往還(バッファローマン夢小説)
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「えっと、ハナシってなに?」
息子の見送りから戻った彼女は、夫に湯呑みを差し出しながら向かいに腰を下ろした。
しかし、一体どこからどのように話したものか。
朝起きたら自分の顔が変わっていたこと?
見覚えのない家で目覚めたこと?
それより前、夢の中で変な超人に会ったことから?
答えあぐねて下を向いてしまったバッファローマンを前に彼女は困ったように笑った。
「何か朝からほんとヘンだね」
『信じられないかもしれないが本当なんだ』
結局彼はそんな風に切り出した。
昨晩、つまりハロウィーンの夜、夢の中でサイコマンという見知らぬ超人に会ったこと。
「菓子をくれ」という彼の要求をつっぱねたこと。
その後(眠ってしまったのか意識を失ったのか)目覚めたら全く見覚えのない部屋にいたこと。
まるきり信憑性がないことは話している自分が一番よく判っていた。それでも洗いざらいぶちまけたのは目の前の相手が(外観が少々異なっていても)彼女だからだ、というのが理由だろう。
目測は違わず全く腑に落ちないという表情を浮かべてはいても
「そういうことなら……アナタは私の知っているのとは違うバッファローマンなのかもしれないわね」と受け入れてくれ、心底安堵した。
「教えてくれ、ココは日本だよな?」
「そうよ、日本よ」
突き合わせるように確認すると、目覚める前に住んでいた場所と幾らも離れていないことが判った。最寄り駅の反対側にある一軒家の文化住宅が建ち並ぶ場所だ。
「やっぱり夕べはハロウィーンだったか?」
「いいえ今日は25日。ハロウィーンは一週間後」
確かに差し出された朝刊の日付は言葉通り。元号も世界Aと同じだった。
そういえばてっきりこの肉体の主がバッファローマンBだと思っていたのだが、彼がサイコマンという超人と戦ったことは勿論、名前すら聞いた覚えがないと彼女はいう。
自分のいた『世界A』ともサイコマンのいた(らしい)『世界B』とも異なるここは、
さしずめ『世界C』といったところか。
それならばこの世界のバッファローマン、つまり『バッファローマンC』の意識は一体どこにいってしまったのか。
「あの野郎は『私が存在しない時間線』がどうたらつってたな。そもそも時間線って何だ?ワケが判らん」
「同じく」
頭の中だけで考えているからダメなのだ、口に出して二人で考えようと言ったのは彼女なのに。
「SFだっけ?おまえ、こういうの好きだろ」
「生まれてこの方一度もそんな趣味持ったことないわよ。それはアナタのパートナーの彼女のことでしょ?」
「丸っきり同じってワケでもないのか……作るメシは旨いのに」
ふと、ある物を思いついた。
「超人名鑑ってあるか?」
「あるけど」
「持ってきてくれ」
超人名鑑は超人委員会が数年に一度発行する超人レスラーの名簿だ。大抵の者は超人委員会に登録しているから余程アンダーグラウンドな悪行超人でない限り掲載されている。
彼女の持ってきた分厚い冊子は世界Aのものと同じ装丁だった。
バッファローマンは自分のページを開くと、記載されていたデータに目を見開いた。
超人名:バッファローマン
属性:正義超人
超人強度:100万パワー
確かに現在はれっきとした正義超人だが、過去に悪魔超人として活動していた時期がある。世界Aではそうした来歴もきちんと記載されていたはずなのだ。
もっと衝撃だったのは超人強度だ。
『100万パワー』
彼は若い頃、自分の格闘能力に限界を感じ、万策尽きたあげく禁忌を冒し血と魂を悪魔に売って新たな力を得た。その結果100万パワーだった超人強度は1000万パワーに達した。現在のその強度や、かつて悪魔超人の属性だった記述がすっかり抜け落ちてしまっている。
恐る恐る確認してみた。
「もしかして……オレの超人強度は100万のままなのか?」
ゴクリ、と自分が息を飲む音が聞こえる。
ただならぬ様子にさすがに彼女も少々ひるんだようだ。
「う、うん。バッファローマンの超人強度は100万よ?」
「参ったな」
そこで自分の来歴と彼女の知っている来歴とを最初から比較してみた。
・バッファロー一族最後の生き残り
・100万パワーの正義超人としての修行時代
ここから両者は分岐した。
バッファローマンCは正義超人のまま修行を続けた。戦績はパッとせず、働きながら超人レスラーの生活を続けたらしい。三年と少し前にこの彼女と出会い、いくらもしないうちに彼女のお腹に子どもが出来て入籍した。ここでも超人と人間のあいだに子どもが産まれることはまず無いそうで、当時はちょっとしたニュースになったらしい。そうして産まれてきたのがソラだった。
それから親子三人ここでずっと暮らしている。生活に余裕はあまりなくて、ソラが三歳になったのを機に、彼を保育園に預けて彼女もほぼフルタイムで働きだした。
翻って、バッファローマンAは分岐のあと悪魔超人に属性を変え、超人強度は1000万パワーにまで到達した。それから紆余曲折を経て正義超人に戻り、最終的にキン肉星の第58代王位争奪戦でキン肉マンソルジャー率いる超人血盟軍の中堅を務め、王位戦終了後はごく稀にリングに上がるものの、おおむね超人委員会の運営などに関わりながら暮らしていた。
両者の経歴にあまりにも開きがあるものだから、彼女は「ウチの人と同じバッファローマンとは思えない」と感心してため息をついた。
正直に言えばどのようにして超人強度を上げたのか、詳細は伏せた。それを話して今と同じリアクションが反ってくるとは思えなかったから。
バッファローマンもまた(彼女の言葉から察するに)自分とは全く異なるタイプのバッファローマンCに興味がわいた。
「アンタのパートナーのバッファローマンはどんな感じだ?」
「ノンビリしてて穏やかで、ソラが一番の宝物で、一緒にいるときずっと膝のうえにのせてる」
あんまり甘やかさないでって言ってるんだけど、と肩をすくめた。
「あらやだ、もうこんな時間?」
壁掛け時計の差す時刻を見て彼女は慌てて声をあげた。
「仕事なのよ、これから。それでね、アナタは今日は休みなんだけど他の日は大体午前中はジム、午後は仕事なの。このまま行っても右も左も判らないでしょう?帰ってきたら色々教えるわ」
確かに彼女の言うとおりだ。
慌ただしく身支度をして出勤した彼女を見送ると、手持ち無沙汰になったバッファローマンは手元にあったバッファローマンCのモバイルを開いてみた。
ここからもずい分情報が得られそうだ。
アドレス帳、スケジュール表、それからアルバム。
収められた画像は殆どがソラの姿だった。
笑っている顔、眠っている顔、何かを眺めている顔。
どれだけの思いがそこにこめられているのか、言葉などなくてもヒシヒシと伝わってきた。
ナンセンスだと判っていてもあまりにも対照的な自分と彼、どちらがより幸せなのだろうかとボンヤリ思った。
息子の見送りから戻った彼女は、夫に湯呑みを差し出しながら向かいに腰を下ろした。
しかし、一体どこからどのように話したものか。
朝起きたら自分の顔が変わっていたこと?
見覚えのない家で目覚めたこと?
それより前、夢の中で変な超人に会ったことから?
答えあぐねて下を向いてしまったバッファローマンを前に彼女は困ったように笑った。
「何か朝からほんとヘンだね」
『信じられないかもしれないが本当なんだ』
結局彼はそんな風に切り出した。
昨晩、つまりハロウィーンの夜、夢の中でサイコマンという見知らぬ超人に会ったこと。
「菓子をくれ」という彼の要求をつっぱねたこと。
その後(眠ってしまったのか意識を失ったのか)目覚めたら全く見覚えのない部屋にいたこと。
まるきり信憑性がないことは話している自分が一番よく判っていた。それでも洗いざらいぶちまけたのは目の前の相手が(外観が少々異なっていても)彼女だからだ、というのが理由だろう。
目測は違わず全く腑に落ちないという表情を浮かべてはいても
「そういうことなら……アナタは私の知っているのとは違うバッファローマンなのかもしれないわね」と受け入れてくれ、心底安堵した。
「教えてくれ、ココは日本だよな?」
「そうよ、日本よ」
突き合わせるように確認すると、目覚める前に住んでいた場所と幾らも離れていないことが判った。最寄り駅の反対側にある一軒家の文化住宅が建ち並ぶ場所だ。
「やっぱり夕べはハロウィーンだったか?」
「いいえ今日は25日。ハロウィーンは一週間後」
確かに差し出された朝刊の日付は言葉通り。元号も世界Aと同じだった。
そういえばてっきりこの肉体の主がバッファローマンBだと思っていたのだが、彼がサイコマンという超人と戦ったことは勿論、名前すら聞いた覚えがないと彼女はいう。
自分のいた『世界A』ともサイコマンのいた(らしい)『世界B』とも異なるここは、
さしずめ『世界C』といったところか。
それならばこの世界のバッファローマン、つまり『バッファローマンC』の意識は一体どこにいってしまったのか。
「あの野郎は『私が存在しない時間線』がどうたらつってたな。そもそも時間線って何だ?ワケが判らん」
「同じく」
頭の中だけで考えているからダメなのだ、口に出して二人で考えようと言ったのは彼女なのに。
「SFだっけ?おまえ、こういうの好きだろ」
「生まれてこの方一度もそんな趣味持ったことないわよ。それはアナタのパートナーの彼女のことでしょ?」
「丸っきり同じってワケでもないのか……作るメシは旨いのに」
ふと、ある物を思いついた。
「超人名鑑ってあるか?」
「あるけど」
「持ってきてくれ」
超人名鑑は超人委員会が数年に一度発行する超人レスラーの名簿だ。大抵の者は超人委員会に登録しているから余程アンダーグラウンドな悪行超人でない限り掲載されている。
彼女の持ってきた分厚い冊子は世界Aのものと同じ装丁だった。
バッファローマンは自分のページを開くと、記載されていたデータに目を見開いた。
超人名:バッファローマン
属性:正義超人
超人強度:100万パワー
確かに現在はれっきとした正義超人だが、過去に悪魔超人として活動していた時期がある。世界Aではそうした来歴もきちんと記載されていたはずなのだ。
もっと衝撃だったのは超人強度だ。
『100万パワー』
彼は若い頃、自分の格闘能力に限界を感じ、万策尽きたあげく禁忌を冒し血と魂を悪魔に売って新たな力を得た。その結果100万パワーだった超人強度は1000万パワーに達した。現在のその強度や、かつて悪魔超人の属性だった記述がすっかり抜け落ちてしまっている。
恐る恐る確認してみた。
「もしかして……オレの超人強度は100万のままなのか?」
ゴクリ、と自分が息を飲む音が聞こえる。
ただならぬ様子にさすがに彼女も少々ひるんだようだ。
「う、うん。バッファローマンの超人強度は100万よ?」
「参ったな」
そこで自分の来歴と彼女の知っている来歴とを最初から比較してみた。
・バッファロー一族最後の生き残り
・100万パワーの正義超人としての修行時代
ここから両者は分岐した。
バッファローマンCは正義超人のまま修行を続けた。戦績はパッとせず、働きながら超人レスラーの生活を続けたらしい。三年と少し前にこの彼女と出会い、いくらもしないうちに彼女のお腹に子どもが出来て入籍した。ここでも超人と人間のあいだに子どもが産まれることはまず無いそうで、当時はちょっとしたニュースになったらしい。そうして産まれてきたのがソラだった。
それから親子三人ここでずっと暮らしている。生活に余裕はあまりなくて、ソラが三歳になったのを機に、彼を保育園に預けて彼女もほぼフルタイムで働きだした。
翻って、バッファローマンAは分岐のあと悪魔超人に属性を変え、超人強度は1000万パワーにまで到達した。それから紆余曲折を経て正義超人に戻り、最終的にキン肉星の第58代王位争奪戦でキン肉マンソルジャー率いる超人血盟軍の中堅を務め、王位戦終了後はごく稀にリングに上がるものの、おおむね超人委員会の運営などに関わりながら暮らしていた。
両者の経歴にあまりにも開きがあるものだから、彼女は「ウチの人と同じバッファローマンとは思えない」と感心してため息をついた。
正直に言えばどのようにして超人強度を上げたのか、詳細は伏せた。それを話して今と同じリアクションが反ってくるとは思えなかったから。
バッファローマンもまた(彼女の言葉から察するに)自分とは全く異なるタイプのバッファローマンCに興味がわいた。
「アンタのパートナーのバッファローマンはどんな感じだ?」
「ノンビリしてて穏やかで、ソラが一番の宝物で、一緒にいるときずっと膝のうえにのせてる」
あんまり甘やかさないでって言ってるんだけど、と肩をすくめた。
「あらやだ、もうこんな時間?」
壁掛け時計の差す時刻を見て彼女は慌てて声をあげた。
「仕事なのよ、これから。それでね、アナタは今日は休みなんだけど他の日は大体午前中はジム、午後は仕事なの。このまま行っても右も左も判らないでしょう?帰ってきたら色々教えるわ」
確かに彼女の言うとおりだ。
慌ただしく身支度をして出勤した彼女を見送ると、手持ち無沙汰になったバッファローマンは手元にあったバッファローマンCのモバイルを開いてみた。
ここからもずい分情報が得られそうだ。
アドレス帳、スケジュール表、それからアルバム。
収められた画像は殆どがソラの姿だった。
笑っている顔、眠っている顔、何かを眺めている顔。
どれだけの思いがそこにこめられているのか、言葉などなくてもヒシヒシと伝わってきた。
ナンセンスだと判っていてもあまりにも対照的な自分と彼、どちらがより幸せなのだろうかとボンヤリ思った。