その黒はきっと(ブラックホール夢小説)
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ブラックホールと恋仲になるまで、彼女にとって超人とは「いつも戦ってる人たち」というイメージだった。正義、残虐、それから悪魔。それぞれが主義主張をもってリングのなかで優劣を争っている――そんな感じだ。
かくだん格闘技が好きだったわけでもないし、超人も、彼らと接点のある人間も周囲にいなかった。
そんな女性がなぜ名高き悪魔超人ブラックホールとつき合うようになったのか。
ことの起こりはこうだった。
親しい女友達が引っ越しをし、遊びにおいで、といわれていたので彼女は休日に新居をたずねることにした。電車を乗りつぎ、最寄り駅からバスで15分ほどの距離だった。
駅前ロータリーのバス停で、列にならんでバスが来るのを待っていると、後ろのカップルの女性が「あれ、超人でしょ?」とささやく声が聞こえた。相手の男性は「ああ、悪魔超人のブラックホールだな」と答えていた。まるで街頭で芸能人を見かけたときのようなやり取りだった。
気になった彼女も視線をそちらへむけ――そして見た。
はち切れんばかりの筋肉におおわれた漆黒の体躯、頭部にはいっさい毛髪がなく、顔の中心には目鼻の代わりにくり抜いたように大きく穴が空き、向こう側の景色が覗いている。鮮やかに赤いレスリングパンツとグローブにブーツ、そして胸にはBHの文字。
名は体を表すにふさわしい。ブラックホールの名はまさに彼そのものだった。
極めつけに特異な、文字どおりの異種族。
朝から気持ちのよい天気だったので、ブラックホールは買い物でもするつもりで駅前をブラブラと歩いていた。そうして気になったショーウインドウの前でふと立ちどまり、中をながめていると、「パパ!」という声とともに何かが足元にぶつかってきた。見下ろすと、年の頃は4〜5歳くらいの見知らぬ小さな男の子が彼の足にしがみついている。もちろん、ブラックホールは子どもなどいない。妻帯すらしていない。
「ナンだ?」
いぶかしげな声に男の子は彼を見上げ、その瞬間ヒクリ、と顔がひきつった。
「……パパじゃない」
そうして火がついたように泣きだした。
「坊主、オレになにか用か?」
泣き声はさらに大きくなった。考えても見てほしい、筋肉隆々とした身長2メートル余の男性が、自分を見おろしてぞんざいに問いかけてくるのだ。しかも顔の中心にはぱっくりと穴が空いている。
まるきりオバケの本から出てきたような姿だ。
切迫した泣き声の様子から、周囲を歩く人々がチラチラと二人に視線を向けている。彼らがなにを考えているか、確かめなくてもブラックホールには判った。超人が人間の子どもに危害を加えているのではないか――そんなところだろう。
彼女はことが起きる前から二人の様子をながめていた。一瞥のあと、この黒い悪魔超人から目が離せなくなっていた。奇天烈な外観のみならず、彼がかもし出す雰囲気――無頼でありながらどことなくスマート、いやスタイリッシュで、とびきりの色気を漂わせる映画俳優のような――にすっかり魅了されてしまったのだ。
そうするうちに小さな男の子が彼にしがみついてきて、あの事態にいきついた。子どもが人違いをしているのはすぐに悟った。問題は両者が互いの意図を相手に正しく伝えられていないことだ。このままだと、最悪あの悪魔超人は加害者の濡れ衣を着せられてしまうだろう。
ここはひとつ人助け、いや超人助けでもしてみるか。
こちらの言葉などまるで聞きもせずに、ただ泣きつのる子どもに対して、ブラックホールはまるでお手上げ状態だった。いっそこのままロケーションムーブで姿を消してやろうかとも思ったが、逆効果になるだろう。
すると一人の女性が「坊や、そんなに泣いてどうしたの?」と声をかけてきた。
ブラックホールがふり返ると、年のころ二十代後半から三十代前半の女性がたっていた。
男の子はチラリとそちらに視線をむけたが、あいかわらずグズグズしゃくりあげている。父親と勘違いして他人にすがりついてしまったきまり悪さとその相手が人間ではなかったショックから泣きだしたはいいがおさまりがつかない――そんなふうだった。
彼女はしゃがみこむと男の子と同じ高さに目線を合わせてさらにたずねた。
「このオジサンに怖いことでもされたのかな?」
「ずいぶん失礼なことを言ってくれるな」
ブラックホールはその言葉を聞きとがめ、険しい調子で返した。もしも彼に目鼻があったなら、思いきり眉根をよせ、渋面をうかべていただろう。
子どもはフルフルと否定の意味をこめて首をふった。問いかけに気を取られ、涙はやっとでとまった。
「お名前、いえる?」
「……たっくん」
「たっくん、今日はここまで誰ときたの?」
「パパ」
「それじゃ、お姉さんと一緒におまわりさんのところに行って、パパを探してもらおうか?」
彼女が手をさしだすと、おずおずと小さな手がそれをにぎり返した。
「あなたのこと、パパと間違えちゃったみたいね。わたし、交番に連れていくわ」
「……助かる」
男の子が泣きやんだうえに、あとの面倒まで見てくれることになったので、ブラックホールはホッとした。
それにしても、どこをどう見たら自分のような超人と父親を間違えるのだろう。まあいい、これでめでたく厄介ばらいだ。
彼女が男の子の手をひいて、「それじゃあね」とブラックホールに告げ、立ち去ろうとしたせつな「タクミ!」と、こちらに向かって呼びかける男性の声がした。
それが男の子の名前だったのだろう、彼は「パパ!」と叫んでそちらをふり返ると、彼女の手をはなして夢中で父親のもとへとかけ寄った。
彼女は父親の姿をみた瞬間、なぜタクミが父親とブラックホールを間違えたのかすぐに得心がいった。彼は黒のフォーマル・スーツ――喪服を着ていたのだ。小さな子どもの目線ではどちらも黒い姿にしか映らなかったに違いない。
タクミの父親は彼女とブラックホールに問いかけた。「すみません、ちょっと目を離したらはぐれてしまって。うちの子がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いいえ、お父さん。タクミくん、この人とお父さんを間違えちゃって、それでビックリしちゃったみたいなんです――ね?」最後の問いかけはとなりに立っているブラックホールへと向けられたものだった。ブラックホールは肯定の意味をこめて軽く肩をすくめた。
「そうでしたか。それはお邪魔をして申し訳ありませんでした。タクミ、お前も『ごめんなさい』しなさい」
「ごめんなさい」
男の子――タクミは素直にぴょこんと頭をさげた。
「気にしないでください。タクミくん、パパと会えてよかったわね」
「うん!」
親子は何度も頭をさげて去っていった。そういえばあの父親の口ぶり、まるで彼女と悪魔超人がカップルかなにかのように考えているふうだった。
実際には知り合いですらないのだが。
「よかったわね、お父さんがすぐに見つかって」
「アンタがいてくれて助かった。オレ一人じゃ、あらぬ誤解を招きそうだったからな」
「やっぱり仕方ないのかしら。ね?悪魔超人ブラックホールさん」
「まなあ」
「それじゃ、わたし行くわ。用事があるから」
「じゃあな」
そうして彼女は訪ね先の友人に「少し遅れるから」と電話をしてバスに乗った。バスがロータリーをぐるりとまわるあいだ、もう一度あの悪魔超人の姿を探してみたが、どこにも見つけることはできなかった。
かくだん格闘技が好きだったわけでもないし、超人も、彼らと接点のある人間も周囲にいなかった。
そんな女性がなぜ名高き悪魔超人ブラックホールとつき合うようになったのか。
ことの起こりはこうだった。
親しい女友達が引っ越しをし、遊びにおいで、といわれていたので彼女は休日に新居をたずねることにした。電車を乗りつぎ、最寄り駅からバスで15分ほどの距離だった。
駅前ロータリーのバス停で、列にならんでバスが来るのを待っていると、後ろのカップルの女性が「あれ、超人でしょ?」とささやく声が聞こえた。相手の男性は「ああ、悪魔超人のブラックホールだな」と答えていた。まるで街頭で芸能人を見かけたときのようなやり取りだった。
気になった彼女も視線をそちらへむけ――そして見た。
はち切れんばかりの筋肉におおわれた漆黒の体躯、頭部にはいっさい毛髪がなく、顔の中心には目鼻の代わりにくり抜いたように大きく穴が空き、向こう側の景色が覗いている。鮮やかに赤いレスリングパンツとグローブにブーツ、そして胸にはBHの文字。
名は体を表すにふさわしい。ブラックホールの名はまさに彼そのものだった。
極めつけに特異な、文字どおりの異種族。
朝から気持ちのよい天気だったので、ブラックホールは買い物でもするつもりで駅前をブラブラと歩いていた。そうして気になったショーウインドウの前でふと立ちどまり、中をながめていると、「パパ!」という声とともに何かが足元にぶつかってきた。見下ろすと、年の頃は4〜5歳くらいの見知らぬ小さな男の子が彼の足にしがみついている。もちろん、ブラックホールは子どもなどいない。妻帯すらしていない。
「ナンだ?」
いぶかしげな声に男の子は彼を見上げ、その瞬間ヒクリ、と顔がひきつった。
「……パパじゃない」
そうして火がついたように泣きだした。
「坊主、オレになにか用か?」
泣き声はさらに大きくなった。考えても見てほしい、筋肉隆々とした身長2メートル余の男性が、自分を見おろしてぞんざいに問いかけてくるのだ。しかも顔の中心にはぱっくりと穴が空いている。
まるきりオバケの本から出てきたような姿だ。
切迫した泣き声の様子から、周囲を歩く人々がチラチラと二人に視線を向けている。彼らがなにを考えているか、確かめなくてもブラックホールには判った。超人が人間の子どもに危害を加えているのではないか――そんなところだろう。
彼女はことが起きる前から二人の様子をながめていた。一瞥のあと、この黒い悪魔超人から目が離せなくなっていた。奇天烈な外観のみならず、彼がかもし出す雰囲気――無頼でありながらどことなくスマート、いやスタイリッシュで、とびきりの色気を漂わせる映画俳優のような――にすっかり魅了されてしまったのだ。
そうするうちに小さな男の子が彼にしがみついてきて、あの事態にいきついた。子どもが人違いをしているのはすぐに悟った。問題は両者が互いの意図を相手に正しく伝えられていないことだ。このままだと、最悪あの悪魔超人は加害者の濡れ衣を着せられてしまうだろう。
ここはひとつ人助け、いや超人助けでもしてみるか。
こちらの言葉などまるで聞きもせずに、ただ泣きつのる子どもに対して、ブラックホールはまるでお手上げ状態だった。いっそこのままロケーションムーブで姿を消してやろうかとも思ったが、逆効果になるだろう。
すると一人の女性が「坊や、そんなに泣いてどうしたの?」と声をかけてきた。
ブラックホールがふり返ると、年のころ二十代後半から三十代前半の女性がたっていた。
男の子はチラリとそちらに視線をむけたが、あいかわらずグズグズしゃくりあげている。父親と勘違いして他人にすがりついてしまったきまり悪さとその相手が人間ではなかったショックから泣きだしたはいいがおさまりがつかない――そんなふうだった。
彼女はしゃがみこむと男の子と同じ高さに目線を合わせてさらにたずねた。
「このオジサンに怖いことでもされたのかな?」
「ずいぶん失礼なことを言ってくれるな」
ブラックホールはその言葉を聞きとがめ、険しい調子で返した。もしも彼に目鼻があったなら、思いきり眉根をよせ、渋面をうかべていただろう。
子どもはフルフルと否定の意味をこめて首をふった。問いかけに気を取られ、涙はやっとでとまった。
「お名前、いえる?」
「……たっくん」
「たっくん、今日はここまで誰ときたの?」
「パパ」
「それじゃ、お姉さんと一緒におまわりさんのところに行って、パパを探してもらおうか?」
彼女が手をさしだすと、おずおずと小さな手がそれをにぎり返した。
「あなたのこと、パパと間違えちゃったみたいね。わたし、交番に連れていくわ」
「……助かる」
男の子が泣きやんだうえに、あとの面倒まで見てくれることになったので、ブラックホールはホッとした。
それにしても、どこをどう見たら自分のような超人と父親を間違えるのだろう。まあいい、これでめでたく厄介ばらいだ。
彼女が男の子の手をひいて、「それじゃあね」とブラックホールに告げ、立ち去ろうとしたせつな「タクミ!」と、こちらに向かって呼びかける男性の声がした。
それが男の子の名前だったのだろう、彼は「パパ!」と叫んでそちらをふり返ると、彼女の手をはなして夢中で父親のもとへとかけ寄った。
彼女は父親の姿をみた瞬間、なぜタクミが父親とブラックホールを間違えたのかすぐに得心がいった。彼は黒のフォーマル・スーツ――喪服を着ていたのだ。小さな子どもの目線ではどちらも黒い姿にしか映らなかったに違いない。
タクミの父親は彼女とブラックホールに問いかけた。「すみません、ちょっと目を離したらはぐれてしまって。うちの子がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いいえ、お父さん。タクミくん、この人とお父さんを間違えちゃって、それでビックリしちゃったみたいなんです――ね?」最後の問いかけはとなりに立っているブラックホールへと向けられたものだった。ブラックホールは肯定の意味をこめて軽く肩をすくめた。
「そうでしたか。それはお邪魔をして申し訳ありませんでした。タクミ、お前も『ごめんなさい』しなさい」
「ごめんなさい」
男の子――タクミは素直にぴょこんと頭をさげた。
「気にしないでください。タクミくん、パパと会えてよかったわね」
「うん!」
親子は何度も頭をさげて去っていった。そういえばあの父親の口ぶり、まるで彼女と悪魔超人がカップルかなにかのように考えているふうだった。
実際には知り合いですらないのだが。
「よかったわね、お父さんがすぐに見つかって」
「アンタがいてくれて助かった。オレ一人じゃ、あらぬ誤解を招きそうだったからな」
「やっぱり仕方ないのかしら。ね?悪魔超人ブラックホールさん」
「まなあ」
「それじゃ、わたし行くわ。用事があるから」
「じゃあな」
そうして彼女は訪ね先の友人に「少し遅れるから」と電話をしてバスに乗った。バスがロータリーをぐるりとまわるあいだ、もう一度あの悪魔超人の姿を探してみたが、どこにも見つけることはできなかった。
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