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仕事熱心な男が仕事以外の事に存外不器用なのは意外にも
多いのかもしれない
「すまない。この埋め合わせは必ずする」
そんな男は決まっていつ果たされると分からない
その場しのぎの約束を性懲りもなく口にするのだ
「今、大丈夫だろうか」
その日、伊集院は恋人である若葉に電話をかけていた。
この前のデートをキャンセルした事の埋め合わせについて
話をしたかったからだ
しかし電話の向こうからは一瞬だけ息を飲む音が聞こえて
きたものの、肝心の若葉本人の声が全く聞こえてこなかった
「若葉さん?」
「……すみません。今、忙しくて」
「そうだったのか、すまない。また後でかけ直そう」
「あの、時間が出来たら私の方から電話しますから」
「そうか。待ってるよ」
通話を終え、伊集院は深くため息をつく
「私の方から、か」
遠回しに断られた事は明白だった。その理由については
分かっているつもりだ。実は伊集院が予定をキャンセルするのは
これが初めてではない
申し訳ないという思いは当然ある。しかし私情を優先させては
拷問ソムリエである資格はない。だからこそたった少しでも
予定が空いたらその時間は若葉の為に使おうと考えていた
「……待つしかないのか」
しかしその日、若葉から連絡が来ることはなかった。
次の日、そしてまた次の日と待ち続けたが電話もなければ
メッセージすら来ない日々が続き……
「それで私に相談に来たって事ね」
「こういった事にはどうも鈍くてな」
伊集院は自身の協力者でもあるエマをバーに呼んていた。
勿論、目的は一つ。若葉との今後の関係についてどうすれば
良いのかアドバイスが欲しかったからだ
「埋め合わせするって言われても虚しくなるだけなのよ」
「何故だ?」
「そんなの決まってるでしょ。きっと彼女が求めているのは
埋め合わせなんかじゃないわ」
「しかし私は」
「伊集院さん」
するとエマは珍しく目を釣り上げた。彼女にしては
珍しい表情だ
「ちゃんと伝えてるの?気持ち」
「伝えているが」
「……本当かしら。自分も会えなくて寂しいってちゃんと
素直に言葉にしてる?」
「それはしていない」
「それよ」
「すまない。どういう事だ」
中途半端に残ったカクテルを流し込み、殻になった
グラスの底に視線を落としながらエマは静かに語る
「すまない、埋め合わせは必ずする。何一つ彼女の心に
寄り添ってあげてないじゃない」
「そんなつもりは」
「彼女だって分かってるの。伊集院さんが仕事で忙しいって。
そんなの百も承知よ」
それでも文句一つ言わないのは若葉なりの優しさ
なのだろう
「寂しいのは自分だけなのかもしれない、つまり不安なのよ」
「エマ」
「彼女が本当に欲しいのは安心じゃないかしら」
「そうか」
「私から言える事はこれだけ。後は伊集院さんが
頑張るしかないわ」
するとエマはバーテンダーにお会計を頼んだ
「呼び出したのは私だ。私が支払う」
「今日は仕事で来た訳じゃないから自分で払うわよ」
扉に手を掛けたエマは不意に振り返り、伊集院に
今日の事は絶対に悟られないようにと念入りに釘を差した
「相談の為とはいえ他の女と会ってたなんていい気分じゃ
ないでしょう?」
「そうだな。分かった」
エマと別れ、事務所に戻った伊集院はすぐさま若葉へ
連絡を取った。数回の呼び出し音が鳴った後、電話の向こうから
元気のない声が聞こえてきた
「この前忙しいって私言いましたよね」
「すまない。どうしても君の声が聞きたくなってね」
「……何かあったんですか?」
「いや、そういう訳ではないんだが……」
伊集院は途端に口を噤む。言いたいことはたくさんある。
けれど何から話せばいいのか分からなかったからだ
「こんな事急に言われても困るとは思うが」
「……」
「若葉さんは私の事をどう思っているのか、不安になったんだ」
「茂夫さんの事ですか」
「あぁ」
「………」
「………」
たった一瞬の沈黙なのに随分と長く感じる。鍛え抜いた
洞察力も、心理術も今、若葉が何を思っているかなど伊集院に
何一つ教えてはくれなかった
「……好きですよ」
「本当かい」
「でも、茂夫さんは……」
会えない日が続いても何も文句を言わない。仕事だからと
割り切れる潔さ……何もかもが自分と違う
「私がそんなに出来た人間だとでも思っているのか」
「はい」
「君から連絡を待つように言われたにも関わらず、会えないなら
声だけでも聞きたいと願う私がか?」
「……」
「……今、無性に君に会いたいくてたまらない」
「……っ、」
「若葉さん?もしかして泣いているのか」
「……私も、茂夫さんに会いたい」
伊集院は上着を手に取り、出かける準備を始める。
その間も電話は繋ぎっぱなしだった
「今から会いに行ってもいいだろうか」
「私は大丈夫です、明日休みなので……」
「こんな時間だ。私が若葉さんの所へ行く」
「でも、忙しいのに」
「愛する女性が泣いているのを見過ごすなんて出来ない。
すぐ向かうから待ってて欲しい」
「……待ってますから」
「あぁ」
そこで通話は終わった。若葉から返事を聞く前に
準備を始めていた自分の気の早さに伊集院は自嘲した
そして事務所を出る直前、とある事に気がつく
「この上着は……止めておこう」
__相談の為とはいえ他の女と会ってたなんていい気分じゃ
ないでしょう?
直前にエマの助言を思い出した伊集院は上着を置きに
事務所へ急遽戻るのだった
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