ただ愛のために(キン肉マンスーパーフェニックス夢小説)
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毎年夏になると大きな記念日が三回やってくる。喜ばしいことだけが記念日ではないのだとその度に思う。外に出かけるときは口ぐせのように「暑い暑い」と言いながら日傘のしたに縮こまって歩く。
そんな季節がやっと終わろうとしていた。
朝の天気予報では接近中の台風のせいで明日から雨が降ることになっていたから、新しいサンダルは今日履いてしまうことにした。
彼女とフェニックスマンは雑踏のなかを並んで歩いていた。
そう、さっきまで並んで歩いていた。しかし気がつくと彼女はフェニックスの背中を追う位置にいた。
足に小さな痛みがあるせいだ。
おろしたてのサンダルと柔らかな皮膚がこすれあった結果、赤い靴ずれが親指のつけ根にできていた。
「待ってよ、フェニックス」
遠ざかっていくその姿に向かって彼女は声をかけた。
すぐ隣を歩いていたはずの恋人が「待ってくれと」と背後から呼びかけてきた。振りかえると困ったような表情を浮かべ、ポツンと立ちつくしている。
膝丈の裾のひろがった真っ赤なサンドレスにオレンジ色のサマーストールと白のサンダル。
まるで困惑顔をした金魚みたいだ。
本当にそんな金魚がいるのか知らないが。
とにかくフェニックスは彼女に歩みよった。
「どうした?」
「サンダル、今日おろしたばかりだったから足が擦れちゃって」
「……そういうのは前もって近場を歩いて慣らしておくものだ」
――そんなこと、判ってる。
フェニックスの言うことはいつだって正しい。
でも、台風がきているのを知ったのは今朝の天気予報だったし、新しい靴はデートのときにおろしたかったのだ。
きっとこんなチェリッシュは彼にとって無用の長物なのだろうけど。
「見せてみろ」
フェニックスに促されて彼女が右のサンダルを脱ぐと、足の甲の内側が赤くなって表皮が小さくペロリとめくれていた。
「絆創膏は持っていないのか」
「ある、ちょっと待って」
バックのなかから絆創膏を取り出したとたん「貸せ」と取り上げられた。
「……自分で貼れるよ」
「知っている」
しゃがみこんだフェニックスは絆創膏の包装を剥ぎながら、己の肩を彼女に向かって差し出した。
つかまれ、ということらしい。
片足立ちでその肩に掴まると、驚くほど大きく固い筋肉に触れて「ああ、この人は超人なのだなあ」としみじみ思う。
超人特有の上背と、ポロシャツ越しでも容易に見てとれる見事な体躯。
フェニックスの顔にはむっつりと眉間にシワがよっているが、これは生来のものだ。
口数が少ないのもいつものこと。
だから、怒ってはいない。
だけど判っていても無駄に迷惑をかけているようで何だか後ろめたい。
こんなふうに一緒にいると「どうして自分はこんなにバカなんだろう」と思うことがたまにある。
周囲の人々は二人を避けて半円を描きながら通りすぎていった。
「どうだ、足は」
「うん、もうへーき」
「そうか」
そう言うとフェニックスは手にしたローストビーフのサンドイッチを一口かじり、またぼんやりと考えこむような様子で景色を眺めていた。
小高い丘の上から見下ろす先には港と海。そして巨大なタンカーの群れ。
あれから二人は電車にのって海の近くの街を訪れた。
そこの港のそばにある公園で、彼女が作ってきたランチを食べている。
この港湾都市は日本でも有数の国際貿易港として古くから知られ、日本の開国はここから始まったと言っても過言ではない。
幕末の開国を期に人々が今まで見聞きしたことのない物品や文化が海外から怒涛のごとく押し寄せ、彼らの認識を様々に変えた。
知識は人を変える。
啓蒙とは知識がもたらす福音だ。
啓蒙によって開眼に至った精神はそれまでとは全く異なる、新たな世界が自分をとりまいていることに気づく。そこに広がる可能性によって、人々の内面は何度でも生まれ変わる。
人はただ神によってのみならず知識によっても生まれ変わることが可能なのだ。
もちろんそこに貴賤の別はない。
フェニックスマン――かつて知性の神に愛され、キン肉マンスーパーフェニックスと呼ばれた超人が知性を愛するのはそれが理由だ。
そして同じ理由でもってこの港の風景は彼にとって大変好ましく映るのだった。
黒と赤に彩られた巨大なタンカーを眺めるフェニックス。
やおら汽笛がボゥ、と鳴く。
「コーヒー、もう少しどう?」
「ああ。もらおうか」
彼女がフェニックスの差し出したプラカップにポットのコーヒーをそそぐと、黒い液体の表面から白い湯気がたちのぼった。彼はそれを一口飲むと下において、再び大きな船に視線をもどした。
彼女は遠い目をした恋人の横顔を眺め、きっとまた難しいことを考えているのだろうと思った。そしてそれはいつもややこしく混みいっていて、自分には少しも理解できないのだ。
彼にはキン肉星の王位継承者候補の一人として第58代大王の座をかけて現大王と戦った過去がある。それは彼の優秀さを表すものだし、実際に彼は統治者にふさわしいだけの能力があると彼女は思っている。
そんな超人がどうして平凡で何の取りえもない自分のような女を選び、またつき合っているのか、不思議で仕方がない。
確かめてみたい気もするが、言質を引き出そうとしているようで何だかやましいし、自信のなさを見透かされそうで怖い。
もっと怖いのはそれで「やはり知性の低い人間はこの程度か」と彼に愛想をつかされてしまうことだ。
その時はきっとあのタンカー――どこから来て、そしてどこへ行くのかさっぱり見当がつかない――みたいに彼女にはたどり着けないような遠くへフェニックスは立ち去ってしまうだろう。
ふたたび汽笛がボゥ、と鳴く。
その響きはさいぜん浮かんだ別離のイメージと相まって、否応なしに彼女の悲しみを誘った。
やけに静かだ。そう思ったフェニックスが傍らの恋人を見やると何故だかほろほろと涙をこぼしている。
「……どうした。具合でも悪いのか」
「ううん」
彼女はかぶりをふった。
「泣いていないで理由をいえ」
「ねぇフェニックス、わたしと一緒にいて楽しい?わたしのどこが好き?どうしてつき合おうと思ったの?」
ああ、言ってしまった。
フェニックスの眉根がキュッと寄る。それを見た瞬間彼女の心臓も縮こまり、後悔の念が押し寄せた。
「なぜそんなくだらないことを……ああ、いや、理解した」
彼は彼女をしばし見つめたあと、その目じりにたまっていた涙をそっと指でぬぐった。
「オレがいつも仏頂面ですげないように見えるからおまえに対して本当に好意を抱いているのか疑わしく思ったのだろう、違うか?」
「……うん」
果せるかな、といった様子でフェニックスは肩をすくめた。
「しかしそれがオレの常態だ。知っているだろう。逆にあまりにも普段と違う態度だと今度は何かやましいことを隠しているのではと懸念しないか?」
「……そうかも」
何から何まで彼の指摘した通り。至らない自分に恥ずかしくなった彼女はしゅんとうつ向いた。
「こういう事に恐らく正解はない。だから聞くが、逆におまえはどうしてほしい?オレがどう言ってやれば安心するのだ。
オレはおまえが好きだ。それは一度ならず言葉にして伝えたろう。あとはおまえが信じるか否かだ。頭を割って中身を見せてやるわけにはいかないからな」
すると彼女は顔をあげ、彼の大きな手をとって自分の胸にあてた。
「……頭じゃないよ、こっち。本当のことがしまってあるのは心のなかだよ」
女性らしい柔らかな温かさを掌に感じて、一瞬目をしばたたかせたあとフェニックスはくしゃりと笑った。
「おまえらしい考えだな、実に」
かつて、フェニックスマンがキン肉マンスーパーフェニックスとして王位争奪戦で知性チームを率いたとき、彼はありとあらゆる手段を用いて大王の座を勝ち取ろうとした。
当時彼は「他人とは強者である自分に利用されるために存在しているのだ」と本気で考えていた。
もちろんあの時は知性の神が介在していて、神によって芽生えさせられた悪心と知性の神自身がフェニックスに憑依したことで絶大な超人パワーが備わっていた、だからそれもむべなるかなであろう。
しかし戦いのなかで完全無欠であると信じていた己に先天性の心疾患が存在していることが明らかになり、併せてそれこそが偽りの王子の証左であったため、過剰なまでのその自信は完膚なきまでに打ち砕かれた。
そしてついに彼は決勝戦でキン肉スグルに敗北したのだった。
「こういう事を話すのは得手ではないが……オレはかつて自分の望みを叶えるために汚い手を散々使った。そのせいで不幸になったヤツもずいぶんいただろう。ハッキリ言うがそれを恥じてはいない。本気で大王になるつもりだったからな」
膝のうえで手を組み、けして彼女のほうを見ずに淡々と話す様は、命じられた動作だけを黙々と行う自動機械のようだった。
「だけどおまえとつき合うようになって、少しだけ物事に対する感じかたが変わったように思う。おまえは心根が真っ直ぐで人を疑うことを知らない。昔のオレが真っ先に餌食にするようなタイプだ。
だけどおまえの笑顔を見ていると、そんな風に不幸にはしたくないと現在(いま)のオレは思う。人を、誰かを愛するというのはきっとそういうことなのだ。だから、恥じてはいないが、オレのしてきたことは間違いだった」
かつての自分を全否定するような恋慕の情は、喜びと同等の苦痛を彼にもたらしたのかもしれない。
それでも彼女を愛するがゆえにフェニックスは真実を受け入れた。過ちを認め、魂を煉獄の炎で自ら焼いた。
ただ愛のために。
そうしてついに善と悪の融和をもって彼は新たに生まれ変わったのだ。
まるで自らの名前――フェニックスのように。
「オレにとっておまえの存在とはそういうものだ。どうだ?これで納得できそうか?」
「今の……ほんと?」
まだ少しだけ涙の残った目をしばたたかせて彼女は問うた。
「本当だとも。オレの目をよく見てみろ、ウソを吐いているように見えるか?」
「……ううん」
ジッとこちらをのぞき込む彼女の瞳には自分の姿が小さく写っている。
その真っ直ぐさがたまらなくいじらしい。こみあげる思いのままにフェニックスは彼女にキスをするとそっと抱き寄せて、その耳元にささやいた。
「だから、いつまでもオレのそばにいてくれ」
End
初出:PIXIV 2022.09.23
そんな季節がやっと終わろうとしていた。
朝の天気予報では接近中の台風のせいで明日から雨が降ることになっていたから、新しいサンダルは今日履いてしまうことにした。
彼女とフェニックスマンは雑踏のなかを並んで歩いていた。
そう、さっきまで並んで歩いていた。しかし気がつくと彼女はフェニックスの背中を追う位置にいた。
足に小さな痛みがあるせいだ。
おろしたてのサンダルと柔らかな皮膚がこすれあった結果、赤い靴ずれが親指のつけ根にできていた。
「待ってよ、フェニックス」
遠ざかっていくその姿に向かって彼女は声をかけた。
すぐ隣を歩いていたはずの恋人が「待ってくれと」と背後から呼びかけてきた。振りかえると困ったような表情を浮かべ、ポツンと立ちつくしている。
膝丈の裾のひろがった真っ赤なサンドレスにオレンジ色のサマーストールと白のサンダル。
まるで困惑顔をした金魚みたいだ。
本当にそんな金魚がいるのか知らないが。
とにかくフェニックスは彼女に歩みよった。
「どうした?」
「サンダル、今日おろしたばかりだったから足が擦れちゃって」
「……そういうのは前もって近場を歩いて慣らしておくものだ」
――そんなこと、判ってる。
フェニックスの言うことはいつだって正しい。
でも、台風がきているのを知ったのは今朝の天気予報だったし、新しい靴はデートのときにおろしたかったのだ。
きっとこんなチェリッシュは彼にとって無用の長物なのだろうけど。
「見せてみろ」
フェニックスに促されて彼女が右のサンダルを脱ぐと、足の甲の内側が赤くなって表皮が小さくペロリとめくれていた。
「絆創膏は持っていないのか」
「ある、ちょっと待って」
バックのなかから絆創膏を取り出したとたん「貸せ」と取り上げられた。
「……自分で貼れるよ」
「知っている」
しゃがみこんだフェニックスは絆創膏の包装を剥ぎながら、己の肩を彼女に向かって差し出した。
つかまれ、ということらしい。
片足立ちでその肩に掴まると、驚くほど大きく固い筋肉に触れて「ああ、この人は超人なのだなあ」としみじみ思う。
超人特有の上背と、ポロシャツ越しでも容易に見てとれる見事な体躯。
フェニックスの顔にはむっつりと眉間にシワがよっているが、これは生来のものだ。
口数が少ないのもいつものこと。
だから、怒ってはいない。
だけど判っていても無駄に迷惑をかけているようで何だか後ろめたい。
こんなふうに一緒にいると「どうして自分はこんなにバカなんだろう」と思うことがたまにある。
周囲の人々は二人を避けて半円を描きながら通りすぎていった。
「どうだ、足は」
「うん、もうへーき」
「そうか」
そう言うとフェニックスは手にしたローストビーフのサンドイッチを一口かじり、またぼんやりと考えこむような様子で景色を眺めていた。
小高い丘の上から見下ろす先には港と海。そして巨大なタンカーの群れ。
あれから二人は電車にのって海の近くの街を訪れた。
そこの港のそばにある公園で、彼女が作ってきたランチを食べている。
この港湾都市は日本でも有数の国際貿易港として古くから知られ、日本の開国はここから始まったと言っても過言ではない。
幕末の開国を期に人々が今まで見聞きしたことのない物品や文化が海外から怒涛のごとく押し寄せ、彼らの認識を様々に変えた。
知識は人を変える。
啓蒙とは知識がもたらす福音だ。
啓蒙によって開眼に至った精神はそれまでとは全く異なる、新たな世界が自分をとりまいていることに気づく。そこに広がる可能性によって、人々の内面は何度でも生まれ変わる。
人はただ神によってのみならず知識によっても生まれ変わることが可能なのだ。
もちろんそこに貴賤の別はない。
フェニックスマン――かつて知性の神に愛され、キン肉マンスーパーフェニックスと呼ばれた超人が知性を愛するのはそれが理由だ。
そして同じ理由でもってこの港の風景は彼にとって大変好ましく映るのだった。
黒と赤に彩られた巨大なタンカーを眺めるフェニックス。
やおら汽笛がボゥ、と鳴く。
「コーヒー、もう少しどう?」
「ああ。もらおうか」
彼女がフェニックスの差し出したプラカップにポットのコーヒーをそそぐと、黒い液体の表面から白い湯気がたちのぼった。彼はそれを一口飲むと下において、再び大きな船に視線をもどした。
彼女は遠い目をした恋人の横顔を眺め、きっとまた難しいことを考えているのだろうと思った。そしてそれはいつもややこしく混みいっていて、自分には少しも理解できないのだ。
彼にはキン肉星の王位継承者候補の一人として第58代大王の座をかけて現大王と戦った過去がある。それは彼の優秀さを表すものだし、実際に彼は統治者にふさわしいだけの能力があると彼女は思っている。
そんな超人がどうして平凡で何の取りえもない自分のような女を選び、またつき合っているのか、不思議で仕方がない。
確かめてみたい気もするが、言質を引き出そうとしているようで何だかやましいし、自信のなさを見透かされそうで怖い。
もっと怖いのはそれで「やはり知性の低い人間はこの程度か」と彼に愛想をつかされてしまうことだ。
その時はきっとあのタンカー――どこから来て、そしてどこへ行くのかさっぱり見当がつかない――みたいに彼女にはたどり着けないような遠くへフェニックスは立ち去ってしまうだろう。
ふたたび汽笛がボゥ、と鳴く。
その響きはさいぜん浮かんだ別離のイメージと相まって、否応なしに彼女の悲しみを誘った。
やけに静かだ。そう思ったフェニックスが傍らの恋人を見やると何故だかほろほろと涙をこぼしている。
「……どうした。具合でも悪いのか」
「ううん」
彼女はかぶりをふった。
「泣いていないで理由をいえ」
「ねぇフェニックス、わたしと一緒にいて楽しい?わたしのどこが好き?どうしてつき合おうと思ったの?」
ああ、言ってしまった。
フェニックスの眉根がキュッと寄る。それを見た瞬間彼女の心臓も縮こまり、後悔の念が押し寄せた。
「なぜそんなくだらないことを……ああ、いや、理解した」
彼は彼女をしばし見つめたあと、その目じりにたまっていた涙をそっと指でぬぐった。
「オレがいつも仏頂面ですげないように見えるからおまえに対して本当に好意を抱いているのか疑わしく思ったのだろう、違うか?」
「……うん」
果せるかな、といった様子でフェニックスは肩をすくめた。
「しかしそれがオレの常態だ。知っているだろう。逆にあまりにも普段と違う態度だと今度は何かやましいことを隠しているのではと懸念しないか?」
「……そうかも」
何から何まで彼の指摘した通り。至らない自分に恥ずかしくなった彼女はしゅんとうつ向いた。
「こういう事に恐らく正解はない。だから聞くが、逆におまえはどうしてほしい?オレがどう言ってやれば安心するのだ。
オレはおまえが好きだ。それは一度ならず言葉にして伝えたろう。あとはおまえが信じるか否かだ。頭を割って中身を見せてやるわけにはいかないからな」
すると彼女は顔をあげ、彼の大きな手をとって自分の胸にあてた。
「……頭じゃないよ、こっち。本当のことがしまってあるのは心のなかだよ」
女性らしい柔らかな温かさを掌に感じて、一瞬目をしばたたかせたあとフェニックスはくしゃりと笑った。
「おまえらしい考えだな、実に」
かつて、フェニックスマンがキン肉マンスーパーフェニックスとして王位争奪戦で知性チームを率いたとき、彼はありとあらゆる手段を用いて大王の座を勝ち取ろうとした。
当時彼は「他人とは強者である自分に利用されるために存在しているのだ」と本気で考えていた。
もちろんあの時は知性の神が介在していて、神によって芽生えさせられた悪心と知性の神自身がフェニックスに憑依したことで絶大な超人パワーが備わっていた、だからそれもむべなるかなであろう。
しかし戦いのなかで完全無欠であると信じていた己に先天性の心疾患が存在していることが明らかになり、併せてそれこそが偽りの王子の証左であったため、過剰なまでのその自信は完膚なきまでに打ち砕かれた。
そしてついに彼は決勝戦でキン肉スグルに敗北したのだった。
「こういう事を話すのは得手ではないが……オレはかつて自分の望みを叶えるために汚い手を散々使った。そのせいで不幸になったヤツもずいぶんいただろう。ハッキリ言うがそれを恥じてはいない。本気で大王になるつもりだったからな」
膝のうえで手を組み、けして彼女のほうを見ずに淡々と話す様は、命じられた動作だけを黙々と行う自動機械のようだった。
「だけどおまえとつき合うようになって、少しだけ物事に対する感じかたが変わったように思う。おまえは心根が真っ直ぐで人を疑うことを知らない。昔のオレが真っ先に餌食にするようなタイプだ。
だけどおまえの笑顔を見ていると、そんな風に不幸にはしたくないと現在(いま)のオレは思う。人を、誰かを愛するというのはきっとそういうことなのだ。だから、恥じてはいないが、オレのしてきたことは間違いだった」
かつての自分を全否定するような恋慕の情は、喜びと同等の苦痛を彼にもたらしたのかもしれない。
それでも彼女を愛するがゆえにフェニックスは真実を受け入れた。過ちを認め、魂を煉獄の炎で自ら焼いた。
ただ愛のために。
そうしてついに善と悪の融和をもって彼は新たに生まれ変わったのだ。
まるで自らの名前――フェニックスのように。
「オレにとっておまえの存在とはそういうものだ。どうだ?これで納得できそうか?」
「今の……ほんと?」
まだ少しだけ涙の残った目をしばたたかせて彼女は問うた。
「本当だとも。オレの目をよく見てみろ、ウソを吐いているように見えるか?」
「……ううん」
ジッとこちらをのぞき込む彼女の瞳には自分の姿が小さく写っている。
その真っ直ぐさがたまらなくいじらしい。こみあげる思いのままにフェニックスは彼女にキスをするとそっと抱き寄せて、その耳元にささやいた。
「だから、いつまでもオレのそばにいてくれ」
End
初出:PIXIV 2022.09.23
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