歯車






 楽はよく食べる。例えばハンバーガー。包装紙をおざなりにめくると同時におおきくくちを開け、真っ直ぐに並んだ四角く分厚い歯でかぶりつき、素早く咀嚼し、形のいい喉仏を上下させ、口の端についたケチャップをぺろりと舐めとる。バンズもチーズもパティも瞬く間に胃に落下させていく様は、まるで果敢で勇ましい。拾ったばかりの頃の楽は、飢えを忘れるために、ただ無心に、目の前の食事に貪りついていた。一心不乱に脇目も振らず、獣のような獰猛さで。皿はおろか机まで舐めかねない勢いであったし、実際、幾度となく人間らしく食べるように諭したはずだ。
「誰も君のものを盗ったりしないから、君の尊厳を脅かすものの存在を忘れて食べるといい」
 食べることは強くなるために必要な行為であり、食べることは生きることそのものだ。楽の理不尽に近しい強さと真っ直ぐな生命力を裏付けするかのような食べ方は、見ていていつでも気分がいい。
 楽はよく食べ、そしてよく眠る。眩しすぎる陽の光に晒されていようと、コンクリートの上であろうと、暑くても寒くても周囲がどれだけ賑やかでも、ぐうぐうとおおらかないびきをかいてよく眠る。草原で眠るライオンの風格すら感じさせる穏やかさで、一度眠りに落ちれば底なしの睡眠欲が満たされるか俺が名前を呼ぶまでは決して目覚めない。食べたものは正しい形で楽の血肉になり、古い細胞は一掃され、傷も痛みも疲労も然るべきところへと消えていく。食にも睡眠にも欲を抱かなくなった俺にとって、楽のその健全すぎるほどの欲の発散は、清々しいほどの生を感じる。あくまで、間接的に。
 よく食べて、よく眠り、よく働き、よく遊び、それでもまだ満たされない部分は肉欲として現れる。真っ当な人間らしいサイクルであり、その真っ当さを損なってしまった俺からすれば、微かな羨ましさすら覚える。楽の欲はいつしか俺に向くようになり、ちゃんと女の子(あるいは男の子でも。とにかく、俺以外の誰かであることが重要だった)と時々でいいから寝るのを条件に許すことにした。その行為に対して常々感じている独特の生々しさと億劫さは、楽との行為の中では生じない。生きるために満たされるまで食べ、食べたものを血肉に変えるためにたっぷり眠る。その真っ当で人間らしいサイクルから外れてしまった自分自身の肉体が、歯車の形を思い出していく様を、宙から俯瞰しているうちに行為は終わる。そうして、俺という存在がまだ生きていることを実感する。気持ちよさそうにいびきをかく楽の背中を眺めながら、そんなことを思った。






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 初出:2022年某日