海神(わだつみ)
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牡牛と童
「おーい、チンクちゃーん」
バッファローマンは自分の数メートル前をいく彼女に呼びかけた。
相手は振り向きもせず、日傘をステッキのように片手でグルグル回しながら、スタスタ浜辺を歩き続けている。
バッファローマンのあんまりな言い様に憤慨した彼女は「ヒトリで行くから!」と相手の答えを待たずに館内を出て、浜辺に降りると波打ち際を歩きだしてしまった。
そのあとをバッファローマンは鷹揚についていく。色んな意味で百戦錬磨な彼は、彼女が怒っていても抱きしめてキスの一つもすれば、機嫌などすぐ元通りになると判っているのだ。だから、さっきつけたニックネーム(我ながらナイスなネーミングだ、などと思いつつ)で呼びかけたりしている。
彼の足元には所々に打ち上げられた藻屑や、誰かが置き去りにしていった花火の残りカスなどが落ちていたりして、そこに小さな羽虫が群がっている。どこのどんな生き物が開けたのか判らない無数の小さな穴。そんなものに眼を向けながらテロテロ歩いていた。
ふと気がつくと、彼女は砂浜にしゃがみこんで何かを探しているようで、すぐにその姿に追いついた。
「どした?」
「貝、みつけた!タカラガイ!」
差し出された掌を見れば楕円形をした小さな巻き貝がちょこんと載っている。シェル型のマカロニのような形状をしていて、全体はややクリームがかった白色、中央は焦げ茶、そこに白い小さな斑点が散っている。
「珍しいのか?」
「それほどじゃないけど、この貝、昔はお金の代わりだったこともあるの。でね、沖縄のコトバだと『ウシモーモー』って言ったりするんだって!ウシモーモー!!バッファの貝!モーモーって!カワイイね!!」
喋りながら彼女は声をあげて笑いだした。つられてバッファローマンも笑いだす。
――ほら、やっぱり。
と、彼は思った。彼女は楽しいことや嬉しいことを見つけるのが上手で、それらを見つけると全身で享受する。いまもすっかり機嫌が治っていた。
「もうちょっと探していい?」
バッファローマンは彼女のアタマをポンポンして言った。
「ああ、帰りの電車までまだ随分時間があるから――おい、ちょっとアレ見てみろ」
言葉の途中で相手に呼びかけた。促された彼女は立ち上がり、横に並ぶ。
「アレって?」
問いかけに、バッファローマンは正面左手の突堤を指差した。
「アソコ、あの突堤の先のほうにガキがいないか?」
彼女が手でひさしをつくってくだんの場所を見ると、言葉のとおり、いた。遠すぎて年の頃は見当がつかないが、確かに子供、それも小さい年齢だろう。髪が短いようなので恐らく男児だと思うが判断がつきかねる。釣り人の連れかと思ったが、突堤にはその子供以外誰もいなかった。
突堤の向こう側は、消波ブロックが高くまで積まれていて、そのアタマを越えて、波しぶきが時折姿を見せていた。そこを一人でアチコチ覗きながらふらふら歩いている。
「いるね。いるし、お父さんとかお母さんとか、誰もいないみたい」
「危ねえな」
「誰かに知らせるか、様子見に行ってみる?」
そうは言っても土用を過ぎて波の荒くなった海にはもう海水浴客もライフセーバーもいなかった。
眉をしかめて様子を見ていたバッファローマンが小さく声をあげた。
「あぁクソッ、落ちた!」
「うそ!?ヤダ!」
その瞬間バッファローマンはシャツとビルケンシュトックを脱ぎ捨て、持ってろ、と言って財布や手帳、携帯電話を彼女に放り投げた。
「すぐ後ろのホテルいけ。そんでフロントで子供が突堤から海に落ちたっつって救急車呼んでもらえ。自分で携帯でかけたってこの場所の見当なんかつかねえからな。すぐ行け!」
それだけ言うと自分は走りながら海に飛び込んでいった。
彼女も踵を返して背後のホテルに向かって砂浜を駆けあがっていく。
「おーい、チンクちゃーん」
バッファローマンは自分の数メートル前をいく彼女に呼びかけた。
相手は振り向きもせず、日傘をステッキのように片手でグルグル回しながら、スタスタ浜辺を歩き続けている。
バッファローマンのあんまりな言い様に憤慨した彼女は「ヒトリで行くから!」と相手の答えを待たずに館内を出て、浜辺に降りると波打ち際を歩きだしてしまった。
そのあとをバッファローマンは鷹揚についていく。色んな意味で百戦錬磨な彼は、彼女が怒っていても抱きしめてキスの一つもすれば、機嫌などすぐ元通りになると判っているのだ。だから、さっきつけたニックネーム(我ながらナイスなネーミングだ、などと思いつつ)で呼びかけたりしている。
彼の足元には所々に打ち上げられた藻屑や、誰かが置き去りにしていった花火の残りカスなどが落ちていたりして、そこに小さな羽虫が群がっている。どこのどんな生き物が開けたのか判らない無数の小さな穴。そんなものに眼を向けながらテロテロ歩いていた。
ふと気がつくと、彼女は砂浜にしゃがみこんで何かを探しているようで、すぐにその姿に追いついた。
「どした?」
「貝、みつけた!タカラガイ!」
差し出された掌を見れば楕円形をした小さな巻き貝がちょこんと載っている。シェル型のマカロニのような形状をしていて、全体はややクリームがかった白色、中央は焦げ茶、そこに白い小さな斑点が散っている。
「珍しいのか?」
「それほどじゃないけど、この貝、昔はお金の代わりだったこともあるの。でね、沖縄のコトバだと『ウシモーモー』って言ったりするんだって!ウシモーモー!!バッファの貝!モーモーって!カワイイね!!」
喋りながら彼女は声をあげて笑いだした。つられてバッファローマンも笑いだす。
――ほら、やっぱり。
と、彼は思った。彼女は楽しいことや嬉しいことを見つけるのが上手で、それらを見つけると全身で享受する。いまもすっかり機嫌が治っていた。
「もうちょっと探していい?」
バッファローマンは彼女のアタマをポンポンして言った。
「ああ、帰りの電車までまだ随分時間があるから――おい、ちょっとアレ見てみろ」
言葉の途中で相手に呼びかけた。促された彼女は立ち上がり、横に並ぶ。
「アレって?」
問いかけに、バッファローマンは正面左手の突堤を指差した。
「アソコ、あの突堤の先のほうにガキがいないか?」
彼女が手でひさしをつくってくだんの場所を見ると、言葉のとおり、いた。遠すぎて年の頃は見当がつかないが、確かに子供、それも小さい年齢だろう。髪が短いようなので恐らく男児だと思うが判断がつきかねる。釣り人の連れかと思ったが、突堤にはその子供以外誰もいなかった。
突堤の向こう側は、消波ブロックが高くまで積まれていて、そのアタマを越えて、波しぶきが時折姿を見せていた。そこを一人でアチコチ覗きながらふらふら歩いている。
「いるね。いるし、お父さんとかお母さんとか、誰もいないみたい」
「危ねえな」
「誰かに知らせるか、様子見に行ってみる?」
そうは言っても土用を過ぎて波の荒くなった海にはもう海水浴客もライフセーバーもいなかった。
眉をしかめて様子を見ていたバッファローマンが小さく声をあげた。
「あぁクソッ、落ちた!」
「うそ!?ヤダ!」
その瞬間バッファローマンはシャツとビルケンシュトックを脱ぎ捨て、持ってろ、と言って財布や手帳、携帯電話を彼女に放り投げた。
「すぐ後ろのホテルいけ。そんでフロントで子供が突堤から海に落ちたっつって救急車呼んでもらえ。自分で携帯でかけたってこの場所の見当なんかつかねえからな。すぐ行け!」
それだけ言うと自分は走りながら海に飛び込んでいった。
彼女も踵を返して背後のホテルに向かって砂浜を駆けあがっていく。