慕情【バッファローマン夢小説】
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入手困難な銘柄の日本酒、その一升瓶を片手に下げてバッファローマンは帰宅した。首もとを締めつけていたネクタイを解きながら、仕事先で貰ったんだ、と言って瓶を彼女に渡す。
「今日の晩めし、焼き鳥食おうぜ。もう支度しちまったか?」
「ううん。今日は甘鯛の開きだけど、バッファがお膳についてから焼くつもりだったから。他の日でも大丈夫。あと、さつま揚げと蕪の炊いたのと、帆立の胡瓜みぞれ和えは作ってあるけど、そっちは焼き鳥と一緒でも変じゃないよね?」
「上出来。じゃあこれから買いにいこう、あの店に」
バッファローマンが言っているのは、駅の近く、ウナギの寝床のような狭い立呑屋のことだ。そこの軒先で焼いている持ち帰り用の焼き鳥を、そのうち買って食べてみようと、二人は事あるごとに話していた。
「そのカッコで行く?」
「上着は脱いでくけどな。マズイか?」
「ううん。スーツ着てるバッファ、だいすき」
彼女はバッファローマンの背中に両腕をまわして抱きしめる。
「おい、汗臭いぞ」
「くさくないです。むしろご褒美です」
「へ、変態」
夜の6時を少しまわっても、まだほんの少し日の名残が空にあった。
薄暮に白く浮かびあがる足元の鈴蘭、いつまでも纏わる蜜柑の花の甘い香り。こんな昼と夜の境目にいると何だか心が覚束なくなって、ここではないどこか遠くへ、ついふらりと行ってしまいたくなる。
「腹がへってんだよ」
彼女がそんな心情を告げると、バッファローマンはそう答えた。
彼は言葉を継ぐ。
「腹が空っぽだから気持ちがフワフワすんのさ。熱い風呂にはいって、飯食って旨い酒飲んで、気持ちいい事して、そうすりゃ寝るころにはそんなこと忘れちまってる」
「それ、いつものバッファじゃない?」
「そうだな、その通りだ。よく言われるよ。食って、飲んで、それからセックス。お前はそれしか考えてないって」
「そこまでは言ってないよ?」
「悪く思ってるわけじゃねえよ。けど、それ以外のことは、その時になってから考えたって別に困らないだろ?」
彼が頭の天辺から爪先まで、100%のバッファローマンとして振る舞うためには、自分のなかが充分に満たされていないとならないのだ。そして、彼の器を満たすためには尋常でない量が必要で。
みんなが「準備万端、はいOK!」になっていても、大抵の場合、彼はまだそこには至っていない。だからこそ、大半のことより己の欲望を満たすことが優先されてしまう。
それが彼という存在なのだ。
そのかわりに彼は己が成すべきことを成す。他の誰にも不可能な、彼にしかできないこと。
死の淵にあってなお巨大なリングを両手で支えた。
いつだったかは神に近しい相手でさえ、激情をもって地に沈めてしまった。
いつか本当に必要なときがきたら、この世界だって彼は独りで支えてしまうだろう。
くだんの立呑屋はいつもと変わらず繁盛していた。提灯ランプの脇、半分開いた小窓の向こう。煮しめた色の団扇を扇ぎながら、ごま塩頭の親爺が備長炭のくべられたコンロの上で、ずらりと並べられた焼き鳥の串をくるり、くるり、と回していた。
頃合いを見ながら、数本を取ると傍らのタレ壺にとぷりと漬ける。
再び火のうえに戻された串から甘辛く香ばしい匂いが立ち上る。
二人の前に数人が並んでいるが、安くて美味しい焼き鳥ならば少々の待ち時間も構わない。
「ネギマとレバーとつくねのタレ3本ずつ、カシラとぼんちりと砂肝の塩3本ずつだね?」
二人の番が回ってきてオーダーを告げると、親爺は確認のために復唱して焼きはじめた。
「たのしみだね!」
「ここのは絶対旨いぜ。また飲み過ぎるな、きっと」
「ほんと懲りないね、私たち」
店内も客でいっぱいだった。作業着姿の若い男や、スーツを着た中年のサラリーマン。身なりは違っても、その日の仕事を終え、杯をかたむけて心からくつろいでいるのは皆一緒だ。
「昔はOLだったんだろ?」
「うん。今の仕事の前はね。制服着て事務してた」
「オレがサラリーマンだったらどんな感じだったかな」
「――もしもバッファがサラリーマンだったら、現場に出るのが大好きな営業課長って感じかな」
「課長かよ!?」
「うん、きっと出世とか全然興味なくって、仲間思いで。とにかく仕事が大好きなの。それで社長に可愛がられてる」
「おまえはエスパーか」
「なにそれ、どういう意味?」
「なんでもねえよ。そうしたらおまえはオレの専属秘書な」
「課長さんは秘書つかないとおもう」
「オレは特別」
「そんなこと許してくれる会社なんてあるかな?」
「そこの社長は実力さえあればいいって言うと思うぞ」
「なんだか、面白そうな会社だね」
「この世で一番面白い会社だ」
二人の見立ては違わず、焼き鳥はどれも美味しかった。
「この砂肝、塩加減が絶妙!」
「レバーもイケるぜ、中はクリーミーで火の遠し方が完璧だ」
「あのお店絶対リピしよう」
「その内、店のなかでも飲んでみたいな」
大好きな人と美味しいものを食べてお酒を飲んで。それからたくさんお喋りをして。
またひとつ、思い出箱の中身が増えた。
猪口に残った最後の日本酒のひとくちを干しながら彼女は思った。
end
初出:PIXIV 2020.05.12
「今日の晩めし、焼き鳥食おうぜ。もう支度しちまったか?」
「ううん。今日は甘鯛の開きだけど、バッファがお膳についてから焼くつもりだったから。他の日でも大丈夫。あと、さつま揚げと蕪の炊いたのと、帆立の胡瓜みぞれ和えは作ってあるけど、そっちは焼き鳥と一緒でも変じゃないよね?」
「上出来。じゃあこれから買いにいこう、あの店に」
バッファローマンが言っているのは、駅の近く、ウナギの寝床のような狭い立呑屋のことだ。そこの軒先で焼いている持ち帰り用の焼き鳥を、そのうち買って食べてみようと、二人は事あるごとに話していた。
「そのカッコで行く?」
「上着は脱いでくけどな。マズイか?」
「ううん。スーツ着てるバッファ、だいすき」
彼女はバッファローマンの背中に両腕をまわして抱きしめる。
「おい、汗臭いぞ」
「くさくないです。むしろご褒美です」
「へ、変態」
夜の6時を少しまわっても、まだほんの少し日の名残が空にあった。
薄暮に白く浮かびあがる足元の鈴蘭、いつまでも纏わる蜜柑の花の甘い香り。こんな昼と夜の境目にいると何だか心が覚束なくなって、ここではないどこか遠くへ、ついふらりと行ってしまいたくなる。
「腹がへってんだよ」
彼女がそんな心情を告げると、バッファローマンはそう答えた。
彼は言葉を継ぐ。
「腹が空っぽだから気持ちがフワフワすんのさ。熱い風呂にはいって、飯食って旨い酒飲んで、気持ちいい事して、そうすりゃ寝るころにはそんなこと忘れちまってる」
「それ、いつものバッファじゃない?」
「そうだな、その通りだ。よく言われるよ。食って、飲んで、それからセックス。お前はそれしか考えてないって」
「そこまでは言ってないよ?」
「悪く思ってるわけじゃねえよ。けど、それ以外のことは、その時になってから考えたって別に困らないだろ?」
彼が頭の天辺から爪先まで、100%のバッファローマンとして振る舞うためには、自分のなかが充分に満たされていないとならないのだ。そして、彼の器を満たすためには尋常でない量が必要で。
みんなが「準備万端、はいOK!」になっていても、大抵の場合、彼はまだそこには至っていない。だからこそ、大半のことより己の欲望を満たすことが優先されてしまう。
それが彼という存在なのだ。
そのかわりに彼は己が成すべきことを成す。他の誰にも不可能な、彼にしかできないこと。
死の淵にあってなお巨大なリングを両手で支えた。
いつだったかは神に近しい相手でさえ、激情をもって地に沈めてしまった。
いつか本当に必要なときがきたら、この世界だって彼は独りで支えてしまうだろう。
くだんの立呑屋はいつもと変わらず繁盛していた。提灯ランプの脇、半分開いた小窓の向こう。煮しめた色の団扇を扇ぎながら、ごま塩頭の親爺が備長炭のくべられたコンロの上で、ずらりと並べられた焼き鳥の串をくるり、くるり、と回していた。
頃合いを見ながら、数本を取ると傍らのタレ壺にとぷりと漬ける。
再び火のうえに戻された串から甘辛く香ばしい匂いが立ち上る。
二人の前に数人が並んでいるが、安くて美味しい焼き鳥ならば少々の待ち時間も構わない。
「ネギマとレバーとつくねのタレ3本ずつ、カシラとぼんちりと砂肝の塩3本ずつだね?」
二人の番が回ってきてオーダーを告げると、親爺は確認のために復唱して焼きはじめた。
「たのしみだね!」
「ここのは絶対旨いぜ。また飲み過ぎるな、きっと」
「ほんと懲りないね、私たち」
店内も客でいっぱいだった。作業着姿の若い男や、スーツを着た中年のサラリーマン。身なりは違っても、その日の仕事を終え、杯をかたむけて心からくつろいでいるのは皆一緒だ。
「昔はOLだったんだろ?」
「うん。今の仕事の前はね。制服着て事務してた」
「オレがサラリーマンだったらどんな感じだったかな」
「――もしもバッファがサラリーマンだったら、現場に出るのが大好きな営業課長って感じかな」
「課長かよ!?」
「うん、きっと出世とか全然興味なくって、仲間思いで。とにかく仕事が大好きなの。それで社長に可愛がられてる」
「おまえはエスパーか」
「なにそれ、どういう意味?」
「なんでもねえよ。そうしたらおまえはオレの専属秘書な」
「課長さんは秘書つかないとおもう」
「オレは特別」
「そんなこと許してくれる会社なんてあるかな?」
「そこの社長は実力さえあればいいって言うと思うぞ」
「なんだか、面白そうな会社だね」
「この世で一番面白い会社だ」
二人の見立ては違わず、焼き鳥はどれも美味しかった。
「この砂肝、塩加減が絶妙!」
「レバーもイケるぜ、中はクリーミーで火の遠し方が完璧だ」
「あのお店絶対リピしよう」
「その内、店のなかでも飲んでみたいな」
大好きな人と美味しいものを食べてお酒を飲んで。それからたくさんお喋りをして。
またひとつ、思い出箱の中身が増えた。
猪口に残った最後の日本酒のひとくちを干しながら彼女は思った。
end
初出:PIXIV 2020.05.12
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