海神(わだつみ)
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取り乱した林田をなだめ、部屋の外へ連れ出すと、相良は二人のところに戻ってきて謝罪した。
「お疲れのところ申し訳ありませんでした。『呼ばれた』の話は私も聞いてなくて……どうかお許しください」
「死の一歩手前までいった息子にそんな話を聞かされたら、誰だって取り乱して当然だ。オレたちはそろそろ部屋に引き上げて休ませてもらうから、林田さんのところに行ってやってくれ」
バッファローマンにそう促されて、相良はホッとした表情を浮かべた。
「すみません、お言葉に甘えさせていただきます。明朝のお朝食はウェイターの方からご案内させていただきます。何かありましたら彼にお申し付けください」
そう言いおいてから、失礼します、と一礼して相良は部屋を出ていった。
部屋に戻った二人は言葉少なく寝支度をしてダブルベッドに並んで横たわった。
色々あって疲れているはずなのに、何だか気持ちが高ぶって寝つけない。
彼女は傍らのバッファローマンに声をかけた。
「呼ばれたって、ホントなのかな?」
「どういう意味だ?叱られるのがイヤでウソをついたとでも?」
「ううん。だって、大切な存在でしょ?自分の子供って。なのに、連れてくって、死んじゃうってことだよね。そんな苦しいめに合わせるのかな、母親なのに」
「うーん。フツーは連れてったりしないだろ。子供を持ったことがないから、想像するしかないが。だから、本当は母親じゃねえのかも。母親のフリした――たとえば死神?だったとか」
「もし、そうだとしたら、バッファは死神からあの子の命を取り返したことになるね」
「そんな大したモンじゃねえよ」
「ずっと言おうと思ってたけどそのカッコ、ギリシア神話の神さまみたい。あと、昼間の、あの子を抱いて帰ってきたバッファも海からきた神さまみたいだった」
「あの騒動のときに、んなこと考えてたのか?ずいぶん呑気だな、おまえ」
バッファローマンは苦笑して自分の脇下で丸くなって横たわっている彼女の髪をクシャクシャ撫でた。
つかの間、相手のいらえを待ったが、いつものように返ってこないので傍らに眼を向けた。
彼女は厚い筋肉のついた脇腹に額をあてて、声をころして泣いていた。
「――おい、どうした。どっか痛いのか?」
慌ててバッファローマンが問うと、涙まじりの声で答えが返ってきた。
「ほ、ほんとは、人を呼びにいくあいだ、あの子が死んじゃったらどうしようって、ずっと胸が、バクバクしてて――もしかしたらバッファも、って。でも、わたし、ちょっとしか泳げないし。そうなったら、バッファ重いから、助けてあげられないから、ど、どうしたらって。ふたりとも助かって、安心したけど、さがらさんの、話きいたら、また、おもいだして、こわくなっちゃって」
つかえつかえそこまで言うと、また顔を埋めて泣き出してしまった。
彼は相手を今よりさらに近くに抱き寄せて、両腕で抱きしめた。
「すまん、悪かった」
柔らかな茶色の髪に何度もキスをする。
ゴメンな、そう言って優しく薄い背中をなで続けた。しばらくして気持ちが落ち着いた彼女はバッファローマンの腕のなかから顔を覗かせると
「もう平気」
そう言って照れくさそうに笑った。
彼女が涙で汚れた顔を洗面で洗って戻ってくると、仰向けにベッドに横たわったバッファローマンは呼びよせるように両腕を開いて迎えた。
「どーん」
軽く勢いをつけて幅も厚みもある彼の胸にうつ伏せに寝ころがる。
バッファローマンはラッコのように彼女を抱えこんだ。
「思い出したんだけどな、オレ、昔言われたんだ『神を越えろ』って。正確には『神を越える力を手にいれろ』だったかな」
「……どうやって?」
「知らねえよ、聞いて教えてくれるような相手じゃねえし」
「……もしかして『あのお方』って呼んでる人のコト?」
「まあ、そんなトコだ」
「ヤダ、怖いから」
彼女はキュッと身を縮こまらせた。
「怖くはねえよ、ただ厳しくて激しいだけだ。怖くはねえ……ハズだ」
緩やかに起伏する厚い胸板の上でバッファローマンの声を聞きながら、彼女はゆるゆると考えていた。
どこか別の大陸の神様は「与えてから奪う」そうだ。
今日、バッファローマンは1000の命を摘んだ手で、沈みかけた小さな命をひとつすくいあげた。
彼女の角の生えた神様は「奪ってから与えて」いる。それも奪ったぶんに信じられないくらいの利息を上乗せして。
きっと、ずっとそうしてきた。
だからあの事は彼の一部であって、全てではなかったのだ。
やっとその事に思い至った。そしていま、その考えが肌身に馴染んでいくのを感じている。
誰よりもまずバッファローマンにその事を聞いてほしかったが、眠くてもう口がまわらない。
だから、あした、またはなそう。
夢のなかで、彼女とバッファローマンは波打ち際の貝を拾っていた。そこらじゅうにタカラガイが落ちている。
声をそろえて歌っている。
100個みつけておかねもちー
1000個みつけて城がたつー
手のひらにこぼれ落ちそうなくらいタカラガイを載せて、二人は真夏の太陽みたいに笑っている。
「お疲れのところ申し訳ありませんでした。『呼ばれた』の話は私も聞いてなくて……どうかお許しください」
「死の一歩手前までいった息子にそんな話を聞かされたら、誰だって取り乱して当然だ。オレたちはそろそろ部屋に引き上げて休ませてもらうから、林田さんのところに行ってやってくれ」
バッファローマンにそう促されて、相良はホッとした表情を浮かべた。
「すみません、お言葉に甘えさせていただきます。明朝のお朝食はウェイターの方からご案内させていただきます。何かありましたら彼にお申し付けください」
そう言いおいてから、失礼します、と一礼して相良は部屋を出ていった。
部屋に戻った二人は言葉少なく寝支度をしてダブルベッドに並んで横たわった。
色々あって疲れているはずなのに、何だか気持ちが高ぶって寝つけない。
彼女は傍らのバッファローマンに声をかけた。
「呼ばれたって、ホントなのかな?」
「どういう意味だ?叱られるのがイヤでウソをついたとでも?」
「ううん。だって、大切な存在でしょ?自分の子供って。なのに、連れてくって、死んじゃうってことだよね。そんな苦しいめに合わせるのかな、母親なのに」
「うーん。フツーは連れてったりしないだろ。子供を持ったことがないから、想像するしかないが。だから、本当は母親じゃねえのかも。母親のフリした――たとえば死神?だったとか」
「もし、そうだとしたら、バッファは死神からあの子の命を取り返したことになるね」
「そんな大したモンじゃねえよ」
「ずっと言おうと思ってたけどそのカッコ、ギリシア神話の神さまみたい。あと、昼間の、あの子を抱いて帰ってきたバッファも海からきた神さまみたいだった」
「あの騒動のときに、んなこと考えてたのか?ずいぶん呑気だな、おまえ」
バッファローマンは苦笑して自分の脇下で丸くなって横たわっている彼女の髪をクシャクシャ撫でた。
つかの間、相手のいらえを待ったが、いつものように返ってこないので傍らに眼を向けた。
彼女は厚い筋肉のついた脇腹に額をあてて、声をころして泣いていた。
「――おい、どうした。どっか痛いのか?」
慌ててバッファローマンが問うと、涙まじりの声で答えが返ってきた。
「ほ、ほんとは、人を呼びにいくあいだ、あの子が死んじゃったらどうしようって、ずっと胸が、バクバクしてて――もしかしたらバッファも、って。でも、わたし、ちょっとしか泳げないし。そうなったら、バッファ重いから、助けてあげられないから、ど、どうしたらって。ふたりとも助かって、安心したけど、さがらさんの、話きいたら、また、おもいだして、こわくなっちゃって」
つかえつかえそこまで言うと、また顔を埋めて泣き出してしまった。
彼は相手を今よりさらに近くに抱き寄せて、両腕で抱きしめた。
「すまん、悪かった」
柔らかな茶色の髪に何度もキスをする。
ゴメンな、そう言って優しく薄い背中をなで続けた。しばらくして気持ちが落ち着いた彼女はバッファローマンの腕のなかから顔を覗かせると
「もう平気」
そう言って照れくさそうに笑った。
彼女が涙で汚れた顔を洗面で洗って戻ってくると、仰向けにベッドに横たわったバッファローマンは呼びよせるように両腕を開いて迎えた。
「どーん」
軽く勢いをつけて幅も厚みもある彼の胸にうつ伏せに寝ころがる。
バッファローマンはラッコのように彼女を抱えこんだ。
「思い出したんだけどな、オレ、昔言われたんだ『神を越えろ』って。正確には『神を越える力を手にいれろ』だったかな」
「……どうやって?」
「知らねえよ、聞いて教えてくれるような相手じゃねえし」
「……もしかして『あのお方』って呼んでる人のコト?」
「まあ、そんなトコだ」
「ヤダ、怖いから」
彼女はキュッと身を縮こまらせた。
「怖くはねえよ、ただ厳しくて激しいだけだ。怖くはねえ……ハズだ」
緩やかに起伏する厚い胸板の上でバッファローマンの声を聞きながら、彼女はゆるゆると考えていた。
どこか別の大陸の神様は「与えてから奪う」そうだ。
今日、バッファローマンは1000の命を摘んだ手で、沈みかけた小さな命をひとつすくいあげた。
彼女の角の生えた神様は「奪ってから与えて」いる。それも奪ったぶんに信じられないくらいの利息を上乗せして。
きっと、ずっとそうしてきた。
だからあの事は彼の一部であって、全てではなかったのだ。
やっとその事に思い至った。そしていま、その考えが肌身に馴染んでいくのを感じている。
誰よりもまずバッファローマンにその事を聞いてほしかったが、眠くてもう口がまわらない。
だから、あした、またはなそう。
夢のなかで、彼女とバッファローマンは波打ち際の貝を拾っていた。そこらじゅうにタカラガイが落ちている。
声をそろえて歌っている。
100個みつけておかねもちー
1000個みつけて城がたつー
手のひらにこぼれ落ちそうなくらいタカラガイを載せて、二人は真夏の太陽みたいに笑っている。