短編その1

駆ける、駆ける、駆ける。僕は目の前に広がるサバンナを、ヌーの群れが駆けていくのを見ている。画面の外側から。テレビの特番では、動物の保護活動とその生態について放送している。数週に渡り放送するようで、今夜はアフリカのサバンナだ。僕が好きなキリンが出てこないかとワクワクしていたが、キリンはチーターの獲物としては大きすぎるらしく、出る気配がない。番組の中心はチーターの親子だった。
『チーターは陸上で最速のハンターですが、長くは走れません。シッポでバランスを取り、方向転換をします。顎の力は強くない為、獲物の喉笛に噛みつき続けて窒息死させます』
遠い国の大自然の中で繰り広げられる食物連鎖は、僕にとってはエンターテイメントでしかなかった。チーターが必死に逃げるヌーの子供を、前足を引っ掛け押し倒す。ヌーはからがら起き上がり、目をひん剥きまた走り出す。チーターはすかさず追いかけ、また引き倒す。ヌーの子供はついに捕まり、喉笛に噛み付かれる。身体を魚のように波打たせ、ヌーの子供は徐々に弱っていく。やがて、動かなくなった。チーターは満足気に、その亡骸に食らいついた。赤い肉が少しだけ画面に映る。僕は自分の食事を止めず、目の前のステーキと色を見比べる。火の通った肉は、果たして美味しくなっているのだろうか。僕は生の肉は食べられないが。
『チーターは、サバンナの捕食者の中では中間に位置し、このように獲物を横取りされることがあります』
ステーキから目を離しテレビ画面を再び観ると、チーターは口の周りを赤くして呆然としていた。どうやら、獲物を横取りされたらしい。ハイエナか、ヒョウか。そこまでは観られなかった。夕飯を食べ損ねるなんて、可哀想だな。他人事にそう思った。
『そんなチーターが、貴方の目の前に現れたら……』
急にナレーションの声が低くくなった。不気味に揺れる音声に、ゾワっと背筋がくり立つ。反射的にチャンネルを変えようとするが、リモコンが効かない。虚ろな目をしたチーターと、画面越しに目が合う。僕はソファーから滑り落ちた。
ガシャン!!
それはチーターが画面からすり抜けてきて、テーブルの食器を踏みつけた音だった。僕はテーブルの下に潜り込んだ。チーターはソファーに飛び降り、下にいる僕の存在にすぐに気がつく。白い牙が見えた時、僕は走り出す足すら揃ってなかった。ヌーの子供の表情を思い出す。必死に生きようとしていた、あの表情を。僕は今、どんな顔をしているだろうか。チーターの瞳に映る僕は、血濡れていて動かなくなっていた。
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