マウさん(ザ・魔雲天夢小説)
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「あつっ!」
手のひらにのせた炊きたての白米が思っていたより熱くて、彼女は口から思わず声が出た。
「……どうした?」
その声を聞きつけた家主がキッチンに顔を出す。
大きい、という表現でも不充分なその巨躯は文字通り見上げるほどだった。
山を裾からスッパリ切り取って、然るべき位置から手足を生やせばまるきり彼の姿になる。
――悪魔超人ザ・魔雲天。
彼と彼女はひとつ屋根の下で暮らしている。二人は恋人同士だから、いわゆる同棲だ。
彼女は勤め人で、今も昼食用の弁当をこしらえているところだった。
魔雲天はのっそりと引き戸をくぐってキッチンにはいってきた。
テーブルの上には炊飯器から出したばかりの釜がおかれ、いかにも旨そうに炊きあがった白飯がホカホカと白い湯気をたてている。その隣にはおにぎりの具にするのだろう、焼いてほぐした塩鮭、粒の大きな梅干し、昆布のつくだ煮などが並んでいた。
「お昼のおにぎり作ろうと思ったんだけど、ご飯熱くて」
「手は?」
「ん、大丈夫。今日のお昼はおにぎりと卵焼きとウインナーの『遠足弁当』だよ」
彼女は相手の目の前で両手を開き、問題ないというようにヒラヒラと振ってみせた。
魔雲天の問いかけは手に火傷をおったのではないかと案じたものなのだが、いかんせんぶっきらぼうなこの超人はいつも必要最小限の語句で用を済まそうと思うものだから、慣れていないと文意が読み取れずにとまどってしまうことがままある。
彼女が日中勤めにでている間、魔雲天がどう過ごしているかといえば、肉体の鍛練に務めたり超人格闘技についての見識を深めるため、読書に精をだしている。
その他にはこの自宅の離れで――こじんまりとではあるが――道場のようなものを開いている。
それはもちろん超人ための道場だが、わけても悪行超人を主な対象にしている。
「悪行超人」と一言でいっても超人警察に懸賞金をかけられるほどの悪事を働いたものから、たまたま悪行超人の親のもとに産まれてしまったというものまで内実は様々だ。必ずしも望んでその肩書きに甘んじているものばかりではない。
前述の後者のように、正義と悪行の間でどっちつかずのまま宙ぶらりんになってしまうものも少なくはないのだ。
誰かの上に立てるほどの強さも持てないまま、当人の意図などおかまいなしにアウトサイダーズとしてラベリングされてしまう彼らに、せめて拠って立つための自負を保てるよう、魔雲天は超人格闘技の手ほどきをしている。
彼がそんなことを思いついたのは、もしかすると「あのお方」にかつて仕えた経験によるものかもしれない。
もちろん道場主であるザ・魔雲天当人が悪行超人で、なかでも生粋の悪魔超人とくれば、そのような道場のことを世間がどんな風に受け止めているかは想像にかたくない。
だけど彼女は黒とか白とかそんなことを抜きにして、ただ己を鍛え磨きあげ、言葉ではなく行いによってポリシーを貫こうとしているザ・魔雲天の生きざまがとても好きで、出来るだけそばにいて彼の力になりたいと思っているのだった。
そんな次第で今朝も熱い白飯を相手に奮闘していたわけなのだが、真っ赤になった彼女の手のひらをみた魔雲天は「貸してみろ」といって(もちろん念入りに手を洗ったあとで)大きくてゴツゴツした己の手のひらに白飯をのせた。
……もしかすると彼はおにぎりを作ろうとしているのか。身長285センチメートルの岩石超人が。
「え!マウさんいいよ、やるから!大丈夫だから!」
「心配するな、これくらいはできる。その間おまえは朝めしの支度をしてくれ」
「う、うん」
そこまでいうなら、と彼女は朝食を作り始めたが、気になって仕方がない。横目でチラリとのぞけば手のひらにのせた大量の白飯に塩鮭、梅干し、昆布のつくだ煮をズボズボと埋め、おもむろに握りはじめた。
二度、三度、ぎゅっと力をこめてから両手を開くと、そこにはいまだかつて目にしたことないほどの巨大なおにぎりがあった。丸皿に置かれたそれは、とつぜん姿を現した山のようだった。
「うわぁ!こんなおっきなおにぎり見たことない!!」
「どうしてもこのサイズになってしまう……大きすぎるか?」
「ううん、全然大丈夫!マウさんありがとう!大好き!!」
恋人が自分のために初めておにぎりを作ってくれたことがうれしくて、彼女は岩石の太い腕に抱きついた。
「やめろ、朝から」
そっぽを向いてモゴモゴとつぶやく魔雲天。岩石の面がほんのりと赤らんでいるが、それは本当にかすかな変化で、きっと彼女でなければ見分けられない。
「……もしかして照れてる?マウさん」
「そんな訳、あるか」
愛の告白に恥じらう悪魔超人。そのギャップがたまらなく可愛らしい。それが見たくて彼女はいつもついストレートに好意を表してしまうのだった。
その日はずっと昼休憩が待ち遠しく、あっという間に午前の勤務時間が過ぎた。
十二時を迎えて、いつものように彼女が弁当の包みを開くと「ザ・魔雲天特製ジャイアントおにぎり」はたちまち同僚らの注目を集めた。
「なにそれ!」
「どうしたの!?」
「中身はなに?」
口々にまくしたてる一同に今朝の出来ごとを説明すると「優しい恋人でいいわね」とか「ハイハイごちそうさま」などともれなく全員にうらやまれたのだった。
正直にいえば見るからに強力(ごうりき)といったあの魔雲天がにぎったのだから、飯粒がミチミチに詰まって押し寿司みたいな食感になっているだろうと思っていた。
しかし、おにぎりのてっぺんにそっと歯をたてると総体は正しく三角形を保ちつつも、一角だけホロリと快く崩れた。柔らかすぎず固すぎず、絶妙の力加減で握られた証拠だ。
塩加減はやや強めだが、時間が経ってまろやかな塩梅になっている。これはきっと身体を使うことが多い人の好みだろう。
しみじみと噛みしめながら嬉しそうに食べる彼女に、同僚たちは恋人のプロフィールなどをアレコレ訊ねてきた。
格闘家で身長が高くて一見すると不愛想だけど仲間思いの人――彼女はざっくりとそんなふうに説明した。
惜しむらくはそれが人間ではなく超人、それもコワモテの悪魔超人だと明かせないことだ。人間社会のなかで彼らがどのように評価されているかを考えれば致し方ない。
少なくとも、まだ今のところは。
だけど彼女は信じている。
いつか、ザ・魔雲天とその道場に通う悪行超人たちが、必ずしも世界を脅かすだけの存在ではないということに、人々が気がついてくれる日がくることを。
その時はみんなを家に招いて、彼の作ったあの美味しいおにぎりでもてなそうと思う。
夕方、仕事を終えた彼女が建物の外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていて、冷たい空気に思わず身体が縮こまった。
今夜は鍋がいいかもしれない。寄せ鍋か、水炊きか。いや、あれで彼は案外とシンプルな料理が好きだから、もしかしたら湯豆腐が良いというかもしれない。
――マウさんに電話してどちらが良いか聞いてみよう。
彼女はポケットから携帯電話を取り出した。
お察しの通りぶっきらぼうな魔雲天は、電話がかかってきても出しなに「はい」と言ったきりで、名乗りもしなければ訊ねもしない。
そのことを思い出し、彼女は小さな笑みを浮かべながら呼び出し音を聞いていた。
end
初出:PIXIV 2022.10.21
手のひらにのせた炊きたての白米が思っていたより熱くて、彼女は口から思わず声が出た。
「……どうした?」
その声を聞きつけた家主がキッチンに顔を出す。
大きい、という表現でも不充分なその巨躯は文字通り見上げるほどだった。
山を裾からスッパリ切り取って、然るべき位置から手足を生やせばまるきり彼の姿になる。
――悪魔超人ザ・魔雲天。
彼と彼女はひとつ屋根の下で暮らしている。二人は恋人同士だから、いわゆる同棲だ。
彼女は勤め人で、今も昼食用の弁当をこしらえているところだった。
魔雲天はのっそりと引き戸をくぐってキッチンにはいってきた。
テーブルの上には炊飯器から出したばかりの釜がおかれ、いかにも旨そうに炊きあがった白飯がホカホカと白い湯気をたてている。その隣にはおにぎりの具にするのだろう、焼いてほぐした塩鮭、粒の大きな梅干し、昆布のつくだ煮などが並んでいた。
「お昼のおにぎり作ろうと思ったんだけど、ご飯熱くて」
「手は?」
「ん、大丈夫。今日のお昼はおにぎりと卵焼きとウインナーの『遠足弁当』だよ」
彼女は相手の目の前で両手を開き、問題ないというようにヒラヒラと振ってみせた。
魔雲天の問いかけは手に火傷をおったのではないかと案じたものなのだが、いかんせんぶっきらぼうなこの超人はいつも必要最小限の語句で用を済まそうと思うものだから、慣れていないと文意が読み取れずにとまどってしまうことがままある。
彼女が日中勤めにでている間、魔雲天がどう過ごしているかといえば、肉体の鍛練に務めたり超人格闘技についての見識を深めるため、読書に精をだしている。
その他にはこの自宅の離れで――こじんまりとではあるが――道場のようなものを開いている。
それはもちろん超人ための道場だが、わけても悪行超人を主な対象にしている。
「悪行超人」と一言でいっても超人警察に懸賞金をかけられるほどの悪事を働いたものから、たまたま悪行超人の親のもとに産まれてしまったというものまで内実は様々だ。必ずしも望んでその肩書きに甘んじているものばかりではない。
前述の後者のように、正義と悪行の間でどっちつかずのまま宙ぶらりんになってしまうものも少なくはないのだ。
誰かの上に立てるほどの強さも持てないまま、当人の意図などおかまいなしにアウトサイダーズとしてラベリングされてしまう彼らに、せめて拠って立つための自負を保てるよう、魔雲天は超人格闘技の手ほどきをしている。
彼がそんなことを思いついたのは、もしかすると「あのお方」にかつて仕えた経験によるものかもしれない。
もちろん道場主であるザ・魔雲天当人が悪行超人で、なかでも生粋の悪魔超人とくれば、そのような道場のことを世間がどんな風に受け止めているかは想像にかたくない。
だけど彼女は黒とか白とかそんなことを抜きにして、ただ己を鍛え磨きあげ、言葉ではなく行いによってポリシーを貫こうとしているザ・魔雲天の生きざまがとても好きで、出来るだけそばにいて彼の力になりたいと思っているのだった。
そんな次第で今朝も熱い白飯を相手に奮闘していたわけなのだが、真っ赤になった彼女の手のひらをみた魔雲天は「貸してみろ」といって(もちろん念入りに手を洗ったあとで)大きくてゴツゴツした己の手のひらに白飯をのせた。
……もしかすると彼はおにぎりを作ろうとしているのか。身長285センチメートルの岩石超人が。
「え!マウさんいいよ、やるから!大丈夫だから!」
「心配するな、これくらいはできる。その間おまえは朝めしの支度をしてくれ」
「う、うん」
そこまでいうなら、と彼女は朝食を作り始めたが、気になって仕方がない。横目でチラリとのぞけば手のひらにのせた大量の白飯に塩鮭、梅干し、昆布のつくだ煮をズボズボと埋め、おもむろに握りはじめた。
二度、三度、ぎゅっと力をこめてから両手を開くと、そこにはいまだかつて目にしたことないほどの巨大なおにぎりがあった。丸皿に置かれたそれは、とつぜん姿を現した山のようだった。
「うわぁ!こんなおっきなおにぎり見たことない!!」
「どうしてもこのサイズになってしまう……大きすぎるか?」
「ううん、全然大丈夫!マウさんありがとう!大好き!!」
恋人が自分のために初めておにぎりを作ってくれたことがうれしくて、彼女は岩石の太い腕に抱きついた。
「やめろ、朝から」
そっぽを向いてモゴモゴとつぶやく魔雲天。岩石の面がほんのりと赤らんでいるが、それは本当にかすかな変化で、きっと彼女でなければ見分けられない。
「……もしかして照れてる?マウさん」
「そんな訳、あるか」
愛の告白に恥じらう悪魔超人。そのギャップがたまらなく可愛らしい。それが見たくて彼女はいつもついストレートに好意を表してしまうのだった。
その日はずっと昼休憩が待ち遠しく、あっという間に午前の勤務時間が過ぎた。
十二時を迎えて、いつものように彼女が弁当の包みを開くと「ザ・魔雲天特製ジャイアントおにぎり」はたちまち同僚らの注目を集めた。
「なにそれ!」
「どうしたの!?」
「中身はなに?」
口々にまくしたてる一同に今朝の出来ごとを説明すると「優しい恋人でいいわね」とか「ハイハイごちそうさま」などともれなく全員にうらやまれたのだった。
正直にいえば見るからに強力(ごうりき)といったあの魔雲天がにぎったのだから、飯粒がミチミチに詰まって押し寿司みたいな食感になっているだろうと思っていた。
しかし、おにぎりのてっぺんにそっと歯をたてると総体は正しく三角形を保ちつつも、一角だけホロリと快く崩れた。柔らかすぎず固すぎず、絶妙の力加減で握られた証拠だ。
塩加減はやや強めだが、時間が経ってまろやかな塩梅になっている。これはきっと身体を使うことが多い人の好みだろう。
しみじみと噛みしめながら嬉しそうに食べる彼女に、同僚たちは恋人のプロフィールなどをアレコレ訊ねてきた。
格闘家で身長が高くて一見すると不愛想だけど仲間思いの人――彼女はざっくりとそんなふうに説明した。
惜しむらくはそれが人間ではなく超人、それもコワモテの悪魔超人だと明かせないことだ。人間社会のなかで彼らがどのように評価されているかを考えれば致し方ない。
少なくとも、まだ今のところは。
だけど彼女は信じている。
いつか、ザ・魔雲天とその道場に通う悪行超人たちが、必ずしも世界を脅かすだけの存在ではないということに、人々が気がついてくれる日がくることを。
その時はみんなを家に招いて、彼の作ったあの美味しいおにぎりでもてなそうと思う。
夕方、仕事を終えた彼女が建物の外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていて、冷たい空気に思わず身体が縮こまった。
今夜は鍋がいいかもしれない。寄せ鍋か、水炊きか。いや、あれで彼は案外とシンプルな料理が好きだから、もしかしたら湯豆腐が良いというかもしれない。
――マウさんに電話してどちらが良いか聞いてみよう。
彼女はポケットから携帯電話を取り出した。
お察しの通りぶっきらぼうな魔雲天は、電話がかかってきても出しなに「はい」と言ったきりで、名乗りもしなければ訊ねもしない。
そのことを思い出し、彼女は小さな笑みを浮かべながら呼び出し音を聞いていた。
end
初出:PIXIV 2022.10.21
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