山眠る(ザ・魔雲天夢小説)
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ザ・魔雲天がいつも道着をまとっているのにはいくつかの理由がある。柔術の教えを尊んでいるというのがまず一つ。次に己は自我を持った存在であると、周囲に知らしめるためだ。
なにしろ彼は岩肌があらわになった小さな山に、そのまま手足を生やしたような姿をしている。野原に素っ裸でうずくまっていようものなら、一夜にして盛りあがった蟻塚か、はたまたきまぐれに自然が作り上げた築山か、うっかりするとそんなふうに風景の一部みたいに捉えられてしまうことがあるのだ。だから人工物である衣服を身につけ、一個の(それも立派な知性を持った)生命体であることを表している。
しかし彼女とつき合って、四六時中二人で出歩くようになってからは、そんな杞憂を抱く機会もずいぶん減った。なぜならどこからどう見ても彼らは超人と人間の仲むつまじいカップルそのものだから。
わけても彼女の浮かべる微笑みは幸せそのものといったふうで、もしかしたら相手の超人によって危害を加えられるのでは、などと周囲にそんな懸念を一瞬も抱かせない。
ザ・魔雲天も、いつもの眉根を寄せたいかめしい顔ではあるけれど、物腰はいたってやわらかで、自分にむかって話しかける相方におうようにうなずいている。
それで「ああ、あの二人は打ちとけた間柄なのだな」とはた目にもすぐ判るのだ。
しかしそれは、主義主張を貫き通すためにリングに上がる悪魔超人にとって、デメリットなのではないか。魔雲天はいっときそんな危惧を抱いていた。
すると彼女はにっこり笑って「そんなこと気にしなくても、マウさんは強いからぜんぜん大丈夫だよ」と物思いを払拭した。
それから「それよりも、マウさんの笑った顔がとってステキだって、もっとみんなに知ってもらいたい」ともつけ加えたので、照れくさいやら恥ずかしいやらで、ザ・魔雲天はもうなにも言えなくなってしまった。
そうして今日も二人は仲良く家の近くをそぞろ歩いていた。身長285センチ、体重1トンの巨体をほこるザ・魔雲天にとって、繁華街の雑踏やせせこましい屋内はなかなかにストレスがたまる。共にくつろいで過ごせるのはたいてい自然のなかに身をおいているときだ。
彼らはやがて大きな川の土手にたどり着いた。すっかり陽射しの強くなった初夏の昼ちかく、川べりの斜面は一面の緑におおわれ、それぞれが思い思いに小さな花をつけている。オオイヌノフグリ、ホトケノザ、ナズナ、シロツメクサ、それからレンゲ。
青、紫、白、白、あわい桃色。
あえかな命の乱舞。
「うわぁ、いい気持ち!」
ホッとしたように彼女が息をついて大きくのびをする。
「そうだな」
ザ・魔雲天も大きな身体をうんとのばした。
次には「ホラ」と言って彼女に片腕を差しだしながら半ばかがみ込む。すると相手はその岩石でできた二の腕にちょこんと腰かける。
しっかり腰を据えたことを確認すると、ザ・魔雲天はおもむろに立ちあがった。とたんに彼女の視界は、まるで全面ガラス張りのエレベーターにのった時のように、ぐうんと持ちあがる。
二人が並んで土手の斜面をくだるときに、もしもザ・魔雲天が何かにつまずいて(そんなことはまずあり得ないが)小さな人間の上に倒れこんだら、目もあてられない大惨事になってしまう。それを防ぐために、いつもこうして彼女を運ぶのだった。
これは彼女にとって、大好きな瞬間だ。目線が一段高くなって、幅広い川向うの大きな国道まで見通すことができる。腰かけた岩肌の荒く硬い感触は、登山の果てでやっとたどり着いた山頂のそれを思い起こさせる。
そうして足元に目を落とせば、彼女の恋人は踏みだす足をよくよく吟味しながら歩いていた。
花を、避けているのだ。
まるで不殺の違いをたてた行者のように。
ひどく気づかいをして歩くその姿は、とてもほほえましく可愛らしい。
しかしそれは人間だから意味のあるふるまいなのだ。人間の体重はよほどのことがない限り100キロを超えないだろうから。ザ・魔雲天がその体重で同じことを行なっても、花の大元である根本を踏みつけてしまうから水の泡だろう。
人間と彼――超人の間にはそれほどの大きな開きがある。
「マウさん」
「なんだ?」
「お花、よけてるの?」
「そうだ」
「やさしいね」
「……みたいだから」
「え?」
「小さな花は、おまえみたいだから」
こんな巨体からそんな小さな声が出せるのかと、驚くほどか細い声でマウンテンは言った。
それであれほど用心しいしい歩いていたというのか。
とうてい数えきれないほど、一面に咲いているというのに。
彼と付き合っていることを、幾人かの友達は知っている。皆が一様に口をそろえて「人間と超人は違いすぎていて分かり合うことなど出来ないだろう」という。
「それが無機物系の超人であるならなおさらだ」とも。
だけど、見た目がどれほど違っていても、二人の心はこんなにもギュッと結びついている。
そんな相手と巡り会えるなど、人間同士であってさえも、めったにないのに。
そうしてすっかり斜面を下りきったところで、彼は彼女を腕からおろした。それから適当な場所を選んで並んで腰をおろす。
彼女は居心地よく岩石の身体に寄りかかると、読みかけの文庫本をカバンから取りだし、読書を始めた。ザ・魔雲天は、眼を閉じて静かに座し、お決まりの瞑想をはじめる。
あたりには小鳥のさえずりと、草葉が風にそよぐ音だけがあった。やがて流れゆく雲が宙天の太陽にさしかかり、日が翳ると、彼女は顔をあげた。
目の前には――山があった。
身じろぎもせずに意識を深く沈めたザ・魔雲天の姿は、まさに山そのものだった。
あたりを舞っていた小さな白い蝶が、彼の身体に近づいて、戯れるようにひらりひらりとまわりを羽ばたいている。
もしかしたら彼自身を一個の生命体としてではなく、生命の群れ集う場所――本当の山だと思っているのかもしれない。
いつか、ザ・魔雲天の命が尽きたとき、岩石でできた彼の骸は正真正銘の山となって、この世にとどまり続けるだろう。
生き物たちはそこに根を張り、恋をし、子供を産み育て、最後に死んで彼の一部となり果てる。
もしも自分より先にこの超人がこの世を去ってしまったら、自分もその山で最後の眠りにつきたい。
今日はその予行演習だ。
結跏趺坐に組んだザ・魔雲天の太ももあたりを枕がわりにして、うつらうつらと船をこぎながら、彼女はそう心のなかで決めた。
end
初出:PIXIV 2023.04.14
なにしろ彼は岩肌があらわになった小さな山に、そのまま手足を生やしたような姿をしている。野原に素っ裸でうずくまっていようものなら、一夜にして盛りあがった蟻塚か、はたまたきまぐれに自然が作り上げた築山か、うっかりするとそんなふうに風景の一部みたいに捉えられてしまうことがあるのだ。だから人工物である衣服を身につけ、一個の(それも立派な知性を持った)生命体であることを表している。
しかし彼女とつき合って、四六時中二人で出歩くようになってからは、そんな杞憂を抱く機会もずいぶん減った。なぜならどこからどう見ても彼らは超人と人間の仲むつまじいカップルそのものだから。
わけても彼女の浮かべる微笑みは幸せそのものといったふうで、もしかしたら相手の超人によって危害を加えられるのでは、などと周囲にそんな懸念を一瞬も抱かせない。
ザ・魔雲天も、いつもの眉根を寄せたいかめしい顔ではあるけれど、物腰はいたってやわらかで、自分にむかって話しかける相方におうようにうなずいている。
それで「ああ、あの二人は打ちとけた間柄なのだな」とはた目にもすぐ判るのだ。
しかしそれは、主義主張を貫き通すためにリングに上がる悪魔超人にとって、デメリットなのではないか。魔雲天はいっときそんな危惧を抱いていた。
すると彼女はにっこり笑って「そんなこと気にしなくても、マウさんは強いからぜんぜん大丈夫だよ」と物思いを払拭した。
それから「それよりも、マウさんの笑った顔がとってステキだって、もっとみんなに知ってもらいたい」ともつけ加えたので、照れくさいやら恥ずかしいやらで、ザ・魔雲天はもうなにも言えなくなってしまった。
そうして今日も二人は仲良く家の近くをそぞろ歩いていた。身長285センチ、体重1トンの巨体をほこるザ・魔雲天にとって、繁華街の雑踏やせせこましい屋内はなかなかにストレスがたまる。共にくつろいで過ごせるのはたいてい自然のなかに身をおいているときだ。
彼らはやがて大きな川の土手にたどり着いた。すっかり陽射しの強くなった初夏の昼ちかく、川べりの斜面は一面の緑におおわれ、それぞれが思い思いに小さな花をつけている。オオイヌノフグリ、ホトケノザ、ナズナ、シロツメクサ、それからレンゲ。
青、紫、白、白、あわい桃色。
あえかな命の乱舞。
「うわぁ、いい気持ち!」
ホッとしたように彼女が息をついて大きくのびをする。
「そうだな」
ザ・魔雲天も大きな身体をうんとのばした。
次には「ホラ」と言って彼女に片腕を差しだしながら半ばかがみ込む。すると相手はその岩石でできた二の腕にちょこんと腰かける。
しっかり腰を据えたことを確認すると、ザ・魔雲天はおもむろに立ちあがった。とたんに彼女の視界は、まるで全面ガラス張りのエレベーターにのった時のように、ぐうんと持ちあがる。
二人が並んで土手の斜面をくだるときに、もしもザ・魔雲天が何かにつまずいて(そんなことはまずあり得ないが)小さな人間の上に倒れこんだら、目もあてられない大惨事になってしまう。それを防ぐために、いつもこうして彼女を運ぶのだった。
これは彼女にとって、大好きな瞬間だ。目線が一段高くなって、幅広い川向うの大きな国道まで見通すことができる。腰かけた岩肌の荒く硬い感触は、登山の果てでやっとたどり着いた山頂のそれを思い起こさせる。
そうして足元に目を落とせば、彼女の恋人は踏みだす足をよくよく吟味しながら歩いていた。
花を、避けているのだ。
まるで不殺の違いをたてた行者のように。
ひどく気づかいをして歩くその姿は、とてもほほえましく可愛らしい。
しかしそれは人間だから意味のあるふるまいなのだ。人間の体重はよほどのことがない限り100キロを超えないだろうから。ザ・魔雲天がその体重で同じことを行なっても、花の大元である根本を踏みつけてしまうから水の泡だろう。
人間と彼――超人の間にはそれほどの大きな開きがある。
「マウさん」
「なんだ?」
「お花、よけてるの?」
「そうだ」
「やさしいね」
「……みたいだから」
「え?」
「小さな花は、おまえみたいだから」
こんな巨体からそんな小さな声が出せるのかと、驚くほどか細い声でマウンテンは言った。
それであれほど用心しいしい歩いていたというのか。
とうてい数えきれないほど、一面に咲いているというのに。
彼と付き合っていることを、幾人かの友達は知っている。皆が一様に口をそろえて「人間と超人は違いすぎていて分かり合うことなど出来ないだろう」という。
「それが無機物系の超人であるならなおさらだ」とも。
だけど、見た目がどれほど違っていても、二人の心はこんなにもギュッと結びついている。
そんな相手と巡り会えるなど、人間同士であってさえも、めったにないのに。
そうしてすっかり斜面を下りきったところで、彼は彼女を腕からおろした。それから適当な場所を選んで並んで腰をおろす。
彼女は居心地よく岩石の身体に寄りかかると、読みかけの文庫本をカバンから取りだし、読書を始めた。ザ・魔雲天は、眼を閉じて静かに座し、お決まりの瞑想をはじめる。
あたりには小鳥のさえずりと、草葉が風にそよぐ音だけがあった。やがて流れゆく雲が宙天の太陽にさしかかり、日が翳ると、彼女は顔をあげた。
目の前には――山があった。
身じろぎもせずに意識を深く沈めたザ・魔雲天の姿は、まさに山そのものだった。
あたりを舞っていた小さな白い蝶が、彼の身体に近づいて、戯れるようにひらりひらりとまわりを羽ばたいている。
もしかしたら彼自身を一個の生命体としてではなく、生命の群れ集う場所――本当の山だと思っているのかもしれない。
いつか、ザ・魔雲天の命が尽きたとき、岩石でできた彼の骸は正真正銘の山となって、この世にとどまり続けるだろう。
生き物たちはそこに根を張り、恋をし、子供を産み育て、最後に死んで彼の一部となり果てる。
もしも自分より先にこの超人がこの世を去ってしまったら、自分もその山で最後の眠りにつきたい。
今日はその予行演習だ。
結跏趺坐に組んだザ・魔雲天の太ももあたりを枕がわりにして、うつらうつらと船をこぎながら、彼女はそう心のなかで決めた。
end
初出:PIXIV 2023.04.14
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