心とかすような(バッファローマン夢小説)
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バッファローマンはせまい車内をリスのようにすばしこく動きまわる彼女の様子を、なんとはなしに眺めていた。パンをトースターに入れたり、保温機のチリコンカンの様子を確かめたり。そのたびにキュッとたばねてポニーテールにした髪が右に左にゆれうごく。鮮やかな赤いTシャツはバッファローマンのイメージカラーと同じ色味で、ブーツカットのジーンズはガラガラヘビが絶対に寄ってこないような、冴えたインディゴブルー。屋号がプリントされたオフホワイトのキャンバス地のエプロンはいかにも働き者といったふうだ。
やがて反対側のドアから彼女がふたたび姿をあらわして「おまたせしました!」という声とともに、いかにも旨そうに湯気をたてるホットドッグと、コーラをなみなみと充たしたカップがさしだされた。
「サンキュー」
それらがバッファローマンの大きな手におさまると、ままごと道具みたいにちっぽけにみえた。受けとる瞬間、こちらに伸ばされた腕に火傷の痕跡が幾つかあるのを彼は目にした。調理の最中にこしらえたのだろうか。狭い車内で作業していたら、そういう場面が山ほどあるだろうから。やせっぽちだけど、ガッツはあるのだろう。
「いま、イスを出しますね」
折りたたみ式のイスを出そうとした彼女をバッファローマンは制した。
「いや、いい。オレが座るとたぶんそのイスは壊れる」
「えっ!?」
「オレの体重は220キロだ」
「に、にひゃく!?」
およそ人間であれば到達しえないだろう数値に、彼女は目を白黒させた。
「今日のところは立ったまま食わせてもらうよ」
ともかくも、腹のうずきに耐えかねて、バッファローマンはホットドッグを口にはこんだ。とたんに刺激的なチリのスパイスの香りが口いっぱいに広がり、ソーセージに歯をたてるとパキリとあざやかに弾けて割れ、肉汁があふれだした。チリの辛さと肉汁のハーモニーは濃厚で力強い味わいをつくりあげ、噛むうちにパンの甘味が、それらをやわらかく中和していく。そうしてたちまちホットドッグを食べつくすと、間髪いれずカップのなかのメキシコ・コーラも飲みほす。最後の一口を飲みくだし、大きくとびだした彼の喉仏がゴクリと上下して幕は閉じた。
その食べっぷり、飲みっぷりのあまりの勢いのよさに、彼女はポカン、と口をあけてただ見つめるばかりだった。
「ああ、うまかった」
満足げにため息をつくバッファローマン。
「ありがとうございます」
「いい味だ。向こうで食べたのと変わらない」
「嬉しいです、そういってもらえると」
「じゃあ、またな」
彼女は立ち去っていく双角巨躯の超人の背中をいつまでもながめていた。ほんのわずかな時間だったが、初めて話ができたし、自分の作ったホットドッグを食べて「おいしい」といってくれた。とても大きくて強そうで――いや、実際強い。そしてミステリアス。それから笑った顔はとてもハンサムだった。
なんだか夢を見ているようだ。
旨いもので食欲を満たしたバッファローマンは朝よりずっといい気分で歩いていた。人目がないのをたしかめてから、炭酸をのんであがってきたゲップを口から逃がしてやる。
それから彼女との出会いを思いだす。うっとりとこちらを見上げていたっけ。可愛い娘だ。
とはいっても彼がその気になってほほ笑めば、たいていの相手はそんな表情を浮かべるのだが。
バッファローマンは、風貌のみならず来歴もあいまって、道を歩けばこぞって人々が道を開けるような、畏怖の象徴として常より扱われるのだろうと思われがちだが、実情は異なる。彼は自分がどんな印象を他人に与えているのか充分承知しているし、それに対処する術もすっかり身についているからだ。
むやみに相手をおどろかせたり怖がらせないよう、リング以外の場所では意図して大らかな物腰を心がけ、超人レスラーとしてのイメージを損ねない程度には笑顔だって浮かべる。そうすることで「怖そうだけど、実は優しい」と相手の期待をいい意味で裏切ってみせるのだ。
だから彼女もその巧妙な手管にあっさり転がされた一人にすぎなかったのだが、その単純さ、良くいえば純心無垢な印象以外に、バッファローマンの来歴にオーバーラップするようなエピソードがあったので、次に会ったときにはもう少し仲良くなってみようか、とバッファローマンは思った。
それからバッファローマンは、彼女の前に時たま姿を見せるようになった。
決まった曜日ではなく毎週でもなかった。たぶん十日に一度くらいだったろうか。
いつもチリドッグとメキシコ・コーラを頼んで、たちまち腹におさめたあと、すこしばかり彼女と会話をかわして去っていく。
彼女は彼の来訪を心待ちにするようになっていた。
もちろん客としてだけではなく、個人的にも。
やがて反対側のドアから彼女がふたたび姿をあらわして「おまたせしました!」という声とともに、いかにも旨そうに湯気をたてるホットドッグと、コーラをなみなみと充たしたカップがさしだされた。
「サンキュー」
それらがバッファローマンの大きな手におさまると、ままごと道具みたいにちっぽけにみえた。受けとる瞬間、こちらに伸ばされた腕に火傷の痕跡が幾つかあるのを彼は目にした。調理の最中にこしらえたのだろうか。狭い車内で作業していたら、そういう場面が山ほどあるだろうから。やせっぽちだけど、ガッツはあるのだろう。
「いま、イスを出しますね」
折りたたみ式のイスを出そうとした彼女をバッファローマンは制した。
「いや、いい。オレが座るとたぶんそのイスは壊れる」
「えっ!?」
「オレの体重は220キロだ」
「に、にひゃく!?」
およそ人間であれば到達しえないだろう数値に、彼女は目を白黒させた。
「今日のところは立ったまま食わせてもらうよ」
ともかくも、腹のうずきに耐えかねて、バッファローマンはホットドッグを口にはこんだ。とたんに刺激的なチリのスパイスの香りが口いっぱいに広がり、ソーセージに歯をたてるとパキリとあざやかに弾けて割れ、肉汁があふれだした。チリの辛さと肉汁のハーモニーは濃厚で力強い味わいをつくりあげ、噛むうちにパンの甘味が、それらをやわらかく中和していく。そうしてたちまちホットドッグを食べつくすと、間髪いれずカップのなかのメキシコ・コーラも飲みほす。最後の一口を飲みくだし、大きくとびだした彼の喉仏がゴクリと上下して幕は閉じた。
その食べっぷり、飲みっぷりのあまりの勢いのよさに、彼女はポカン、と口をあけてただ見つめるばかりだった。
「ああ、うまかった」
満足げにため息をつくバッファローマン。
「ありがとうございます」
「いい味だ。向こうで食べたのと変わらない」
「嬉しいです、そういってもらえると」
「じゃあ、またな」
彼女は立ち去っていく双角巨躯の超人の背中をいつまでもながめていた。ほんのわずかな時間だったが、初めて話ができたし、自分の作ったホットドッグを食べて「おいしい」といってくれた。とても大きくて強そうで――いや、実際強い。そしてミステリアス。それから笑った顔はとてもハンサムだった。
なんだか夢を見ているようだ。
旨いもので食欲を満たしたバッファローマンは朝よりずっといい気分で歩いていた。人目がないのをたしかめてから、炭酸をのんであがってきたゲップを口から逃がしてやる。
それから彼女との出会いを思いだす。うっとりとこちらを見上げていたっけ。可愛い娘だ。
とはいっても彼がその気になってほほ笑めば、たいていの相手はそんな表情を浮かべるのだが。
バッファローマンは、風貌のみならず来歴もあいまって、道を歩けばこぞって人々が道を開けるような、畏怖の象徴として常より扱われるのだろうと思われがちだが、実情は異なる。彼は自分がどんな印象を他人に与えているのか充分承知しているし、それに対処する術もすっかり身についているからだ。
むやみに相手をおどろかせたり怖がらせないよう、リング以外の場所では意図して大らかな物腰を心がけ、超人レスラーとしてのイメージを損ねない程度には笑顔だって浮かべる。そうすることで「怖そうだけど、実は優しい」と相手の期待をいい意味で裏切ってみせるのだ。
だから彼女もその巧妙な手管にあっさり転がされた一人にすぎなかったのだが、その単純さ、良くいえば純心無垢な印象以外に、バッファローマンの来歴にオーバーラップするようなエピソードがあったので、次に会ったときにはもう少し仲良くなってみようか、とバッファローマンは思った。
それからバッファローマンは、彼女の前に時たま姿を見せるようになった。
決まった曜日ではなく毎週でもなかった。たぶん十日に一度くらいだったろうか。
いつもチリドッグとメキシコ・コーラを頼んで、たちまち腹におさめたあと、すこしばかり彼女と会話をかわして去っていく。
彼女は彼の来訪を心待ちにするようになっていた。
もちろん客としてだけではなく、個人的にも。