花火
※days84/8巻までの知識で書いたものなのでほとんどファンタジーです
夕闇に爆ぜる火花を見つめる楽の表情は相変わらずで、幼い顔立ちが赤青様々な光に照らされなければ凪いだ夜と変わらない。月明かりはおろか街頭ひとつない夜闇によく似た瞳の色は、稀にその奥の血流を透かせるけれど、たかだか花火くらいでは揺れないらしい。愛嬌や気遣い、忖度、斟酌、愛想おべっかその他諸々を知らない楽には、やはり、無垢という言葉がよく似合う。焼かれたコンクリートと煙のにおいを避けながら、徳用パックに詰め込まれた大小様々な花火を束で取り出す。金魚の尾に似た先端の薄紙に安物のライターで火を灯せば、高温の光が流星群のように空気を裂いた。まあるく爆ぜるもの、脇目も振らずまっすぐ流れるもの、色を変えて控えめに光るもの。火薬の調合によって反応が異なるらしいが、束にしてしまえばどれがどういった燃焼の過程を辿るのかは分からない。手本は示したからあとはもう楽が好きにすればいい。花火のパッケージとライターを楽に渡し、ベンチに腰掛け足元に視線を落とす。つい下ばかりを見てしまうのは骨の髄まで浸透しきった癖だった。記憶を辿れば、今よりも昔は、ひとの顔より地面を見ていた時間のほうがうんと長い。
「うお」
珍しく頓狂な声をあげた楽につられて顔を上げると、手から離れた小さな花火がものすごい速さでくるくると回転していた。回りながらも火花を散らすそれを楽が反射で蹴り飛ばしたため、勢いを増したそれがこちらに跳んでくる。素手、は、流石に熱いか。と、考える間もなくすぐ足元まで迫っていた花火をナイフで仕留め、
「びっくりしたね」
と、感じたままをくちにした。
「おー、びびった」
「なにいまの」
「知らねー。火つけたら暴れだした」
「不良品かな」
「もういっこあるぜー」
「どれどれ」
その花火は楽の小さなてのひらほどの大きさで、他とは異なりまるい輪っか状だった。一箇所だけちょこんと飛び出た薄い花弁紙は、ここに火をつけてくださいと言わんばかりだ。
「ライター貸して」
「ん」
「いくよ」
「あーい」
花弁紙に火をつけ、暗いほうに向けて投げ捨てる。やはりその花火はさっきと同様すごい勢いで回転し、煌びやかな赤い火花を散らして景気よく暴れはじめた。楽は僅かにまぶたを押し上げ、たぶん、多少なりとも興味を持ったらしかった。楽はなにも──例えば読み書きであるとか、箸の使い方、おはようからおやすみに至るまで、なにも──知らないが、故にこそ無垢で嘘がない。思ったまま感じたままがそっくり素直に顔に出る。腰ほどの高さにある小さな頭に、跳ねた後ろ髪を平らかにする要領で手を置き、たのしかったかい、と控えめに訊ねる。
「悪くねーなぁ」
空になった花火のパッケージをぐしゃぐしゃと丸める楽の声は、食後のそれとよく似ていた。出先で見かけて何となく買ってみた手土産は、どうやらお気に召したらしい。
「だろう。まあ、僕もはじめてやったんだけど」
何の気なしにそう返すと、さっきよりもよっぽど目を丸くした楽と目が合った。夜によく似た色をした双眸がすっくりとこちらを捉え、
「なんだそれ」
と、細まった。もしかすると、ばかにされているのかもしれないな、と思ったけれど、不思議と感じの悪さは覚えない。
それよりも、楽も笑うことがあるらしいという気付きのほうが、うんと重要だったのだ。
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初出:2022年某日
「楽なんてもっとちいさかった」に狂い続けていた