海神(わだつみ)
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バッファローマンは重戦車のように波をかき分けてひたすら走った。飛び散った飛沫が自分の顔にもかかり、目がしみる。水の抵抗があって考えているほど速く進めないのが腹立たしい。水深が胸のあたりに届くころ、クロールで泳ぎだした。
目指している小さな頭は浮きつ沈みつし、それでもまだ何とか波の上に姿を見せていた。あと5メートル。そこまで近づいて、聞こえるかどうか判らないまま叫んだ
「おい、チビ!今いくぞ!!」
声は届いたようだ。ハッとしたように振り向いて、近づいてくる双角の男の姿を目にとめた。助けを求めるように必死で彼に向かって小さな手を伸ばす。
それがかえってアダになった。それまでギリギリで浮いていたものがバランスを崩し、頭がポチャリと沈んでしまった。
「おい!」
最後の一かきの代わりに勢いをつけて水中に潜りこんだ。海水の刺激など構わず目を開いて前方を凝視する。
揺らめく視界のなかでもがきながら沈む小さな身体が見えた。バッファローマンは足をグンとかいて必死で手を伸ばす。
たぶん、彼でなければ――巨駆とそれに見あった長腕でなければ届かなかっただろう。
指先が小さな身体に引っかかった。考えることなく、ぐい、と己の方へ引き寄せる。
子供を抱きかかえてグンと足をかき、一息で水面に顔を出した。腕のなかの子供は顔を上に向けてぐったりとしている。横抱きにして取り急ぎ自分の足が立つ深さまで水を掻いてすすんだ。
そうして両手が自由になる場所までくると、バッファローマンは小さな顔を最大限の配慮でペチペチと叩き呼びかけた。
「おい、返事しろ、チビ!」
最初の呼びかけで身動ぎした。頬を叩かれた刺激で薄目をあけ、すぐに咳きこみ、海水を吐き出した。そこまでを自分の眼で確認し、海上での救命処置が必要ないことを確認すると、バッファローマンは自分の左肩に小さい身体をしょって、来たとき以上に急いで砂浜へ向かって歩いていった。
海水を滴らせながら波打ち際までたどり着くと、小さな砂丘の向こうから、こちらへ向かって走りよる3人の人影が見えた。
先頭は黒いスーツに髪をオールバックにした中年の男。身長は180センチはあるだろう、ガッチリとした体格だ。
2番目が彼女。海からあがってきたバッファローマンの姿を認めて、クシャリと泣きそうな顔になった。
しんがりはまた男だった。こちらは中肉中背のおよそどこにでもいそうな、サラリーマン風の男性。彼だけがこけつまろびつし、そのせいで前の2人にずいぶん遅れをとっている。パニック一歩手前のような、必死の形相だ。
波打ち際に立ち尽くすバッファローマンの前に黒いスーツの男がたどり着いた。膝に手をあて必死に息をつぐ。
「き、救急車を、呼ぶように言ってあります。じきに来るでしょう。息は……その子、息はしてますか?」
「ああ、呼吸してる。ぐったりしてるが、意識もある」
力なく広い肩にもたれている子供は、やはり男児で、恐らく5~6歳といったところだろう。線の細い、利発そうな顔をしている。溺れたせいで肌色は青白かった。
バッファローマンがそっと砂浜の上に下ろすと二人の男が男児を取り囲み「完樹(ひろき)!」と大声で呼びかけた。完樹と呼ばれたその子はうっすらと眼を開け、風采のあがらないほうの男を見上げると、
「……おとうさん」とかすれ声でつぶやいた。
「……っ!!」
男は感極まった様子で、声にならない声をあげると息子をかき抱いた。
ちょうどその時、救急車のかすかなサイレン音が聞こえてきた。
目指している小さな頭は浮きつ沈みつし、それでもまだ何とか波の上に姿を見せていた。あと5メートル。そこまで近づいて、聞こえるかどうか判らないまま叫んだ
「おい、チビ!今いくぞ!!」
声は届いたようだ。ハッとしたように振り向いて、近づいてくる双角の男の姿を目にとめた。助けを求めるように必死で彼に向かって小さな手を伸ばす。
それがかえってアダになった。それまでギリギリで浮いていたものがバランスを崩し、頭がポチャリと沈んでしまった。
「おい!」
最後の一かきの代わりに勢いをつけて水中に潜りこんだ。海水の刺激など構わず目を開いて前方を凝視する。
揺らめく視界のなかでもがきながら沈む小さな身体が見えた。バッファローマンは足をグンとかいて必死で手を伸ばす。
たぶん、彼でなければ――巨駆とそれに見あった長腕でなければ届かなかっただろう。
指先が小さな身体に引っかかった。考えることなく、ぐい、と己の方へ引き寄せる。
子供を抱きかかえてグンと足をかき、一息で水面に顔を出した。腕のなかの子供は顔を上に向けてぐったりとしている。横抱きにして取り急ぎ自分の足が立つ深さまで水を掻いてすすんだ。
そうして両手が自由になる場所までくると、バッファローマンは小さな顔を最大限の配慮でペチペチと叩き呼びかけた。
「おい、返事しろ、チビ!」
最初の呼びかけで身動ぎした。頬を叩かれた刺激で薄目をあけ、すぐに咳きこみ、海水を吐き出した。そこまでを自分の眼で確認し、海上での救命処置が必要ないことを確認すると、バッファローマンは自分の左肩に小さい身体をしょって、来たとき以上に急いで砂浜へ向かって歩いていった。
海水を滴らせながら波打ち際までたどり着くと、小さな砂丘の向こうから、こちらへ向かって走りよる3人の人影が見えた。
先頭は黒いスーツに髪をオールバックにした中年の男。身長は180センチはあるだろう、ガッチリとした体格だ。
2番目が彼女。海からあがってきたバッファローマンの姿を認めて、クシャリと泣きそうな顔になった。
しんがりはまた男だった。こちらは中肉中背のおよそどこにでもいそうな、サラリーマン風の男性。彼だけがこけつまろびつし、そのせいで前の2人にずいぶん遅れをとっている。パニック一歩手前のような、必死の形相だ。
波打ち際に立ち尽くすバッファローマンの前に黒いスーツの男がたどり着いた。膝に手をあて必死に息をつぐ。
「き、救急車を、呼ぶように言ってあります。じきに来るでしょう。息は……その子、息はしてますか?」
「ああ、呼吸してる。ぐったりしてるが、意識もある」
力なく広い肩にもたれている子供は、やはり男児で、恐らく5~6歳といったところだろう。線の細い、利発そうな顔をしている。溺れたせいで肌色は青白かった。
バッファローマンがそっと砂浜の上に下ろすと二人の男が男児を取り囲み「完樹(ひろき)!」と大声で呼びかけた。完樹と呼ばれたその子はうっすらと眼を開け、風采のあがらないほうの男を見上げると、
「……おとうさん」とかすれ声でつぶやいた。
「……っ!!」
男は感極まった様子で、声にならない声をあげると息子をかき抱いた。
ちょうどその時、救急車のかすかなサイレン音が聞こえてきた。