文豪ストレイドッグス
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こんな事をするのは一度だけだ。
お金が手に入れば真っ当な仕事を探せばいい。罪悪感を晴らすべく自分に言い聞かせる。こっちに来てからどれくらい経ったのか正確には分からないが職も家もお金も無く、乞食同然の生活を送っていた。人のいない時間帯に公園の水で体を拭きボランティアの炊き出しで辛うじて飢えを凌いでいたが、数日前からそれも無くなり毎夜女一人怯えながら野宿をするのはもう限界だった。
「これが例のもんだ。中は開けるなよ。夜中の二時、裏通りにある例のバーの裏口からだ。いいな?」
「、はい」
自らを”えた”と名乗る身なりは悪くないはずなのに、どこか品のない男。数日前、野宿しているときに声をかけてきた。所謂、闇バイト。ニュースの中の出来事だと思っていたが今それに手を染めようとしている。
渡されたバッグには麻薬が入っている。
……らしい。
それほど重さは無いはずなのに、体がどんよりと沈む。
大丈夫、ただ運ぶだけ。
この報酬金で身分証を買って新しい生活を送ろう。
人気のない夜道を歩いていく。目的の通りに出れば飲食店や風俗街がちらほら。露出の多い女性が客引きしており、正直治安がいいとはいえない。
まあ、マフィアがいて殺しが蔓延している世界だから仕方ないのかもしれない。
夜の街に香る煙草の匂いに顔をしかめる。
目的の店は店内が見えない作りだった。
指示された通りに裏口に向かえば重厚な扉があり、四回、二回、四回。一定のリズムでドアを叩くと中から若そうな男性がでてきた。
「こんばんは、えたさんからのおとどけものです」
「あー、いいよ。ほら入って」
気だるそうな態度の男性に中へと案内され扉越しに酒の香りと男女の艶めかしい声が聞こえた。この店は、所謂ハプニングバーというやつだ。音楽に紛れて聞こえる気持ち悪い声に独特の臭い。どこからか漂うお香。早く帰りたい。いや、野宿生活だし帰る場所なんてないのだけど。
鞄の中身を確認してはいやらしく笑う男。
「確かに受け取ったよ。…あんた随分とみすぼらしい格好してるが顔は悪くねぇなぁ。なぁ、あんたもやるか?」
口角をあげて厭らしく伸ばされる手を叩き落とす。…冗談じゃない。
「なあに躊躇うのは最初だけさ!一度ハマればあいつらみたいに抜け出せなくなる。あんなふうになぁ」
「ちょっとやめて!いやっ離して!」
抵抗も虚しくとうとう捕まってしまい最悪の想像をした。このまま薬漬けか、あるいは商品にされるか。ああ、こんなことならやめておけばよかった。分不相応なヨコハマに拘らずにどこか静かな田舎にでも行けばよかったのだ。
「安酒しかない随分としけた店じゃねぇか」
第三者の声にぴたりと男の手が止まる。
あ、ああ、この声は、
「ちゅ、中也さん…!」
「はぁ?中也?…まさかポートマフィアの中原中也!?まっ、待ってくれ!俺はあんた達にはなにも手は出してない!」
「あ?”なにもしてねぇから”だろうがよ。みかじめ料は払わねぇ、うちじゃなく外からの買い付けに女の斡旋。此処で通じると思ったら大間違いだぞ」
「あがっ」
目の前にいた中也さんが言い終わると同時に長い足が男を蹴飛ばし、驚いた拍子に力が抜け床に座り込んでしまった。
たったの一撃で奥の壁まで吹っ飛びすでに意識は伸びている。
「此奴も客もさっさと連れて行け」
後ろに待機していたらしい黒服達に指示を出していく。いつの間にか、あの声は聞こえずよく分からない音楽が流れているだけだった。ぱちり。目が合った。
小柄なのに長い足、歩くたびにふわり揺れる質の良さそうな外套。黒に映える鮮やかな髪。意志の強さを示す力強い瞳。全てが、
「かっこいい………」
「あ?そういや手前、さっき俺の名前呼んだな」
___手前と顔を合わせるのは今日が初めてのはずだぞ。
光を無くした暗い瞳にぞっとする低い声。画面越しではきっと聞いた事のない”マフィアの中原中也”だ。
胸がざわつくのを抑え口を動かす。
「だって、」
「だって?」
「ゆ、有名じゃないですか中原中也さん!」
「はぁ?」
「あのポートマフィア幹部で小柄なのにかっこよくて強くてお洒落でイケメンで声もかっこいい!!こっちの有名人ですから!」
「…ま、まぁ、確かに?最近よく顔出してたしバレるのも仕方ねぇか。つーか、小柄は余計だ!!」
「ご、ごめんなさい!」
はあ、かっこいい。ひたすらにかっこいい。先程の恐怖はどこへやら。今ならもう死んでもいい。小柄発言に怒り心頭な姿もかっこいい。
「…ったく、いつまでもボケっとしてんな。なんか手前のその目つき調子が狂うな。いつまでも床に座ってねえでさっさと立て。手前にも聞かなきゃならねぇことあるんだよ」
「は、はい!何でも聞いてください!分かることは全部答えます中也さん!!」
立ち上がり、そうして質問に答えていく。 異世界からきました!とはさすがに言えないので脚色を加えた不幸な出生とホームレス生活から始まり、その後はありのままを。
「なので、本当に申し訳ないのですが依頼主についてもほとんど知らなくて…」
「ま、そうだろうな」
「え、信じてくれるんですか…!」
「一応、な」
「よかったあ、拷問されちゃうのかと思いました」
「その割にゃ随分呑気だな」
「うーん。そういうわけじゃないんですけど、」
このまま中也さんに拷問されて死ぬなら本望なので。へへ。
ふざけているわけではないのだけど、あんなに大好きだった推しが目の前に居るのだから口も緩むし死んでも悔いはない。
「そうかよ。で、手前はこれからどうすんだ?」
中也さんは呆れたようにため息をつく。
「え?どうと言われても…。ポートマフィアで雇って貰えるなら生活安泰なんですけどね。なんて、冗談です。私役に立たないしまた暫く野宿生活に戻るだけですかね」
「……」
「あ、ええと、もうこんなことはしませんしポートマフィアの邪魔になるような事もしないようにするので、」
「……」
「あのう?」
暫しの沈黙。
「いいぜ、うちで雇ってやる」
からの発言に固まる。
…うち?
一瞬下心が芽生えるが話をよく聞けば、夢小説展開にありそうな家事やってくれればいいよ!的なやつでは勿論なく、ポートマフィアの下っ端として、らしい。
なんでも死体処理班だとか…。
「し、死体処理…」
「ま、手前には無理かもな」
「…いえ、やります。やらせてください!」
少し悩んだ。けれどもこの生活も長くは続かないし今回みたいになるよりは余程安全だろうと考えた。それに、この世界で少しでも中也さんに関わって生きていける。
「いい返事だ」
推しに近づけるこの機を逃すわけにはいかない。
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