往還(バッファローマン夢小説)
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ペシペシと自分の頬を誰かが叩いている。叩くという表現がオーバーに思えるほどの柔らかい力で。
「おきてー」
声がした。
バッファローマンが眼を開けると可愛らしいふっくらした顔が正面からこちらを覗き込んでいた。彼の厚い胸板の上にまたがって頬を叩いていたらしい。
目と目があうと
「おきた!」
と笑い、胸の上からパッと退いてどちらかへと駆けていった。
向こうで声がする。
半身を起こせば、いつものベッドではなくせんべいのように薄っぺらい布団の上に横たわっていた。
室内の様子にも気がついた。ささくれだった畳、低い天井――もちろんバッファローマンの基準でという意味だが。粗末な調度品。
ここがどこなのか見当もつかない。
正体をなくすほど酔いつぶれた記憶はない。昨夜は自宅で飲食し、日付が変わる前に床についた。
ついたハズだ。
――さて、どうしたものか。
すると、ドアの向こうから女性がスッと姿を現した。
「そろそろ時間だよ?」
その顔を見てバッファローマンは声を失った。
語りかけてくる声は彼女のものに間違いなかったが、顔だちは一晩で一気に10年くらい歳をとってしまったような具合だった。
口元や目尻にはシワが刻まれ、こめかみには白いものが何本か混じっている。
バッファローマンにしげしげと見つめられ、相手はキョトンとした表情をうかべた。
「どうしたの?」
「ええと、おまえ……だよな?」
「なあに?それどういう意味?」
「いや、何でもない」
「とりあえず顔を洗ったら?」
言われるがまま洗面に立つフリをして薄暗い板敷きの廊下に出れば、扉は三つしかなく、正面が洗面所、その隣はトイレ、自分の開けた扉と同じ壁づたいのそこは客間のようだった。
洗面台の前で鏡に映った己の姿に言い様のないショックを受けた。
――オレの顔じゃねえ。
顔の輪郭はアゴのあたりが妙に弛んでぼやけているし、口の周りのシワ(ほうれい線というのだったか)がやけに目立つ。眼の色はくすんだ薄黄色、髪の毛はずっと昔の若い頃のように、おさまりの悪いゴワついたくせ毛がだらしなく伸びている。トータルで見れば若干生活に疲れた中年男の風貌だ。
けれどもハッと息を飲んだときの喉の動きも、目をしばたたく動作も自分とタイミングがピッタリ一致していて、やはりそこに映っているのはバッファローマン本人なのだろう。
気がつけば微妙に身体も重い。
重い、もしくは鈍い。
いつもより余分な荷物を負っているような感じだ。
神妙な面持ちで居間に戻ってきたバッファローマンは相手に問いかけた。
「つかぬことを聞くが……オレは、バッファローマンなんだよな?」
「……どうしたの?」
「頼む、答えてくれ」
ただならぬ気配にめんくらいながらも彼女は答えた。「そうよ、アナタはバッファローマン、正義超人のバッファローマンよ」
「……そうか」
恐らくは安堵であろうため息をもらし、双角巨躯の超人は肩をなでおろした。彼女はその様子に眉をひそめ、右手を彼の額にあてた。
「一体どうしちゃったのよ?熱はないようだけど。夕べはお酒なんて飲んでないし……。何だろう、脳梗塞?頭痛は?手とか足とか動く?」
たたみかけるように訊ねられ、あわてて取りつくろった。
「すまん、大丈夫だ。どこも何ともない。夢を見てた気がするから寝ぼけたのかもしれない」
それで相手は納得したのか
「そろそろご飯にしましょう」
台所へ戻っていった。
朝から理解不能な出来事ばかりで頭の中の収拾がつかない。
もしかして自分は一晩で精神に変調をきたしてしまったのだろうか。
言われるがまま布団を隅のほうに押しやり、代わりに丸い座卓を据えると、そこに三人分の朝の膳が並べられた。
「ソラ、おなかペコペコ!」
明るく声をあげて当たり前のようにバッファローマンの隣にチョコンと腰をおろした先ほどの小さな子ども。
左右の側頭部に小さな突起が一つずつ生えてることに気がつき、先ほど鏡のまえで受けたものよりも何倍も激しい衝撃を受けた。
二本の角の他に、自分によく似た毛質のくるくるした髪、薄い眉。透き通るような白い肌とクリクリした眼はきっと、いや、彼女から受け継いだ性質に間違いない。
だから。
「――ソラ?」
恐る恐るその名を呼びかけてみる。
「なに?おとさん」
こちらに向けられた瞳に確信した。
この子は自分と彼女の子供だ、と。
ご飯を食べようと、取りなすように彼女に促されて食事に箸をつけた。
丼みたいな茶碗に山ほど盛られた白飯、ワカメと豆腐の味噌汁、納豆に生卵に沢庵。味噌汁に口をつけ、いつもと変わらない出汁の風味にやっぱり今食卓を囲んでいるのは彼女なのだと確信を新たにした。白飯の水加減も同様だ。納豆だけは口にしたことのないメーカーだった。
一つずつ確かめるよう口に運んでいる姿に彼女は恐る恐る問いかけた。
「おいしくない?」
「いや」
本当だ。本当にいつもと変わらずうまい。
なのに彼女は一晩で十歳も老けてしまったような佇まいだし、絶対に授かることはないと言われていた自分たちの子供が隣に座っている。
これで普通にしていろと言うほうが無理なのだ。
「――旨かった、ごっそさん」
出されたものをキレイに平らげ、それからおもむろに切り出した。
「話があるんだが」
バッファローマンの雰囲気から何かを感じ取ったのか、彼女はすんなりと了承した。子供を保育園の送迎バスに送っていくから少し待っていてほしいとバッファローマンに告げる。
二人のやり取りを見ていたソラは、父親のごつごつした手の甲に小さな手を置いた。
「おとさん、おなかいたい?」
心配そうに訊ねてくる声と、ほんのりと柔らかく小さな手に言いようのないものがこみ上げてくる。
「痛くないよ、大丈夫だ」
「おきてー」
声がした。
バッファローマンが眼を開けると可愛らしいふっくらした顔が正面からこちらを覗き込んでいた。彼の厚い胸板の上にまたがって頬を叩いていたらしい。
目と目があうと
「おきた!」
と笑い、胸の上からパッと退いてどちらかへと駆けていった。
向こうで声がする。
半身を起こせば、いつものベッドではなくせんべいのように薄っぺらい布団の上に横たわっていた。
室内の様子にも気がついた。ささくれだった畳、低い天井――もちろんバッファローマンの基準でという意味だが。粗末な調度品。
ここがどこなのか見当もつかない。
正体をなくすほど酔いつぶれた記憶はない。昨夜は自宅で飲食し、日付が変わる前に床についた。
ついたハズだ。
――さて、どうしたものか。
すると、ドアの向こうから女性がスッと姿を現した。
「そろそろ時間だよ?」
その顔を見てバッファローマンは声を失った。
語りかけてくる声は彼女のものに間違いなかったが、顔だちは一晩で一気に10年くらい歳をとってしまったような具合だった。
口元や目尻にはシワが刻まれ、こめかみには白いものが何本か混じっている。
バッファローマンにしげしげと見つめられ、相手はキョトンとした表情をうかべた。
「どうしたの?」
「ええと、おまえ……だよな?」
「なあに?それどういう意味?」
「いや、何でもない」
「とりあえず顔を洗ったら?」
言われるがまま洗面に立つフリをして薄暗い板敷きの廊下に出れば、扉は三つしかなく、正面が洗面所、その隣はトイレ、自分の開けた扉と同じ壁づたいのそこは客間のようだった。
洗面台の前で鏡に映った己の姿に言い様のないショックを受けた。
――オレの顔じゃねえ。
顔の輪郭はアゴのあたりが妙に弛んでぼやけているし、口の周りのシワ(ほうれい線というのだったか)がやけに目立つ。眼の色はくすんだ薄黄色、髪の毛はずっと昔の若い頃のように、おさまりの悪いゴワついたくせ毛がだらしなく伸びている。トータルで見れば若干生活に疲れた中年男の風貌だ。
けれどもハッと息を飲んだときの喉の動きも、目をしばたたく動作も自分とタイミングがピッタリ一致していて、やはりそこに映っているのはバッファローマン本人なのだろう。
気がつけば微妙に身体も重い。
重い、もしくは鈍い。
いつもより余分な荷物を負っているような感じだ。
神妙な面持ちで居間に戻ってきたバッファローマンは相手に問いかけた。
「つかぬことを聞くが……オレは、バッファローマンなんだよな?」
「……どうしたの?」
「頼む、答えてくれ」
ただならぬ気配にめんくらいながらも彼女は答えた。「そうよ、アナタはバッファローマン、正義超人のバッファローマンよ」
「……そうか」
恐らくは安堵であろうため息をもらし、双角巨躯の超人は肩をなでおろした。彼女はその様子に眉をひそめ、右手を彼の額にあてた。
「一体どうしちゃったのよ?熱はないようだけど。夕べはお酒なんて飲んでないし……。何だろう、脳梗塞?頭痛は?手とか足とか動く?」
たたみかけるように訊ねられ、あわてて取りつくろった。
「すまん、大丈夫だ。どこも何ともない。夢を見てた気がするから寝ぼけたのかもしれない」
それで相手は納得したのか
「そろそろご飯にしましょう」
台所へ戻っていった。
朝から理解不能な出来事ばかりで頭の中の収拾がつかない。
もしかして自分は一晩で精神に変調をきたしてしまったのだろうか。
言われるがまま布団を隅のほうに押しやり、代わりに丸い座卓を据えると、そこに三人分の朝の膳が並べられた。
「ソラ、おなかペコペコ!」
明るく声をあげて当たり前のようにバッファローマンの隣にチョコンと腰をおろした先ほどの小さな子ども。
左右の側頭部に小さな突起が一つずつ生えてることに気がつき、先ほど鏡のまえで受けたものよりも何倍も激しい衝撃を受けた。
二本の角の他に、自分によく似た毛質のくるくるした髪、薄い眉。透き通るような白い肌とクリクリした眼はきっと、いや、彼女から受け継いだ性質に間違いない。
だから。
「――ソラ?」
恐る恐るその名を呼びかけてみる。
「なに?おとさん」
こちらに向けられた瞳に確信した。
この子は自分と彼女の子供だ、と。
ご飯を食べようと、取りなすように彼女に促されて食事に箸をつけた。
丼みたいな茶碗に山ほど盛られた白飯、ワカメと豆腐の味噌汁、納豆に生卵に沢庵。味噌汁に口をつけ、いつもと変わらない出汁の風味にやっぱり今食卓を囲んでいるのは彼女なのだと確信を新たにした。白飯の水加減も同様だ。納豆だけは口にしたことのないメーカーだった。
一つずつ確かめるよう口に運んでいる姿に彼女は恐る恐る問いかけた。
「おいしくない?」
「いや」
本当だ。本当にいつもと変わらずうまい。
なのに彼女は一晩で十歳も老けてしまったような佇まいだし、絶対に授かることはないと言われていた自分たちの子供が隣に座っている。
これで普通にしていろと言うほうが無理なのだ。
「――旨かった、ごっそさん」
出されたものをキレイに平らげ、それからおもむろに切り出した。
「話があるんだが」
バッファローマンの雰囲気から何かを感じ取ったのか、彼女はすんなりと了承した。子供を保育園の送迎バスに送っていくから少し待っていてほしいとバッファローマンに告げる。
二人のやり取りを見ていたソラは、父親のごつごつした手の甲に小さな手を置いた。
「おとさん、おなかいたい?」
心配そうに訊ねてくる声と、ほんのりと柔らかく小さな手に言いようのないものがこみ上げてくる。
「痛くないよ、大丈夫だ」