑んだ。
頬はふんわりと紅を差したように色づき、どこか甘えるように、静かに身を預けてきた。
澪の酔った戯れともつかない声が、直に耳に届いて、平子は喉の奥が焼けるように熱くなるのを感じた。
(……うわ……なんや、これ……)
いつも姿と違った澪のこんな姿を見るのは初めてだった。
やわらかな黒髪からは、微かに甘い香りが漂い、肌の熱がこちらにも伝わってくる。
「ひらこ……たいちょ……あのね……」
耳元で囁くようなその声は、まるで意図的に誘惑するようにも思える。
けれど、その瞳はあまりにも無垢で、ただ心の底から安心しているようで――
「私……ずっと…...ずっと…隊長の隣に立たせて貰えるよう頑張ってきたんですよ…」
その一言で、平子の心臓が跳ねた。
(“ずっと”……?)
「お、おう……。……なんや、えらい素直やな……酔ってんのか?」
「あら、そんなに変でしょうか……?」
くすっと笑いながら、澪がほんのわずかに平子に寄り添う。
色っぽい、けれど上品さを失わないその仕草に、完全に理性が試される。
(あかん、これ絶対、あかんやつや)
そのとき、リサがぐいっと近づいてきて、空気を読んだように澪の肩をとんと叩いた。
「澪、もう帰り、真子に送ってもらえ。あんた、もう千鳥足や」
「えっ、あ……そ、それは……」
リサの言葉に顔を赤く染めた澪。
少しとはいえ、ほぼ無いに等しい理性から隊長に迷惑をかけれないと伝えるが、平子はそんな澪をこれ以上周りに見せたく無いため、そっと手を取る。
「……迷惑なわけあらへんやろ。送ってくで」
その手が細くて、やわらかくて、なぜかそれだけで緊張する。
「……ふふ。うれしい……隊長と、二人きり……なんて…」
ぽつりと零れたその声は、まるで心の奥から滲み出た本音のようで――
平子は思わず視線を逸らした。見てはいけないものを見た気がしたから。
(……ほんま、俺、今日どうなるんやろ…理性もっとくれよ…)
そんなことを思いながらも、彼女の華奢な身体をしっかりと支え、飲み会の喧騒をあとにした。
「お、いたいた、澪〜!」
四番隊へ自隊の医療材料の在庫が少なくなって来てため補充の為の依頼を終えた所で廊下の先からリサが向かってくる。
「リサ、どうしたの?」
「たまたま近く通ったら澪がいるって聞いてな」
「ちょうど良かったわ、今夜一緒に飲みに行かへん?」
「突然だね?何かあるの?」
普段2人で飲みに行くとしても、お互い事前に予定を組んでから行く事が多い為、不思議そうに訪ねる。
「まぁええやん、良いお店見つけたから澪と一緒に行きたくてな」
「リサと飲みに行けるなら嬉しいけど毎回言ってるけど私殆ど飲めないからね」
「澪が一杯でも酔ってまうことはもう分かってることやからええんや、私はあんたと飲む事が楽しいくて好きなんやから」
澪はお酒が殆ど飲めたい為、周りが楽しく飲んでいる中、自分だけ飲めないとあっては周りが楽しめないのではと考え、飲みの場には極力参加は控えていた。
しかしリサはそれでも一緒に飲む事が楽しいと言ってくれ、そんなリサが澪は大好きなのだ。
「ふふ、なら今夜行こっか」
「決まりやな!ほな今夜𓏸𓏸って所に集合な!」
「うん、楽しみにしてるね」
久しぶりに気心知れたリサとの予定に機嫌よく業務に戻っていく澪の後ろ姿をリサは小さくガッツポーズをして見送った。
*****
その後リサは五番隊隊舎へ来てきた。
先程の澪と一緒に向かえばいいものの、リサは澪には知られずに平子に会う必要があった。
「真子、今夜お前暇やろ、𓏸𓏸って所でうちの隊長が飲み会するからお前もこいや」
「なんや、突然来たと思ったら」
「生憎俺は隊長やから忙しいんです〜」
面倒臭い雰囲気を察したのか、平子は適当に断りを入れたが、それを見越してリサは次の一手を打つ。
「今回は澪も来るで」
「あいつがそないなところに参加する訳ないんやから嘘ついても無駄やで」
「嘘ちゃうて、さっき了承得たからなぁ」
「は?」
「あ〜あ、澪ってお酒弱いからこらぁ他の隊士がほっとかないなぁ〜お持ち帰りされたらどうしよう」
ニヤニヤしながらこちらを見るリサ。
平子はあの澪が酔ったらどうなるんだ?もし俺以外の隊士と…色々想像しここまで2秒もかからず行くと食い気味にリサへ伝える。
「なら今夜𓏸𓏸でな〜」
そう言い残し颯爽と去っていくリサ。
それを見送った平子は頭を抱えるのだった。
*******
瀞霊廷の某料亭にて
お酒を飲みたい京楽春水の発案がきっかけとなり、今夜、瀞霊廷の隠れた名店にて小規模ながらも宴会が催されていた。
顔を揃えたのは、各隊の隊長格や副官、それに数名の席官たち。
厳格な宴席ではなく、気心知れた者同士でほどよく賑やかな場。普段の肩肘張った空気とは違い、酒の香りと談笑がほどよく混じる、穏やかな時間が流れている。
その一角に、普段こうした場にはあまり姿を見せない如月澪の姿があった。
彼女は、元来酒の席を好まない。
酒そのものが苦手というわけではないが、大勢で騒ぐような場は得意ではなかった。
飲むとしても、気の置けない相手と静かに盃を交わす程度。特に、リサと飲む時が、澪にとっては一番気楽な時間だった。
だからこそ、この場に彼女がいるのは、本人にとっても本意ではない。
久しぶりにリサと静かに飲める。
そう思って今日の業務も早めに切り上げ、時間通りに指定の料亭を訪れたのだが――
暖簾をくぐった瞬間、広がるのは思ったよりもずっと賑やかな空気。
見知った隊長や席官達が酒を酌み交わし、笑い声が響いている。
(……えっ)
何が起きているのか一瞬理解が追いつかず、しかしすぐに――騙された、と察した。
リサの姿を見つけ、やや早足でその隣に腰を下ろす。
「リサ……聞いてないよ、こんな大人数の飲み会なんて!」
小声で抗議する澪に、リサは手を軽く振りながら気の抜けた口調で答える。
「やから言わんかったんよ。言うたら絶対来ぉへんやろ、澪」
「そ、そりゃ……そうだけど……!」
言い返しきれずに言葉がしぼむ。
「まぁまぁ、今日くらいええやん。それに今日はあいつも来とるし……はい、飲み」
そんなやりとりの最中にも、リサは手際よく澪のお猪口に酒を注ぎ、自然に手渡してきた。
(あいつ?……まぁでも少しだけなら。リサのそばで静かにしていれば)
そう思い直して、澪は手元の酒にそっと口をつけた――そのとき。
「平子隊長、何飲まれますか? ご一緒してもいいですか?」
澪の耳に、くっきりとした女隊士の声が届いた。
言い慣れた名前、聞き慣れた響き。
――平子隊長
自分が仕える、あの人の名前だった。
(……え?)
握っていた盃が、わずかに震えた。
「平子隊長、このお酒、美味しいんですよ!どうです……?」
明るく通る、やや高めの女性の声が耳に届いた瞬間、澪の眉がピクリとわずかに動いた。
声の主は、他隊所属の女性隊士。見れば、やや緊張した様子ながらも、はしゃぐような笑みを浮かべて平子に話しかけている。
リサに目線をやればニヤリとこちらを笑っている顔がある。
(リサったら知ってたのね……)
(もうこうなったら、どんな女が隊長に絡んでるのか見てやるわよ……)
やけくそのように澪はちら、と視線だけでその女性を値踏みする。
艶のある髪。だが、よく見れば乾燥気味で、手入れが甘い。普段から念入りに椿油で整え、艶とまとまりを意識している自分の髪と比べれば――歴然。
(悪くないけど……“及第点”ね。私とは比べ物にならない)
次に目が行くのはその胸元。
(……胸元は、うん、やっぱり……控えめ)
着崩してはいないが、そもそものシルエットが線が細い。
一目でわかる。あの人が好むのは、こういう“子供みたいな体”じゃない。
(……“出るとこ出てる”――隊長の好み、私が一番よく知ってる……残念、そこも“圏外”ね)
声は可愛らしいが、少し甲高く、夜に落ち着いて酒を酌み交わすには耳に残る。
そして一番大事な“包容力”――それだけは、見た目では判断できない。
(まぁ……そこは分からないけれど。ぱっと見で分からない時点で、あの人の好みではないわね)
ほんの少し盃を傾けながら、澪は薄く笑う。
口元は微笑んでいるのに、目は笑っていない。
「へぇ、そりゃまた気ぃ利くなぁ。ほな、もろとこか」
平子がいつものように飄々と笑いながらお猪口を差し出す。その隣で、女性隊士は嬉しそうに日本酒を注ぎ入れていた。
(……隊長、ああいう子が“好き”ってわけじゃないのよね。そうよね?)
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながらも、その光景が視界から離れず、胸の奥がじわりと熱を帯びていく。
(でも……なんで、そんなに笑ってるの)
その笑みが、自分には向けられたことのない柔らかさに見えて――
たったそれだけで、何年もかけて磨いてきた自分の努力が、急に頼りなく思えるのが悔しかった。
(……まさか、隊長の好み……変わった?)
幼い頃に聞いた“好きなタイプ”――
綺麗な髪に、包み込んでくれるような、出るとこは出てる。
その言葉を信じて、形にしてきたのに。
今、あんな風に微笑んでるのを見ると、ふと不安になる。
その理不尽な焦燥に、澪はぎゅっと指先に力を込めた。
隣でそれに気づいたリサが、ちらりと視線を寄越してくる。
「……澪、もしかして拗ねてんの?」
「……っ、拗ねてなんか……」
咄嗟に否定しかけて、言葉が少し詰まる。
――だって、本当は拗ねている。平子真子が、あんな子に向かって微笑んでいるのが、どうしようもなく気に食わない。
(隊長が振り向くのは――あの子じゃない。私じゃないと、意味がないのに)
静かに揺れる独占欲と、焦るような不安と、拗ねた想いを胸に、澪は再び盃を傾けた。
澪が無言で盃を傾けていると、耳に馴染みのある声が届く。
「お、リサ。ここにいたのか。お前が珍しく如月誘ってるから、てっきりどっかでこっそり飲んでんのかと思ったんだけどな」
「……別に隠れて飲む理由なんかあらへんわ。ただでさえ澪を騙したとはいえ、誘いに乗ってくれてるんやから、皆で乾杯せんと損やろ」
面倒くさそうに言いながらも、リサは口元をわずかに緩める。
リサ達の近くに、六車拳西がどかっと腰を下ろす。拳西のあとから久南白が手を振って近づいてきた。
「澪ちんもお疲れさま〜。今日の飲み会、来てたんだね!珍しいじゃん」
「久南副隊長、こんばんは。……はい、リサに誘われて……」
「ちょっと〜、だから副隊長はやめてってば!“白”でいいよ〜ぶ〜!」
「……わかりました。では、白さんと、」
さんもいらないのに〜と白の明るい笑みに、澪も少しだけ肩の力を抜いて笑う。
リサほど気心が知れているわけではないが、白とは書類のやり取りで九番隊へ赴いた際、良く顔を合わせることも多く、自然と会話ができる程度には打ち解けていた。
「あいつの下で色々と迷惑かけられて気苦労も多いだろ」
拳西が、どこか気安い調子で声をかけてくる。
「えっ……いえ、平子隊長に対して……そんな、苦労だなんて、とんでもないです」
頬をわずかに染めた澪が、慌てて首を振る。
澪は盃を握ったまま、思わず目を伏せる。――実は今、すでに三杯目。普段なら一杯でも酔いが回るほど酒に弱いため、なるべく一杯をゆっくりと飲むよう注意しなければならない。
その為、今の状態は軽く酩酊に入っているレベルだった。
「そうかぁ? たまに平子が部下にちょっかいかけて、めんどくさがられてんの見るが、――そういえば、お前に対しては素直っつーか。比較的大人しいな」
「……えっ……そ、そんな……っ。ちょっかいかけられるなんて…う、羨ましい….。た、隊長は……私にはそんなこと……」
拳西の言葉に胸の奥がそわそわと落ち着かず、普段なら絶対口にしないよう秘めている本音を酒のせいかポロリと漏れてしまう。
その反応に、白がリサの方へ視線を投げる。
「なんか……澪ちん、ちょっと雰囲気違う?」
「あぁ、澪はもう三杯目やしな」
白が「え〜?!」と驚いたように目を見開く。拳西も、澪の少し赤らんだ頬と、わずかに緩んだ口元を見て眉を上げた。
「……おいおい、まさか三杯でもう酔ってんのか?お前、そんなに酒弱かったんだな」
「えっ……そ、そんなこと……っ、あの、少し……だけ、です。すみません……」
口調は丁寧だが、明らかに語尾が揺れている。ふだんの“完璧な大人の女性”の仮面に、ひびが入り始めていた。
澪は視線を盃に落としたまま、上ずる鼓動を誤魔化すように口をつぐむ。
その様子を、リサは半ば呆れたように見やりながらも澪に酒を飲ますため、行動した。
「拳西、澪はな、気配りできるし要領ええし、真子のやつをうまーく使いこなしてると思うで?」
リサが澪 の盃に酒を注ぎながら冗談めかしに言うと、拳西は目を細めながら口の端を持ち上げる。
「はは、マジかよ。あいつが手のひらで転がされてんの、ちょっと見てみてぇな」
「ち、ちがいますっ!」
思わず立ち上がりそうな勢いで、澪がバッと手を振って否定する。
「そ、そんなこと……わたし、平子隊長をうまく使おうなんて、そんなつもりは全然なくて……!むしろ平子隊長にはもっと使って欲しいと言うか…っ// ち、ちがいます!いつもお世話になってるからたくさんお役に立ちたいと……!だからっ、決して……!」
焦りのあまり言葉がつっかえながらも、――恥ずかしい事を口走っているような気もするが――必死に誤解を解こうとする澪。顔は真っ赤で、目も泳いでいる。
拳西はそんな澪を見つめながら、ふっと息をついた。
「へぇ……酔うと、けっこう喋るんだな。なんか意外だわ、お前」
「……ふふ、せやろ? 普段あんだけ取り繕ってんのに、三杯でこれや」
リサが肩をすくめながら、楽しそうに笑う。
白も思わずくすっと吹き出した。
「澪ちん可愛い〜! リサちんがからかいたくなるのも分かるかも〜」
「わ、私、可愛いとか……っ、そんな……!」
ますます顔を赤らめ、目を伏せる澪。
盃を持つ手をぷるぷると震えていて、どこかに逃げ出したいと現実逃避する様に酒を煽った。
*****
平子side
「それで〜回道使えるからって四番隊に回されたんですよぉ、納得いかなくて。五番隊に憧れてたのに〜。だって、平子隊長、すごく優しいし、面白いし……」
そう言いながら、女隊士はぐいっと身を乗り出し、平子との距離をぐっと詰めてくる。
「一緒にいれたら、絶対毎日楽しいだろうな〜って思ってたんです。私、隊長のそういう所、すっごく好きなんです」
――あかん。顔、近い。
平子真子は困ったように笑みを浮かべながらも、どこか冷静な目でその言葉を聞き流していた。
(……こういうの、ほんま苦手や)
“好き”とか“憧れ”とか。今までにも、似たようなことを何度か言われたことはある。
露骨に距離を詰めて、無防備に腕へと触れてくるその指先も、やたらと熱っぽい視線も。
たぶん「平子真子」じゃなくても、「隊長」という肩書きを持ったやつなら誰にでも、似たような言葉を向けるんやろな……と、どこか醒めた感情が平子の胸を掠めていく。
それでも今日、こうして珍しく大勢の飲み会に顔を出しているのは――
他でもない、澪が出る聞いたからだった。
リサから澪も誘ったからお前も来るやろと有無を言わせない口調で――普段はこういう場には絶対に姿を見せない彼女をいったい何と言って参加させたかは知らないが――伝えられ平子も満更では無かった。
(あいつが来るんやったら、行かん理由あらへんやろ)
そう考えた時には既に是として飲み会に参加していた――
澪はリサと拳西、久南白の輪の中にて、ほろ酔いの頬をほんのり染めながら、楽しげに談笑していた。
「へぇ〜澪ちん、お酒弱いんだぁ〜」
白の声が耳に届き、ふとそちらへ視線をやれば――
(……あれ?)
澪が、ふらりと身体を揺らして3人に何か否定するようなジェスチャーをしている。
会話はあまり聴き取れないが、口調はどこか、いつもよりくだけていて、頬はほんのり桃色に染まっていた。
(あいつ……酔ってる?)
驚いた。
澪が酒を飲んでいる姿なんて、今までほとんど見たことがなかった。
酒に弱いのはリサから聞いてはいたが、こうして酒がまわって口調が崩れていく彼女の姿を見て、平子は――
(……あいつ、ほんまに弱いんやな)
思ったよりも早く頬が赤らみ、ほんのり笑うような表情を浮かべている。
だが、それがいやらしいとか、だらしないとか、そういうのとはまったく違って――
(……可愛いやないか)
気がつけば、自然とそう思っていた。
―――
「……それで、ね? 隊長って、そういう特別な人とかいないんですかぁ? あんまり噂とかなさそうですけど」
女隊士は、盃をくるくる回しながら、意味ありげに笑いかけてくる。
「そんなん言うたら、逆に変な噂立つやろ。……まぁ、おらんこともないけどな」
平子は軽くかわすようにそう言い、わざと曖昧な笑みを浮かべた。
「えっ……! いるんですか?!誰なんですか?」
女隊士が詰めって来たが――
「んー、秘密や。言うたらつまらんやろ?」
そう言って冗談めかして笑い飛ばしたものの、女隊士の顔が微かに曇る。
そして再び距離を詰め、上目遣いに囁くように言ってくる。
「私じゃ……だめですか?」
その言葉に、周囲の喧騒がふっと遠のいた気がした。
(ああ、やっぱこういうの、違うわ)
目の前の女隊士は傍から見たら可愛いく、隊の中でも人気があるのかもしれない。
だが、その言葉を本当に言って欲しい人は他にいる――
そのときだった。
「ふふ……ちょっ……リサったら、もう、からかわないでよぉ……」
酔いの回った澪の笑い声が、少し掠れたように響いてくる。
見れば、澪はリサに肩を預けるような格好で、頬を赤らめながら小さく笑っていた。
もう五杯目に手を伸ばしているはずなのに、本人に自覚はないのか、どこかふわふわした足取りで。
「わお……澪ちん大丈夫?」
白が澪の普段見せない雰囲気に心配をしており、拳西も「おいおい、だいぶ来とんなコレ」と苦笑混じりに澪の様子を見ている。
普段の澪しか知らない彼らにとって、これはまさに“レアもの”のようだった。
しかし、平子は違う意味で動けなかった。
(……嘘やろ)
思わず息を呑む。
ほんのり赤らんだ頬、少し潤んだ目、ふにゃりと緩んだ笑顔――
見たことがない。
見たことがなかった、こんな彼女。
普段は完璧なほどに隙を見せず、冷静で、柔らかい笑みを浮かべているのに。
その仮面が、酒によってほんの少し崩れ落ちた瞬間。
(あいつ……あんな顔、するんか……)
柔らかい。
可愛らしい。
そして――無防備な姿。
平子の目が、自然と彼女を追ってしまう。
たとえ目の前に、距離を詰めてくる女隊士がいても。
「……隊長? 聞いてますか?」
女隊士の声が近くで鳴っても、もはや頭に入ってこない。
視界の端で、澪がふらりと立ち上がり、酔った勢いで盃を持ったまま軽くよろけた。
******
no-saido
「わっ、澪たん危なっ……!」
ぐらり、と澪の体が傾ぐ。
床に膝をつきかけたその瞬間、平子は考えるよりも先に動いていた。
気がつけば、澪の細い肩を抱きとめている。
「……っと。あぶなっかしいなぁ」
驚いたのは周囲の方だった。
近くにいた白と拳西は、突然現れた平子に一瞬目を丸くし、リサはというと――どこか「やっと来たか」という顔で薄く笑う。
さっきまで平子に絡んでいた女隊士も、予想外の展開に呆然としていた。
澪は、平子の腕の中でようやく彼の存在に気づいたらしい。
「あれ……? ひらこたいちょ……?」
ぽうっと赤らんだ頬に、潤んだ黒い瞳。
焦点の合っていない視線で見上げてくるその様子は、いつもの彼女とはまるで別人だった。
普段の澪は、平子の前では決して取り乱さない。
“理想の女性像”を徹底的に演じる、それはもはや体に染み付いている癖のように
けれど今は――酒が、その仮面をゆるりと剥がしていた。
「平子隊長だぁ〜、どうしたんですかぁ〜? ふふ……いつもより近くて、ドキドキしちゃいますね♡」
潤んだ瞳をこちらに向け、澪がふわりと微笑んだ。
頬はふんわりと紅を差したように色づき、どこか甘えるように、静かに身を預けてきた。
澪の酔った戯れともつかない声が、直に耳に届いて、平子は喉の奥が焼けるように熱くなるのを感じた。
(……うわ……なんや、これ……)
いつも姿と違った澪のこんな姿を見るのは初めてだった。
やわらかな黒髪からは、微かに甘い香りが漂い、肌の熱がこちらにも伝わってくる。
「ひらこ……たいちょ……あのね……」
耳元で囁くようなその声は、まるで意図的に誘惑するようにも思える。
けれど、その瞳はあまりにも無垢で、ただ心の底から安心しているようで――
「私……ずっと…...ずっと…隊長の隣に立たせて貰えるよう頑張ってきたんですよ…」
その一言で、平子の心臓が跳ねた。
(“ずっと”……?)
「お、おう……。……なんや、えらい素直やな……酔ってんのか?」
「あら、そんなに変でしょうか……?」
くすっと笑いながら、澪がほんのわずかに平子に寄り添う。
色っぽい、けれど上品さを失わないその仕草に、完全に理性が試される。
(あかん、これ絶対、あかんやつや)
そのとき、リサがぐいっと近づいてきて、空気を読んだように澪の肩をとんと叩いた。
「澪、もう帰り、真子に送ってもらえ。あんた、もう千鳥足や」
「えっ、あ……そ、それは……」
リサの言葉に顔を赤く染めた澪。
少しとはいえ、ほぼ無いに等しい理性から隊長に迷惑をかけれないと伝えるが、平子はそんな澪をこれ以上周りに見せたく無いため、そっと手を取る。
「……迷惑なわけあらへんやろ。送ってくで」
その手が細くて、やわらかくて、なぜかそれだけで緊張する。
「……ふふ。うれしい……隊長と、二人きり……なんて…」
ぽつりと零れたその声は、まるで心の奥から滲み出た本音のようで――
平子は思わず視線を逸らした。見てはいけないものを見た気がしたから。
(……ほんま、俺、今日どうなるんやろ…理性もっとくれよ…)
そんなことを思いながらも、彼女の華奢な身体をしっかりと支え、飲み会の喧騒をあとにした。
