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「お願いします!」
玉狛支部の支部長室に、可憐な少女の声が響く。少女の切なるお願いに、林藤は困って頬を掻いた。
「いくらなんでもなぁ……あいつは一応、捕虜の扱いだからな」
そんなことは百も承知と少女は眉を寄せ、目に涙を浮かべる。彼女の願い、それはヒュースと三門市の商店街を出歩きたいというもの。ヒュースが遠征に行ってしまう前に、この世界を少しでも覚えてもらいたい。恋する乙女のエネルギーは、時に常識も理屈も超える。彼が侵略者であることを知りながら、うら若い乙女は彼に恋した。
「トリオン体は角のないモデルなんだから、連れ歩いてもバレないですよね? 本部に出入りもしてるんですし」
「そうねぇー……それ言われるとなぁ……」
林藤は煙草を灰皿に揉み消すと、眼鏡をくいっとずり上げた。
(まあ、本部でランク戦に参加してるのに、どこにも出歩いてないってのも不自然か)
そう思い直し、1時間だけという条件で外出を許可したのだった。
「あっヒュース君! あそこのお饅頭美味しいんだよ!」
「わざわざ連れ出したと思ったら、色気より食い気か」
腕を絡め彼女面するあきを、呆れ顔ながらも受け入れてヒュースは歩く。賑わう市場の活気は自分の故郷と等しいけれど、雰囲気や風景はだいぶ違う。異国の街、けれどそれを愛でるような気持ちになる資格はないな、とヒュースは自分の立場を再確認する。あきはヒュースの感傷などはお構いなしに、店へ駆け出して饅頭を一つ買った。
「はい、半分こ!」
大きめに作られた饅頭を半分に割り、笑顔で手渡す。ヒュースは渋々受け取ると、躊躇いはなく口につけた。
「これはたいやきと中身は同じなのか?」
「うん、アンコだよー! 日本のお菓子にはよく使われるの!」
「ニホン……」
どうやら玄界には、ひとつの星に複数の国がひしめき合っているらしいと、ヒュースは捕虜になってから知った。玄界は近界よりもずっと広いのだ。
「外側の皮の生地が違うの!」
「確かに……同じアンコでも風味が違うな」
アンコの味は好きだ。主の元へ帰ったら、是非食べてもらいたい。そう考えながら、自分には料理の素養などないからどうしたものか、とヒュースはぼんやり考える。
「あき、お前アンコは作れるのか?」
「えっ……えっーと、ごめん。一から作るのは無理かな? あっ、いや五からでも無理かも」
なにを自分は尋ねているのだと、ヒュースは苦笑した。その笑みにあきは気づかぬ振りをした。
「あっ、しょっぱいものも食べたいよね! たこ焼き食べよう!」
「たこ焼き……?」
引かれる腕をヒュースは振り払うことはない。導かれるがまま、商店街の雑踏に溶け込んでいった。
「たくさん食べたね」
「これから帰って夕飯もあるのにな」
饅頭、たこ焼き、肉まん、団子、シュークリーム……商店街のおやつというおやつを食べ歩き、2人はお茶を飲みながら公園で休んでいた。ひとつのものを全て仲良く半分こ。とは言っても、夕飯前に少々食べ過ぎである。太陽が水平線へ消える速度は、少しばかりゆっくりになってきている。まだ少し明るい公園に、春の訪れを予感させる風が吹く。
「……楽しかった?」
沈黙に耐えられずにあきは訊ねた。ヒュースは視線をあきに寄越すが、すぐに目を閉じた。
「……お前にそう見えたなら、そうだ」
「……そっか」
踏み込めない一線が確かにそこにあった。これ以上慣れ合えば、傷つけ傷付くと、互いが理解していた。別れはそう遠い日じゃない。未来は動き出しているのだから。
「じゃあまた一緒に歩こう?」
「それもいいな」
その約束は果たされるのか、2人には分からないし決められなかった。けれど、存在を確かめるように黙って手を繋いだ。日が落ちて、約束の時刻を過ぎてから、ようやく2人は支部に帰った。
「遅いわよ!」
と先輩に叱られながら、あきは誤魔化すように笑顔で謝った。ヒュースはその顔を眺めながら、もう少しここにいるのをどうか許してほしい、と主に謝るのだった。
玉狛支部の支部長室に、可憐な少女の声が響く。少女の切なるお願いに、林藤は困って頬を掻いた。
「いくらなんでもなぁ……あいつは一応、捕虜の扱いだからな」
そんなことは百も承知と少女は眉を寄せ、目に涙を浮かべる。彼女の願い、それはヒュースと三門市の商店街を出歩きたいというもの。ヒュースが遠征に行ってしまう前に、この世界を少しでも覚えてもらいたい。恋する乙女のエネルギーは、時に常識も理屈も超える。彼が侵略者であることを知りながら、うら若い乙女は彼に恋した。
「トリオン体は角のないモデルなんだから、連れ歩いてもバレないですよね? 本部に出入りもしてるんですし」
「そうねぇー……それ言われるとなぁ……」
林藤は煙草を灰皿に揉み消すと、眼鏡をくいっとずり上げた。
(まあ、本部でランク戦に参加してるのに、どこにも出歩いてないってのも不自然か)
そう思い直し、1時間だけという条件で外出を許可したのだった。
「あっヒュース君! あそこのお饅頭美味しいんだよ!」
「わざわざ連れ出したと思ったら、色気より食い気か」
腕を絡め彼女面するあきを、呆れ顔ながらも受け入れてヒュースは歩く。賑わう市場の活気は自分の故郷と等しいけれど、雰囲気や風景はだいぶ違う。異国の街、けれどそれを愛でるような気持ちになる資格はないな、とヒュースは自分の立場を再確認する。あきはヒュースの感傷などはお構いなしに、店へ駆け出して饅頭を一つ買った。
「はい、半分こ!」
大きめに作られた饅頭を半分に割り、笑顔で手渡す。ヒュースは渋々受け取ると、躊躇いはなく口につけた。
「これはたいやきと中身は同じなのか?」
「うん、アンコだよー! 日本のお菓子にはよく使われるの!」
「ニホン……」
どうやら玄界には、ひとつの星に複数の国がひしめき合っているらしいと、ヒュースは捕虜になってから知った。玄界は近界よりもずっと広いのだ。
「外側の皮の生地が違うの!」
「確かに……同じアンコでも風味が違うな」
アンコの味は好きだ。主の元へ帰ったら、是非食べてもらいたい。そう考えながら、自分には料理の素養などないからどうしたものか、とヒュースはぼんやり考える。
「あき、お前アンコは作れるのか?」
「えっ……えっーと、ごめん。一から作るのは無理かな? あっ、いや五からでも無理かも」
なにを自分は尋ねているのだと、ヒュースは苦笑した。その笑みにあきは気づかぬ振りをした。
「あっ、しょっぱいものも食べたいよね! たこ焼き食べよう!」
「たこ焼き……?」
引かれる腕をヒュースは振り払うことはない。導かれるがまま、商店街の雑踏に溶け込んでいった。
「たくさん食べたね」
「これから帰って夕飯もあるのにな」
饅頭、たこ焼き、肉まん、団子、シュークリーム……商店街のおやつというおやつを食べ歩き、2人はお茶を飲みながら公園で休んでいた。ひとつのものを全て仲良く半分こ。とは言っても、夕飯前に少々食べ過ぎである。太陽が水平線へ消える速度は、少しばかりゆっくりになってきている。まだ少し明るい公園に、春の訪れを予感させる風が吹く。
「……楽しかった?」
沈黙に耐えられずにあきは訊ねた。ヒュースは視線をあきに寄越すが、すぐに目を閉じた。
「……お前にそう見えたなら、そうだ」
「……そっか」
踏み込めない一線が確かにそこにあった。これ以上慣れ合えば、傷つけ傷付くと、互いが理解していた。別れはそう遠い日じゃない。未来は動き出しているのだから。
「じゃあまた一緒に歩こう?」
「それもいいな」
その約束は果たされるのか、2人には分からないし決められなかった。けれど、存在を確かめるように黙って手を繋いだ。日が落ちて、約束の時刻を過ぎてから、ようやく2人は支部に帰った。
「遅いわよ!」
と先輩に叱られながら、あきは誤魔化すように笑顔で謝った。ヒュースはその顔を眺めながら、もう少しここにいるのをどうか許してほしい、と主に謝るのだった。