失われた風景
【4日目】
「…なんだか、昨日と違って楽しそうですね」
今日はドライバーがいるせいで、後部座席に並んで座っていたソンミンがシウォンの表情をみて微笑んだ。
「そうかな…?」
「そうです。ところで社長。明日の定例会議後の食事会ですが…」
一瞬で仕事の顔に戻ったソンミンに苦笑いして、シウォンは明日の予定を頭に入れていく。
ああ。明日も忙しそうだ。
今、抱えている仕事が終わるまではどうしようもないとは分かっていてもうんざりしてしまう。
帰宅したシウォンがリビングのドアを開けるとキッチンから会話が聞こえて来た。
今日は夕食を摂ると言ったあったので通いの家政婦が用意をしてくれているはずだ。
「違うって!そうじゃなくてさ…」
「何が⁉ わっかんないよ」
「だから、それは湯煎するんだって。直火にかけたら風味が落ちちゃう」
「温めるんだから一緒でしょ」
「だから!違うって言ってるよね、僕はさっきから」
キッチンを覗くとキュヒョンともう一人小柄な青年が並んでコンロの前に立っている。
「あ。シウォンさん。お帰りなさい」
人の気配に振り向いたキュヒョンの言葉に隣の青年はお手本があるとするならこれだろうな、というくらいに丁寧に頭を下げた。
「お会いするのは初めてですね。家政婦の派遣会社からこちらにお伺いしてます。キム・リョウクです。社長の会社の製品、愛用させていただいてます」
「ああ。2週間ほど前に担当変わったってメッセージ置いて行ってくれてた…」
今までも変わることはあったけれど丁寧に小さなカードにメッセージを残してくれていたのは初めてだったし、何より掃除も丁寧にしてくれていたのでかなりの好印象だった。
男性というのも珍しい。
そしてその男性に自社製品を愛用していると言われてシウォンは驚いた。
驚きはしたけれど、なんとなく納得はしたし、男性だって使っていてもおかしくはないのだ。
コスメの会社ではあるけれど。
「それで、二人でなにやってるの?」
「あ。今日はシウォンさんも夕食を家でってことだったんで…作るのは無理ですけど、少しくらいは暖かいものがいいかと思って温め方とかレクチャー受けてたんですけど…」
「もう、ギュ…頭よさそうなのに予想外に使えないんで…」
「使えないってなんだよ。酷い」
「酷いのはそのセンスだよ」
そんな会話に小さく笑う。
「でも、朝作ってるスープは美味いよ?」
「…え…ギュってば、料理出来るの?」
「…それしか作れないけど」
「だろうね」
あまりにも息の合ったやりとりにシウォンは思わず訊ねる。
「二人は知り合いなの?」
「昨日初めて会いました」
真面目に答えるキュヒョンにリョウクは首を縦に振った。
「その割には随分と仲がいいね」
「美味しい料理が作れる人に悪い人はいないって持論があるので、リョウガはいい奴なんだろうと思って」
やはり真面目に答えるキュヒョンにリョウクは嬉しそうに首を縦に振る。
「僕も自分の料理を褒めてくれる人間に悪い奴はいないと思ってるんで」
顔を見合わせて「なぁ」と頷きあう二人はやっぱり古くからの友人のように見えて、少しばかり羨ましく思えた。
「で?俺はちゃんと夕食は摂らせてもらえるのかな?」
どんなに微笑ましくとも仕事はきっちりと熟してもらわなければ意味がない。
「あぁ!すいません!もうこんな時間⁉今すぐ用意しますから。もう‼!結局ギュに教えるより自分がやった方が早いことになっちゃったじゃないか。僕、もっと早く帰る予定だったのに…」
「俺⁉俺なの⁉」
「君だよ。もう…ちゃんと見えてるのコレ」
そう言ってキュヒョンの前髪を上げたリョウクが固まった。
シウォンにはその気持ちがよく分かる。
「なんの詐欺だよ、これ」
「失礼だな、詐欺ってなんだよ」
「なんで、前髪で隠してるの。綺麗な顔してるくせに」
「…普通だよ」
ふぅ、と溜息をついてリョウクは髪を下ろした。
「まぁ、人それぞれ好みの髪型はあるしね。もったいないとは思うけど。とりあえず運ぶくらいはできるよね。はい。持ってって」
両手にメイン料理が乗せられた皿を押し付けられてキュヒョンは唇を尖らせながらもその言葉に従う。
なんだろう。
兄弟とかいたらこんな感じなんだろうか。
そう考えて、その言葉が意識の端っこに引っかかった。
兄弟が居たら…昔、同じような事を考えたような気がする。
けれど、それは一人っ子なら子供の頃誰もが思うようなことだ。
シウォンは頭を振って小さく笑う。
「とりあえず、着替えてくるよ」
「はい。戻ってこられた時にはすぐに食事できるようにしておきます」
微笑んだリョウクが用意した料理は驚くほど美味しかった。
そう言うと、何故かキュヒョンが嬉しそうに笑って「ですよね」と頷く。
味付けももちろんだけれど、家庭的な料理は久々に気持ちがほっとした。
キュヒョンが作るスープもそうだな、と思う。
ちゃんと顔がわかる人が作るものは、味だけじゃなくて、その人柄も調味料の一つになるのだろうか。
結局、後片付けもしっかりとしてくれたリョウクについてキュヒョンも靴を履く。
「ちょっと、リョウガ送りがてら僕もそこのコンビニ行ってきます」
「何。僕、女子じゃないから送ってもらわなくったって大丈夫だけど」
クスクスと笑いながらもキュヒョンが靴を履き終えるまで待っているリョウクが可愛く見える。
「そう。じゃあ、俺は明日の準備があるから書斎にいるけど…」
「はい。えっと…何か必要な物ありますか?」
「ん?特には無いよ」
「それじゃあ、いってきます」
相変わらずダウンジャケットでモコモコになっているキュヒョンも可愛く見えて、そう言えば最近人に対してそんな感情を持つようなこともなかったような気がするなと思う。
「…疲れてるのかもなぁ」
そんな風に客観的に自分を見ている自分すら可笑しくて少しだけ笑った。
【5日目】
「おはようございます」
「おはよう」
自分でコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
コーヒーがドリップされまでの間、定位置に腰を下ろすとコトリと小さな音とともにスープカップが置かれた。
食べろと強要するわけでもなく、ただ彼の前に置くことが義務のように。
多分シウォンが口にしなくてもキュヒョンは何も言わないだろうし、次の日も同じようにそうするのだろうとなんとなくそう感じた。
そして困ったことにこれが意外にも嫌ではない。
最初にキュヒョンが言ったように温かいスープは体を暖めてくれたし、頭をすっきりとさせてくれた。
「…なんだか、懐かしい味がするんだよな…」
ポツリとつぶやくと、キュヒョンは微笑んだ。
「誰でも作れる簡単なものだからじゃないですか?」
「…そうかな」
「ええ。多分」
そうして両手でカップを包んで息を吹きかける。
子供みたいな仕草。
それもなんとなく懐かしい気分にさせるのだ。
「今日は夕食はどうされます?」
「会食があるから、外で食べてくるけど…」
「わかりました」
コクリと頷くキュヒョンを見てなんとなく罪悪感があるのはなぜなのか。
最初は食事を一緒にするのもよく思っていなかったくせに勝手なものだな、と思う。
自分が彼を気に入ったら、この家で一人で食事をさせるのが気の毒に思えるのだ。
どう考えたって勝手に押しかけているのは向こうなのに。
そんな複雑な心境でキュヒョンの手元を見ていると、彼は困ったように首を傾げた。
「あの…僕に何か?」
「いや…なんでもない」
そう言うと、カップを包んでた片方の手が胸元に移動して、ペンダントをきゅっと握った。
余程大事なものなのか、それとも単なる癖なのか…。
「あ。お迎えの車来ましたよ?」
窓の外に視線を向けたキュヒョンが告げる。
「…いってくるよ」
椅子の背もたれに掛けてあったジャケットを手にするとキュヒョンの口元が微笑んだ。
「いってらっしゃい」
それにつられてシウォンの口元も緩む。
この時間が愛しく感じられた。
「ちょっといい?」
社長室のドアをノックして半分開けたドアから顔を覗かせたのは営業課長のヒョクチェだ。
社長相手でも特に気取った態度を取らないのは従兄だからというだけではない気がするが、そこは彼らしさの一部なので他の社員が居ない時には容認している。
「ん。どうした?」
「どうしたって訳じゃないんだけど。昨日うちの直営店が入ってるビルでボヤ騒ぎがあったって。シウォナの家の近くだから知ってるかなと思ってさ」
「…知らなかったな」
「うん。まぁ、知らせるようなことでもないかなとは思ったんだけど、なんか気になっちゃって…」
「で?状況は?」
「本当にただのボヤらしいよ。段ボールを投棄するコンテナだったらしくて鉄製のコンテナだったし少し離れた場所だったから段ボールが燃えただけで済んだって。ただ火の気があるような場所じゃないから不審火みたいだけどね」
不審火とはまた、穏やかじゃない。
「ところで、シウォナ。探偵雇ったんだって?」
考えるような表情だったのが、大好きな玩具を目の前に置かれた子供みたいな表情にくるりと変わったヒョクチェが聞いてくる。
「…耳が早いな。ソンミンからか?」
「うん。どうせお前んちに行ったらすぐに分かることだからって教えてくれた。心配しなくったって他は誰も知らないよ?」
「その方がありがたいね」
別に隠すつもりはないけれどあくまでプライベートな事だし。
それに、噂好きな人間に伝わればあることない事つけて広められそうだ。
「なんか変わった条件付けられたって聞いたけど。面白そうな奴?」
「…面白い、と言えば面白い」
「なんだ、それ。カッコイイ?」
「カッコイイ…っていうか…可愛い、な」
「可愛い?」
まったく想像できないらしいヒョクチェが首を傾げる
そんな様子に小さく笑って、シウォンは確認するように言葉をつづけた。
「そう。可愛い探偵だよ」
「…なんだか、昨日と違って楽しそうですね」
今日はドライバーがいるせいで、後部座席に並んで座っていたソンミンがシウォンの表情をみて微笑んだ。
「そうかな…?」
「そうです。ところで社長。明日の定例会議後の食事会ですが…」
一瞬で仕事の顔に戻ったソンミンに苦笑いして、シウォンは明日の予定を頭に入れていく。
ああ。明日も忙しそうだ。
今、抱えている仕事が終わるまではどうしようもないとは分かっていてもうんざりしてしまう。
帰宅したシウォンがリビングのドアを開けるとキッチンから会話が聞こえて来た。
今日は夕食を摂ると言ったあったので通いの家政婦が用意をしてくれているはずだ。
「違うって!そうじゃなくてさ…」
「何が⁉ わっかんないよ」
「だから、それは湯煎するんだって。直火にかけたら風味が落ちちゃう」
「温めるんだから一緒でしょ」
「だから!違うって言ってるよね、僕はさっきから」
キッチンを覗くとキュヒョンともう一人小柄な青年が並んでコンロの前に立っている。
「あ。シウォンさん。お帰りなさい」
人の気配に振り向いたキュヒョンの言葉に隣の青年はお手本があるとするならこれだろうな、というくらいに丁寧に頭を下げた。
「お会いするのは初めてですね。家政婦の派遣会社からこちらにお伺いしてます。キム・リョウクです。社長の会社の製品、愛用させていただいてます」
「ああ。2週間ほど前に担当変わったってメッセージ置いて行ってくれてた…」
今までも変わることはあったけれど丁寧に小さなカードにメッセージを残してくれていたのは初めてだったし、何より掃除も丁寧にしてくれていたのでかなりの好印象だった。
男性というのも珍しい。
そしてその男性に自社製品を愛用していると言われてシウォンは驚いた。
驚きはしたけれど、なんとなく納得はしたし、男性だって使っていてもおかしくはないのだ。
コスメの会社ではあるけれど。
「それで、二人でなにやってるの?」
「あ。今日はシウォンさんも夕食を家でってことだったんで…作るのは無理ですけど、少しくらいは暖かいものがいいかと思って温め方とかレクチャー受けてたんですけど…」
「もう、ギュ…頭よさそうなのに予想外に使えないんで…」
「使えないってなんだよ。酷い」
「酷いのはそのセンスだよ」
そんな会話に小さく笑う。
「でも、朝作ってるスープは美味いよ?」
「…え…ギュってば、料理出来るの?」
「…それしか作れないけど」
「だろうね」
あまりにも息の合ったやりとりにシウォンは思わず訊ねる。
「二人は知り合いなの?」
「昨日初めて会いました」
真面目に答えるキュヒョンにリョウクは首を縦に振った。
「その割には随分と仲がいいね」
「美味しい料理が作れる人に悪い人はいないって持論があるので、リョウガはいい奴なんだろうと思って」
やはり真面目に答えるキュヒョンにリョウクは嬉しそうに首を縦に振る。
「僕も自分の料理を褒めてくれる人間に悪い奴はいないと思ってるんで」
顔を見合わせて「なぁ」と頷きあう二人はやっぱり古くからの友人のように見えて、少しばかり羨ましく思えた。
「で?俺はちゃんと夕食は摂らせてもらえるのかな?」
どんなに微笑ましくとも仕事はきっちりと熟してもらわなければ意味がない。
「あぁ!すいません!もうこんな時間⁉今すぐ用意しますから。もう‼!結局ギュに教えるより自分がやった方が早いことになっちゃったじゃないか。僕、もっと早く帰る予定だったのに…」
「俺⁉俺なの⁉」
「君だよ。もう…ちゃんと見えてるのコレ」
そう言ってキュヒョンの前髪を上げたリョウクが固まった。
シウォンにはその気持ちがよく分かる。
「なんの詐欺だよ、これ」
「失礼だな、詐欺ってなんだよ」
「なんで、前髪で隠してるの。綺麗な顔してるくせに」
「…普通だよ」
ふぅ、と溜息をついてリョウクは髪を下ろした。
「まぁ、人それぞれ好みの髪型はあるしね。もったいないとは思うけど。とりあえず運ぶくらいはできるよね。はい。持ってって」
両手にメイン料理が乗せられた皿を押し付けられてキュヒョンは唇を尖らせながらもその言葉に従う。
なんだろう。
兄弟とかいたらこんな感じなんだろうか。
そう考えて、その言葉が意識の端っこに引っかかった。
兄弟が居たら…昔、同じような事を考えたような気がする。
けれど、それは一人っ子なら子供の頃誰もが思うようなことだ。
シウォンは頭を振って小さく笑う。
「とりあえず、着替えてくるよ」
「はい。戻ってこられた時にはすぐに食事できるようにしておきます」
微笑んだリョウクが用意した料理は驚くほど美味しかった。
そう言うと、何故かキュヒョンが嬉しそうに笑って「ですよね」と頷く。
味付けももちろんだけれど、家庭的な料理は久々に気持ちがほっとした。
キュヒョンが作るスープもそうだな、と思う。
ちゃんと顔がわかる人が作るものは、味だけじゃなくて、その人柄も調味料の一つになるのだろうか。
結局、後片付けもしっかりとしてくれたリョウクについてキュヒョンも靴を履く。
「ちょっと、リョウガ送りがてら僕もそこのコンビニ行ってきます」
「何。僕、女子じゃないから送ってもらわなくったって大丈夫だけど」
クスクスと笑いながらもキュヒョンが靴を履き終えるまで待っているリョウクが可愛く見える。
「そう。じゃあ、俺は明日の準備があるから書斎にいるけど…」
「はい。えっと…何か必要な物ありますか?」
「ん?特には無いよ」
「それじゃあ、いってきます」
相変わらずダウンジャケットでモコモコになっているキュヒョンも可愛く見えて、そう言えば最近人に対してそんな感情を持つようなこともなかったような気がするなと思う。
「…疲れてるのかもなぁ」
そんな風に客観的に自分を見ている自分すら可笑しくて少しだけ笑った。
【5日目】
「おはようございます」
「おはよう」
自分でコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
コーヒーがドリップされまでの間、定位置に腰を下ろすとコトリと小さな音とともにスープカップが置かれた。
食べろと強要するわけでもなく、ただ彼の前に置くことが義務のように。
多分シウォンが口にしなくてもキュヒョンは何も言わないだろうし、次の日も同じようにそうするのだろうとなんとなくそう感じた。
そして困ったことにこれが意外にも嫌ではない。
最初にキュヒョンが言ったように温かいスープは体を暖めてくれたし、頭をすっきりとさせてくれた。
「…なんだか、懐かしい味がするんだよな…」
ポツリとつぶやくと、キュヒョンは微笑んだ。
「誰でも作れる簡単なものだからじゃないですか?」
「…そうかな」
「ええ。多分」
そうして両手でカップを包んで息を吹きかける。
子供みたいな仕草。
それもなんとなく懐かしい気分にさせるのだ。
「今日は夕食はどうされます?」
「会食があるから、外で食べてくるけど…」
「わかりました」
コクリと頷くキュヒョンを見てなんとなく罪悪感があるのはなぜなのか。
最初は食事を一緒にするのもよく思っていなかったくせに勝手なものだな、と思う。
自分が彼を気に入ったら、この家で一人で食事をさせるのが気の毒に思えるのだ。
どう考えたって勝手に押しかけているのは向こうなのに。
そんな複雑な心境でキュヒョンの手元を見ていると、彼は困ったように首を傾げた。
「あの…僕に何か?」
「いや…なんでもない」
そう言うと、カップを包んでた片方の手が胸元に移動して、ペンダントをきゅっと握った。
余程大事なものなのか、それとも単なる癖なのか…。
「あ。お迎えの車来ましたよ?」
窓の外に視線を向けたキュヒョンが告げる。
「…いってくるよ」
椅子の背もたれに掛けてあったジャケットを手にするとキュヒョンの口元が微笑んだ。
「いってらっしゃい」
それにつられてシウォンの口元も緩む。
この時間が愛しく感じられた。
「ちょっといい?」
社長室のドアをノックして半分開けたドアから顔を覗かせたのは営業課長のヒョクチェだ。
社長相手でも特に気取った態度を取らないのは従兄だからというだけではない気がするが、そこは彼らしさの一部なので他の社員が居ない時には容認している。
「ん。どうした?」
「どうしたって訳じゃないんだけど。昨日うちの直営店が入ってるビルでボヤ騒ぎがあったって。シウォナの家の近くだから知ってるかなと思ってさ」
「…知らなかったな」
「うん。まぁ、知らせるようなことでもないかなとは思ったんだけど、なんか気になっちゃって…」
「で?状況は?」
「本当にただのボヤらしいよ。段ボールを投棄するコンテナだったらしくて鉄製のコンテナだったし少し離れた場所だったから段ボールが燃えただけで済んだって。ただ火の気があるような場所じゃないから不審火みたいだけどね」
不審火とはまた、穏やかじゃない。
「ところで、シウォナ。探偵雇ったんだって?」
考えるような表情だったのが、大好きな玩具を目の前に置かれた子供みたいな表情にくるりと変わったヒョクチェが聞いてくる。
「…耳が早いな。ソンミンからか?」
「うん。どうせお前んちに行ったらすぐに分かることだからって教えてくれた。心配しなくったって他は誰も知らないよ?」
「その方がありがたいね」
別に隠すつもりはないけれどあくまでプライベートな事だし。
それに、噂好きな人間に伝わればあることない事つけて広められそうだ。
「なんか変わった条件付けられたって聞いたけど。面白そうな奴?」
「…面白い、と言えば面白い」
「なんだ、それ。カッコイイ?」
「カッコイイ…っていうか…可愛い、な」
「可愛い?」
まったく想像できないらしいヒョクチェが首を傾げる
そんな様子に小さく笑って、シウォンは確認するように言葉をつづけた。
「そう。可愛い探偵だよ」