The museum(バッファローマン夢小説)
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街に――電車にのって、普段しないような買い物とか用足しをするために――行くとき、二人はなるべく平日の午前中に出かけるようにしている。
通勤ラッシュがしばらく前に一段落して、昼食のメニューを考えるにはまだ早いような時間。
その日はバッファローマンと彼女は夏に必要になりそうな細々としたもの、例えばベランダ側の窓に取り付ける(ちょっと規格外のサイズの)よしずとか、二人の好みに合うような団扇を買いに、電車に乗って繁華街にある大型ホームセンターまで足を運んだ。
バッファローマンは明るめのグレーで折り目のないスラックス、ダークレッドのボタンダウンシャツ、気に入りのブラウンのポストマンシューズを履いていた。
彼女はテンセルでできた、てろんとした風合いのワイドパンツと一部に金糸を使った生地でできた畝織のサマーセーター。それからラメを散らした黒のミュールを履いている。
ホームセンターで用事を済ませたあと、表通りから一本離れた道を歩いていた。ここに続いているポプラの並木道はこの季節、濃い樹影をアスファルトに落とし、居心地のよい爽やかな空気を作り出していた。すくすく育ったその葉は感心するほど大きく、あっけらかんとした伸びやかさは何となくバッファローマンに似たものを感じさせた。
並木道の途中には小さな洋館がある。明治時代にはとある文化人が住まわっており、そこを拠点にさまざまな集いや催しが開かれていた。現在は著名な作家がそこを所有し美術館とし、定期的にイベントを開催していた。
この施設について二人が詳しいのは、催事のテーマが好みで、キュレーターの感性に少しばかり親近感を抱いていたからだ。
その日はとあるフォトグラファーの作品展が催されていた。
「せっかくだから寄ってくか」
「うん!」
二人分のチケットを求めて館内に入る。チケットは肉厚のクラフト紙で作られた昔の映画館の切符のようで、手元に残る半券を集めるのが彼女の小さな楽しみになっていた。
建物内は可能な限り当時のままに残されており、階段の手すりや壁にはふんだんに大理石が使われている。床の赤絨毯は毛足が長目で足を乗せると少し沈む。
そんな案配なのに、ステンドグラスの窓や建具の意匠は和風なものも多く、そのミスマッチな取り合わせに愛嬌が感じられた。
天井高を始めとした諸々のスケールが当時の平均的な日本のそれとは異なり、ゆったりと大きめになっている。西洋の人間のサイズを標準にしたのだろう。
並外れた体格の持ち主であるバッファローマンには居心地がよく、くつろいで過ごせる場所だった。
催事室に入ると照明を落とした空間が広がり、壁には大きなパネルが続いていた。
どれも人物が一人だけ。
焦点はその人物に当てられており、様々な場所を背景にして、様々な感情をうかがわせる眼差しを浮かべていた。
隣にはいない誰かを想う眼差し。
遠い昔に無くした宝物を惜しむ眼差し。
温かかった時間を懐かしむ眼差し。
哀しさとそこから抜け出す手段を求める眼差し。
作品のなかの誰もが『今でないとき』『ここでない場所の』ことを考えているのだと、強烈に伝わってくる。
惹き付けられた作品の前で思うままに立ち止まり、また歩を進め、気がつけば二人は別々に順路を辿っていた。そろそろ出口、という頃合いになって、彼女がバッファローマンの姿を場内に求めると彼はひとつの作品の前で足を止めていた。
パネル一面の青空。上に行くほど青は黒ずんで、吸い込まれるような鮮やかさ。なのにその色は何者をも寄せ付けない苛烈さを持っていて、天を仰ぐ全てのものを拒絶している。
ひび割れた地面にはただ一本の立ち枯れた木。命あるものはここにはいないのだとそれは告げていた。
そのなかに一人の男が立っている。
無精髭がカビのように顔の下半分を覆い、乱れた髪はもう長いこと櫛をいれてないことを窺わせた。衣服はボロ切れといったほうが正しいようなシロモノだ。
荒んだ風貌は周囲の景色と完全に同調していた。
そしてその眼が尋常ではなかった。
ギラギラと熱を帯び、狂ったような光を湛えて訴えている。
――欲しい。
対象については判らなくても、彼が未だに手に入らないものを心底追い求めているのだということは理解できた。
他の作品は主体と対象が明示されているのに対し、この作品だけは対象が不明瞭で、ただひたすら主体だけがあった。
バッファローマンは作品と向かいあって静かに佇んでいる。
彼女は彼の鑑賞の妨げにならないよう距離をとってその後ろ姿を眺めていた。
そんな構図がしばらく続いたあと、バッファローマンは誰かに告げられたかのようにふと背後を振り返った。
そこにはいつものようにちんまりと彼女が立っている。
彼は小さく笑んだ。
「そろそろ行くか」
「もういいの?」
「ああ、充分だ」
「そっか」
「おまえは?もういいのか?」
「うん。私も満足した」
通勤ラッシュがしばらく前に一段落して、昼食のメニューを考えるにはまだ早いような時間。
その日はバッファローマンと彼女は夏に必要になりそうな細々としたもの、例えばベランダ側の窓に取り付ける(ちょっと規格外のサイズの)よしずとか、二人の好みに合うような団扇を買いに、電車に乗って繁華街にある大型ホームセンターまで足を運んだ。
バッファローマンは明るめのグレーで折り目のないスラックス、ダークレッドのボタンダウンシャツ、気に入りのブラウンのポストマンシューズを履いていた。
彼女はテンセルでできた、てろんとした風合いのワイドパンツと一部に金糸を使った生地でできた畝織のサマーセーター。それからラメを散らした黒のミュールを履いている。
ホームセンターで用事を済ませたあと、表通りから一本離れた道を歩いていた。ここに続いているポプラの並木道はこの季節、濃い樹影をアスファルトに落とし、居心地のよい爽やかな空気を作り出していた。すくすく育ったその葉は感心するほど大きく、あっけらかんとした伸びやかさは何となくバッファローマンに似たものを感じさせた。
並木道の途中には小さな洋館がある。明治時代にはとある文化人が住まわっており、そこを拠点にさまざまな集いや催しが開かれていた。現在は著名な作家がそこを所有し美術館とし、定期的にイベントを開催していた。
この施設について二人が詳しいのは、催事のテーマが好みで、キュレーターの感性に少しばかり親近感を抱いていたからだ。
その日はとあるフォトグラファーの作品展が催されていた。
「せっかくだから寄ってくか」
「うん!」
二人分のチケットを求めて館内に入る。チケットは肉厚のクラフト紙で作られた昔の映画館の切符のようで、手元に残る半券を集めるのが彼女の小さな楽しみになっていた。
建物内は可能な限り当時のままに残されており、階段の手すりや壁にはふんだんに大理石が使われている。床の赤絨毯は毛足が長目で足を乗せると少し沈む。
そんな案配なのに、ステンドグラスの窓や建具の意匠は和風なものも多く、そのミスマッチな取り合わせに愛嬌が感じられた。
天井高を始めとした諸々のスケールが当時の平均的な日本のそれとは異なり、ゆったりと大きめになっている。西洋の人間のサイズを標準にしたのだろう。
並外れた体格の持ち主であるバッファローマンには居心地がよく、くつろいで過ごせる場所だった。
催事室に入ると照明を落とした空間が広がり、壁には大きなパネルが続いていた。
どれも人物が一人だけ。
焦点はその人物に当てられており、様々な場所を背景にして、様々な感情をうかがわせる眼差しを浮かべていた。
隣にはいない誰かを想う眼差し。
遠い昔に無くした宝物を惜しむ眼差し。
温かかった時間を懐かしむ眼差し。
哀しさとそこから抜け出す手段を求める眼差し。
作品のなかの誰もが『今でないとき』『ここでない場所の』ことを考えているのだと、強烈に伝わってくる。
惹き付けられた作品の前で思うままに立ち止まり、また歩を進め、気がつけば二人は別々に順路を辿っていた。そろそろ出口、という頃合いになって、彼女がバッファローマンの姿を場内に求めると彼はひとつの作品の前で足を止めていた。
パネル一面の青空。上に行くほど青は黒ずんで、吸い込まれるような鮮やかさ。なのにその色は何者をも寄せ付けない苛烈さを持っていて、天を仰ぐ全てのものを拒絶している。
ひび割れた地面にはただ一本の立ち枯れた木。命あるものはここにはいないのだとそれは告げていた。
そのなかに一人の男が立っている。
無精髭がカビのように顔の下半分を覆い、乱れた髪はもう長いこと櫛をいれてないことを窺わせた。衣服はボロ切れといったほうが正しいようなシロモノだ。
荒んだ風貌は周囲の景色と完全に同調していた。
そしてその眼が尋常ではなかった。
ギラギラと熱を帯び、狂ったような光を湛えて訴えている。
――欲しい。
対象については判らなくても、彼が未だに手に入らないものを心底追い求めているのだということは理解できた。
他の作品は主体と対象が明示されているのに対し、この作品だけは対象が不明瞭で、ただひたすら主体だけがあった。
バッファローマンは作品と向かいあって静かに佇んでいる。
彼女は彼の鑑賞の妨げにならないよう距離をとってその後ろ姿を眺めていた。
そんな構図がしばらく続いたあと、バッファローマンは誰かに告げられたかのようにふと背後を振り返った。
そこにはいつものようにちんまりと彼女が立っている。
彼は小さく笑んだ。
「そろそろ行くか」
「もういいの?」
「ああ、充分だ」
「そっか」
「おまえは?もういいのか?」
「うん。私も満足した」
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