失われた風景1
この小さな箱の中には一体何が入っているのか。
シウォンは箱の蓋をトンと指で叩く。
社長室の机の上に置かれたままの小箱。
父の形見になってしまった小さな箱。
父の秘書だった人はただ笑って「お父様の宝物です。鍵はきっといつかあなたが見つけるでしょう」そう言った。
家中、そしてこの社長室もいくら探しても見つからない鍵。
ここにあるということは会社にとって何か必要なものなのだろうか。
だとしたらあの人らしい。
家族よりも大切なものだ。
持ち上げて振ると小さくカタカタと音がする。
この小箱自体が特注。もちろん鍵も特注。
そうなるとどうしたって鍵を探すしか他ならない。
一体、この鍵はどこにあるというのか。
【1日目】
「どうも。SJ探偵事務所から来ました、チョ・ギュヒョンです」
秘書のソンミンに「一番信頼のおける探偵事務所」だと言われたものの、今、目の前に居る人物がそうだとはとても思えなかった。
歳は自分と変わらないくらいだし、なによりもその風貌が胡散臭い。
自分に手を加えることをしないのか前髪は目が隠れるくらいに伸びていて、それだけ隠れているならその掛けている眼鏡の必要性はあるのだろうかと問いたくなる。
服も洗いざらしのシャツとデニムパンツにダウンジャケットときている。
しかも提示してきた条件も変わったものだ。
「事務所の方から話は聞いていると思いますが、僕の口からもう一度確認の意味も込めて2つの条件を呑んでいただきます。まず一つは鍵が見つかるまでの間、私がこの家で過ごすことを許可していただくこと。もう一つは家で食事を摂られる時は一緒に食事をさせていただくこと。以上です」
家に知らない人間を置くのは不安ではあるけれど、以前から社用で何かと依頼をしている探偵社らしいし、一応セキュリティーサービスにも入っている。
昼の間は通いの家政婦も居る。
夜には自分が帰ってこれるだろうからなんとかなるだろう。
食事に至っては家で食べることはほとんどないので目を瞑れる条件だ。
「聞いてる。…しかし変わった条件だね」
呆れたように笑うシウォンに探偵は肩を竦めてみせる。
「鍵は間違いなくここにあります。それと食事は忙しい貴方と唯一ゆっくり話が出来そうな時間ですから…。あと私の事は名前で…キュヒョンと呼んで下さい」
鍵の在処についての確信的な言葉は別として、食事についてはそれなりの理由があるらしい。
「キュヒョンくん。鍵はもう随分探したんだけど見つからないんだ。今更この家から見つかるのかどうか…」
だからこそ探偵なんてものを生業としている人間に頼んだのだ。
キュヒョンは唯一表情を読み取れる唇を笑みの形にする。
「2週間以内には必ず見つけますよ?」
だから、その自信はどこからくるんだ。
「じゃあ、客室に案内するよ。荷物はそれだけ?」
地面に置いた小さなボストンバッグ。
それを持ち上げようと前に屈んだときにキュヒョンの首から小さな音がしてペンダントが覗く。
それをきゅっと握ったキュヒョンは大きく息を吸うと、目を閉じた。
ここからの2週間。
鍵は本当にみつかるのか。
【2日目】
リビングに入るとキッチンからの朝食の香り。
朝食を摂らなくなってから随分と経つ。
いつもはコーヒーだけで済ませてしまうし、それに慣れてしまうと寧ろ朝食を摂ることが億劫になってしまった。
なんとなく懐かしく感じて、シウォンは口元だけで微笑む。
「あ…おはようございます」
「…おはよう」
キッチンに立っていたのはキュヒョンだ。
そう言えば昨日キッチンを借りてもいいかと聞かれたのを思い出す。
自分で使うことはほとんどないし、使うのもたまに食事の用意を頼んだ時に家政婦が使うくらいしかない。
そんな訳でキュヒョンが使うことに何の問題もないと許可した。
「え、と。シウォンさんは朝食は…」
「食べない。いつもコーヒーだけなんだ」
「そうですか」
小さな鍋の中身をかき回しているのが探偵だっていうのだから笑える。
「時間、まだありますか?」
「そうだな。迎えの車が来るまではまだ1時間ほどある」
キュヒョンは両手にスープカップを持ってテーブルに着く。
その1つをシウォンの前に置いた。
「食べるのが億劫でしたら、スープだけでも。無理にとは言いませんが今日は寒そうですし胃が温まると全然違いますから」
両手でカップを包んだキュヒョンは、ふぅ、と息を吹きかけて湯気を飛ばすとスープを一口。
満足そうに微笑む。
シウォンは暫くカップを眺めていたが、それを持ち上げると口に運んだ。
小さく刻まれた色とりどりの野菜と黄金色のスープが宝石箱みたいなカップの中で揺れる。
「…美味い」
何故だか懐かしい味だ。
「よかった、です」
照れたような口調にシウォンの警戒心も少しだけ緩む。
「探偵なんて事件でも起こらない限り依頼することなんてないと思ってたよ」
「…よく言われます。でも大体の仕事は浮気調査か探し人、もしくは迷い猫や迷い犬を探すような仕事ばかりですよ。今回もそうでしょ?探し物ではあるけれど、第三者が持っている可能性を考えての依頼ですよね?」
「…そのとおりだけど」
「とりあえず、順番に探していきます。まずはこの家の中。シウォンさんの部屋以外でお父様が使っていた部屋を。それから、関わりのある方に接触してみます。ご報告は…」
「細かいことはいいよ。とにかく見つけてくれさえすれば」
「わかりました」
キュヒョンは、ずれた眼鏡を指先で上げる。
「なるべく早くいいご報告ができるようにします」
俯いたキュヒョンが微笑んだのがみえた。
シウォンは箱の蓋をトンと指で叩く。
社長室の机の上に置かれたままの小箱。
父の形見になってしまった小さな箱。
父の秘書だった人はただ笑って「お父様の宝物です。鍵はきっといつかあなたが見つけるでしょう」そう言った。
家中、そしてこの社長室もいくら探しても見つからない鍵。
ここにあるということは会社にとって何か必要なものなのだろうか。
だとしたらあの人らしい。
家族よりも大切なものだ。
持ち上げて振ると小さくカタカタと音がする。
この小箱自体が特注。もちろん鍵も特注。
そうなるとどうしたって鍵を探すしか他ならない。
一体、この鍵はどこにあるというのか。
【1日目】
「どうも。SJ探偵事務所から来ました、チョ・ギュヒョンです」
秘書のソンミンに「一番信頼のおける探偵事務所」だと言われたものの、今、目の前に居る人物がそうだとはとても思えなかった。
歳は自分と変わらないくらいだし、なによりもその風貌が胡散臭い。
自分に手を加えることをしないのか前髪は目が隠れるくらいに伸びていて、それだけ隠れているならその掛けている眼鏡の必要性はあるのだろうかと問いたくなる。
服も洗いざらしのシャツとデニムパンツにダウンジャケットときている。
しかも提示してきた条件も変わったものだ。
「事務所の方から話は聞いていると思いますが、僕の口からもう一度確認の意味も込めて2つの条件を呑んでいただきます。まず一つは鍵が見つかるまでの間、私がこの家で過ごすことを許可していただくこと。もう一つは家で食事を摂られる時は一緒に食事をさせていただくこと。以上です」
家に知らない人間を置くのは不安ではあるけれど、以前から社用で何かと依頼をしている探偵社らしいし、一応セキュリティーサービスにも入っている。
昼の間は通いの家政婦も居る。
夜には自分が帰ってこれるだろうからなんとかなるだろう。
食事に至っては家で食べることはほとんどないので目を瞑れる条件だ。
「聞いてる。…しかし変わった条件だね」
呆れたように笑うシウォンに探偵は肩を竦めてみせる。
「鍵は間違いなくここにあります。それと食事は忙しい貴方と唯一ゆっくり話が出来そうな時間ですから…。あと私の事は名前で…キュヒョンと呼んで下さい」
鍵の在処についての確信的な言葉は別として、食事についてはそれなりの理由があるらしい。
「キュヒョンくん。鍵はもう随分探したんだけど見つからないんだ。今更この家から見つかるのかどうか…」
だからこそ探偵なんてものを生業としている人間に頼んだのだ。
キュヒョンは唯一表情を読み取れる唇を笑みの形にする。
「2週間以内には必ず見つけますよ?」
だから、その自信はどこからくるんだ。
「じゃあ、客室に案内するよ。荷物はそれだけ?」
地面に置いた小さなボストンバッグ。
それを持ち上げようと前に屈んだときにキュヒョンの首から小さな音がしてペンダントが覗く。
それをきゅっと握ったキュヒョンは大きく息を吸うと、目を閉じた。
ここからの2週間。
鍵は本当にみつかるのか。
【2日目】
リビングに入るとキッチンからの朝食の香り。
朝食を摂らなくなってから随分と経つ。
いつもはコーヒーだけで済ませてしまうし、それに慣れてしまうと寧ろ朝食を摂ることが億劫になってしまった。
なんとなく懐かしく感じて、シウォンは口元だけで微笑む。
「あ…おはようございます」
「…おはよう」
キッチンに立っていたのはキュヒョンだ。
そう言えば昨日キッチンを借りてもいいかと聞かれたのを思い出す。
自分で使うことはほとんどないし、使うのもたまに食事の用意を頼んだ時に家政婦が使うくらいしかない。
そんな訳でキュヒョンが使うことに何の問題もないと許可した。
「え、と。シウォンさんは朝食は…」
「食べない。いつもコーヒーだけなんだ」
「そうですか」
小さな鍋の中身をかき回しているのが探偵だっていうのだから笑える。
「時間、まだありますか?」
「そうだな。迎えの車が来るまではまだ1時間ほどある」
キュヒョンは両手にスープカップを持ってテーブルに着く。
その1つをシウォンの前に置いた。
「食べるのが億劫でしたら、スープだけでも。無理にとは言いませんが今日は寒そうですし胃が温まると全然違いますから」
両手でカップを包んだキュヒョンは、ふぅ、と息を吹きかけて湯気を飛ばすとスープを一口。
満足そうに微笑む。
シウォンは暫くカップを眺めていたが、それを持ち上げると口に運んだ。
小さく刻まれた色とりどりの野菜と黄金色のスープが宝石箱みたいなカップの中で揺れる。
「…美味い」
何故だか懐かしい味だ。
「よかった、です」
照れたような口調にシウォンの警戒心も少しだけ緩む。
「探偵なんて事件でも起こらない限り依頼することなんてないと思ってたよ」
「…よく言われます。でも大体の仕事は浮気調査か探し人、もしくは迷い猫や迷い犬を探すような仕事ばかりですよ。今回もそうでしょ?探し物ではあるけれど、第三者が持っている可能性を考えての依頼ですよね?」
「…そのとおりだけど」
「とりあえず、順番に探していきます。まずはこの家の中。シウォンさんの部屋以外でお父様が使っていた部屋を。それから、関わりのある方に接触してみます。ご報告は…」
「細かいことはいいよ。とにかく見つけてくれさえすれば」
「わかりました」
キュヒョンは、ずれた眼鏡を指先で上げる。
「なるべく早くいいご報告ができるようにします」
俯いたキュヒョンが微笑んだのがみえた。
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