幼児と少年
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「んーーーっ!」
背もたれに体重をかけ、伸びをすると椅子からギシリと音が鳴る。
私のデスクの周り以外が暗くなったオフィスを見渡しながら、時計に目をやると21時前を指していた。
もうこんな時間か。どおりで欠伸が止まらないわけだ。
なんとなく帰りたくない気分で、やるまでも無い仕事を盾に会社に居残ったのだが…長くいればいるほど帰るのが面倒くさくなるもので、なかなかお尻が上がらない。
このまま台車で私を運んでくれる人はいないものでしょうか。
運んでくれませんよね。知ってます。諦めて帰るとしますよ。
しぶしぶ帰り支度をして、バッグを膝の上に乗せたところで強烈な睡魔。
以前この状態で帰り、寝ぼけながら歩き、階段から落ちたことを思い出す。
これは危ない、と回らない頭なりに思う。
ちょっとだけ、ちょっとだけ仮眠してから、帰ろう…いいよね…
腕を枕にして机に突っ伏して欲求の赴くままに重い瞼を閉じる。
頬に冷たい感触、脇腹を何度か小突かれるような感覚で目を覚ます。
「………ん?」
目を開けると真っ暗な空間で、横たわっていた。
夢だろうか。床の冷たさが妙にリアルだ。
確か、職場のデスクで寝たと思ったんだけれど…
足元に見慣れた自分の鞄も転がっているようだ。
不審に思いながら上体を起こすと
不健康そうな小さな子供の顔が目の前いっぱいに広がる。
「ひ…っ!!!」
急激に体温が下がっていくのを感じる。
これは、なに?…幽霊?
その子から目を離せないまま、驚いて力が入らなくなってしまった腰をズルズルと引きずり距離をとる。
「だれ?」
幽霊が喋った…?
「だれ?」
絞り出すように幼い掠れ声が聞こえる。
は、話しかけられてしまった…
受け答えをしてもよいものだろうか…?
呪われたり…
怖々と子供の顔を観察すれば、余りに不安げに揺れる瞳と目が合う。
なんだか、怯えている彼が可哀想で放っておくわけにもいかず…
「…あの、私あやかっていうの。君は?」
「……リヴァイ。」
日本ではなかなか聞かない響き…ま、まさかの外国人。
お経は効かなそうなことが分かった…
十字架は、もってない…熱心なクリスチャンじゃないからね。
ニンニクもないなぁ。あ、それはドラキュラか
「…男の子?何歳?」
「うん。しゃんさい」
舌足らずの可愛い答えが返ってきた。
「3歳ね。リヴァイ君か、お名前…か、かっこいいね」
無理矢理ぎこちなく笑うと、リヴァイ君が少し安心したように浅く息を吐いた。
果たしてこれは本当に幽霊だろうか
幽霊にしてはハッキリし過ぎなような……
恐る恐る頭を撫でようとするとパシッと手を払われてしまう。
行く先を無くした手が宙を彷徨い、若干のショックを受けつつも
男の子は体温も感覚もあり、どうやらこの子は生きているみたいだと確信した。幽霊に触れたことはないけれど…
しばらくして、役に立つようになった腰を持ち上げ、暗闇になれてきた目で辺りをぐるっと見回るが、ここは私がいたオフィスではないのは明白だった。
足ともに落ちている鞄の存在を思いだし、スマホを取り出すが電源が入らず時計としての機能すら果たせない始末。
他に使えそうなものは何も無かった。
「…一体ここはどこなの」
外の状況を知りたいが、生憎ここには窓がない。
唯一の出入り口であろう扉に手をかけると、リヴァイ君が私の服を引っ張る。
「しょと、いかないほうが、いい」
「え?」
「しょと、だめ。しぬ」
「!?…死ぬ!?」
可愛い舌ったらずな声から随分と物騒な単語が出てくる。
ギュゥッと私のスカートの裾を握る彼は本気で心配しているようだ。
まさか、この子ガリガリに痩せているし拉致、誘拐、監禁…なんてこと…いやそれにしては手足も縛られていないしな…
いや、とにかく今の状況を少しでも把握しなければ…
「ちょっとだけ…ちょっとだけ、外見るだけだから大丈夫だよ」
と無理矢理に扉を少し開けて見て、愕然としてしまった。
色とりどりの髪色に目の色の人々
現代らしからぬ服装と建物
そして、空がなかった
まるで洞窟の中に街があるような
日本では滅多に拝めない時代錯誤な外の景色を観て、呆然としている私は、スカートを引っ張られて彼の存在を思い出す。
「…ちょっとだけっていった」
「あ…っ。そ、そうだね。
ちょっとだけって言ったね。ごめんごめん」
ゆっくりと音が鳴らないよう、扉を閉め、深呼吸をしてから座ってリヴァイ君に向き合う。
「リヴァイ君。電気のスイッチってどこにある?」
「で…?す…?」
「えっと、お部屋を明るくしたいんだけど、どうすればいいかな?」
「…できない。いま、ろーしょくがない」
「蝋燭!?……ここどこか分かる?」
「おうち」
「リヴァイ君のおうち?お母さんかお父さんは?」
こくりと頷き「かあしゃん、しごと」
なるほど、とりあえず彼は誘拐や監禁をされているわけでは無いようだ。
…情報は、ほぼゼロに近いけれど。
膝を叩いて立ち上がり、気分を変える。
さっきまで幽霊扱いしてしまった、この子が居てくれる事が心の拠り所になっていた。
どうしようかと、暗がりに慣れた目で部屋のなかを見渡す。
ベッドと小さなサイドチェスト、台所(教科書で見たことがあるような薪で調理するタイプ)に調理器具が数個しか無いようだった。
簡単に想像すると、外国のスラム街のようなものだろうか。
なぜ外国…そしてなぜ日本語が通じるのか…
例えば、私が事件に巻き込まれて拉致されたとして、男の子が一人で留守番してる家に放置するのは納得がいかない。
…疑問は沢山浮かんでくるが
ジタバタしても仕方がないし、この子に聞いても答えられないだろう。
この子の親御さんが帰ってくるのを待って話をした方がいいかもしれない。
ああ、もう訳が分からない…なんでこんなことに…
混乱する頭に抱え、壁沿いにズルズルと座るとリヴァイと目が合う
「…ぼくのこと、うるの?ころすの?」
「ころ……?っ…殺さないよ!?う、売らないし!大丈夫、安心して!私はあなたに酷いことしないから!」
予想もしない物騒な単語が小さな口から飛び出してくるので、理解するのに少し時間がかかってしまった。
「……ちょっと、ここが何処だか分からなくて、まいご…そう!迷子になっているから、少しの間ここにいてもいいかな?」
こくんと頷く彼に胸を撫で下ろす。
出ていけと言われても、こんな小さな子供の口から出る物騒な言葉の数々を信じるのであれば、出ていくことはリスキーだ…まだ死にたくはない。
それにしても随分と治安が悪い所らしい。
人身売買が日常的に行われてるようかの口ぶりの3歳児だが、なら、何故この子はそんな危ない状況に一人で残されているだろうか…。
唯一この空間で馴染みがある自分の鞄を引きずるように寄せ、今、何を持っているのかもう一度確認する。
貴重品類は何も取られてないようだが、食べ物ばかりが出てきてほとほと自分が嫌になった。
いや…今日はね、いきなり外ランチになって持ってきたものを食べれなかったし…間食もしてないから残ってただけでね…いつも食べ物で鞄がいっぱいなわけじゃなくてね…と心の中で言い訳をしてみる。
一先ず、自分を落ち着かせるためにポカリを出して飲むと、ゴクリと喉を鳴らす彼と目があった。
「えっ…と、飲む?ご飯もあるけど、アレルギーとか無い?」
頷いたような首を捻ったような曖昧な動作で近づいてきて、幼児にしては骨ばった手を出してくる。
他所のお子さんに食べ物をあげるのはいけないんだろうけど、こんなガリガリな子放っとけないしなぁ…
ポカリから飲ませてあげて
消化の良いおにぎりをあげたらラップごと噛みつくものだから慌ててしまった。
この子はおにぎりもラップもペットボトルの開け方も知らないようだ。
必死に口に詰め込もうとするので(特に菓子パンの時は)
少しずつだよ。
ゆっくり噛んで食べてね。
大丈夫全部君のだから。
取ったりしないから。
と何度も言い聞かせ、少しずつ食べ物を渡していく。
いつの間にか私の膝の上にリヴァイ君が座って、食事をとっていた。
先ほど手を払われたけれど、どうやら餌付けで警戒は解けたらしい。
「美味しい?」
一心不乱に食べながら頷く姿に今までの境遇を思って、切なさが込み上げてくる。
軽すぎる小さな体、不清潔な体と髪。
「そっか、良かった。」
なにか、もっと私にしてあげられることはないだろうか…この小さな小さなリヴァイ君に
「これ食べたらお風呂入ろうか。ほら、お顔も手もベトベトになっちゃったし…このお家にお風呂ある?」
「ある…でも、みじゅもってきて、ひ、いれないとだめだから、はいれない」
なるほど。
思ったより重労働だ。
「みずってどこから持ってくるの?」
満足げにゲップをした彼から拙い手解きを受け、なんとか風呂を焚く。
石鹸が無いようなので鞄の中から、いつか終電を逃して買ったまま入れっぱなしにしていたトラベル用のシャンプーとボディソープを出し、ジャケットを脱いで風呂場に行く。
横着な性格が吉と出たなぁ。
高い所にランタンのようなものがあったのでマッチで火を灯す。
「目、ぎゅっと閉じててね」
洗っても洗っても流すお湯が濁る様に、まるで拾ってきた子猫を洗うような気分だった。
されるがままの子猫(リヴァイ)に
痛くない?目染みない?大丈夫?と聞くとその都度「だいじょうぶ」と小さく返事が帰ってくる。
脱衣所にあったタオルを借りて身体を拭いた後、リヴァイに着せる服が無いことに気がつき、私のインナーTシャツを脱いで着せる。
うん。ワンピースのようになってちょうどいいね。
「…これ」
「ごめんね。私が1日着てたやつだけどあんまり汗かいてないはずだから…我慢してね。
リヴァイ君が着てたのは洗って干しておいたから乾いたら着替えようね」
風呂から出て少し疲れたようなリヴァイ君を抱っこしてベッドに連れていく。
「…なまえ、もういっかいおしえて」
「え?私の?」
コクりと頷かれ再度自己紹介をする
「…あやかだよ」
「あやか…おぼえた…ありがとう」
と囁くように言うとギュッと首に抱きついてくる。
先程までベタベタだった髪の毛からシャンプーのいい匂いがして謎の達成感を感じる。
「…どういたしまして。」
いい匂いになって良かったーとサラサラした髪に鼻を寄せると小さく笑ってくれたような気がした。
ベッドにリヴァイ君を寝かせてトントンとお腹を叩きながら、もう片方の手で頭を撫でる。
眠たそうに目を擦る姿に子供らしさを感じて愛おしさが込み上げる。
母親ってこういう感じなのかな…幸せになってほしい
「あやかはどこからきたの?」
「えーっと。どこなんだろう…良く分からないけれど……あっ!違う世界かもね!」
と冗談を言って笑ってみせる。
「ちがう…せかい…」
転がっている鞄を足で引き寄せて今日リヴァイ君が食べ切れなかったおにぎりやお菓子等をサイドチェストに置く。
「これは、明日お母さんと一緒に食べようね」
「……うん」
「おやすみ、リヴァイくん」
「…ん、やすみ」
スヤスヤと寝息を立て始めたリヴァイ君を見てたら、私もつられて瞼が重くなってきた。
鞄の重みを膝の上に感じながらリヴァイ君のベッドに突っ伏す。我ながらこの状況で眠くなるのは凄いと思う…な…
「ん…ぅるさ、」
スマホの短いバイブレーションの音が何度も聞こえ、膝の上の鞄から探るようにスマホを取り出すと、鞄がひっくり返り、物が落ちる音で一気に目が覚める。
あれ…?
そこは見慣れた職場のオフィス。
自分のデスクで寝てたようだ。
…ゆめ?
時計に目をやると21時2分。
どれだけ短時間で濃い夢を見たんだ…私は…
それにしてもやけにクリアに覚えてる…
鳴り続けるスマホを見ると、コスメブランドの新商品&セールの内容が書かれたLINEの通知が溜まっていた。
ひっくり返してしまった鞄の中身をかき集めるが、荷物の少なさに首をかしげる。
あれ…私、おにぎり食べたんだっけ?
食べ損なったお握り、菓子パンもポカリも、トラベル用のシャンプーセットも無い。
まさかと思って自分の着てるシャツを捲るとインナーのTシャツも着ていなかった。
「まさか…まさかねぇ…まさか…いや、そんなこと…」
あの暗い部屋でリヴァイという子供にあげたものと無くなったものが合致している…シンクロ率100%ですよシンジ君…
リヴァイ君のベットでの会話を思い出す
──違う世界──
自分が言った冗談が頭の中を駆け巡る。
そんな、いや、まさか…そんな漫画じゃないんだから。
冷や汗が背中を伝った感覚がした瞬間
ぐーーー
緊迫感をぶち壊す間抜けな音が自分の腹から聞こえ一気に脱力感に襲われる。なんでこのタイミング……
よしっ。とりあえず夕食食べに行こう。
それから考えれば…そうだよ…そうしよう。
背もたれに体重をかけ、伸びをすると椅子からギシリと音が鳴る。
私のデスクの周り以外が暗くなったオフィスを見渡しながら、時計に目をやると21時前を指していた。
もうこんな時間か。どおりで欠伸が止まらないわけだ。
なんとなく帰りたくない気分で、やるまでも無い仕事を盾に会社に居残ったのだが…長くいればいるほど帰るのが面倒くさくなるもので、なかなかお尻が上がらない。
このまま台車で私を運んでくれる人はいないものでしょうか。
運んでくれませんよね。知ってます。諦めて帰るとしますよ。
しぶしぶ帰り支度をして、バッグを膝の上に乗せたところで強烈な睡魔。
以前この状態で帰り、寝ぼけながら歩き、階段から落ちたことを思い出す。
これは危ない、と回らない頭なりに思う。
ちょっとだけ、ちょっとだけ仮眠してから、帰ろう…いいよね…
腕を枕にして机に突っ伏して欲求の赴くままに重い瞼を閉じる。
頬に冷たい感触、脇腹を何度か小突かれるような感覚で目を覚ます。
「………ん?」
目を開けると真っ暗な空間で、横たわっていた。
夢だろうか。床の冷たさが妙にリアルだ。
確か、職場のデスクで寝たと思ったんだけれど…
足元に見慣れた自分の鞄も転がっているようだ。
不審に思いながら上体を起こすと
不健康そうな小さな子供の顔が目の前いっぱいに広がる。
「ひ…っ!!!」
急激に体温が下がっていくのを感じる。
これは、なに?…幽霊?
その子から目を離せないまま、驚いて力が入らなくなってしまった腰をズルズルと引きずり距離をとる。
「だれ?」
幽霊が喋った…?
「だれ?」
絞り出すように幼い掠れ声が聞こえる。
は、話しかけられてしまった…
受け答えをしてもよいものだろうか…?
呪われたり…
怖々と子供の顔を観察すれば、余りに不安げに揺れる瞳と目が合う。
なんだか、怯えている彼が可哀想で放っておくわけにもいかず…
「…あの、私あやかっていうの。君は?」
「……リヴァイ。」
日本ではなかなか聞かない響き…ま、まさかの外国人。
お経は効かなそうなことが分かった…
十字架は、もってない…熱心なクリスチャンじゃないからね。
ニンニクもないなぁ。あ、それはドラキュラか
「…男の子?何歳?」
「うん。しゃんさい」
舌足らずの可愛い答えが返ってきた。
「3歳ね。リヴァイ君か、お名前…か、かっこいいね」
無理矢理ぎこちなく笑うと、リヴァイ君が少し安心したように浅く息を吐いた。
果たしてこれは本当に幽霊だろうか
幽霊にしてはハッキリし過ぎなような……
恐る恐る頭を撫でようとするとパシッと手を払われてしまう。
行く先を無くした手が宙を彷徨い、若干のショックを受けつつも
男の子は体温も感覚もあり、どうやらこの子は生きているみたいだと確信した。幽霊に触れたことはないけれど…
しばらくして、役に立つようになった腰を持ち上げ、暗闇になれてきた目で辺りをぐるっと見回るが、ここは私がいたオフィスではないのは明白だった。
足ともに落ちている鞄の存在を思いだし、スマホを取り出すが電源が入らず時計としての機能すら果たせない始末。
他に使えそうなものは何も無かった。
「…一体ここはどこなの」
外の状況を知りたいが、生憎ここには窓がない。
唯一の出入り口であろう扉に手をかけると、リヴァイ君が私の服を引っ張る。
「しょと、いかないほうが、いい」
「え?」
「しょと、だめ。しぬ」
「!?…死ぬ!?」
可愛い舌ったらずな声から随分と物騒な単語が出てくる。
ギュゥッと私のスカートの裾を握る彼は本気で心配しているようだ。
まさか、この子ガリガリに痩せているし拉致、誘拐、監禁…なんてこと…いやそれにしては手足も縛られていないしな…
いや、とにかく今の状況を少しでも把握しなければ…
「ちょっとだけ…ちょっとだけ、外見るだけだから大丈夫だよ」
と無理矢理に扉を少し開けて見て、愕然としてしまった。
色とりどりの髪色に目の色の人々
現代らしからぬ服装と建物
そして、空がなかった
まるで洞窟の中に街があるような
日本では滅多に拝めない時代錯誤な外の景色を観て、呆然としている私は、スカートを引っ張られて彼の存在を思い出す。
「…ちょっとだけっていった」
「あ…っ。そ、そうだね。
ちょっとだけって言ったね。ごめんごめん」
ゆっくりと音が鳴らないよう、扉を閉め、深呼吸をしてから座ってリヴァイ君に向き合う。
「リヴァイ君。電気のスイッチってどこにある?」
「で…?す…?」
「えっと、お部屋を明るくしたいんだけど、どうすればいいかな?」
「…できない。いま、ろーしょくがない」
「蝋燭!?……ここどこか分かる?」
「おうち」
「リヴァイ君のおうち?お母さんかお父さんは?」
こくりと頷き「かあしゃん、しごと」
なるほど、とりあえず彼は誘拐や監禁をされているわけでは無いようだ。
…情報は、ほぼゼロに近いけれど。
膝を叩いて立ち上がり、気分を変える。
さっきまで幽霊扱いしてしまった、この子が居てくれる事が心の拠り所になっていた。
どうしようかと、暗がりに慣れた目で部屋のなかを見渡す。
ベッドと小さなサイドチェスト、台所(教科書で見たことがあるような薪で調理するタイプ)に調理器具が数個しか無いようだった。
簡単に想像すると、外国のスラム街のようなものだろうか。
なぜ外国…そしてなぜ日本語が通じるのか…
例えば、私が事件に巻き込まれて拉致されたとして、男の子が一人で留守番してる家に放置するのは納得がいかない。
…疑問は沢山浮かんでくるが
ジタバタしても仕方がないし、この子に聞いても答えられないだろう。
この子の親御さんが帰ってくるのを待って話をした方がいいかもしれない。
ああ、もう訳が分からない…なんでこんなことに…
混乱する頭に抱え、壁沿いにズルズルと座るとリヴァイと目が合う
「…ぼくのこと、うるの?ころすの?」
「ころ……?っ…殺さないよ!?う、売らないし!大丈夫、安心して!私はあなたに酷いことしないから!」
予想もしない物騒な単語が小さな口から飛び出してくるので、理解するのに少し時間がかかってしまった。
「……ちょっと、ここが何処だか分からなくて、まいご…そう!迷子になっているから、少しの間ここにいてもいいかな?」
こくんと頷く彼に胸を撫で下ろす。
出ていけと言われても、こんな小さな子供の口から出る物騒な言葉の数々を信じるのであれば、出ていくことはリスキーだ…まだ死にたくはない。
それにしても随分と治安が悪い所らしい。
人身売買が日常的に行われてるようかの口ぶりの3歳児だが、なら、何故この子はそんな危ない状況に一人で残されているだろうか…。
唯一この空間で馴染みがある自分の鞄を引きずるように寄せ、今、何を持っているのかもう一度確認する。
貴重品類は何も取られてないようだが、食べ物ばかりが出てきてほとほと自分が嫌になった。
いや…今日はね、いきなり外ランチになって持ってきたものを食べれなかったし…間食もしてないから残ってただけでね…いつも食べ物で鞄がいっぱいなわけじゃなくてね…と心の中で言い訳をしてみる。
一先ず、自分を落ち着かせるためにポカリを出して飲むと、ゴクリと喉を鳴らす彼と目があった。
「えっ…と、飲む?ご飯もあるけど、アレルギーとか無い?」
頷いたような首を捻ったような曖昧な動作で近づいてきて、幼児にしては骨ばった手を出してくる。
他所のお子さんに食べ物をあげるのはいけないんだろうけど、こんなガリガリな子放っとけないしなぁ…
ポカリから飲ませてあげて
消化の良いおにぎりをあげたらラップごと噛みつくものだから慌ててしまった。
この子はおにぎりもラップもペットボトルの開け方も知らないようだ。
必死に口に詰め込もうとするので(特に菓子パンの時は)
少しずつだよ。
ゆっくり噛んで食べてね。
大丈夫全部君のだから。
取ったりしないから。
と何度も言い聞かせ、少しずつ食べ物を渡していく。
いつの間にか私の膝の上にリヴァイ君が座って、食事をとっていた。
先ほど手を払われたけれど、どうやら餌付けで警戒は解けたらしい。
「美味しい?」
一心不乱に食べながら頷く姿に今までの境遇を思って、切なさが込み上げてくる。
軽すぎる小さな体、不清潔な体と髪。
「そっか、良かった。」
なにか、もっと私にしてあげられることはないだろうか…この小さな小さなリヴァイ君に
「これ食べたらお風呂入ろうか。ほら、お顔も手もベトベトになっちゃったし…このお家にお風呂ある?」
「ある…でも、みじゅもってきて、ひ、いれないとだめだから、はいれない」
なるほど。
思ったより重労働だ。
「みずってどこから持ってくるの?」
満足げにゲップをした彼から拙い手解きを受け、なんとか風呂を焚く。
石鹸が無いようなので鞄の中から、いつか終電を逃して買ったまま入れっぱなしにしていたトラベル用のシャンプーとボディソープを出し、ジャケットを脱いで風呂場に行く。
横着な性格が吉と出たなぁ。
高い所にランタンのようなものがあったのでマッチで火を灯す。
「目、ぎゅっと閉じててね」
洗っても洗っても流すお湯が濁る様に、まるで拾ってきた子猫を洗うような気分だった。
されるがままの子猫(リヴァイ)に
痛くない?目染みない?大丈夫?と聞くとその都度「だいじょうぶ」と小さく返事が帰ってくる。
脱衣所にあったタオルを借りて身体を拭いた後、リヴァイに着せる服が無いことに気がつき、私のインナーTシャツを脱いで着せる。
うん。ワンピースのようになってちょうどいいね。
「…これ」
「ごめんね。私が1日着てたやつだけどあんまり汗かいてないはずだから…我慢してね。
リヴァイ君が着てたのは洗って干しておいたから乾いたら着替えようね」
風呂から出て少し疲れたようなリヴァイ君を抱っこしてベッドに連れていく。
「…なまえ、もういっかいおしえて」
「え?私の?」
コクりと頷かれ再度自己紹介をする
「…あやかだよ」
「あやか…おぼえた…ありがとう」
と囁くように言うとギュッと首に抱きついてくる。
先程までベタベタだった髪の毛からシャンプーのいい匂いがして謎の達成感を感じる。
「…どういたしまして。」
いい匂いになって良かったーとサラサラした髪に鼻を寄せると小さく笑ってくれたような気がした。
ベッドにリヴァイ君を寝かせてトントンとお腹を叩きながら、もう片方の手で頭を撫でる。
眠たそうに目を擦る姿に子供らしさを感じて愛おしさが込み上げる。
母親ってこういう感じなのかな…幸せになってほしい
「あやかはどこからきたの?」
「えーっと。どこなんだろう…良く分からないけれど……あっ!違う世界かもね!」
と冗談を言って笑ってみせる。
「ちがう…せかい…」
転がっている鞄を足で引き寄せて今日リヴァイ君が食べ切れなかったおにぎりやお菓子等をサイドチェストに置く。
「これは、明日お母さんと一緒に食べようね」
「……うん」
「おやすみ、リヴァイくん」
「…ん、やすみ」
スヤスヤと寝息を立て始めたリヴァイ君を見てたら、私もつられて瞼が重くなってきた。
鞄の重みを膝の上に感じながらリヴァイ君のベッドに突っ伏す。我ながらこの状況で眠くなるのは凄いと思う…な…
「ん…ぅるさ、」
スマホの短いバイブレーションの音が何度も聞こえ、膝の上の鞄から探るようにスマホを取り出すと、鞄がひっくり返り、物が落ちる音で一気に目が覚める。
あれ…?
そこは見慣れた職場のオフィス。
自分のデスクで寝てたようだ。
…ゆめ?
時計に目をやると21時2分。
どれだけ短時間で濃い夢を見たんだ…私は…
それにしてもやけにクリアに覚えてる…
鳴り続けるスマホを見ると、コスメブランドの新商品&セールの内容が書かれたLINEの通知が溜まっていた。
ひっくり返してしまった鞄の中身をかき集めるが、荷物の少なさに首をかしげる。
あれ…私、おにぎり食べたんだっけ?
食べ損なったお握り、菓子パンもポカリも、トラベル用のシャンプーセットも無い。
まさかと思って自分の着てるシャツを捲るとインナーのTシャツも着ていなかった。
「まさか…まさかねぇ…まさか…いや、そんなこと…」
あの暗い部屋でリヴァイという子供にあげたものと無くなったものが合致している…シンクロ率100%ですよシンジ君…
リヴァイ君のベットでの会話を思い出す
──違う世界──
自分が言った冗談が頭の中を駆け巡る。
そんな、いや、まさか…そんな漫画じゃないんだから。
冷や汗が背中を伝った感覚がした瞬間
ぐーーー
緊迫感をぶち壊す間抜けな音が自分の腹から聞こえ一気に脱力感に襲われる。なんでこのタイミング……
よしっ。とりあえず夕食食べに行こう。
それから考えれば…そうだよ…そうしよう。
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