JOG(バッファローマン夢小説)
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雨が続いた次の日の朝。ただ晴れているだけで、自分は素晴らしい世界に生きていると思ってしまう。単純だけど判りやすい幸福感に包まれながら、バッファローマンは朝の日課のジョギングに出かけた。
時刻は5時。しばらく前から空はすっかり明るくなっていた。ジョギングウェアはアンダーアーマーのダークグレーのTシャツとブラックの7インチショーツ。シューズも同じメーカーで、UAホバーの赤を履いていた
自宅のあるマンション前で軽いストレッチをしてウォーミングアップをすませると、駅へ行くのとは反対の道をゆっくりと走り始めた。朝はいつも10キロをこなしている。
時として野放図に見られがちな彼だが、れっきとしたファイターだ。キチンとしたトレーニングと食事、適切なメンテナンスを行い、いつも良好なコンディションを維持するよう心がけている。
ゆるやかだったペースが徐々に速くなっていく。住宅街を抜け、緩い坂をおりて用水路の上にかかった小さな橋を渡る。彼の走るリズムに合わせてそれは小さくきしむ。その気配を感じるたびにバッファローマンは自分の巨躯を実感するのだった。ここからしばらく用水路沿いの桜並木の下を走る。
世界はまだ朝を演じていて、鳥たちは声高に鳴きさえずり、桜並木の下生えは夕べの雨露をそれぞれの葉に載せていた。
たまに誰かとすれ違う。誰かを追い越す。誰かに追い越される。
名前も、どこに住んでいるのかも知らない人たち。そのくせ毎日この時間ここにいる。バッファローマンもその一員だ。
街を歩いていると、誰かしらが向けてくる奇異や驚嘆の視線がここには一切ない。
この時間をバッファローマンはとても好ましく感じている。
ビーグル犬を連れた初老の女性。
主の言うことなどてんで聴く気のないその犬は、鼻先を高くあげて、南からきた風のにおいを嗅いでいる。
彼らとすれ違うとき「ほら、ちゃんと歩いてちょうだいモモちゃん」と女性の声が聞こえた。
――アイツはモモって名前なのか
バッファローマンは心のなかでひとりごちる。
左側をほとんど歩くような速さでゆるゆると駆けているロマンスグレーの痩せた紳士は、腰からラジオを下げている。追い抜きざま、聞こえるか聞こえないかの音量に耳をすませば今朝のチャンネルはどうやらニュースのようだった。
背後に気配を感じた次の瞬間、右手からバッファローマンを追い抜いていく人影があった。二十代と思われる若い男性。彼はいつもかなり速いペースで走っていて、フッ、フッ、とリズミカルな呼吸音が聞こえる。瞳に強い光が宿っていて、もしかするとプロのアスリートなのかもしれないとバッファローマンは勝手に思っていた。
並木道を抜けて、大通りにぶつかる交差点が一応のゴール。リストウォッチのストップウォッチを止める。
数字は『00.34.52.43』を表示していた。
「ま、こんなモンか」
バッファローマンは数字をリセットすると、ベルトに下げていたドリンクボトルを取り出して水分を補給した。
首にかけたタオルで流れ落ちる汗を拭くと、今度はクールダウンのためのゆるいペースの走りで家路をたどり始める。
マンションの前に着くと、5分ほどストレッチをして筋肉をほぐした。
3階にある自宅のドアの鍵を開けた。
「ただい、
ま、まで云わないうちに彼女がバッファローマンに抱きついてくる。
「おかえりー!」
「おう、ただいま」
そのまま10秒ほどしがみついているので、彼は彼女の髪を、わしゃわしゃ撫でてやる。
いつも不思議なのは、彼がドアをくぐる瞬間には、彼女がもう玄関にいることだ。帰り際に連絡をするわけではないし、バッファローマンが出かけるとき、彼女はまだ寝床にいる。正確な時間は把握していないはずだ。
イヌやネコ、その他の小さな生き物が、知らされなくても主人の帰りを察知するように、理屈では説明できないセンサーが彼女のなかにもあるのかもしれない。
「今朝も汗でTシャツがじとじとだね」
「判っててなんでひっつくんだ」
「会いたかったから!」
破顔一笑する。それからバッファローマンから身を離すとキッチンに向かった。冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターをグラスに注ぐと、レモンの果汁をほんの少し落として彼に渡す。
「サンキュー」
バッファローマンはそれを受け取って一息に飲み干した。
「シャワー浴びてくるわ」
「朝ご飯、白いご飯なら塩ジャケで、パンならベーコンエッグだけどどっち?」
「今朝は塩ジャケが食いてえな」
「いえっさー!」
バッファローマンはバスルームに向かう。
いつもそんな風に一日が始まる。
End
初出:PIXIV 2020.06.20
時刻は5時。しばらく前から空はすっかり明るくなっていた。ジョギングウェアはアンダーアーマーのダークグレーのTシャツとブラックの7インチショーツ。シューズも同じメーカーで、UAホバーの赤を履いていた
自宅のあるマンション前で軽いストレッチをしてウォーミングアップをすませると、駅へ行くのとは反対の道をゆっくりと走り始めた。朝はいつも10キロをこなしている。
時として野放図に見られがちな彼だが、れっきとしたファイターだ。キチンとしたトレーニングと食事、適切なメンテナンスを行い、いつも良好なコンディションを維持するよう心がけている。
ゆるやかだったペースが徐々に速くなっていく。住宅街を抜け、緩い坂をおりて用水路の上にかかった小さな橋を渡る。彼の走るリズムに合わせてそれは小さくきしむ。その気配を感じるたびにバッファローマンは自分の巨躯を実感するのだった。ここからしばらく用水路沿いの桜並木の下を走る。
世界はまだ朝を演じていて、鳥たちは声高に鳴きさえずり、桜並木の下生えは夕べの雨露をそれぞれの葉に載せていた。
たまに誰かとすれ違う。誰かを追い越す。誰かに追い越される。
名前も、どこに住んでいるのかも知らない人たち。そのくせ毎日この時間ここにいる。バッファローマンもその一員だ。
街を歩いていると、誰かしらが向けてくる奇異や驚嘆の視線がここには一切ない。
この時間をバッファローマンはとても好ましく感じている。
ビーグル犬を連れた初老の女性。
主の言うことなどてんで聴く気のないその犬は、鼻先を高くあげて、南からきた風のにおいを嗅いでいる。
彼らとすれ違うとき「ほら、ちゃんと歩いてちょうだいモモちゃん」と女性の声が聞こえた。
――アイツはモモって名前なのか
バッファローマンは心のなかでひとりごちる。
左側をほとんど歩くような速さでゆるゆると駆けているロマンスグレーの痩せた紳士は、腰からラジオを下げている。追い抜きざま、聞こえるか聞こえないかの音量に耳をすませば今朝のチャンネルはどうやらニュースのようだった。
背後に気配を感じた次の瞬間、右手からバッファローマンを追い抜いていく人影があった。二十代と思われる若い男性。彼はいつもかなり速いペースで走っていて、フッ、フッ、とリズミカルな呼吸音が聞こえる。瞳に強い光が宿っていて、もしかするとプロのアスリートなのかもしれないとバッファローマンは勝手に思っていた。
並木道を抜けて、大通りにぶつかる交差点が一応のゴール。リストウォッチのストップウォッチを止める。
数字は『00.34.52.43』を表示していた。
「ま、こんなモンか」
バッファローマンは数字をリセットすると、ベルトに下げていたドリンクボトルを取り出して水分を補給した。
首にかけたタオルで流れ落ちる汗を拭くと、今度はクールダウンのためのゆるいペースの走りで家路をたどり始める。
マンションの前に着くと、5分ほどストレッチをして筋肉をほぐした。
3階にある自宅のドアの鍵を開けた。
「ただい、
ま、まで云わないうちに彼女がバッファローマンに抱きついてくる。
「おかえりー!」
「おう、ただいま」
そのまま10秒ほどしがみついているので、彼は彼女の髪を、わしゃわしゃ撫でてやる。
いつも不思議なのは、彼がドアをくぐる瞬間には、彼女がもう玄関にいることだ。帰り際に連絡をするわけではないし、バッファローマンが出かけるとき、彼女はまだ寝床にいる。正確な時間は把握していないはずだ。
イヌやネコ、その他の小さな生き物が、知らされなくても主人の帰りを察知するように、理屈では説明できないセンサーが彼女のなかにもあるのかもしれない。
「今朝も汗でTシャツがじとじとだね」
「判っててなんでひっつくんだ」
「会いたかったから!」
破顔一笑する。それからバッファローマンから身を離すとキッチンに向かった。冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターをグラスに注ぐと、レモンの果汁をほんの少し落として彼に渡す。
「サンキュー」
バッファローマンはそれを受け取って一息に飲み干した。
「シャワー浴びてくるわ」
「朝ご飯、白いご飯なら塩ジャケで、パンならベーコンエッグだけどどっち?」
「今朝は塩ジャケが食いてえな」
「いえっさー!」
バッファローマンはバスルームに向かう。
いつもそんな風に一日が始まる。
End
初出:PIXIV 2020.06.20
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