夏の恋の歌(後編)
ご主人様にメールを送ると、"例のカフェで待ってるから、焦らずゆっくりおいで"と返信が来ました。
例のカフェというのは、よくご主人様がおいしいとお話ししているお店のことでしょう。迷わずその場所へ向かうと、屋外の席に探していたその人が。
「アルト」
「ご主人様、お待たせしました!」
手を振るご主人様の下へ思わず駆け寄りました。しかし、ご主人様から声をかけて下さったという事は……
「……ご主人様、もしかして神さまから……」
「うん、聞いたよ。でも詳しいことは言ってくれなかったからびっくりした。……よく似合うよ」
「あ、ありがとうございます。……?」
褒められて少し恥ずかしくなったのですが、ご主人様の笑い方と視線に何だか違和感が。視線を追ってみると、わたしの足下……
……お互い、今気づいたようですが、姉様がこの浴衣を着ていたのはずっと前のこと。丈が、幾分か短かったのです。これを見て、恥ずかしくならない訳がありません。
「ご主人様……」
「ん、どうしたんだい?そろそろ行こうか」
「うぅ、はい……」
意地悪なことに、軽く流されてしまいました。どうやら今日一日、恥ずかしさに耐えるしかないようです。
そう思っているうちにもご主人様が歩き出してしまったので、わたしは後を追いました。……が、人通りが多くて中々追いつけません。
なのにご主人様はこちらを振り返ることなく、どんどん進んでいってしまいます。視線は前と手元の時計にばかり向いているようです。花火の時間を心配しているのは分かるけれど、わたしは忘れられているんじゃないかとすら思えます。せっかく選んだ髪飾りも、これでは気づいてもらえなさそうですね……
一向に詰まることのない、わたしたちの距離。後どれくらいこの状態が続くのでしょう……と思った矢先、ご主人様がぴたりと足を止めました。
「さあ、電車に乗るよ」
着いたのは、地下鉄の駅だったのです。切符を買って改札を潜り、ちょうどやってきた電車に乗り込みました。
「人、多いですね……」
「そうだね、きっと花火を見に行く人が沢山……おっと」
「きゃっ」
ガタンッ、と電車が揺れた拍子に、後ろにいた人がよろけたらしく背中がぶつかってしまいました。その勢いでわたしもバランスを崩し、必死に手を伸ばして……
「アルト、大丈夫かい?」
「え……あっ、すみません!」
あろうことか、掴まったのはご主人様の腕。申し訳なさと恥ずかしさですぐに離れようとしたのですが、ご主人様に空いている方の手で制されました。
「いいよ、このままで。また転ぶかもしれないだろう?」
「う……すみません……」
「気にしないで。まあでも……もうすぐ着くかな?」
ご主人様の言う「もうすぐ」が、わたしにはとても長く感じました。
例のカフェというのは、よくご主人様がおいしいとお話ししているお店のことでしょう。迷わずその場所へ向かうと、屋外の席に探していたその人が。
「アルト」
「ご主人様、お待たせしました!」
手を振るご主人様の下へ思わず駆け寄りました。しかし、ご主人様から声をかけて下さったという事は……
「……ご主人様、もしかして神さまから……」
「うん、聞いたよ。でも詳しいことは言ってくれなかったからびっくりした。……よく似合うよ」
「あ、ありがとうございます。……?」
褒められて少し恥ずかしくなったのですが、ご主人様の笑い方と視線に何だか違和感が。視線を追ってみると、わたしの足下……
……お互い、今気づいたようですが、姉様がこの浴衣を着ていたのはずっと前のこと。丈が、幾分か短かったのです。これを見て、恥ずかしくならない訳がありません。
「ご主人様……」
「ん、どうしたんだい?そろそろ行こうか」
「うぅ、はい……」
意地悪なことに、軽く流されてしまいました。どうやら今日一日、恥ずかしさに耐えるしかないようです。
そう思っているうちにもご主人様が歩き出してしまったので、わたしは後を追いました。……が、人通りが多くて中々追いつけません。
なのにご主人様はこちらを振り返ることなく、どんどん進んでいってしまいます。視線は前と手元の時計にばかり向いているようです。花火の時間を心配しているのは分かるけれど、わたしは忘れられているんじゃないかとすら思えます。せっかく選んだ髪飾りも、これでは気づいてもらえなさそうですね……
一向に詰まることのない、わたしたちの距離。後どれくらいこの状態が続くのでしょう……と思った矢先、ご主人様がぴたりと足を止めました。
「さあ、電車に乗るよ」
着いたのは、地下鉄の駅だったのです。切符を買って改札を潜り、ちょうどやってきた電車に乗り込みました。
「人、多いですね……」
「そうだね、きっと花火を見に行く人が沢山……おっと」
「きゃっ」
ガタンッ、と電車が揺れた拍子に、後ろにいた人がよろけたらしく背中がぶつかってしまいました。その勢いでわたしもバランスを崩し、必死に手を伸ばして……
「アルト、大丈夫かい?」
「え……あっ、すみません!」
あろうことか、掴まったのはご主人様の腕。申し訳なさと恥ずかしさですぐに離れようとしたのですが、ご主人様に空いている方の手で制されました。
「いいよ、このままで。また転ぶかもしれないだろう?」
「う……すみません……」
「気にしないで。まあでも……もうすぐ着くかな?」
ご主人様の言う「もうすぐ」が、わたしにはとても長く感じました。
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