入学前編
名前変換
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キーンコーン、
6限終了のチャイムが校舎に響き渡った。起立、礼の号令が流れるように行われる。途端、待ってましたと言わんばかりに教室を飛び出す人がちらほら。帰る準備を始める人、お喋りを続ける人。
かくいう(名前)もその中の1人であった。
「(名前)〜、これからカラオケ行くけど一緒に行かない〜?」
少し離れた席から友人の声がかかる。
その隣には、いつも(名前)と一緒にお弁当を食べる友人2人の姿もあった。行きたい気持ちは山々だが、(名前)にはどうしても外せない用事があるのだ。
「あ〜、ごめん。今日バイトなんだ」
「えーまたぁ?(名前)っていっつもバイトしてるよね」
「掛け持ちしてるんでしょ?」
「うん。今日はコンビニ」
「そっかぁ、じゃあ無理かー」
また振られてやんの、とその中の1人が声をかける。それを聞いて明るく戯けてみせる友人たちに救われた。
だが、(名前)の心の内が晴れることはなかった。次は一緒に行こうという友人の誘いに頷いて、挨拶を交わし教室を後にする。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
バイトを終えた(名前)は、タイムカードに打刻をして交代で来た夜勤の先輩に声をかけコンビニを出た。
(名前)の通う杉沢第三高校からバイト先までは徒歩圏内の距離であった。そしてここから家までも近い。何より、未成年の自分が働ける22時いっぱいまでシフトを組んでくれるので(名前)はこの場所が気に入っていた。
街灯のついた暗い住宅街を歩く。
初めの頃は薄気味悪がっていたものだが、それは時間と慣れが解決してくれた。
(名前)が毎日のようにバイトに明け暮れるのには理由がある。
幼少期にとある事故で両親を亡くし、行き場の無くなった(名前)は親戚の元に引き取られた。叔父と叔母はまるで本当の娘のように(名前)を愛してくれるが、嬉しい反面どこか心苦しさも感じていた。
せめてもの思いで家にお金を入れるが、本人たちはそんなことしなくていいと第一に(名前)の身を案じてくれる。でもそれは(名前)がどうしてもしたいことだった。
そうじゃないとここに居てはいけない気がしていたから、自己満足と言い放って毎月手渡していた。
上を見上げると、どんよりとした雲が空を覆うように広がっている。
最近、ふとした時に思うことがあった。
朝起きて、学校に行き、バイトして、床に就く。同じ日の繰り返し。別に今の生活に不満があるわけじゃない。
でも、心の奥のどこか片隅で、いつもとは違う日を想像してしまうのだ。なにかが起きないかな、と。
そんな(名前)の前方から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
(珍しいな、こんな時間に)
時刻は22時過ぎ。ただでさえこの遅い時間に、ましてや昼間でも人通りの少ないこの道を通る人はそういなかった。
実際、バイト帰りの(名前)がここで人に会ったのは初めてだ。
失礼とは思いつつもチラリとそちらを覗き見る。
すれ違ったのは女性だった。初めて見る顔、この辺りの家なのだろうかとなんとなく考えていると、ふと女性の肩に目がいった。
(…マスコット?)
小さい蛙のぬいぐるみを肩に乗せて歩いている。
乗せて…いや、浮いているのか?それには小さな羽がついているようにも見えた。
不気味だと率直的にそう思ったが、(名前)はそれ以上考えることを放棄した。なぜならあまり見過ぎても良くないと思ったから。そして何よりも、この上なく嫌な予感がしたからだ。
(早く帰ろう。)
帰ってご飯を食べて、お風呂に入って。そうだ、明日提出する数学の課題をやらなければ。(名前)は家へと向かう足を速くする。
だが思うように動かない。まるでなにかを引き摺っているかのように足取りが重くなる。
背筋に冷たいものが走る感覚、それに伴い呼吸が乱れだしていく。
もし危機感知センサーが自分についていたとしたら、荒れ狂うように鳴り響いているのだろう。
ぴとり、そんな音が聴こえた気がした。足首に冷たい感覚。
明らかに、なにかに、掴まれている。
(名前)が下を見るとそこには、先程の女性の肩に居たものだろうか。羽の生えた蛙が縋るように掴まっていた。
「え……」
人間は心の底から驚いたときほど声が出ないらしい。
これは現実じゃないと何度も繰り返し、(名前)の全細胞が見えている景色を否定しようとする。
が、それは不可能で終わった。
今にもこぼれ落ちそうな目玉をギョロリと動かしこちらを見たなにか。目が、合っている。
これは、現実だ。
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