ヘラクレスの手紙(ウルフマン夢小説)
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アンドロメダ星雲レッスル星に存在する「正義超人養成大学校」、俗称・ヘラクレス・ファクトリー。
長らく閉鎖されていたこの施設は、数年前に起こった悪行超人の急襲により、久方ぶりに息を吹き返した。
現在では超人レスラーを志す正義超人子弟のほぼ全てがここの門戸をくぐる。
教壇に立つのはかつて第一線で活躍した伝説超人(レジェンド)たち。主だったところでは校長のロビンマスク。そしてラーメンマン、バッファローマン、ジェロニモ、ウルフマン、カレクック、ペンタゴン、ジェシー・メイビアなど。
彼らはつねに真摯に厳しく後進を教え育てている。
そのヘラクレス・ファクトリーの教官室で、何やら荷物をまとめているレジェンドがいた。足元には書類の束が入ったアタッシェケースとボストンバッグ。明るい紺色のスーツを身にまとい、髪は大銀杏に結わえられている。
超人相撲の元横綱、ウルフマン教官だ。出立の様子を目にとめた校長・ロビンマスクが彼に声をかけた。
「おお、そろそろ行くのか?ゆっくりしてくるといい」
「ああ、そうさせてもらうよ。なんといっても一年半ぶりの休暇だ」
にっかりと笑うウルフマン。ヘラクレス・ファクトリーを後にしたウルフマンは、銀河系間航行の宇宙船に乗りこんだ。レッスル星のあるアンドロメダ星雲から天の川銀河の地球まではワープ航法を駆使してもかなりの日数がかかる。
胃がでんぐり反りそうなワープ航法に何度も耐え、数日後、ようやっとウルフマンは地球に足をおろした。
「ああ、やっぱり空が青いっていいよなあ」
久しぶりに母星の空気を胸いっぱい吸いこんで、やっと懐かしい故郷に帰ってきたことを彼は実感したのだった。
彼女はずいぶん長く、宇宙超人委員会の関連組織に勤めていた。その組織では、主にへラクレスファクトリーの地球窓口として、事務処理を代行している。教官や生徒たちは世界各国から集まっているため、手続き一つとっても必要となる書類は多岐にわたり、それらを管理するのが彼女の主な職務だった。業務は主に衛星間データ通信を介して行われているが、自筆署名が必要なものは、実際の書類が宇宙を行き来する。補給物資運搬船の貴著なスペースを割いてやり取りが行われるため、不備やミスを最小限に抑えられるよう、いつも彼女は記入方法などを詳しく書いたふせんをペタペタ貼るなどして、心をくだいてきた。メモ書きに余白ができると、宛先の教官へねぎらいや励ましのメッセージも書き添えた。
王位争奪戦後ながく続いていた地球の平和は、過日の悪行超人来襲によって、あっけなく崩壊した。その後、正義超人たちがどのように彼らに立ち向かってきたのか、それがどれほどの苦難をともなうものであったか、すでに物心ついていた彼女は、よく覚えている。そのことに対する畏敬と感謝が、そこにはこめられているのだった。
そしてやり取りが続くうちに、いつしか返送書類にも教官からのメッセージが記されるようになった。大概は用紙の余白の部分に「ヨロシク!」とか「いつもありがとう」とか書き添えた、ごくシンプルなものだったが、ウルフマン教官からは、きちんとした便箋に別個にしたためられたものが届いた。時候のあいさつから始まってヘラクレス・ファクトリーの近況、彼女らスタッフへの感謝などがていねいに綴られていて、遠い宇宙から届く心遣いが嬉しくて、気がつくと彼女はウルフマンからの書類を心待ちにするようになっていた。
もしもウルフマンに会うことがあれば、直に感謝の気持ちを伝えたい。そう思っていた矢先、彼が一時休暇で地球に戻ってくることを知り、ついに今日、彼女の勤め先に姿を現すことになっていた。
彼女は朝から時計をしばしば横目で見ながら、ウルフマンの来訪を待ちわびていた。すると、とつぜんオフィスのガラリと扉が開き「失礼するぜ!」と、あたりに大きな声が響いた。姿を現した超人は、待ち焦がれていたレジェンド(伝説超人)・ウルフマンだ。若かりし頃の写真のままに、今も見事な大銀杏は瓶付け油でツヤツヤと輝き、アンコ型のがっしりとした体躯に浅黄の着物と藍の羽織が、とてもよく似合っていた。
彼女の上司はウルフマンの姿を認めると、嬉しそうに立ち上がって出迎えた。
「ウルフマン教官、これは遠いところをお疲れさまでした!」
「久しぶりだなあ、センター長。二年ぶりくらいか」
向かい合った二人はガッチリと握手を交わす。
「お久しぶりです、お元気そうで」
「アンタも変わらず元気そうで何よりだ」
応接室に消えた二人のもとへ彼女は茶菓を運んだ。
ウルフマンの前に湯呑みを置くと、彼は「おう、かたじけない」という言葉とともに、手刀を三回切った。
「教官、こちらヘラクレス・ファクトリーの書類手続きを担当しているスタッフです」
上司がウルフマンに彼女を紹介し、彼女があいさつとともに名を名乗ると、「いつも丁寧な書類を送ってくれているのはあんたか!」と、ウルフマンの顔にパッと笑顔が広がった。
それから彼女はデスクに戻って業務を続けた。しばらくして、ウルフマンとセンター長が応接室から姿を現した。
「それではウルフマン教官、またよろしくお願いいたします」
「おう、また連絡するよ」
ウルフマンは彼女のデスクに歩みよると、アタッシェケースから書類の束を取りだして、彼女に渡した。
「これ、ヘラクレス・ファクトリーから預かってきた書類だ」
「ありがとうございます、わざわざお持ちいただいて」
「なに、ついでだ。それよりいつも世話になってるな」
「こちらこそ。あの、いつもお手紙入れてくださって嬉しいです」
ウルフマンは恥ずかしそうに頬をかいた。
「地球から届いた書類ってだけで人恋しくなっちまってな、つい長々と書いちまって」
それから彼は二言三言彼女と話したあと、部屋を出て行った。
ふと、彼女は机の上に自分の物ではないボールペンがあることに気がついた。
それは、ウルフマンが書類の受渡し時に受領書へサインをするのに使った彼の私物だった。
彼女がペンを手にして急いで部屋を出て辺りを見回すと、廊下のつきあたりの階段下にウルフマンはいた。他のスタッフと何やら立ち話をしているようだ。
(――良かった、間に合った)
ウルフマンが立ち去ってしまう前にと、彼女は慌てて階段を降りた。しかし、途中で右足がバランスを崩し、気がつくと階段をころがり落ちていた。
「あ!」
「あぶねえ!」
小さな叫びに気がついて振り返ったウルフマンは瞬時に事態を察し、脱兎のごとく駆けよると、あわや地面に激突という寸前で、超人ならではの反射神経で彼女を見事に受け止めた。彼女がダメージに備えてギュッとつむっていた眼を開くと、元横綱のりりしい顔がこちらを見下ろしていた。
「……大丈夫か?」
大丈夫、彼のおかげで何ともない。コクリと頷いたのを見てウルフマンは「良かった」と、ほっとしたように太い眉を下げて笑った。
だが、彼の腕から降りようと地に足をついた瞬間、彼女は「いたっ!」と思わず声が出た。
「見せてみろ」と、ウルフマンに言われて彼女が足を出すと、すでに赤く腫れ始めていた。ウルフマンは「捻挫だな」と、あっさり明言した。
仕方なく彼女は仕事を早退して、病院に行くことにした。すると、ウルフマンが自分の車で送っていこうと申し出た。
「レジェンドともあろう方に運転手をさせるなんてとんでもない」と、恐縮した彼女が言うと、「元はといえばペンを置き忘れたオレが悪い」と返され、ありがたく好意に甘えることにした。
「クルマを回してくるから、そこで待っててくれ」。そう言われて、しばし正面玄関で彼女が待っていると、ピカピカの大きなクラウンが玄関ロータリーに横付けされた。運転席から降りてきたウルフマンにエスコート(正確にいえば介助)され、彼女は顔を赤らめつつ、車中の人となった。初めて乗る高級車のシートはフカフカと柔らかで、車内にタバコや安っぽい芳香剤の匂いは一切なく、甘く柔らかなびんづけ油の香りだけが漂っていた。ほのかにバニラを思わせる、何となく懐かしさを覚える匂いに不思議と気持ちが落ちついた。
長らく閉鎖されていたこの施設は、数年前に起こった悪行超人の急襲により、久方ぶりに息を吹き返した。
現在では超人レスラーを志す正義超人子弟のほぼ全てがここの門戸をくぐる。
教壇に立つのはかつて第一線で活躍した伝説超人(レジェンド)たち。主だったところでは校長のロビンマスク。そしてラーメンマン、バッファローマン、ジェロニモ、ウルフマン、カレクック、ペンタゴン、ジェシー・メイビアなど。
彼らはつねに真摯に厳しく後進を教え育てている。
そのヘラクレス・ファクトリーの教官室で、何やら荷物をまとめているレジェンドがいた。足元には書類の束が入ったアタッシェケースとボストンバッグ。明るい紺色のスーツを身にまとい、髪は大銀杏に結わえられている。
超人相撲の元横綱、ウルフマン教官だ。出立の様子を目にとめた校長・ロビンマスクが彼に声をかけた。
「おお、そろそろ行くのか?ゆっくりしてくるといい」
「ああ、そうさせてもらうよ。なんといっても一年半ぶりの休暇だ」
にっかりと笑うウルフマン。ヘラクレス・ファクトリーを後にしたウルフマンは、銀河系間航行の宇宙船に乗りこんだ。レッスル星のあるアンドロメダ星雲から天の川銀河の地球まではワープ航法を駆使してもかなりの日数がかかる。
胃がでんぐり反りそうなワープ航法に何度も耐え、数日後、ようやっとウルフマンは地球に足をおろした。
「ああ、やっぱり空が青いっていいよなあ」
久しぶりに母星の空気を胸いっぱい吸いこんで、やっと懐かしい故郷に帰ってきたことを彼は実感したのだった。
彼女はずいぶん長く、宇宙超人委員会の関連組織に勤めていた。その組織では、主にへラクレスファクトリーの地球窓口として、事務処理を代行している。教官や生徒たちは世界各国から集まっているため、手続き一つとっても必要となる書類は多岐にわたり、それらを管理するのが彼女の主な職務だった。業務は主に衛星間データ通信を介して行われているが、自筆署名が必要なものは、実際の書類が宇宙を行き来する。補給物資運搬船の貴著なスペースを割いてやり取りが行われるため、不備やミスを最小限に抑えられるよう、いつも彼女は記入方法などを詳しく書いたふせんをペタペタ貼るなどして、心をくだいてきた。メモ書きに余白ができると、宛先の教官へねぎらいや励ましのメッセージも書き添えた。
王位争奪戦後ながく続いていた地球の平和は、過日の悪行超人来襲によって、あっけなく崩壊した。その後、正義超人たちがどのように彼らに立ち向かってきたのか、それがどれほどの苦難をともなうものであったか、すでに物心ついていた彼女は、よく覚えている。そのことに対する畏敬と感謝が、そこにはこめられているのだった。
そしてやり取りが続くうちに、いつしか返送書類にも教官からのメッセージが記されるようになった。大概は用紙の余白の部分に「ヨロシク!」とか「いつもありがとう」とか書き添えた、ごくシンプルなものだったが、ウルフマン教官からは、きちんとした便箋に別個にしたためられたものが届いた。時候のあいさつから始まってヘラクレス・ファクトリーの近況、彼女らスタッフへの感謝などがていねいに綴られていて、遠い宇宙から届く心遣いが嬉しくて、気がつくと彼女はウルフマンからの書類を心待ちにするようになっていた。
もしもウルフマンに会うことがあれば、直に感謝の気持ちを伝えたい。そう思っていた矢先、彼が一時休暇で地球に戻ってくることを知り、ついに今日、彼女の勤め先に姿を現すことになっていた。
彼女は朝から時計をしばしば横目で見ながら、ウルフマンの来訪を待ちわびていた。すると、とつぜんオフィスのガラリと扉が開き「失礼するぜ!」と、あたりに大きな声が響いた。姿を現した超人は、待ち焦がれていたレジェンド(伝説超人)・ウルフマンだ。若かりし頃の写真のままに、今も見事な大銀杏は瓶付け油でツヤツヤと輝き、アンコ型のがっしりとした体躯に浅黄の着物と藍の羽織が、とてもよく似合っていた。
彼女の上司はウルフマンの姿を認めると、嬉しそうに立ち上がって出迎えた。
「ウルフマン教官、これは遠いところをお疲れさまでした!」
「久しぶりだなあ、センター長。二年ぶりくらいか」
向かい合った二人はガッチリと握手を交わす。
「お久しぶりです、お元気そうで」
「アンタも変わらず元気そうで何よりだ」
応接室に消えた二人のもとへ彼女は茶菓を運んだ。
ウルフマンの前に湯呑みを置くと、彼は「おう、かたじけない」という言葉とともに、手刀を三回切った。
「教官、こちらヘラクレス・ファクトリーの書類手続きを担当しているスタッフです」
上司がウルフマンに彼女を紹介し、彼女があいさつとともに名を名乗ると、「いつも丁寧な書類を送ってくれているのはあんたか!」と、ウルフマンの顔にパッと笑顔が広がった。
それから彼女はデスクに戻って業務を続けた。しばらくして、ウルフマンとセンター長が応接室から姿を現した。
「それではウルフマン教官、またよろしくお願いいたします」
「おう、また連絡するよ」
ウルフマンは彼女のデスクに歩みよると、アタッシェケースから書類の束を取りだして、彼女に渡した。
「これ、ヘラクレス・ファクトリーから預かってきた書類だ」
「ありがとうございます、わざわざお持ちいただいて」
「なに、ついでだ。それよりいつも世話になってるな」
「こちらこそ。あの、いつもお手紙入れてくださって嬉しいです」
ウルフマンは恥ずかしそうに頬をかいた。
「地球から届いた書類ってだけで人恋しくなっちまってな、つい長々と書いちまって」
それから彼は二言三言彼女と話したあと、部屋を出て行った。
ふと、彼女は机の上に自分の物ではないボールペンがあることに気がついた。
それは、ウルフマンが書類の受渡し時に受領書へサインをするのに使った彼の私物だった。
彼女がペンを手にして急いで部屋を出て辺りを見回すと、廊下のつきあたりの階段下にウルフマンはいた。他のスタッフと何やら立ち話をしているようだ。
(――良かった、間に合った)
ウルフマンが立ち去ってしまう前にと、彼女は慌てて階段を降りた。しかし、途中で右足がバランスを崩し、気がつくと階段をころがり落ちていた。
「あ!」
「あぶねえ!」
小さな叫びに気がついて振り返ったウルフマンは瞬時に事態を察し、脱兎のごとく駆けよると、あわや地面に激突という寸前で、超人ならではの反射神経で彼女を見事に受け止めた。彼女がダメージに備えてギュッとつむっていた眼を開くと、元横綱のりりしい顔がこちらを見下ろしていた。
「……大丈夫か?」
大丈夫、彼のおかげで何ともない。コクリと頷いたのを見てウルフマンは「良かった」と、ほっとしたように太い眉を下げて笑った。
だが、彼の腕から降りようと地に足をついた瞬間、彼女は「いたっ!」と思わず声が出た。
「見せてみろ」と、ウルフマンに言われて彼女が足を出すと、すでに赤く腫れ始めていた。ウルフマンは「捻挫だな」と、あっさり明言した。
仕方なく彼女は仕事を早退して、病院に行くことにした。すると、ウルフマンが自分の車で送っていこうと申し出た。
「レジェンドともあろう方に運転手をさせるなんてとんでもない」と、恐縮した彼女が言うと、「元はといえばペンを置き忘れたオレが悪い」と返され、ありがたく好意に甘えることにした。
「クルマを回してくるから、そこで待っててくれ」。そう言われて、しばし正面玄関で彼女が待っていると、ピカピカの大きなクラウンが玄関ロータリーに横付けされた。運転席から降りてきたウルフマンにエスコート(正確にいえば介助)され、彼女は顔を赤らめつつ、車中の人となった。初めて乗る高級車のシートはフカフカと柔らかで、車内にタバコや安っぽい芳香剤の匂いは一切なく、甘く柔らかなびんづけ油の香りだけが漂っていた。ほのかにバニラを思わせる、何となく懐かしさを覚える匂いに不思議と気持ちが落ちついた。
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