山笑う(ザ・魔雲天夢小説)
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朝のとても早い――まだ夜の気配が充分に残っていて、でもハッキリと終りかかっている時刻、俗に払暁とか黎明と表される頃合い。季節によって時計の針が指す位置は違うけれど、いつもそこには始まりの空気が漂っている。
彼女がコンビニエンスストアの深夜勤務を終えて帰路につくのは大体そんな時間だ。
おおかたの人にとっての始まりの時間に彼女は終わりを迎えている。それは他人よりも長く昨日を生きたということなのか、それとも一足早く今日を始めていたからなのか。
たまにそんなことを彼女は考えるが、未だに答えを出せないままでいる。
職場のコンビニから自宅のアパートまでは徒歩約20分。以前は自転車を使っていたが、コンビニの裏手にとめておいたら勤務中に(たぶん酔っ払いとか)に盗まれて、それきり戻ってこなかった。それからずっと徒歩で通勤している。
ヒタヒタと家路をたどる靴音が静寂に飲み込まれていく。向こうから新聞配達のオートバイが尺取虫のようにノロノロと近づいてきた。
オートバイとすれ違ったあとで、彼女は道の脇にある大きめの公園に足を踏みいれた。
若い女性が通るには少々物騒な時間帯にも思えるが心配は要らない。
(……いた)
彼女視線の先には広場があった。そこに、小山のような――否、文字通り山がうごめいていた。岩石で出来たその身体には、人間さながら手足が生えている。そして何故だか真っ白い胴着を身につけていた。
山、いや彼は樹木に縄を巻きつけ、それをグイ、グイと肩から背負うように前に引いている。その度に樹上の枝がワサワサと揺れ、時おり木の葉がハラハラと落ちる。その背中を朝の木洩れ日がまだらに染めていた。
身の丈300センチはあろうかというその姿は、もちろん中に人間の入った着ぐるみなどではない。
超人だ。
彼は柔道の稽古をしているのだ。
山を模した超人の名は「ザ・魔雲天」という。
超人格闘技に関心のない者でも、「七人の悪魔超人」の名を一度は耳にしたことがあるだろう。
30年近く前に、正義超人キン肉スグルの従者アレキサンドリア・ミートを人質に取り、正義超人らに挑戦を突きつけたグループだ。彼は、そのなかの一人だった。
しかし、彼らは悪魔を冠してはいるが、人間に直接危害を加えることはまずない。
少なくとも彼女の見聞きした悪魔超人に関するニュースにおいては記憶になかった。
もっと広義の悪行超人全般に至ってはその限りではないが。
しかしだからといって彼女が彼らに特別シンパシーを感じていたわけでもない。漠然と、正義超人とは異なる理念でリングに上がる超人たちなのだろうと思っていた。
とにかく彼女が仕事の帰りに、たまたまこの時刻に公園を通ったら、ちょうど彼がいた。真摯に稽古に打ち込む姿に感銘をうけ、その光景が強く印象に残った。それで気がつくと、このルートで自宅に帰るのが日課になっていたのだった。
そんなふうに魔雲天の姿を毎日のように見ているうちに、彼女は彼に対して興味がわいた。
どんな声をしているのだろう。
あの手はやはり堅いのだろうか。
とうとう、ある朝彼女は勇気をだして「おはようございます」と、声をかけた。
すると、大岳は修練の手を止め、正面を向いて深々と会釈をしてあとで挨拶を返してきた。
「おはよう」
ゴロゴロと大岩の転がるような低音のよく響く声だった。
朝の挨拶にはこれから同じ一日を過ごすもの同士の存在確認というか、エールを交換するようなニュアンスがあって、人間同士のみならず超人との間にもそれが成立するのだと、その朝はじめて彼女は知った。まるで科学の法則における再現性のように確立された何か――大仰な言い方をすれば真理のようなもの――にちょっぴり触れた気がしてとても嬉しかった。
ザ・魔雲天は、始まりの予感に満ちた朝の早い時間がことのほか好きだ。公園の人通りはまだ少ないし、大半は通勤や通学などで気ぜわしくしていて彼に関心を向けてくることもない。散歩やウォーキングをする人たちは大抵はひっそりと通りすぎていく。きっと魔雲天と同じように朝の静寂を楽しんでいるのだろう。せいぜいがこちらに挨拶を寄越すくらいだ。
今朝もそんなもの好きな人間の一人がちょうど道の向こうから近づいてきた。
年若い女性だが、いつもピンと背を伸ばして足早に歩いていて、遠目だと少年のようにも見える。
そしていつものように自分の目の前で立ち止まった。
彼女は魔雲天の前までくると、足を止めてペコリと頭を下げた。
「おはようございます」
彼もまた同じように頭を下げてあいさつを返した。
「おはよう」
いつもだったらそれで終わり。魔雲天は修練に戻り、彼女は再び歩き出す。
しかし今朝は違っていた。
「あの、今朝は暑いですね。わたし、冷たいスポーツドリンクを買ったんです。稽古のお邪魔でなければ一緒に飲みませんか?魔雲天さん」
彼女はずっと、彼と挨拶以外にも色々な話をしてみたいと思っていた。だけどなかなかキッカケがつかめず、意気地のなさを理由に諦めてきた。しかし、今回はやっとそれを行動に移したのだった。
これなら少なくともドリンクを飲んでいる間は話ができる。それとも見知らぬ人間からいきなり物などもらえない、と断られるだろうか。
ザ・魔雲天は彼女をしげしげと見たあと、手でアゴをかきながら言った。
「……ありがとう、せっかくだからいただこうか」
彼女がコンビニエンスストアの深夜勤務を終えて帰路につくのは大体そんな時間だ。
おおかたの人にとっての始まりの時間に彼女は終わりを迎えている。それは他人よりも長く昨日を生きたということなのか、それとも一足早く今日を始めていたからなのか。
たまにそんなことを彼女は考えるが、未だに答えを出せないままでいる。
職場のコンビニから自宅のアパートまでは徒歩約20分。以前は自転車を使っていたが、コンビニの裏手にとめておいたら勤務中に(たぶん酔っ払いとか)に盗まれて、それきり戻ってこなかった。それからずっと徒歩で通勤している。
ヒタヒタと家路をたどる靴音が静寂に飲み込まれていく。向こうから新聞配達のオートバイが尺取虫のようにノロノロと近づいてきた。
オートバイとすれ違ったあとで、彼女は道の脇にある大きめの公園に足を踏みいれた。
若い女性が通るには少々物騒な時間帯にも思えるが心配は要らない。
(……いた)
彼女視線の先には広場があった。そこに、小山のような――否、文字通り山がうごめいていた。岩石で出来たその身体には、人間さながら手足が生えている。そして何故だか真っ白い胴着を身につけていた。
山、いや彼は樹木に縄を巻きつけ、それをグイ、グイと肩から背負うように前に引いている。その度に樹上の枝がワサワサと揺れ、時おり木の葉がハラハラと落ちる。その背中を朝の木洩れ日がまだらに染めていた。
身の丈300センチはあろうかというその姿は、もちろん中に人間の入った着ぐるみなどではない。
超人だ。
彼は柔道の稽古をしているのだ。
山を模した超人の名は「ザ・魔雲天」という。
超人格闘技に関心のない者でも、「七人の悪魔超人」の名を一度は耳にしたことがあるだろう。
30年近く前に、正義超人キン肉スグルの従者アレキサンドリア・ミートを人質に取り、正義超人らに挑戦を突きつけたグループだ。彼は、そのなかの一人だった。
しかし、彼らは悪魔を冠してはいるが、人間に直接危害を加えることはまずない。
少なくとも彼女の見聞きした悪魔超人に関するニュースにおいては記憶になかった。
もっと広義の悪行超人全般に至ってはその限りではないが。
しかしだからといって彼女が彼らに特別シンパシーを感じていたわけでもない。漠然と、正義超人とは異なる理念でリングに上がる超人たちなのだろうと思っていた。
とにかく彼女が仕事の帰りに、たまたまこの時刻に公園を通ったら、ちょうど彼がいた。真摯に稽古に打ち込む姿に感銘をうけ、その光景が強く印象に残った。それで気がつくと、このルートで自宅に帰るのが日課になっていたのだった。
そんなふうに魔雲天の姿を毎日のように見ているうちに、彼女は彼に対して興味がわいた。
どんな声をしているのだろう。
あの手はやはり堅いのだろうか。
とうとう、ある朝彼女は勇気をだして「おはようございます」と、声をかけた。
すると、大岳は修練の手を止め、正面を向いて深々と会釈をしてあとで挨拶を返してきた。
「おはよう」
ゴロゴロと大岩の転がるような低音のよく響く声だった。
朝の挨拶にはこれから同じ一日を過ごすもの同士の存在確認というか、エールを交換するようなニュアンスがあって、人間同士のみならず超人との間にもそれが成立するのだと、その朝はじめて彼女は知った。まるで科学の法則における再現性のように確立された何か――大仰な言い方をすれば真理のようなもの――にちょっぴり触れた気がしてとても嬉しかった。
ザ・魔雲天は、始まりの予感に満ちた朝の早い時間がことのほか好きだ。公園の人通りはまだ少ないし、大半は通勤や通学などで気ぜわしくしていて彼に関心を向けてくることもない。散歩やウォーキングをする人たちは大抵はひっそりと通りすぎていく。きっと魔雲天と同じように朝の静寂を楽しんでいるのだろう。せいぜいがこちらに挨拶を寄越すくらいだ。
今朝もそんなもの好きな人間の一人がちょうど道の向こうから近づいてきた。
年若い女性だが、いつもピンと背を伸ばして足早に歩いていて、遠目だと少年のようにも見える。
そしていつものように自分の目の前で立ち止まった。
彼女は魔雲天の前までくると、足を止めてペコリと頭を下げた。
「おはようございます」
彼もまた同じように頭を下げてあいさつを返した。
「おはよう」
いつもだったらそれで終わり。魔雲天は修練に戻り、彼女は再び歩き出す。
しかし今朝は違っていた。
「あの、今朝は暑いですね。わたし、冷たいスポーツドリンクを買ったんです。稽古のお邪魔でなければ一緒に飲みませんか?魔雲天さん」
彼女はずっと、彼と挨拶以外にも色々な話をしてみたいと思っていた。だけどなかなかキッカケがつかめず、意気地のなさを理由に諦めてきた。しかし、今回はやっとそれを行動に移したのだった。
これなら少なくともドリンクを飲んでいる間は話ができる。それとも見知らぬ人間からいきなり物などもらえない、と断られるだろうか。
ザ・魔雲天は彼女をしげしげと見たあと、手でアゴをかきながら言った。
「……ありがとう、せっかくだからいただこうか」
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