心とかすような(バッファローマン夢小説)
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その日以降、彼女はバラ色の世界で暮らしているようだった。得もいわれぬ多幸感につつまれ、見るもの聴くものの全てが色鮮やかだ。
バッファローマンに恋をしているのだ、と自覚していた。
はっきりとした言葉では告げられなかったけれど、あの行為は彼も同じ気持ちなのだと――たぶん――思っていた。
近ごろ太陽はまばゆく、足元に浮かぶ影はいっそう色が濃くなり、こうなると、誰もがチリのような刺激的な食べ物が欲しくなるようで、早い日には夕方前に品物が売り切れてしまうこともある。その日もご多聞にもれず、午後4時前には制服を着た学生が最後のホットドッグを買って、いそいそとベンチの方へ歩いていった。高校生くらいだろうか。あのくらいの年齢はいついかなる時でも腹をすかしているものだ。彼女もそんなふうだったからよく判る。
店をしめ、まだ時間に余裕があったので、本社に帰るまえに久しぶりに公園のなかを散策することにした。
園内のはずれには築山のように小高い場所があって、とりわけ陽当たりがよく、四季を通じて色とりどりの花が咲くように整えられた花壇や、手入れのゆきとどいたハーブ園などもうけられている。彼女はそこへ足を運んだ。
枝先からあおい若芽を次々とのぞかせているアジサイ、とろけるようなやわらかい緑色をしたクチナシの若葉。いよいよ咲き始めた泰山木が頭上からこちらを見おろしている。ハーブ園では働きもののミツバチたちが、せわしなくラベンダーの花から花へ飛びまわっていた。
「よいしょ、っと」
花壇のわきに添えもののようにポツンと置かれたベンチに腰をおろし、店の分から自腹で買ったメキシコ・コーラの缶を開けてゴクゴクと半分ほど飲んだ。彼女も今ではバッファローマンにならってメキシコ・コーラを好んで飲むようになっていた。本家の――アメリカのものと、メキシコのコーラは成分の一部に違いがある。とは言っても名前の由来になったあの植物が後者に混ぜられているわけではなく、甘味料が異なっており、アメリカはコーンシロップ、メキシコは砂糖を使用していて、それが味の違いになっているというのが定説のようだ。
炭酸がここちよく喉を刺激し、食道へとすべり落ちていく。いい気分でのびをすると、黒い金属製のベンチの背もたれは、陽ざしの温もりをたくわえていた。
初めて会ったとき、バッファローマンは自分の体重が220キロあると言っていた。練鉄でできた肉の厚いこのベンチなら、あの超人でも座れるかもしれない。
そんなことを考えた瞬間、背後から当のバッファローマンの声がひびいた。
「ココにいたのか」
念じて通じるとはこういうことを言うのだろう。
「バッファローマンさん!?」
「クルマはあったけど、店は閉めたみたいだったから。その辺にいるのかな、と思って」
バッファローマンはベンチに歩みよると「座るぜ」といって腰をおろした。くだんのベンチは彼女の想像したとおり、悲鳴をあげるでもなく、やすやすと巨体を受けとめた。
「もう少し早くくればよかったな。久しぶりにメキシコカン・コークでも飲もうと思ってたんだが」
「口をつけちゃったんですけど、もしイヤでなかったら」
ス、と差しだされた缶をバッファローマンは礼を告げたあとに受けとって飲んだ。
「この場所はいいよな」
「よく来るんですか?」
「たまにな。人がこなくて静かだから。そういう気分のときもあるのさ」
ああ。彼はどれだけ多様性を内包する世界にあっても、やはり、はみ出してしまう瞬間があるのだ。そんな場面で生じたしこりを、少しだけ天に近いこの場所にきて、太陽の熱をあてて溶かすのだろう。そしてきれいさっぱり、いつもの自分に戻ったら、また下界に戻っていく。
「明日も、こんな風にいい日になったらいいなぁ」
「なるさ」
確信にみちた声音にそっと横顔をうかがえば、バッファローマンの横顔を茜色の陽光が照らしている。
見上げるほど背の高い彼が見る世界では、他の人より少しだけ早く明日が訪れているのかもしれない。
それきり二人は何も話さず、ただ沈んでいく夕陽がをながめていた。
バッファローマンと彼女は宵の口になるまえにそこをあとにした。名残惜しく戻ってきたキッチンカーのとなりには、なぜか男がひとりたたずんでいる。壮年よりやや手前の、健康そうな男性で、バッファローマンには遠くおよばないものの日本人男性にしては背が高い。いかにも体育会系といった雰囲気だった。
その姿をみとめると、彼女は小さく「あっ」と声をあげた。
「知り合いか?」
「……ええ、いちおう」
男はツカツカと二人のところへ歩みよると間髪いれず彼女に語りかけた。
「なあ、頼むから戻ってきてくれよ」
バッファローマンに恋をしているのだ、と自覚していた。
はっきりとした言葉では告げられなかったけれど、あの行為は彼も同じ気持ちなのだと――たぶん――思っていた。
近ごろ太陽はまばゆく、足元に浮かぶ影はいっそう色が濃くなり、こうなると、誰もがチリのような刺激的な食べ物が欲しくなるようで、早い日には夕方前に品物が売り切れてしまうこともある。その日もご多聞にもれず、午後4時前には制服を着た学生が最後のホットドッグを買って、いそいそとベンチの方へ歩いていった。高校生くらいだろうか。あのくらいの年齢はいついかなる時でも腹をすかしているものだ。彼女もそんなふうだったからよく判る。
店をしめ、まだ時間に余裕があったので、本社に帰るまえに久しぶりに公園のなかを散策することにした。
園内のはずれには築山のように小高い場所があって、とりわけ陽当たりがよく、四季を通じて色とりどりの花が咲くように整えられた花壇や、手入れのゆきとどいたハーブ園などもうけられている。彼女はそこへ足を運んだ。
枝先からあおい若芽を次々とのぞかせているアジサイ、とろけるようなやわらかい緑色をしたクチナシの若葉。いよいよ咲き始めた泰山木が頭上からこちらを見おろしている。ハーブ園では働きもののミツバチたちが、せわしなくラベンダーの花から花へ飛びまわっていた。
「よいしょ、っと」
花壇のわきに添えもののようにポツンと置かれたベンチに腰をおろし、店の分から自腹で買ったメキシコ・コーラの缶を開けてゴクゴクと半分ほど飲んだ。彼女も今ではバッファローマンにならってメキシコ・コーラを好んで飲むようになっていた。本家の――アメリカのものと、メキシコのコーラは成分の一部に違いがある。とは言っても名前の由来になったあの植物が後者に混ぜられているわけではなく、甘味料が異なっており、アメリカはコーンシロップ、メキシコは砂糖を使用していて、それが味の違いになっているというのが定説のようだ。
炭酸がここちよく喉を刺激し、食道へとすべり落ちていく。いい気分でのびをすると、黒い金属製のベンチの背もたれは、陽ざしの温もりをたくわえていた。
初めて会ったとき、バッファローマンは自分の体重が220キロあると言っていた。練鉄でできた肉の厚いこのベンチなら、あの超人でも座れるかもしれない。
そんなことを考えた瞬間、背後から当のバッファローマンの声がひびいた。
「ココにいたのか」
念じて通じるとはこういうことを言うのだろう。
「バッファローマンさん!?」
「クルマはあったけど、店は閉めたみたいだったから。その辺にいるのかな、と思って」
バッファローマンはベンチに歩みよると「座るぜ」といって腰をおろした。くだんのベンチは彼女の想像したとおり、悲鳴をあげるでもなく、やすやすと巨体を受けとめた。
「もう少し早くくればよかったな。久しぶりにメキシコカン・コークでも飲もうと思ってたんだが」
「口をつけちゃったんですけど、もしイヤでなかったら」
ス、と差しだされた缶をバッファローマンは礼を告げたあとに受けとって飲んだ。
「この場所はいいよな」
「よく来るんですか?」
「たまにな。人がこなくて静かだから。そういう気分のときもあるのさ」
ああ。彼はどれだけ多様性を内包する世界にあっても、やはり、はみ出してしまう瞬間があるのだ。そんな場面で生じたしこりを、少しだけ天に近いこの場所にきて、太陽の熱をあてて溶かすのだろう。そしてきれいさっぱり、いつもの自分に戻ったら、また下界に戻っていく。
「明日も、こんな風にいい日になったらいいなぁ」
「なるさ」
確信にみちた声音にそっと横顔をうかがえば、バッファローマンの横顔を茜色の陽光が照らしている。
見上げるほど背の高い彼が見る世界では、他の人より少しだけ早く明日が訪れているのかもしれない。
それきり二人は何も話さず、ただ沈んでいく夕陽がをながめていた。
バッファローマンと彼女は宵の口になるまえにそこをあとにした。名残惜しく戻ってきたキッチンカーのとなりには、なぜか男がひとりたたずんでいる。壮年よりやや手前の、健康そうな男性で、バッファローマンには遠くおよばないものの日本人男性にしては背が高い。いかにも体育会系といった雰囲気だった。
その姿をみとめると、彼女は小さく「あっ」と声をあげた。
「知り合いか?」
「……ええ、いちおう」
男はツカツカと二人のところへ歩みよると間髪いれず彼女に語りかけた。
「なあ、頼むから戻ってきてくれよ」