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「俺の可愛い可愛いベイビーは何故来ていないんだ?」
「ベビー?」
海外のドラマでしか聞かないような歯の浮いた
単語に飯豊は顔がつい引き攣らせてしまう
ブラジルの刑務所に入っていた天羽組の兄貴分
……矢部が今日3年振りに帰国。迎えに来たのは
小峠と飯豊の二人だ
「(小峠の兄貴、ベビーって一体……)」
「この3年、男を磨き続けた矢部を一番に見て
もらいたかったんだが」
「事務所で矢部の兄貴の帰りを待っていますよ」
「なら早く迎えに行ってやらないとな」
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「外回りに行ってきます」
事務所で何やら慌ただしく外出の準備を進める
若葉に青山は少し呆れた様子で話しかけていた
「今日が何の日か忘れたのか?」
「忘れてませんよ。だからこそお邪魔しないように
消えようかと思ってるんです」
あの人が来る前に事務所を出なくてはならない。
この時、若葉はそれしか考えていなかった
だからこそ。背後に迫るその気配に気づくことが
出来なかったのだ
「邪魔なんて誰が言った?ベイビー」
「……来ちゃったじゃないですか!青山の兄貴が
呼び止めるから!!」
振り返るとそこには3年前と変わらぬ笑みを
浮かべる矢部が腕を広げて立っていた
「3年振りの再会を祝うハグでもしようじゃないか」
「私は見回りに行ってきますので矢部の兄貴は
青山の兄貴が用意したお寿司を堪能して下さい!」
「あの……小峠の兄貴。矢部の兄貴が
仰ってたベビーって」
「若葉の事だ」
そう。矢部が会いたがっていたのは妹分である
若葉だった
「寿司も魅力的だが若葉が居なくては
矢部が始まらないんだ」
「いいえ!ブラジルの刑務所から生きて生還した
兄貴なら私が居なくても大丈夫です!」
「恥ずかしがっているのか?俺はそんな若葉も
好きだが矢部はもっと素直になれと思っている」
しかしこの世界に兄貴分を拒否するなど
出来やしない。そう、例えそれが世間一般では
ハラスメントと言われる事だとしても……
「さぁ。俺の胸に飛び込んでおいで」
「そうはいきませんよ!」
若葉は矢部の横をすり抜け、扉へ
一直線に向かう
「前より素早くなった。だが」
取っ手に触れる前に体は後ろへ引っ張られる
「隙だらけだ。そんな姿を見せるのは
俺の前だけにしてくれよ」
呆気なく捕獲。その力強い腕の中に閉じ込められた
若葉は青山、小峠、飯豊に助けを求めるも誰一人
止めようとしない
「さて。俺が居ない3年の間にどれだけの男を
魅了したのかを洗いざらい教えてもらおう」
「そんな物好きな男の人なんかいません!」
「流石は俺のベイビー。義理立てを
してくれていたのか」
「お願いですから話を聞いて下さい!」
そんな二人の様子を眺めていた時、飯豊は
青山にふと尋ねる
「お気に入りってやつでしょうか」
「そんな簡単なものじゃないぞ。トヨ」
「へ?」
「あの人は若葉の事を人として、妹分として
……そして女性として愛してるんだ」
青山も青山でかなり哲学的な事を口にする為、
飯豊は更に混乱する
「えーと、その、つまり」
「後は言わなくても分かるよな」
「いえ、全く分かりません」
今日も天羽組はとても賑やかだった
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さて。そんなやり取りがあってから数時間後。
矢部、小峠、若葉、飯豊の四人は居酒屋で話に
花を咲かせていた
「矢部の兄貴はどうして若葉の姉貴の事が
そんなに好きなんですか?」
「俺が男で若葉が女だった。それだけの事だ」
「その言い方だとまるで私達が何かあったみたいに
なるんですけど」
やはり飯豊はそれが気になっていたらしい。
ブラジルの刑務所の話よりも食い付きがすごく
小峠も思わず苦笑いする程だった
「敢えて言うなら若葉という人間性に
惚れ込んだって感じだ」
あれは若葉が入門する直前の事だ
当時の空龍街で女性を狙った殺人事件が
相次いだ時、囮を買って出たのが当時
女子大生だった若葉だ
「当然、組も矢部の兄貴も止めた。カタギを
巻き込む訳にはいかないからな」
「だがベイビーは俺に啖呵を切ったわけよ」
__友達が犠牲になったのに黙って指くわえてる程
私は大人しくはない
「ターゲットの捕縛までした上に、俺達が
止めに入るレベルで犯人を殴り倒したのも
覚えてるぜ」
「いつまで言うんですか。あの時の事は
覚えてないって言ってるでしょう」
その後。小峠達から報告を受けた天羽組長は
若葉にある種の才を見いだし、組へ勧誘
そして今に至る訳だが……
「俺に怯む事なく啖呵を切った女性が入門する事に
なるなんて……もはや運命と呼ぶ他ないだろう?」
入門から今日に至るまで熱烈なアピールを
受け続けた結果、若葉は矢部の事が極度に
苦手になってしまった
「さて、明日も仕事だ。今日はこの辺にするか」
「えぇ!?矢部の兄貴、まだ飲みたいです!」
飯豊が食い下がるも矢部はやんわりと断る
「また今度連れて行ってやる。勿論、小峠もだ。
ベイビーとは二人きりで」
「遠慮させていただきます」
「「………」」
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「どうして着いてくるんですか?
兄貴の家は逆ですよね」
「………」
何故か解散した後も自分の隣を歩く矢部に
若葉は呆れながら尋ねた
そして何より気になるのはあれ程、饒舌に
語っていた兄貴分が無言を貫いている事だ
「若葉」
「わっ!?」
突然、腕の中に収められた若葉は言葉を失う
「……向こうの塀の中で天王寺組と揉めてるって
聞いた時、生きた心地がしなかった」
刑務所の中での地位を確立した矢部は真っ先に
天羽組に関する情報を収集していた
その中で先の羽王戦争に関する報せを聞いた時、
矢部は刑務官すら怯える程に殺気立っていたという
「信用してない訳じゃない。だが何が起きるか
分からないのが渡世だ」
「兄貴……」
「もしこのまま二度と会えなくなったら……なんて
らしくない事を何度も何度も考えた」
海の向こう、そして塀の中。何も出来ない自分に
腹が立って仕方なかった
「若葉。よく頑張った」
「矢部の兄貴に比べたらまだまだです」
その真剣な思いは十分に伝わっている。だから
昼間のようにその腕を振り払おうとしない
そして何より、この温もりに触れたいと不覚にも
願ってしまった
「え……?」
頬に触れた柔らかい感触に気の抜けた声が
溢れると、矢部は相変わらずニヒルな笑みを
浮かべながら若葉を見つめる
「ここはベイビーから良い返事を貰えた時の為に
取っておく」
親指で唇をなぞり上げる仕草が格好良く
見えてしまったのは何故だろう
「満更でもなさそうだ」
「っ、ブラジルの刑務所に入れば少しは
落ち着くと思ったんですけど」
「ベイビーへの愛が留まる事はない。
それはよく分かってるだろ?」
不覚にもときめいてしまった事を認めたくない
若葉は顔を見られないように矢部の前方を
歩き始める
「待ってろよ。この矢部が必ず
口説き落としてみせる」
少し遠ざかった背中にそう呟くと急いで後を
追うのだった