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「寛次郎、元気ない」
病室に訪れた神乃は野村の異変にすぐに気がついた
「そうだね」
「どうしたの?」
「鷺宮慎吾」
「御前に怒られたの?殺せなかったから」
「そうじゃないよ」
途中で増援が来たおかげで野村にしては珍しく、
五体満足のまま逃がしてしまったのだ
とはいっても、戦闘に復帰するには時間を要する。
その事に免じてお咎め無しとなったわけだが……
「ただ……彼と切り結んでから昔の事を
思い出すようになってしまった」
「昔の事?」
「彼は俺がかつて切り結んだ事がある女流剣士と
よく似た剣術を持っていた。そのせいかもしれないな」
「君の噂は聞いているよ」
「………」
昔、野村は一人の女流剣士と対峙していた
「笑う門には福来ると言うだろう?君は綺麗だ。
そんな表情よりも笑顔の方が似合う」
「………」
その顔は野村の言う通り、確かに美しかった
しかし表情の乏しさ故か。美しさが陰っているように
見えたらしい
「喜びに溢れ、哀しみに暮れるのは全てが
終わってからでいい」
「それは残念だ。だがそれが矜持だと言うなら仕方ない」
「………この男に用があるなら譲る。持っていけ」
「都合が良い。君のような剣士と決着がつくまで
切り結んでいたら主に叱られてしまうからな」
「なら早く連れて帰るといい。私もこんな茶番に
いつまでも付き合ってはいられない」
羽織を整えると女は野村に背を向けた
「貴方はその強さを得る為に今まで何を
切り捨てて来たんだろうか」
別に知りたいわけではなかったのだろう。
空風が吹く中、まるで幻想のように音もなく
女は姿を消した
「その女の人強かった?」
「うん。とても強い」
「あのお兄さんとどっちが強い?」
「彼女だね」
神乃は話を真剣に聞いていた。好奇心からと言うより
野村と同じ位強い剣士がいるとはにわかに信じがたい
……といった様子だったが
「彼女とは何度かターゲットが被ってね。
その度に切り結んだが一度も決着がつかなかったよ」
あくまでターゲットの捕縛。それが目的だから
お互いに余力を残す形になり、うやむやになった
という事だろう
「そうしているうちに彼女の事をもう少し知りたい、
そう思うようになったんだ」
「やはり貴方か。面倒くさい真似をして……」
「そんな事言わないでくれ。寂しいじゃないか」
「……それでも新参者が来るよりは幾分マシだ」
「それはつまり俺の事を少しは認めてくれたと
捉えても構わないのだね?」
「相変わらず口が達者だな。それより……
こんな所に呼び出してどういうつもりだ?」
寂れた神社の境内に呼び出された女は石段に
座りながら野村を待っていた。そしてその隣に
腰掛けた野村はこう切り出す
「雲一つかかっていない満月の夜のみここで
会わないか?」
「驚いた。まさか貴方から逢瀬の言葉を聞くとは
思わなかったよ……その目的は私と切り結ぶ事だろう?」
「俺は強者と切り結ぶ事で更に強くなる」
女は微かに眉を顰める
「それは裏の剣豪集団の長としてさらなる高みを
目指す為か?」
「どう捉えても構わないよ」
やはり自分の正体に気がついていたようだ。
勿論、そんなものは想定内
「もう一つ理由がある」
「何だ?」
「その類まれなる剣術をいかにして手に入れたのか。
剣士として非常に興味があるのだ」
「呆れた男だ」
一笑に付されても野村は視線を逸らさなかった
「まぁいい。私にとっても悪い話ではない」
「ではさっそく切り結ぶとしよう」
「仲良くなったの?」
「少なくとも俺はそう思っていたよ」
「その女の人、今は何してるの」
「もう随分と会っていない。何処で何をしているのか。
俺には分からない」
野村はふと、思った。彼女と過ごしていた日々は
もしかして……
「俺はずっと幻を見ていたのかもしれないな」
「……今日の寛次郎、何か変」
その日の晩。静かになった病室で野村は
ひたすら窓の外を眺めていた
予報ではこの後、雨雲が広がりって雨が降り始める。
この綺麗な月明かりが見えるのも数分だろう
「まるであの日のようだ」
女に最後に会ったのもこんな憂いを帯びた
月明かりの夜だった
「今日は一段と剣技が冴えていた」
「当たり前だ。貴方と切り結ぶのに中途半端な
剣技は向けられないだろう」
雲一つかかっていない満月の日のみ切り結ぶ。
既に雨雲がかかり始めている。今宵も決着が
つかないまま終わりを迎えた
「喜びに溢れ、哀しみに暮れるのは全てが
終わってからでいい……私がそう言った事を覚えているか」
「当然だ」
「……私は、周りにいる人間を見捨てる事でしか
強くなれなかった」
野村は女の一人語りを一言も聞き逃すまいと
全ての意識を研ぎ澄ませる
「でも、それで得た物など何もない。
大切な者を守れない強さなんか、必要なかった」
「そうか」
「それに気がついた時には……もう何もかもが遅かったんだ」
その強さの裏に潜めていた葛藤と後悔。どれも
自分が抱かない感情ばかりだ
自分何かよりも余程、人間らしい一面を見た野村は
女にそっと近付く
「でも私は守りたい者達を見つけたんだ。
今度こそ、自分の命をかけて……それが過去の行いに
対する唯一の償い……」
「君が決めたのならそれでいいと思う」
「でも償った所で私は許されない。本当なら
笑う事も何かを守りたいと願う資格さえないんだ」
「それでも守りたいのだろう?己の命をかけて」
「……少し屈んでくれないか」
言われた通りほんの少しだけ屈むと唇に温かな
感触が触れた
「私はこの先、上手く笑えそうにない。だから
約束してくれないか?私の代わりに貴方はずっと
笑い続ける事を」
「構わないよ」
「寛次郎……さようなら。次に会う時はきっと
私達は敵同士として切り結ぶだろう」
野村は追いかけなかった。女の行き先を示す足跡は
間もなく振り始める雨によって消されるだろう
「……最後まで、君は俺に笑顔を見せてくれないのだな」
己の立場を思い出せ。そう言わんばかりに
打ち付ける雨は野村から温もりを奪っていくのだった
「俺は嘘をつかない。だから君と結んだ約束は
必ず守るよ」
彼女のお願いに対し、自分は構わないと答えた。
嘘をつかない……野村はそういう男なのだ
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「慎吾。怪我の具合はどうだ?」
「若葉さん」
闇医者の元で入院していたミストの元に
若葉が現れた
「すまないね。教えが甘かったあまりに
君にこんな怪我をさせてしまった」
「私の実力が足りなかっただけです。それに貴方から
教わった剣術が私の命を繋ぎ止めたんです」
三段突きを破られそうになった瞬間、若葉から
教わった技術を咄嗟に出していた
それは野村も予想外だったらしく、一瞬だけ攻撃の
手を止め……
__何故、君がその技を知っている?
そう尋ねてきた。しかしミストはその問いに
応えようとせず、野村が戦っている最中に零して
しまった御前の居場所に全力で走った
随分と体力を削られた事によって御前の額に傷を
つける事は出来たものの……結局、暗殺は失敗に終わった。
そしてオリオンを筆頭とした援軍により闇医者の元へ運ばれ
……今に至る
「実は大丸様と先程、話をして私もこの戦争に
加勢する事になった」
「……これは、なんと心強い」
「あくまでも客分という扱いだが……君と妹さんの
安全は私が守ろう」
「若葉さん」
「どうした?」
満身創痍の筈の身体を無理やり動かし、ベットサイドに
座っていた若葉の手をミストは両手で包み込む
「まだ遠く及びませんが……貴方がこれから
傷つかなくていいように私はもっと強くなります」
「……素直な子は嫌いじゃないよ」
「だから早く私の事を弟ではなく男として見て下さい」
「ならもう少し強くなれ。私は弱い男を
夫にするつもりはないぞ」
その声色はどこまでも優しいのだった
「今日はいい日だった。いつか俺も彼女のように
命を賭けて戦う理由を見つけたいものだ」
闇夜に消える直前、野村は伊集院らにそのような事を
呟いていた
「彼女のように……だと」
何の因果か。伊集院はターゲットを巡り、宿敵である
御前お抱えの剣豪集団の長である野村と切り合う事に
なってしまった
しかし心が歪んでいる、厄介者を仲間には入れないと
野村が言い捨てた事により戦いは呆気なく終わった
「先生!早くこの外道を拷問室に!」
「あぁ。無論、準備は整っているのだろうな?」
「当然でございます!」
男を運ぶ最中、伊集院はふと戦闘の最中に言われた
ある言葉を思い出す
__軽口を叩くな……?俺は彼女との約束を守っているだけだ。
お前にそのような事を言われる筋合いはない
ずっと薄ら笑みを浮かべていた野村がその時だけは
伊集院に明らかな怒りを向けていた
「(関係ない。あの男がどういう意味で俺に
そんな事を言ったのかなんてな)」
依頼人の為に自分は動く。伊集院がそれ以上、野村の事を
思い出す事はなかった