その黒はきっと(ブラックホール夢小説)
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こうして二人はめでたくつき合うことになった。ブラックホールも彼女も静かな場所でゆっくりとお互いの話に耳を傾けあう、そんな過ごし方を好んだ。
そんなとき、いつだって彼は率直に自分の気持ちを口にだした。視線の先、眉のあがりさがり、鼻に寄せるシワ、口の端にのせる笑み。そんな情報伝達の術をもたない彼にとって、言葉は己の心情を伝える大切な手段なのだ。
しかしときに真意をつかみかねることもある。
その日は行きつけのビストロで食事をすませたあと、そこの店主に教えられた新しく開店したてのバーに足を運んだ。うす暗い店内はブルージーな音楽がながれ、心地よい静けさに充ちていた。
二人はカウンターに並んで腰かけ、ブラックホールはマティーニを、彼女はミモザをたのんだ。ややあって、バーテンダーからめいめいのグラスが差しだされると、彼らはそれに口をつけ、それからささやくようなおしゃべりに興じた。グラスが空くころには「よろしければ何かお作りしましょうか?」とバーテンダーから声がかかる。ブラックホールは次もマティーニをたのみ、三杯目を同じものをたのんだ。
彼女がそれを見て「今夜はマティーニの気分?」と問うと「そういう訳でもないんだが」と短い返事がかえってきた。ならばなぜ同じものを頼んでいるのだろうといぶかしく思ったが、その話はいったんそれでしまいになった。
店を出たあと、夜の道を歩きながら、彼女は何となくさっきのことを思いだして聞いてみた。
「あのお店のマティーニはそんなにおいしかったの?」
「まあ、悪くなかったよ」
「ずっとそれを飲んでいたから、よほど気に入ったのかと思ってた」
するとブラックホールは質問に答えることなくだまりこみ、どうしたのだろう、と彼女が見ているうちにその肩が小きざみにふるえだした。
「ク、ク、ククク……ハハ!」
くぐもった小さな笑い声はやがて明確なそれに変わった。
「ブラックホール?」
「ゴメン、思いだしたらおかしくておかしくて。あのバーテンダー、僕がカクテルのオリーブを最後に食べたら――いや、食べようと手を伸ばしたときから、食いいるようにコッチを見ているんだ。『コイツはどうやって物を食うんだろう』って気になって仕方なかったんだろうな。面白いから顔を伏せて見えないように食べたんだ、三回とも」
「まあ」
黙っていればひどくミステリアスで雰囲気のある人物なのに、あんがいユーモアもあって、それでいて相手にまっすぐ気持ちをぶつけるパッションももっている。
彼女はブラックホールに会うたびに、自分が彼への恋心をつのらせていることを感じていた。
ブラックホールもまた彼女が自分に思慕をよせていることをつねに感じていた。感じていたから――そのことに幸せを感じつつも――ある時あえて聞いてみた。
「君は悪魔超人の僕が怖くないのかい?」
それはいつものデートの帰り道。人気のない夜の道で、前ぶれもなく問いかけられた。
「――もしもあなたがいつも眉間にシワを寄せていたり、三白眼だったり、口のなかに牙がズラリとはえていたりしたらまた違う感じだったのかもしれないけど、あなたはそういうの、ないから」
彼女はそう答えると肩をすくめてほほ笑んだ。それは素直な心情で、とくだんの意図はなかったが、奇妙な偶然の一致があった。
ブラックホールの脳裏には彼女が例にあげた特徴に合致する仲間たちの姿が浮かび、ついで彼は「彼らにはあって自分にはないものがある」という解釈にいたった――自分は悪魔超人としての迫力に欠けるのだ、と。
はたして本当にそうだろうか。
「なあ」
こちらをのぞき込む黒い顔にはぽっかり丸い穴が空いていて、そこから星空がすけている。
「え?」
ブラックホールは彼女をぐいと抱きよせ、腕のなかにしっかりくるみ込んだ。
つぎの瞬間、彼女は頭のてっぺんから引っぱられ、どこかに吸いこまれる感覚におそわれた。まるでひどいめまいのようだ。
そうして気がつくと見知らぬ部屋にいた。おどろきに目をしばたたく彼女にブラックホールはつげた。
「これはロケーションムーブ。僕自身と誰かをどこでも好きな場所に瞬間移動させられる。僕のフェイバリットホールドだ。
どうだい、これでもまだ僕が怖いとは感じない?」
好奇心が半分と、試す気持ちが半分。心のおもむくままにやりたいことをやる。それが悪魔超人だ。正義超人のように、相手を思いやって、あえて気持ちをのみ込むようなことはしない。
「……ここ、どこ?」
「僕の寝室さ」
なるほど、モノトーンでまとめられた部屋の中央には黒いベッドカバーのかかった大きなダブルベットがしつらえられていた。
「わたし、あなたにさらわれちゃったのね」
「そうだね」
ブラックホールの思惑とは裏腹に彼女は黒い温もりにつつまれ、すっかり満足してしまっていた。
厚い胸板、たくましい太い腕。
ずっとここへ招かれるのを待っていた。
「これからどうなるのかしら?」
「僕たちは恋人同士の新しい局面をむかえるんだ」
「まあ」
「イヤかい?」
言葉とは裏腹に、はやくもブラックホールは彼女の首元に顔をうずめ、抱きしめた身体に黒い愛撫をほどこしている。
「イヤじゃないわ――わたしが考えているのはね、電気を消すか消さないか。初めて抱かれるときに部屋が明るいのってやっぱり恥ずかしいし、だけど暗くするとあなたのことがきちんと見えないじゃない?」
「じゃあこうしよう、一度目は暗く。二度目はそれなりに明るく。それでどう?」
「いいわ。でもその前にシャワーを浴びさせてね」
彼は夜のように謎めいて情熱的だ。
だからその黒はきっと夜でできている。
end
そんなとき、いつだって彼は率直に自分の気持ちを口にだした。視線の先、眉のあがりさがり、鼻に寄せるシワ、口の端にのせる笑み。そんな情報伝達の術をもたない彼にとって、言葉は己の心情を伝える大切な手段なのだ。
しかしときに真意をつかみかねることもある。
その日は行きつけのビストロで食事をすませたあと、そこの店主に教えられた新しく開店したてのバーに足を運んだ。うす暗い店内はブルージーな音楽がながれ、心地よい静けさに充ちていた。
二人はカウンターに並んで腰かけ、ブラックホールはマティーニを、彼女はミモザをたのんだ。ややあって、バーテンダーからめいめいのグラスが差しだされると、彼らはそれに口をつけ、それからささやくようなおしゃべりに興じた。グラスが空くころには「よろしければ何かお作りしましょうか?」とバーテンダーから声がかかる。ブラックホールは次もマティーニをたのみ、三杯目を同じものをたのんだ。
彼女がそれを見て「今夜はマティーニの気分?」と問うと「そういう訳でもないんだが」と短い返事がかえってきた。ならばなぜ同じものを頼んでいるのだろうといぶかしく思ったが、その話はいったんそれでしまいになった。
店を出たあと、夜の道を歩きながら、彼女は何となくさっきのことを思いだして聞いてみた。
「あのお店のマティーニはそんなにおいしかったの?」
「まあ、悪くなかったよ」
「ずっとそれを飲んでいたから、よほど気に入ったのかと思ってた」
するとブラックホールは質問に答えることなくだまりこみ、どうしたのだろう、と彼女が見ているうちにその肩が小きざみにふるえだした。
「ク、ク、ククク……ハハ!」
くぐもった小さな笑い声はやがて明確なそれに変わった。
「ブラックホール?」
「ゴメン、思いだしたらおかしくておかしくて。あのバーテンダー、僕がカクテルのオリーブを最後に食べたら――いや、食べようと手を伸ばしたときから、食いいるようにコッチを見ているんだ。『コイツはどうやって物を食うんだろう』って気になって仕方なかったんだろうな。面白いから顔を伏せて見えないように食べたんだ、三回とも」
「まあ」
黙っていればひどくミステリアスで雰囲気のある人物なのに、あんがいユーモアもあって、それでいて相手にまっすぐ気持ちをぶつけるパッションももっている。
彼女はブラックホールに会うたびに、自分が彼への恋心をつのらせていることを感じていた。
ブラックホールもまた彼女が自分に思慕をよせていることをつねに感じていた。感じていたから――そのことに幸せを感じつつも――ある時あえて聞いてみた。
「君は悪魔超人の僕が怖くないのかい?」
それはいつものデートの帰り道。人気のない夜の道で、前ぶれもなく問いかけられた。
「――もしもあなたがいつも眉間にシワを寄せていたり、三白眼だったり、口のなかに牙がズラリとはえていたりしたらまた違う感じだったのかもしれないけど、あなたはそういうの、ないから」
彼女はそう答えると肩をすくめてほほ笑んだ。それは素直な心情で、とくだんの意図はなかったが、奇妙な偶然の一致があった。
ブラックホールの脳裏には彼女が例にあげた特徴に合致する仲間たちの姿が浮かび、ついで彼は「彼らにはあって自分にはないものがある」という解釈にいたった――自分は悪魔超人としての迫力に欠けるのだ、と。
はたして本当にそうだろうか。
「なあ」
こちらをのぞき込む黒い顔にはぽっかり丸い穴が空いていて、そこから星空がすけている。
「え?」
ブラックホールは彼女をぐいと抱きよせ、腕のなかにしっかりくるみ込んだ。
つぎの瞬間、彼女は頭のてっぺんから引っぱられ、どこかに吸いこまれる感覚におそわれた。まるでひどいめまいのようだ。
そうして気がつくと見知らぬ部屋にいた。おどろきに目をしばたたく彼女にブラックホールはつげた。
「これはロケーションムーブ。僕自身と誰かをどこでも好きな場所に瞬間移動させられる。僕のフェイバリットホールドだ。
どうだい、これでもまだ僕が怖いとは感じない?」
好奇心が半分と、試す気持ちが半分。心のおもむくままにやりたいことをやる。それが悪魔超人だ。正義超人のように、相手を思いやって、あえて気持ちをのみ込むようなことはしない。
「……ここ、どこ?」
「僕の寝室さ」
なるほど、モノトーンでまとめられた部屋の中央には黒いベッドカバーのかかった大きなダブルベットがしつらえられていた。
「わたし、あなたにさらわれちゃったのね」
「そうだね」
ブラックホールの思惑とは裏腹に彼女は黒い温もりにつつまれ、すっかり満足してしまっていた。
厚い胸板、たくましい太い腕。
ずっとここへ招かれるのを待っていた。
「これからどうなるのかしら?」
「僕たちは恋人同士の新しい局面をむかえるんだ」
「まあ」
「イヤかい?」
言葉とは裏腹に、はやくもブラックホールは彼女の首元に顔をうずめ、抱きしめた身体に黒い愛撫をほどこしている。
「イヤじゃないわ――わたしが考えているのはね、電気を消すか消さないか。初めて抱かれるときに部屋が明るいのってやっぱり恥ずかしいし、だけど暗くするとあなたのことがきちんと見えないじゃない?」
「じゃあこうしよう、一度目は暗く。二度目はそれなりに明るく。それでどう?」
「いいわ。でもその前にシャワーを浴びさせてね」
彼は夜のように謎めいて情熱的だ。
だからその黒はきっと夜でできている。
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