わたしにはそう見える(アトランティス夢小説)
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いつもの待ち合わせ場所でアトランティスの後ろ姿を見つけたとき、彼女は一瞬目を疑った。彼は彼女の後から姿を現すのが常で、たいていは水の中から現れる。そうでないときだって(たぶん)リングコスチューム一枚の姿が普通だ。
だのに今日は衣服をまとっている。まっさらなL○vi'sの白いTシャツとストレートジーンズ。C○NVERSEのハイカットスニーカー。ただし踵の部分を履きつぶしているけれど。
そして、太い幹の根元に腰かけて低くかすかに歌っていた。
London Bridge is broken down,
Broken down, broken down.
London Bridge is broken down,
My fair lady.
(ロンドン橋落ちた Wikipediaより)
――何かあったんだろうか。
一瞬気後れして、声をかけた。
「いいお天気ね」
歌うのをやめたアトランティスは振り返った。
「ああ、そうだな」
巨木を回りこんで隣にそっと腰をおろした。
「今日は先に来てたのね」
「たまにはな」
「服も着てるわ」
「何となくな」
「歌をうたってたみたいだけど」
「うん」
それきりで説明などない。
必要最低限のコミュニケーションにすら頓着しないのだ、彼は。
とっくに慣れているので、おかまいなしに昼食を食べないか、とバスケットの中身を二人のあいだに広げた。
片手の大きさ位の白い陶器でできたグラタン皿の表面を、濃いクリーム色をしたフィリングが覆っている。フォークか何かで模様をつけて、程よい焼き色がついている。
アトランティスは一目でそれがどんな食べ物か判ったらしい。
「シェパーズパイか」
「知ってるの?」
「まあな」
それは、マッシュポテトとひき肉とで作る、ざっかけのないイギリスの家庭料理だ。
「実家で獲れたジャガイモと、送ってきた荷物に入っていたお義姉さんのレシピを見て作ってみたんだけど……どうかな」
彼女の実家は農家で、実兄が家業を継いでいる。
「貰うぜ」
アトランティスは大きな木のスプーンでグラタン皿の料理をぐい、とすくい取ると口に運んだ。
マッシュポテトの滑らかさを確かめるようにゆっくりと咀嚼して飲みこむ。
「……兄嫁さんはイギリスの人なのか?」
「ううん、日本人よ。若い頃留学したことがあるみたいなの」
「いい味だ」
「ホント?よかった!」
いっぱい食べて、とすすめられた言葉のままにアトランティスはペロリとたいらげた。
「ごちそうさん」
「嬉しいわ、キレイに食べてくれて」
にこやかに空いた皿をバスケットにしまう。
満ち足りた(ようにも見える)横顔につい尋ねてみたくなった。
「ええと、あなた……今日は、何だかとっても機嫌がいいみたい」
「そうか?」
「ええ、わたしにはそう見える」
アトランティスはその言葉を噛みしめるようにうつ向いた。
「そうか、オレは機嫌が良いのか」
彼はひとり静かに肩をゆらしてクツクツと笑いだした。
喉元にある、鮮やかに桃色じみた古い傷痕がグロテスクに波うった。
9月18日に機嫌がいいのだ。
今日はそういう日なのだ、自分にとって。
ポカンと自分を見つめている人間の女を見返した。自分でも気がつかなかった事実を見つけ出した彼女を。
それから。
ス、とカギ爪のある手が伸びて、白くすべらかな顔を一なでした。
「おまえもあるんだな、ソバカス」
「……え?」
「今まで全然気がつかなかった」
紅玉のような瞳が、彼女をじっと見つめていてる。表面に薄く小さくその姿が映りこんでいるように感じたのは気のせいだろうか。
何を言えばいいのか、答えが見つかる前にその手は離れていった。
「んじゃ、またな。ごっそさん」
それはいつものぶっきらぼうな彼で、ついつられて
「うん、またね」
と答えてしまっていた。
ブラブラと歩き去っていくアトランティスの後ろ姿を見送りながら考えていた。
――おまえ『も』と言った。
どこの誰のことなのだろう。
それがずっと頭から離れなくて、初めて彼のほうから自分に触れてくれた事実にやっと思い至ったのは寝床にはいってしばらく、もうすぐ日付が変わるという頃合いだった。
end
初出:PIXIV 2020.09.18
だのに今日は衣服をまとっている。まっさらなL○vi'sの白いTシャツとストレートジーンズ。C○NVERSEのハイカットスニーカー。ただし踵の部分を履きつぶしているけれど。
そして、太い幹の根元に腰かけて低くかすかに歌っていた。
London Bridge is broken down,
Broken down, broken down.
London Bridge is broken down,
My fair lady.
(ロンドン橋落ちた Wikipediaより)
――何かあったんだろうか。
一瞬気後れして、声をかけた。
「いいお天気ね」
歌うのをやめたアトランティスは振り返った。
「ああ、そうだな」
巨木を回りこんで隣にそっと腰をおろした。
「今日は先に来てたのね」
「たまにはな」
「服も着てるわ」
「何となくな」
「歌をうたってたみたいだけど」
「うん」
それきりで説明などない。
必要最低限のコミュニケーションにすら頓着しないのだ、彼は。
とっくに慣れているので、おかまいなしに昼食を食べないか、とバスケットの中身を二人のあいだに広げた。
片手の大きさ位の白い陶器でできたグラタン皿の表面を、濃いクリーム色をしたフィリングが覆っている。フォークか何かで模様をつけて、程よい焼き色がついている。
アトランティスは一目でそれがどんな食べ物か判ったらしい。
「シェパーズパイか」
「知ってるの?」
「まあな」
それは、マッシュポテトとひき肉とで作る、ざっかけのないイギリスの家庭料理だ。
「実家で獲れたジャガイモと、送ってきた荷物に入っていたお義姉さんのレシピを見て作ってみたんだけど……どうかな」
彼女の実家は農家で、実兄が家業を継いでいる。
「貰うぜ」
アトランティスは大きな木のスプーンでグラタン皿の料理をぐい、とすくい取ると口に運んだ。
マッシュポテトの滑らかさを確かめるようにゆっくりと咀嚼して飲みこむ。
「……兄嫁さんはイギリスの人なのか?」
「ううん、日本人よ。若い頃留学したことがあるみたいなの」
「いい味だ」
「ホント?よかった!」
いっぱい食べて、とすすめられた言葉のままにアトランティスはペロリとたいらげた。
「ごちそうさん」
「嬉しいわ、キレイに食べてくれて」
にこやかに空いた皿をバスケットにしまう。
満ち足りた(ようにも見える)横顔につい尋ねてみたくなった。
「ええと、あなた……今日は、何だかとっても機嫌がいいみたい」
「そうか?」
「ええ、わたしにはそう見える」
アトランティスはその言葉を噛みしめるようにうつ向いた。
「そうか、オレは機嫌が良いのか」
彼はひとり静かに肩をゆらしてクツクツと笑いだした。
喉元にある、鮮やかに桃色じみた古い傷痕がグロテスクに波うった。
9月18日に機嫌がいいのだ。
今日はそういう日なのだ、自分にとって。
ポカンと自分を見つめている人間の女を見返した。自分でも気がつかなかった事実を見つけ出した彼女を。
それから。
ス、とカギ爪のある手が伸びて、白くすべらかな顔を一なでした。
「おまえもあるんだな、ソバカス」
「……え?」
「今まで全然気がつかなかった」
紅玉のような瞳が、彼女をじっと見つめていてる。表面に薄く小さくその姿が映りこんでいるように感じたのは気のせいだろうか。
何を言えばいいのか、答えが見つかる前にその手は離れていった。
「んじゃ、またな。ごっそさん」
それはいつものぶっきらぼうな彼で、ついつられて
「うん、またね」
と答えてしまっていた。
ブラブラと歩き去っていくアトランティスの後ろ姿を見送りながら考えていた。
――おまえ『も』と言った。
どこの誰のことなのだろう。
それがずっと頭から離れなくて、初めて彼のほうから自分に触れてくれた事実にやっと思い至ったのは寝床にはいってしばらく、もうすぐ日付が変わるという頃合いだった。
end
初出:PIXIV 2020.09.18
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