青に祈る





「今度でかけよう」

 どういった風の吹き回しか、ランガが唐突にそう言い出した。
 金曜日の正午をすこし過ぎた頃、屋上でお昼ご飯を食べながら、いつも通りスケートのはなしをしていた。SNSに投稿されたダウンヒルやトリック動画を共有し、感嘆したり、憧れをくちにしたり。けれどSの話題は意図的に避けていて、それでもスケートの話題以外、例えば時候や授業のことなんかに触れても間が持たず、やはり自分達の間にはスケートしかないのだと考えていた。ランガの目線は相変わらず暦のお弁当に釘付けで、暑くなってきたからかカッターシャツのボタンがふたつ開いていた。その隙間から覗く白い肌を盗み見ていたらランガがくちを開いたため、肩がすこし跳ねてしまった。
 ──今度でかけよう。
 でかける、というのはつまり外出をするということだ。毎日のように公園やパークにでかけているが、あえて約束をするようなことはない。だとすればそれ以外の場所か、と思い、どこか行きたいところがあるのかと聞くと、ランガはすこし困ったような顔をした。自分から提案しておきながら困った顔をされても困る、と暦は思ったが、けれどそういう向こう見ずな一面をランガが有していることはとっくに思い知っていた。冷静で思慮深い性格をしているようにみえるが、まったくその逆。感情的で、無鉄砲で、命知らずでかなりの頑固者。ランガはそういうやつだった。

「じゃあ、明日の朝十時。駅の階段んとこで待ち合わせな」
 普段であればどちらかの家までどちらかが迎えに行くが、普段とちがう提案をされたからあえて待ち合わせをしようと言った。ランガはわかりやすく顔を輝かせ、頷いた。そしてその数秒後、駅って何駅? と首を傾げるものだから、肩を小突いてからグーグルマップを開いて最寄り駅の説明をした。

〝あんなこと〟があったというのにランガはまるでいつもの調子を崩さない。マイペースに自分の時間を生きていて、たくさん食べて、日に日にスケートの腕を上げている。
 ただ時折、ふと遠くを見ているときがある。園庭の掃除をしているとき、体育でマラソンを走らせられ木陰でインターバルをとっているあいだ、こうして食事をとり次の授業までのんびりだべっている時間。その青い瞳はふいに此処ではない何処かを見つめている。
 そのたびに暦は、ランガの心が、あの日に戻っていなければいいとただ思う。元々ぼーとしていることの多いランガが見ているものが、カナダの雪や、食べたいものや、そういった他愛無いものであればいい。祈りにも似たその感情を、しかしどう扱えばいいのかがわからない。わからずにただ、ランガの心が此処にもどってくるのを待ってしまう。


 迎えた土曜日は朝から快晴だった。朝からなんとなく気持ちがふあふあ落ち着かず、髪のセットやTシャツの色が気になって仕方なかった。何度か鏡を覗き込んで身だしなみの確認をしている姿を見て、暦の母親は「デート?」と茶化した。「なわけねえだろ、ランガとでかけるんだよ」と食いついたが、食いつかれた側は微笑ましそうににこにこしていた。
 そうこうしているうちに時間が過ぎて、予定よりも出発するのが遅れてしまった。ボードを走らせ人と車の間を縫う。予定を今日にして正解だった。もしも来週にしていたら、こんな落ち着かない心持ちで一週間を過ごすことになっていた。ただランガとでかけるというそれだけなのに。頭でわかっていても心が浮つく。急にでかけようと言い出したランガの意図は読めないが、ランガも同じようにふあふあとした顔をしていればいい。

 待ち合わせ場所に先に着いていたランガも、スケボーリュックを背負っていた。原付ではなくここまでボードできたらしい。シンプルな白いTシャツに、細身のジーンズ、薄手の濃紺のカーディガン。普段通りの恰好だが、どことなく新鮮に感じるから不思議なものだ。涼しい顔をして指定の場所で手すりにもたれかかっているランガは、学校でプリンスだと囃されるだけあり、それだけで絵になる。癖のつきにくいという細い髪と、白い肌。異国の血を思わせる涼やかな風体。けれどその脳内は、スケートと食べ物のことしかないただの十七歳の男子である。
「わり、待った?」
「待った。暦、遅い」
 む、とくちびるをとがらせるランガは不貞腐れたこどものようで、どこかおとなびた見た目とは相反していて面白い。わりぃわりぃと片手で拝むようにして、デッキを抱えて駅へとつながる階段に足をかける。
「寝坊したわけじゃねえかんな? なんか目ぇさえちまって六時に起きたし、ちゃんと歯も磨いてきた」
「え、早。遠足前の小学生みたい」
「うっせえな、そういうランガこそこけずに来れたか?」
「なんとか。暦のボード、いいよ。すごくいい」
 背負ったリュックにしまわれたデッキを撫でるように、ランガが言う。細まった目元は穏やかで、自分の作ったデッキに愛情をもって接する姿に気持ちが上を向く。へっへ、と笑い、かるく握ったこぶしでランガの肩を叩く。雲ひとつない快晴。夏を感じさせる太陽と、からりと湿度のないしずかな風。普段通りのぼけっとしたランガの表情。
 それだけで、今日は最高だと思うのには十分だった。

 モノレールに揺られて五駅、休日のショッピングモールは賑やかだった。あえてモノレールでの移動を選んだのも、すこし離れたショッピングモールに足を運んだのも、せっかくだし、という安直な発想からだった。今度でかけようと言ったランガの意図は読めないが、いつもとちがう場所にでかけたいのだろうと漠然と思った。
「なにか見たいもんあるか?」
「え、べつに」
「おっまえなあ」
 予想通りといえばその通りの反応に、あきれて頭を押さえる。けれどランガは物珍しそうに周囲を見ていて、沖縄に越してきてからまだこういった大型商業施設に来たことがないのは明らかだった。暇さえあればスケートに乗っている暦もまた、休日にともだちとこういった場所に遊びに来るのは久々だ。まあランガだし、という根拠のない安心感で、おぼろげな記憶を頼りに案内役を買って出る。

 服、靴、雑貨に食料品。だいたいのものが揃う広いモールを、ランガと並んで見て回る。なんとなしに入ったシューズショップで、スタンスミスの新作が並んでいたため思わず足を止めた。
「か、かっけー……!」
「おじさんロゴなのに?」
「バッカお前スタンレー・ロジャー・スミスなめんな、超優秀なテニスプレーヤーだぞ」
「暦が好きなのはスケートだろ?」
「いやそうだけどさあ、スタンスミスには憧れんだろフツーに」
「買うの?」
「出せねえよこんな額! 知ってんだろ俺の寂しい懐事情をさあ!」
「バイト代、全部デッキの素材や機材に費やしてるもんね」
「おう!」
「胸張るとこ……?」
「ほとんど食費に消えてるお前に言われたかねえ」
「だってお腹すくし」
 言ったそばから、きゅう、とランガの腹が鳴る。まだ昼時には遠いというのに、ランガの頭の中はお昼ご飯でいっぱいなのだろう。
「朝飯は?」
「食べた」
 指を三本立てながらランガが言う。ご飯を三回おかわりしたか、食パンを三枚食べたのかは分からない。下手したら、ご飯三合、あるいは食パン三斤かもしれない。この細い身体のどこにそんなに入るんだ、というくらい、ランガの食欲はきりがない。
「先に飯食う?」
「食べる」
 ぐ、っとこぶしを握るランガは、特に衣類に興味はないのだろう。暦も興味のあるほうではないものの、好きなメーカーやおとなになったらいつか買いたいものはある。スケートと食べ物以外で、ランガの興味はどこに向いているのだろうか。

 フードコートで食事をとって、エスカレーターで三階に登る。
 ゲームセンターは主に学生で混み合っていて、音と光で賑やかだ。
「ここは?」
「ゲーセン。カナダにもあったろ」
「あったけど、行ったことない。賑やかだ」
「ゲーセン初ってマジで? じゃあこれとかは?」
 UFOキャッチャーのマシンを指してランガを見る。おお、と感嘆しているものの、経験はなさそうだ。
「たぶんミヤが得意だろうぜ、こういうの。コイン入れて、このボタンでクレーンを縦に横に操作する。やってみっか?」
「やる」
 即断即決がランガのいいところであり、わるいところでもある。けっきょく、説明をろくに聞かずにコインを入れてマシンを起動させたものだから、あっという間にゲームオーバー。狙っていたらしい大きな菓子箱は、うんともすんとも動いていない。
「初心者はまず小物で練習すんだよ」
「じゃあ暦はできるの?」
「俺もまあ、得意じゃねえけど。とりあえず、一発でとろうって考えるより、徐々にずらしてくのが素人にはいちばんいい」
 色とりどりのモンスターのマスコットが山になっているマシンにコインを投入し、取り出し口にいちばん近い赤色のモンスターにクレーンを合わせる。
「こいつなんかは頭でっかちでバランス悪いから、足ひっかけて少しずつずらす」
「わ、動いた」
「だろ? で、それを何回か繰り返してって」
 赤くとがった頭部に、三白眼の大きな目。奇抜なデザインのモンスターの足腰にあたる部分にクレーンをひっかけ、取り出し口へと寄せていく。
「ここまできたら、あとは一押し。頭をクレーンで押し込めば」
「すごい!」
「じゃーん。いっちょあがり」
 クレーンに押され、ころりと落下した赤いとがったモンスター。手のひらサイズのそのマスコットをランガに渡す。
「カワイイだろこいつ」
「え、それは分からない」
「お前……感性死んでんのか?」
「暦がヘンなんだよ」
「いらねえなら別にいいけど」
「え、くれるの?」
「おう。最初からそのつもりだったし」
「へえ」
 赤いとがったモンスターをまじまじ見つめ、ランガが頬を綻ばせる。カワイイとは思わないものの、なにかが琴線に触れたのだろうか。いそいそとスケボーリュックに吊り下げて、目つきの悪いモンスターをつんとつついた。ぶら下がった赤いモンスターも、心なしが居心地よさげにふんぞり返っているかのようだ。
 その後ランガも何度か挑戦したものの、お菓子タワーはうんともすんともいわず終わった。落ち込むランガの肩を叩き、今度ミヤに頼んでみようなと励ました。

 近くの本屋へと場所を変え、どうだ? と聞いてみる。漫画、小説、雑誌にCD、DVD。背の高い棚にぎっしり詰まったそれらを見渡し、ランガがまず向かったのは雑誌コーナーだった。
「これ、暦の部屋にあったやつ」
「ああ、スライダーな。スゲー、店頭にあんのはじめて見たかも。あんま売ってないんだよなあ、地方だから発売日と時間差あるし。オーリーとかsbも時々買うけど、内容的にはやっぱこれだ。めっちゃ濃い」
「へえ。いつもどうやって買ってるの?」
「そりゃ通販だろ。スケボー雑誌はマイナーだから、買いに行くより通販したが確実だからな。うおっ、スラッシャーもあんじゃん! やべー、これめっちゃレアなんだぜ! 沖縄にスケボーの波きてんのかな!?」
「けどこれ全部英語じゃん。暦、読めるの?」
「全然! まったく! これっぽちも! けど、写真見てるだけでも楽しめるんだよ。スケートの迫力も、トリックの難しさも、かっこよさも。まあ、英語読めたらもっと楽しめるんだろうけど……」
 そこまで言って、ランガのほうに目を向ける。
「いるじゃん、英語が読めるやつ」
「は?」
「今度スラッシャー持ってくからさ、一緒に読もうぜ? 絶対お前も楽しめるって!」
 最新号を手に取って、ランガの顔に近付ける。雑誌越しにちかい、と不服の声が聞こえるが、ランガの顔をひょいと覗くとまんざらでもなさそうだ。数ヶ月前まではスケートボードのことなんてまったく知らなかったのに、いまでは立派なスケーターである。好奇心が微塵も切れていない。
「……いいけど」
「ッシャ、決まりな!」
 背中をどんと叩いて、レジへと向かう。ランガといると、こうして楽しみが増えていく。

 会計を済ませてランガを探すと、ヘッドホンをつけてCDの視聴をしているようだった。おどろかせてやろうと思い、背後に回って手を伸ばす。わき腹を思い切りくすぐると、面白いくらいにランガの身体がびくりと跳ねた。う、っわあ! と漏れた声はしっかり裏返っていて、たまらなくなり腹を抱えてけらけら笑う。
「れーーきーーー」
「悪かったって! まさかお前がそんな弱いとはなあ。で、何聴いてたんだ?」
「ブライアン・アダムス」
「アメリカ人?」
「いや、カナダのシンガーソングライター。……暦も聴いてみる? Run To Youって曲なんだけど」
 二つ返事でヘッドホンを受け取り、耳にあてる。キャッチーでリズミカルなイントロが流れ、ハスキーな男性シンガーの声がひびいた。ぞ、っとするほど力強く、どこか甘い声。歌詞の意味はまったく分からないが、気が付くと聴き入っていた。四分弱、長いようで短い時間。曲はあっという間に終わってしまった。

「これ、ランガの好きな曲?」
「俺の父さんがよく聴いてた曲。俺は、どっちかというとこの曲が好き」
 ずらしたヘッドホンが耳の位置に戻され、別の曲が流れ込む。さっきのアップテンポな曲とは異なる、バラード調の甘い曲。歌詞がわからなくても、ラブソングだろうということが感じ取れる、そんな曲調と歌声だった。けれどサビに入ると歌声に力がこもり、爪先から頭のてっぺんまでしびれるように鳥肌がたった。洋楽には詳しくない。サブスクのプレイリストから適当にシャッフルで流すくらいだ。聴いたことのない海の向こうの音楽が、おどろくほどに胸にひびく。亡くなった父親が好きだったという音楽を、ランガはどういう気持ちで聴いていたのだろう。

「め、っっちゃいいな、これ」
「いい声だろ。変幻自在で、曲によって全然違う音に聴こえる」
「ああ。すげーかっこよくて、なのにちょっとえろかった」
「暦。そういうときは、セクシーだって言いなよ」
「え、だめだった?」
「だめっていうか、うーん。下品」
 呆れ顔のランガに咎められる。下品、という言葉が寄越されるとは思わなかった。
「いまのは、何て曲?」
「…………Heaven」
 ランガの形のいいくちびるがカタカナを発音するとき、意識はしていないんだろうけど英語の発音になる。それはランガの言葉を借りるならセクシーで、やっぱりどうしたってえろく聞こえる。
「ヘブン、って、えーっと」
「天国。けど、すごくしあわせな場所、っていうふうな意訳もできる」
 ゆっくり言葉を選ぶランガが、目を細める。その目はまっすぐ暦のほうを向いていて、こいつはちゃんと此処にいるのだと実感する。

――――You’re all that I want.  You’re all that I need.

 小さく歌の一節をくちずさんだランガが、暦から目を逸らす。英語が不得意な暦には、さっきの曲のワンフレーズだということは分かっても、意味までは聞き取れない。ただわかるのは、ランガが英語を発音するとやはりえろいということと、歌がうまいということ。たったワンフレーズでも、しずかに甘くくちずさんだランガの声が耳に残って消えない。
 足早に売り場から離れようとするランガの背中を追う。ブライアン・アダムス。カナダの歌手。ランガの父親と、そしてたぶん、ランガもかなり好きな歌手。



 ランガが転校してきた初日は、黒板に下手な字で名前を書くだけ書いて突っ立っているだけのへんなやつ、というだけの認識だった。それがいつしか、見たいものも買いたいものも特に思い当たらないがふらっと遊びにでかける、という気安い仲になっていた。スケートがなければ交わることがなかったと言い切れる関係が、スケートとはまた別の場でこうして重なり合っている。スケートに没頭するランガはまるでなにかに取り憑かれたかのようでもあり、実際、あの日の愛抱夢とのビーフをどこか愉しんでいるようにも見えた。圧倒されるほどに異常で異質な愛抱夢のスケートを経験し、暦はたしかな恐怖を覚えた。それを愉しみ、どこかで望んでいるかのようにも思えるランガを、認めたくはない。望んでいるだなんて勘違いだと言い聞かせ、此処ではない何処かを見つめるランガがあの日──愛抱夢とのビーフに戻っていなければいいとただ思った。祈りにも似たその感情を、しかしどう扱えばいいのかがわからなかった。わからずにただ、ランガの心がもどってくるのを待っていた。

「なあランガ」
 大丈夫だよな? もうあいつとは滑らねぇよな?
 喉元まで出かかった言葉を、何度飲み込んだかはわからない。
 自分の意思でスケートをはじめたランガが、自分のしたいようにする。ただそれだけのことであり、介入する権利は自分にはない。けれど心配くらいはさせてほしい。狂気的なスケートスタイルに魅せられているだなんて、どうしたって思いたくはない。

「…………今のもっぺん歌ってよ、次はちゃんと聴き取るからさ」
「リスニングが1の暦には、一生無理」
「んだとテメェ!」

 飛びかかり、ランガの髪を掻きまわす。ぐしゃぐしゃになっても手で梳けばすぐに元通りになる細い髪の毛。心なしか赤い耳。
 楽しい時間は、とぶように過ぎていく。





「何で急にでかけようなんて言い出したんだ?」
 日が暮れるにはまだはやい時間。モノレールの車内は行きよりもずいぶんすいていた。海のほうを見るランガの表情はどこか満足げで、その瞳は海の色が映り込んだように青く透明に澄んでいる。しずかに振動する車内に合わせ、雪のようだと形容される髪が揺れた。

「パーク以外の場所の暦を知りたかった、から」

 ランガがぽつりとつぶやいた。内緒話をするかのように小さな声で、暦以外に聞こえないくらいの大きさで。予想だにしていなかった返答に、えっ、と存外大きな声が出た。

「スケートは楽しい。転ぶと痛いし、難しいけど。このあたりがひりひりして、その先を見たいと思える」

 心臓のあるあたりに手を置きながら、ランガが俯く。高揚を隠しきれていない表情は、しかしどこか申し訳なさそうで、まるで暦の抱える漠然とした不安を感じ取っているかのようでもある。

「暦が教えてくれたから、俺だけのデッキを作ってくれたから、最高を教えてくれたから、俺は心の底からスケートを楽しめる」

 ひとつひとつの言葉の意味をたしかめるように、ランガが胸にある思いを形にしていく。モノレールが失速し、それにあわせて足元がぐらりと揺らいだ。同じように揺らいだランガに反射的に手を伸ばし、腕を掴む。降りるひとと乗るひとが行き交って、けれど車内はしんとしている。まるでふたりだけ世界の終わりに取り残されたかのように、透明な膜に包み込まれているかのように。

「けど、俺たちのあいだには、まだ、スケートしかないだろ」

 まだ、という言葉を選んだことに、どんな意味が含まれているのだろう。日本の慣習や文法にランガが不慣れなように、暦もまたランガの言動からその意味を正しく汲み取りきれずにいる。まだ知り合って数ヶ月で、まだお互いのことを何も知らない。

「暦といると、何処でも楽しい。今日もすごく楽しかった。それをたしかめたくて、パーク以外の場所の暦を知りたかった」

 ゆるやかに速度を上げていく車内で、ひとりで立とうと思えば十分なほどには重心を整えたのに、ランガの腕から手を離せない。離したくない、触れていたい。すり抜けることなく暦の腕におさまるランガもまた、そう思っているのだろうか。

「まあ、おじさんマークとこれの趣味はわかんないけど」

 スケボーリュックに吊り下がり、ゆらゆらと揺れるマスコットを指でさしてランガが笑った。思えば、学校やバイト先、つまりはスケート以外の場面で笑うことがずいぶん増えた。いたずら好きのこども然とした顔は、ランガの素顔のひとつなのだろう。

「カワイイだろ、それ」
「へんな顔だよ。ちょっと、暦に似てる」
「オメーは一言も二言も余計なんだよ」
 ふ、っと込み上げてきた笑いにかぶさるように、照れくささやもどかしさが綯い交ぜになる。

「大事にする。ともだちから何かをもらったのは、はじめてだ」

 車内のアナウンスに合わせて揺れる車内。けれど足元は、揺らがない。世界が戻ってきたかのように、喧騒とひととがなだれ込んでくる。ほとんど衝動的にランガの腕を引き寄せ、ひとの流れに逆らうようにホームに降りていた。
「暦? まだだろ、降りる駅」
「そうだけどさ。なんか、滑りたくなった」
 にい、と笑って、背負っていたリュックを肩にかける。
「近くにいい場所あんだよ。寄ってくだろ?」
「当然」
「そうこなくっちゃ」
 こぶしとこぶしをかちあわせ、改札を抜けてデッキを路面に滑らせる。コンクリート上でウィールが回転し、聞き慣れた音がふたつひたりと重なり合った。風を切ってひととひととの間を縫って、ランガと競うように滑走する。

「なんか今日、デートみたいだったな」

 すぐ後ろを滑るランガに振り向きざまに声をかける。はく、とくちを開けたランガが、みるみる赤くなっていく。自分のほうがうんと恥ずかしいことを言っていたという自覚はないのだろうか。つられて熱を帯びた顔を隠すため、前を向いてめいっぱいの力を込めてコンクリートを蹴り上げる。加速するデッキと流れる景色。近くで感じるランガの気配。

 このまま変わらずこいつといられたら、それは間違いなく最高だ。

 だからどうか、これからも。









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 初出:2021年某日