あの日彼女がくしゃみをしたから。(バッファローマン夢小説)
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決意表明
薄いカーテンだけをひいたホテルの部屋に表の街路灯の明かりが射し込んでいる。寝るためだけの殺風景なシングルベッドで彼女は何度目かの寝返りをうった。
近所のファミレスで夕飯を軽くすませ、床にはいる前にシャワーを浴びて、灯りを消したのが22時すぎ。
夕べ眠れなかったから今夜はぐっすりだろうと思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。時間が経つにつれてかえって目がさえていく。その内にずっと横たわっていたせいで身体が痛くなってきて、仕方ないのでベッドを離れた。コンビニでアルコールでも買ってきて飲もう。酔えば気持ちもほぐれて少しは違うかもしれない。
彼女はコートを羽織って財布だけ持ってホテルを出た。郊外の街は早くも静まりかえって眠りについている。
そこだけが白々と明るいコンビニで、いつものビールと小袋のポテトチップスを買った。
ホテルへと戻る道すがら、公園のすみで一本の木蓮が花を咲かせていた。
ようやく寒さがほころび始めた闇のなかで、月明かりに照らされた白い花たちが、ぼんやりと浮かびあがっている。
立ちどまって見上げているうちに、瑞々しく肉厚なその花弁に、彼女はつい触れたくなった。
だけど、届きそうで届かない。
彼なら――バッファローマンなら、きっとあれらの花にやすやすと手が届くだろう。良くないことだと判っていても、どうしてもと彼女がせがめば、「仕方ない」と苦笑いして、花のひとつをもぎ取ってくれるに違いない。
花軸の根元から、ブチリと花を摘んで、彼女がさし出す両手に「ほら」とそっとのせてくれるだろう。
いま、そんなまぼろしの光景が頭のなかに焼きつけられた気がした。
もしも、二人の関係がこのまま終わってしまったら、きっと春が訪れるたびに、彼女はそれを思いだしてしまうだろう。
一方、食事を終えて帰宅したバッファローマンは、リビングでまたもや酒を呑んでいた。腹はくちくなっていたから、何も食べずにバーボンをストレートであおっている。テレビのバラエティ番組があらかた終わって、もうまもなく深夜のニュースが始まるという頃、手元に置いていたモバイルがピリリ、と鳴った。
彼女からだった。
「オレだ」
――返事がない。
バッファローマンが耳をそばだてると、向こうからすすり泣く声が聞こえてくる。
「どうした?」
低く優しい声に今度はしゃくり上げる声がくわわった。
「……ずっと二人で一緒にいたい」
「いいだろ、いれば」
「大好き。バッファのこと、大好きなのに」
「なら帰ってこいよ」
「もう、電車ないの」
バッファローマンが今いる場所をたずねると、駅とホテルの名前がかえってきた。
「何してんだ、そんなトコで」
「自分を見つめ直そうと思って」
「アホか、心配かけやがって。いいか、心配ごとがあったらまず相談しろ。あと泣くくらいならちゃんと口に出せ。判ったか?」
「うん、分かった。明日は帰る」
「ああ。気をつけて帰ってこいよ」
通話のあとで、遠く離れた二人からそれぞれ安堵のため息がもれた。
洗面所の冷たい水でシャバシャバと顔を洗うとさっぱりして、気分もだいぶ落ちついた。
彼女のしたことにバッファローマンは腹を立てているのではないか、最悪電話に出てもらえないのではと恐れていたが、そんな気配はみじんも感じられなかった。
昼間の悲壮感は何処へいったのか、すっかりホッとした彼女は、朝が訪れて帰りの電車に乗ることばかり考えていた。
今度こそ眠れそうな気がしてベッドに横たわっていると、突然部屋の電話が鳴った。フロントからの連絡でバッファローマンを名乗る人物が訪れている。あわててロビーに降りると、告げられたとおり、双角巨躯の超人が佇んでいた。
「どうしたの!?」
「どうって、おまえを迎えにきたんだよ」
ちょっとそこまで、みたいな何気ない口調だった。
「電車、もうなかったよね?タクシーで来たの?」
「いや、走って」
その言葉を裏付けるかのように、バッファローマンの身につけているスウェットの上下はじっとりと汗で濡れていた。部屋着のままで飛び出してきたのか。
「ええっ!?」
「超人なめんな」
バッファローマンは不敵にニヤリと笑った。
二人はダブルの部屋を改めて取りなおした。バッファローマンは「寝る前にシャワーを浴びてくる」と、浴室に消えた。彼女は色ばかりでまるで味のしない備えつけの緑茶を飲んでいる。今夜は、いや、昨日からの出来事がいまだに信じられなかった。何事にも悠揚として、落ち着き払っているあの超人が、彼女に対してこんな一面を見せるなんて。
「やっぱホテルの風呂はせめーな」
バッファローマンはギリギリで胴をまききれないバスタオルで、かろうじて前を隠しつつバスルームから姿を現した。
「ビールでも飲む?」
「明日、いや今日か、朝から予定があっから寝るわ」
「ちょっといい?」
「……壁が薄いからしないぞ」
「ち、ちがうってば!」
座ってほしい、と彼女に言われ、バッファローマンはベッドの縁に腰かけた。その重みに、家具がギシリと抗議の声をあげる。
彼女は目線を合わせるために立ったままでバッファローマンに向かいあうと、と一息胸に吸ってから、おごそかにこう告げた。
「一生大切にします。
絶対に幸せにしますから
バッファローマン、わたしと結婚してください」
正真正銘徹頭徹尾完全無欠空前絶後十全十美バッファローマンは困惑した。どう答えるべきかまるで思い浮かばず、腹を減らした鯉のように口をパクパクさせた。
「……その前に、オレからのプロポーズの返事はどうなったんだ?」
「たくさん考えたの。あなたはとっても強くて素敵な人だから、自分がそれに相応しいパートナーになれるんだろうかって。けど考えれば考えるほど自信がなくなってきちゃって。それでも一人になってみたら判ったの。今までも、これからもあなたのことが大好きだから、ずっとずっと一緒にいたい。そしてあなたにもそう思っていてほしいし、幸せでいてほしい。だからそのために頑張ろうって。さっきのはその決意表明と昨日のプロポーズへの返事です」
彼女はそう言い終えるとみっしりと筋肉のついたバッファローマンの太い首にしがみつき、そこに顔を埋めた。
バッファローマンは自分がバッファローマンである限り、つまり人より大きく強い存在であるがゆえに、自分は常に万人に対しての守護者であらねばならないと思っていた。だけど、彼女との関係はそうではないのだ。これはそういう間柄になろうという申し出なのだ。
バッファローマンはそれを受けようと決めた。
彼女を傷つけないよう、許される限りの力を込めてその身体を抱きしめる。人間のか細く頼りない身体を。
「これから末永く、よろしく頼むぜ」
――二人でベッドに横になって、いつもみたいにとりとめもない話。
「そういえば、プロポーズされたことってある?」
「あるわけねえだろ、そんな怖いもの知らずはおまえくらいだ」
彼女はしてやったりとほくそ笑んだ。
「じゃ、さっきはバッファローマンが未経験でわたしが経験済みという初めてのシチュエーションだったんだね……」
「そのたとえ、キモいからやめろ」
「結婚するのも初めて?」
「ああ」
「わたし、超人の恋人も、同棲も初めてだったの。やっと二人そろって初めてができるね」
「そうだな。もうそろそろ寝ないか?」
「うん」
――パチン。ヘッドボードのライトを消して。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
また明日。
薄いカーテンだけをひいたホテルの部屋に表の街路灯の明かりが射し込んでいる。寝るためだけの殺風景なシングルベッドで彼女は何度目かの寝返りをうった。
近所のファミレスで夕飯を軽くすませ、床にはいる前にシャワーを浴びて、灯りを消したのが22時すぎ。
夕べ眠れなかったから今夜はぐっすりだろうと思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。時間が経つにつれてかえって目がさえていく。その内にずっと横たわっていたせいで身体が痛くなってきて、仕方ないのでベッドを離れた。コンビニでアルコールでも買ってきて飲もう。酔えば気持ちもほぐれて少しは違うかもしれない。
彼女はコートを羽織って財布だけ持ってホテルを出た。郊外の街は早くも静まりかえって眠りについている。
そこだけが白々と明るいコンビニで、いつものビールと小袋のポテトチップスを買った。
ホテルへと戻る道すがら、公園のすみで一本の木蓮が花を咲かせていた。
ようやく寒さがほころび始めた闇のなかで、月明かりに照らされた白い花たちが、ぼんやりと浮かびあがっている。
立ちどまって見上げているうちに、瑞々しく肉厚なその花弁に、彼女はつい触れたくなった。
だけど、届きそうで届かない。
彼なら――バッファローマンなら、きっとあれらの花にやすやすと手が届くだろう。良くないことだと判っていても、どうしてもと彼女がせがめば、「仕方ない」と苦笑いして、花のひとつをもぎ取ってくれるに違いない。
花軸の根元から、ブチリと花を摘んで、彼女がさし出す両手に「ほら」とそっとのせてくれるだろう。
いま、そんなまぼろしの光景が頭のなかに焼きつけられた気がした。
もしも、二人の関係がこのまま終わってしまったら、きっと春が訪れるたびに、彼女はそれを思いだしてしまうだろう。
一方、食事を終えて帰宅したバッファローマンは、リビングでまたもや酒を呑んでいた。腹はくちくなっていたから、何も食べずにバーボンをストレートであおっている。テレビのバラエティ番組があらかた終わって、もうまもなく深夜のニュースが始まるという頃、手元に置いていたモバイルがピリリ、と鳴った。
彼女からだった。
「オレだ」
――返事がない。
バッファローマンが耳をそばだてると、向こうからすすり泣く声が聞こえてくる。
「どうした?」
低く優しい声に今度はしゃくり上げる声がくわわった。
「……ずっと二人で一緒にいたい」
「いいだろ、いれば」
「大好き。バッファのこと、大好きなのに」
「なら帰ってこいよ」
「もう、電車ないの」
バッファローマンが今いる場所をたずねると、駅とホテルの名前がかえってきた。
「何してんだ、そんなトコで」
「自分を見つめ直そうと思って」
「アホか、心配かけやがって。いいか、心配ごとがあったらまず相談しろ。あと泣くくらいならちゃんと口に出せ。判ったか?」
「うん、分かった。明日は帰る」
「ああ。気をつけて帰ってこいよ」
通話のあとで、遠く離れた二人からそれぞれ安堵のため息がもれた。
洗面所の冷たい水でシャバシャバと顔を洗うとさっぱりして、気分もだいぶ落ちついた。
彼女のしたことにバッファローマンは腹を立てているのではないか、最悪電話に出てもらえないのではと恐れていたが、そんな気配はみじんも感じられなかった。
昼間の悲壮感は何処へいったのか、すっかりホッとした彼女は、朝が訪れて帰りの電車に乗ることばかり考えていた。
今度こそ眠れそうな気がしてベッドに横たわっていると、突然部屋の電話が鳴った。フロントからの連絡でバッファローマンを名乗る人物が訪れている。あわててロビーに降りると、告げられたとおり、双角巨躯の超人が佇んでいた。
「どうしたの!?」
「どうって、おまえを迎えにきたんだよ」
ちょっとそこまで、みたいな何気ない口調だった。
「電車、もうなかったよね?タクシーで来たの?」
「いや、走って」
その言葉を裏付けるかのように、バッファローマンの身につけているスウェットの上下はじっとりと汗で濡れていた。部屋着のままで飛び出してきたのか。
「ええっ!?」
「超人なめんな」
バッファローマンは不敵にニヤリと笑った。
二人はダブルの部屋を改めて取りなおした。バッファローマンは「寝る前にシャワーを浴びてくる」と、浴室に消えた。彼女は色ばかりでまるで味のしない備えつけの緑茶を飲んでいる。今夜は、いや、昨日からの出来事がいまだに信じられなかった。何事にも悠揚として、落ち着き払っているあの超人が、彼女に対してこんな一面を見せるなんて。
「やっぱホテルの風呂はせめーな」
バッファローマンはギリギリで胴をまききれないバスタオルで、かろうじて前を隠しつつバスルームから姿を現した。
「ビールでも飲む?」
「明日、いや今日か、朝から予定があっから寝るわ」
「ちょっといい?」
「……壁が薄いからしないぞ」
「ち、ちがうってば!」
座ってほしい、と彼女に言われ、バッファローマンはベッドの縁に腰かけた。その重みに、家具がギシリと抗議の声をあげる。
彼女は目線を合わせるために立ったままでバッファローマンに向かいあうと、と一息胸に吸ってから、おごそかにこう告げた。
「一生大切にします。
絶対に幸せにしますから
バッファローマン、わたしと結婚してください」
正真正銘徹頭徹尾完全無欠空前絶後十全十美バッファローマンは困惑した。どう答えるべきかまるで思い浮かばず、腹を減らした鯉のように口をパクパクさせた。
「……その前に、オレからのプロポーズの返事はどうなったんだ?」
「たくさん考えたの。あなたはとっても強くて素敵な人だから、自分がそれに相応しいパートナーになれるんだろうかって。けど考えれば考えるほど自信がなくなってきちゃって。それでも一人になってみたら判ったの。今までも、これからもあなたのことが大好きだから、ずっとずっと一緒にいたい。そしてあなたにもそう思っていてほしいし、幸せでいてほしい。だからそのために頑張ろうって。さっきのはその決意表明と昨日のプロポーズへの返事です」
彼女はそう言い終えるとみっしりと筋肉のついたバッファローマンの太い首にしがみつき、そこに顔を埋めた。
バッファローマンは自分がバッファローマンである限り、つまり人より大きく強い存在であるがゆえに、自分は常に万人に対しての守護者であらねばならないと思っていた。だけど、彼女との関係はそうではないのだ。これはそういう間柄になろうという申し出なのだ。
バッファローマンはそれを受けようと決めた。
彼女を傷つけないよう、許される限りの力を込めてその身体を抱きしめる。人間のか細く頼りない身体を。
「これから末永く、よろしく頼むぜ」
――二人でベッドに横になって、いつもみたいにとりとめもない話。
「そういえば、プロポーズされたことってある?」
「あるわけねえだろ、そんな怖いもの知らずはおまえくらいだ」
彼女はしてやったりとほくそ笑んだ。
「じゃ、さっきはバッファローマンが未経験でわたしが経験済みという初めてのシチュエーションだったんだね……」
「そのたとえ、キモいからやめろ」
「結婚するのも初めて?」
「ああ」
「わたし、超人の恋人も、同棲も初めてだったの。やっと二人そろって初めてができるね」
「そうだな。もうそろそろ寝ないか?」
「うん」
――パチン。ヘッドボードのライトを消して。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
また明日。