「風間くん、またしばらくどこかへ行くんでしょう？」
斜め向かいに座る彼女は、妖艶に笑った。自分が誘った酒の席、くいっと早乙女はカクテルを飲み干す。黙りこくって、俺は空のジョッキを見つめた。痛いほどに感じる視線、けれど早乙女がどんな答えを望んでいるのか、皆目見当がつかない。
「いつもそうだものね。風間くんが私だけを誘う時は。ねえ、なにをしているの？」
心配そうな声色に、口を滑らせそうになる。それが怖いから、やはり俺は沈黙を続けた。
「話せないのね」
「……すまない」
「いいのよ、本当は言わなくても分かっているから」
早乙女はどこまで知っているのだろう。どこまで、知られているのだろう。追求したくても、「じゃあやっぱりそうなのね」と、返されては困るから。俺はなにも言えない。
「じゃあ質問を変える。どうして、今夜みたいな日に決まって私を誘うのかしら？」
ちら、と彼女目を盗み見た。聡明な瞳に吸い込まれて、全て見通されている気分になる。
「それこそ、分かっているんだろう？」
「まあ、ね。けど、女って言葉が欲しいものなのよ」
カラン、と氷が溶けて崩れた。声を出そうとすると、
「すみません、追加をお願いします」
と、あからさまに遮られた。店員がやって来て、早乙女は同じカクテルを頼む。俺も、ビールを追加した。二人の間に会話がなくなって、周りのざわめきがやけに大きく聞こえる。
「……どうしたいんだ」
「当ててみて？」
「……やめておく」
引きとめられても、迷いなく出発出来るほど大人じゃない。言葉にして今の関係を壊してしまったら、帰る理由が欠けてしまったら。心が乱されて任務に支障をきたしたら。そんな危ない橋を渡るくらいならば、なにも言わずにいようと思う。
「……知らない方が、いいだろう」
「そうね。それも貴方の優しさよね」
俺になにかあって、そのせいで彼女に一生の傷が残るのであれば。これはお互いのためなのだ。踏み込んで、深くハマらない方がきっといい。
「お待たせしました！」
威勢のいい笑顔で店員が酒を置いていく。グイッと勢いよくビールを流し込んだ。喉を通って、切ない思いは冷やされていった。クラッときて、視界が歪む。
「あんまり飲んじゃダメよ、明日出発なんでしょう？」
「やっぱり知ってるのか」
「遠くへ行くということだけね」
早乙女もカクテルに口をつけた。ピンク色の口紅が、グラスの淵につく。
「なるべく早く。必ず帰ってきてね」
「勿論、そのつもりだ」
「その時には、風間くんの本当の気持ち、教えてほしい」
「…………」
「約束して？」
綺麗な細い指を差し出される。それを結ぶことは躊躇われたが、その指に触れたくて、俺も小指を差し出した。早乙女の指は、俺のそれよりも冷たかった。