波紋(アトランティス夢小説)
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いつもの池のほとり。
人気がないことを確かめて白い小石をひとつ放ると、チョポンと小さな音がして、波紋を描いて水中に消えた。
何でもないような顔をして膝をかかえて座りこむ。
ザブリ、と彼が姿を現した。
「――アトランティス」
彼女が顔をほころばせるのと対照的に、アトランティスは無言で水からあがった。
身体のアチコチから雫がポタポタとたれている。
ざらりとした体表を伝うそれは、水の小路のようだ。
少しも嬉しくなさそうな、それでいてちゃんと彼女の隣にあぐらをかいて座りこむ。
「暑いわね、きょうは」
「水中(なか)は暑くない」
「うらやましいわ」
「だろうな」
おままごとのような逢瀬を続けてそろそろ三ヶ月になる。
ある日の夕まぐれ、池のほとりを歩いていた彼女は、ふいにバッグから丸いコンパクトを取り出した。
さっきから眼がゴロゴロして、きっとゴミでもはいったのだろう、それを確かめたかった。
パステルトーンのペイズリー柄で、蓋をとじる時にパクンと音がするお気に入りの品。
ところが運悪くソレをポロリと取り落とした。
哀れなコンパクトはトン、とひとつ地を跳ねてポチャン、と水中に消えた。
(……どうしよう)
池をさらって探すほどの貴重品ではなく、さりとて運が悪かったとあっさりあきらめるには惜しい品物だった。
その時、下手の水中からこちらに向かってゆらりと影が訪れた。
人のような形をしたそれは、さっきと同じようにザブリと水中から姿を現したのだった。
彼の手には彼女のコンパクトが握られていた。
そうして二人は出会った。
とはいえ、それをキッカケだと思っていたのは彼女だけで、アトランティスはそれきりのつもりでいた。
だからそのあと毎日のように同じ時刻にそこに座りこんでいる彼女の姿が煩わしくて、つとめてその場所を避けていた。
そんな状態が半月ほど続いたある雨の日、黄色い傘をさして昨日と同じように自分を待っている彼女を見て、腹立たしいやら不可解やらでとびきりしかめ面をしたアトランティスは、気がつけば相手の目の前にザブリと姿を現し、
「迷惑だからココに来るのは水曜日だけにしてくれ」
と告げていたのだった。
突然待ち人が現れて、勝手に曜日を指定されて、けれどずっとずっと会いたかったので、彼女は嬉しさではち切れそうになりながら
「わかった、水曜日ね!」
と、満面の笑みを浮かべて応えたのだった。
それ以来、なし崩しに週に一度は顔を合わせている。
「来週、花火大会があるのよ?」
「ふうん」
「お弁当をつくろうと思うのだけど、あなたはおにぎりとサンドイッチならどっちが好きなのかしら?」
「なんで?」
「花火を見ながら、お弁当を食べましょうよ」
「オレは花火を観るともアンタと飯を食うとも言ってない」
「でも、二人で観たらきっと楽しいわ。その内にお腹もすくでしょうし。
山のね、向こう側で打ち上げるの。だけど、とてもとても高く上がるから、この近所ならどこででも観られるのよ」
付き合いきれない、といった風でアトランティスはスッと立ち上がった。
「帰る」
「ね、待ってるから。わたし、ワンピースを着るつもりなの。真っ白な、お気に入りの」
彼女に背を向けたまま彼は肩をすくめた。
「カイザーサンドイッチ」
「……え?」
「たっぷり胡椒をまぶしてあるパストラミとカマンベール。エンダイブにしてくれ、レタスはベチャッとする」
「わかったわ、カイザーサンドイッチね?楽しみにしてて!」
まかせておけと言わんばかりに彼女は胸をトン、と叩いた。
「――ケッ」
アトランティスは振り返りもせずに水に飛び込むと、そのまま姿を消した。
三重の波紋がその輪を広げていき、やがて消えた。
夜空に咲く大輪の打ち上げ花火。
きっと彼も気に入ってくれるだろう。
その真ん丸でつるりとなめらかな紅い目玉にそれが映りこむ様を想像して、彼女はウットリとした。
それから、とっても美味しいサンドイッチを食べたらいつもより機嫌が良くなるかもしれない。
そうしたら。
(キスは……ないだろうなぁ、まだ)
でも、もしかしたら手をつなぐくらいは、できるかもしれない。
どうか、雨だけは降りませんに。
自分以外に人気のなくなった池のほとりで彼女は立ち上がって、スカートのすそについた枯れ草をパッパとはらうと帰宅の途についた。
end
初出:PIXIV 2020.07.31
人気がないことを確かめて白い小石をひとつ放ると、チョポンと小さな音がして、波紋を描いて水中に消えた。
何でもないような顔をして膝をかかえて座りこむ。
ザブリ、と彼が姿を現した。
「――アトランティス」
彼女が顔をほころばせるのと対照的に、アトランティスは無言で水からあがった。
身体のアチコチから雫がポタポタとたれている。
ざらりとした体表を伝うそれは、水の小路のようだ。
少しも嬉しくなさそうな、それでいてちゃんと彼女の隣にあぐらをかいて座りこむ。
「暑いわね、きょうは」
「水中(なか)は暑くない」
「うらやましいわ」
「だろうな」
おままごとのような逢瀬を続けてそろそろ三ヶ月になる。
ある日の夕まぐれ、池のほとりを歩いていた彼女は、ふいにバッグから丸いコンパクトを取り出した。
さっきから眼がゴロゴロして、きっとゴミでもはいったのだろう、それを確かめたかった。
パステルトーンのペイズリー柄で、蓋をとじる時にパクンと音がするお気に入りの品。
ところが運悪くソレをポロリと取り落とした。
哀れなコンパクトはトン、とひとつ地を跳ねてポチャン、と水中に消えた。
(……どうしよう)
池をさらって探すほどの貴重品ではなく、さりとて運が悪かったとあっさりあきらめるには惜しい品物だった。
その時、下手の水中からこちらに向かってゆらりと影が訪れた。
人のような形をしたそれは、さっきと同じようにザブリと水中から姿を現したのだった。
彼の手には彼女のコンパクトが握られていた。
そうして二人は出会った。
とはいえ、それをキッカケだと思っていたのは彼女だけで、アトランティスはそれきりのつもりでいた。
だからそのあと毎日のように同じ時刻にそこに座りこんでいる彼女の姿が煩わしくて、つとめてその場所を避けていた。
そんな状態が半月ほど続いたある雨の日、黄色い傘をさして昨日と同じように自分を待っている彼女を見て、腹立たしいやら不可解やらでとびきりしかめ面をしたアトランティスは、気がつけば相手の目の前にザブリと姿を現し、
「迷惑だからココに来るのは水曜日だけにしてくれ」
と告げていたのだった。
突然待ち人が現れて、勝手に曜日を指定されて、けれどずっとずっと会いたかったので、彼女は嬉しさではち切れそうになりながら
「わかった、水曜日ね!」
と、満面の笑みを浮かべて応えたのだった。
それ以来、なし崩しに週に一度は顔を合わせている。
「来週、花火大会があるのよ?」
「ふうん」
「お弁当をつくろうと思うのだけど、あなたはおにぎりとサンドイッチならどっちが好きなのかしら?」
「なんで?」
「花火を見ながら、お弁当を食べましょうよ」
「オレは花火を観るともアンタと飯を食うとも言ってない」
「でも、二人で観たらきっと楽しいわ。その内にお腹もすくでしょうし。
山のね、向こう側で打ち上げるの。だけど、とてもとても高く上がるから、この近所ならどこででも観られるのよ」
付き合いきれない、といった風でアトランティスはスッと立ち上がった。
「帰る」
「ね、待ってるから。わたし、ワンピースを着るつもりなの。真っ白な、お気に入りの」
彼女に背を向けたまま彼は肩をすくめた。
「カイザーサンドイッチ」
「……え?」
「たっぷり胡椒をまぶしてあるパストラミとカマンベール。エンダイブにしてくれ、レタスはベチャッとする」
「わかったわ、カイザーサンドイッチね?楽しみにしてて!」
まかせておけと言わんばかりに彼女は胸をトン、と叩いた。
「――ケッ」
アトランティスは振り返りもせずに水に飛び込むと、そのまま姿を消した。
三重の波紋がその輪を広げていき、やがて消えた。
夜空に咲く大輪の打ち上げ花火。
きっと彼も気に入ってくれるだろう。
その真ん丸でつるりとなめらかな紅い目玉にそれが映りこむ様を想像して、彼女はウットリとした。
それから、とっても美味しいサンドイッチを食べたらいつもより機嫌が良くなるかもしれない。
そうしたら。
(キスは……ないだろうなぁ、まだ)
でも、もしかしたら手をつなぐくらいは、できるかもしれない。
どうか、雨だけは降りませんに。
自分以外に人気のなくなった池のほとりで彼女は立ち上がって、スカートのすそについた枯れ草をパッパとはらうと帰宅の途についた。
end
初出:PIXIV 2020.07.31
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