文豪ストレイドッグス
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月も遠い深夜、眠気を抑えて新しい顧客リストを頭に叩き込む。この客は金払いのいい良客だが持病を抱えているので念の為こちらでも薬や医者の手配をしておかねばならない。こっちは重度のアレルギーがあり厨房職員達にも専用の食事を提供するよう指示を出さなくては。それからこの男は些か女性関係に問題が多く女性ディーラーとは関わらせないように配慮しなければ。こっちは、と目を通す前に溜め息が大きく零れる。
「はあぁぁぁ…」
カジノの運営は決して楽なものではないし私もその器量を生まれ持ってして持ち合わせている訳では無い。だがここは私の命そのもの。カジノの為ならば連日徹夜でも致し方ない事だと再び顧客リストに目を通したときだった。
「支配人、なまえです。夜遅くに申し訳ございません。今よろしいでしょうか」
控えめなノックと共に女の声だ。なまえ。半年ほど前雇った高額な給金目当てに働いている清掃スタッフである。なにか問題でもあったのか。リストを片付けてから入室の許可をだした。
「失礼します。あ、やっぱりまだお仕事の最中だったのですね」
「どうした?」
彼女が入ると共にふわりと珈琲の香りが鼻腔をくすぐる。トレーには中身の入ったカップが3つ並んでいる。なぜ3つなのだ?
「部屋の明かりがついていたので。余計なお世話なのは承知ですが差し入れでもと思いまして…、」
仕事を続ける為の眠気覚ましには珈琲を。
休むのであれば気分が和らぐ飲み物。しかし好みが分からないため蜂蜜入りのミルクとハーブティーの2種類を持ってきたらしい。
「そうか、ありがとう。なら珈琲をもらおう」
「はい、どうぞ。フレッシュとお砂糖も置いておきますね」
「ああ」
にこりと愛想良く振る舞う態度や綺麗に整えられた部屋は客からの評判も上々だったなと思い出す。
砂糖をいれて口に含んだ珈琲はいつも通り美味しい。カジノにくる客は裕福層が多く、口が肥えている彼らに合わせて一流のものを用意してあるのだから当然なのだが。
「業務には慣れたか?」
「はい、支配人や皆さんのおかげです。本当に、雇ってくださりありがとうございます。お陰様で毎日衣食住揃った生活ができて幸せです」
そういえば、彼女は身寄りがいないのだったなとふと思い出す。頼れる人はおらず帰る場所もない、家を借りる金も身分証もなく身元保証人がいないため職にもつけなかったのだと面談で話していた。怪しくはあったが戦闘能力がないのは火を見るより明らかで、話を聞き少しばかり同情してしまったのだ。だから雇った。
「ならいい」
「あの、」
「なんだ?」
「明日も明かりがついていたらきてもいいですか?」
「きみの業務は朝早いだろう。倒れるぞ」
「支配人にそう言われても…」
こちらとしては気遣ったつもりだったが苦笑いしながらも「支配人に会えると嬉しくて、やる気が湧くんです。支配人がこんなに頑張られているのだから、私も頑張らなきゃ、と。もちろん、ご迷惑であればやめますので」そこまで言われてしまえば、正直悪い気はしなかった。
「…なら、明日は砂糖をもうひとつ追加で頼む」
「はい…!」
1杯くらいならきみも飲んでいくといい。
気づけばそう口にしていて彼女を見ればこれまた嬉しそうに笑うからなんとも言えない気分になる。不快ではないが一体なんなのだろうか。私はこのざわめきの正体を知らない。
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