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どんな気分でいようと、望もうが望むまいが、時間ってのは平等に過ぎる。それでも、俺は今日が来なければいいのにと本気で思った。今日が来なければ、彼女は俺のそばにいてくれるのにと。
昨日の雨が嘘みたいに、今日は空が晴れ渡って眩しい。天気まで彼女の門出を祝福しているようで、俺の気分は沈む一方だ。春休みで人が多い空港、彼女の荷物と一緒に待合のロビーで電光掲示板を見る。11時45分発。あと一時間程で、彼女は俺の前からいなくなる。
「澄晴、なんかちょっと食べない?」
「……うん」
戻ってきたあきがそう言うので移動する。トランクとバックを持って、あきのもう一つの荷物を指差す。
「持とうか?」
「あー……これはいいよ」
それを抱え直すと、あきは歩き出してしまう。俺に持たせてくれないそれには、あきの大事なバイオリンが入っている。俺からあきを奪う張本人。
空港内のカフェに入り、軽食とコーヒーを注文する。あきはモンブランと紅茶を鼻歌を歌いながら席に運ぶ。
「なに、軽く食べるって甘いもの?」
「いいじゃん好きなんだもの。澄晴だってまたホットドッグじゃん」
「好きだからいいんだよ」
あきは好きなものに正直で真っ直ぐだ。ご機嫌でモンブランを味わうあきを見て、俺も幸せな気分になる。それと同時に涙が出そうなほど、彼女が日常からいなくなるのが寂しくなった。
「……ねえ、やっぱり行くのやめてくれない?」
「まだそれ言うの?」
呆れた顔して君はくすくす笑う。こっちは真剣に頼んでるっていうのに。
「バイオリンの勉強は日本でも出来るじゃん」
「だーかーら、私が習いたい先生がドイツでしか教えてないって言ったじゃん。それに、世界の演奏を聴きたいの!」
その目に迷いとか不安とか微塵もなくて、どうしても引きとめられないんだと悟った。いや、彼女が「高校出てからドイツでバイオリン勉強する!」と言い出した瞬間から、止めても聞かないことは分かってた。分かってた、けど。
「もう、別に帰ってこないわけじゃないんだからさー、長期休みとかは帰ってくるし、手紙も出すし!」
「……あきは絶対楽しくて忙しかったら手紙なんて書かない」
「うっ、書く書く! ちゃんと書く!」
バイオリンの練習中は、俺がなに言ったって聞こえてなかった癖によく言う。けど、一生懸命何回も納得いくまで演奏する姿を、部屋の隅で見ているのが好きだった。好きなものに、正直で真っ直ぐな彼女が、俺は好きだ。こんなに好きになったのは、多分あきが初めてだった。
「そろそろ出ようか」
大好きなホットドッグは驚くほど味がしなかった。
搭乗口の前、いよいよお別れの時間になる。
「じゃ、行ってくるね! 澄晴もボーダーとか大学とか頑張って!」
「あきがいなきゃ頑張れない」
「もー、またそうやって駄々こねるー」
頬をつねろうと伸びてきた手を掴み、思いっきり抱き寄せた。公衆の面前で触れ合うのは、あきはそんなに好きじゃない。けど、そんなのお構いなしに、閉じ込めるように抱き締めた。
「ちょっ、と、苦しい」
「好き。あきが好き。世界で一番好き。行かないで」
「……私も、澄晴好きだよ」
「寂しいよ、無理、辛い。あきがいないなんて考えらんない」
「澄晴……」
あきは困った様に眉を下げる。分かってる、こんなワガママ、今更言ったってあきに嫌われるだけだって。でも、言わずにはいられなかった。あきの目を見つめれば、今この瞬間は俺だけが映っている。それに少し気持ちは安らいだ。そっと頬を手で包み、唇にキスを落とす。何度も、何度も。味わうように、忘れないように。キスを深くしようとしたら、ぐっと肩を押し返された。
「も、おしまい! 恥ずかしい!」
「あきのケチー」
「ケチじゃないもん! 続きは、今度また会った時にしよ!」
その言葉に、目を見開いて驚く自分がいた。次にまた会った時も、俺はあきの恋人でいていいのか。
「……うん。分かった。約束だよ?」
「うん、約束」
小指と小指を結び、微笑みあう。その手が離れるのと一緒に、あきは俺に背を向けた。
「じゃ、いってきます!」
「……いってらっしゃい」
トランクを引いて歩き出す彼女が、ふと立ち止まった。不思議に思っていたら、振り向いて駆け寄ると俺にもう一度キスをした。
「!! あき、」
「またね、澄晴! 愛してるよ!」
手を大きく振りながら、あきは笑顔で搭乗ゲートの向こうに消えた。やられた。俺の顔は恥ずかしいくらいに熱を持った。
澄み渡った青空に飛行機は飛んでいく。どんどん小さくなる機体に、「俺も、愛してる」と告白した。泣きながら飛行機を見送ったのなんて、初めてだ。これからは俺は何をしようか、彼女に負けないように。
昨日の雨が嘘みたいに、今日は空が晴れ渡って眩しい。天気まで彼女の門出を祝福しているようで、俺の気分は沈む一方だ。春休みで人が多い空港、彼女の荷物と一緒に待合のロビーで電光掲示板を見る。11時45分発。あと一時間程で、彼女は俺の前からいなくなる。
「澄晴、なんかちょっと食べない?」
「……うん」
戻ってきたあきがそう言うので移動する。トランクとバックを持って、あきのもう一つの荷物を指差す。
「持とうか?」
「あー……これはいいよ」
それを抱え直すと、あきは歩き出してしまう。俺に持たせてくれないそれには、あきの大事なバイオリンが入っている。俺からあきを奪う張本人。
空港内のカフェに入り、軽食とコーヒーを注文する。あきはモンブランと紅茶を鼻歌を歌いながら席に運ぶ。
「なに、軽く食べるって甘いもの?」
「いいじゃん好きなんだもの。澄晴だってまたホットドッグじゃん」
「好きだからいいんだよ」
あきは好きなものに正直で真っ直ぐだ。ご機嫌でモンブランを味わうあきを見て、俺も幸せな気分になる。それと同時に涙が出そうなほど、彼女が日常からいなくなるのが寂しくなった。
「……ねえ、やっぱり行くのやめてくれない?」
「まだそれ言うの?」
呆れた顔して君はくすくす笑う。こっちは真剣に頼んでるっていうのに。
「バイオリンの勉強は日本でも出来るじゃん」
「だーかーら、私が習いたい先生がドイツでしか教えてないって言ったじゃん。それに、世界の演奏を聴きたいの!」
その目に迷いとか不安とか微塵もなくて、どうしても引きとめられないんだと悟った。いや、彼女が「高校出てからドイツでバイオリン勉強する!」と言い出した瞬間から、止めても聞かないことは分かってた。分かってた、けど。
「もう、別に帰ってこないわけじゃないんだからさー、長期休みとかは帰ってくるし、手紙も出すし!」
「……あきは絶対楽しくて忙しかったら手紙なんて書かない」
「うっ、書く書く! ちゃんと書く!」
バイオリンの練習中は、俺がなに言ったって聞こえてなかった癖によく言う。けど、一生懸命何回も納得いくまで演奏する姿を、部屋の隅で見ているのが好きだった。好きなものに、正直で真っ直ぐな彼女が、俺は好きだ。こんなに好きになったのは、多分あきが初めてだった。
「そろそろ出ようか」
大好きなホットドッグは驚くほど味がしなかった。
搭乗口の前、いよいよお別れの時間になる。
「じゃ、行ってくるね! 澄晴もボーダーとか大学とか頑張って!」
「あきがいなきゃ頑張れない」
「もー、またそうやって駄々こねるー」
頬をつねろうと伸びてきた手を掴み、思いっきり抱き寄せた。公衆の面前で触れ合うのは、あきはそんなに好きじゃない。けど、そんなのお構いなしに、閉じ込めるように抱き締めた。
「ちょっ、と、苦しい」
「好き。あきが好き。世界で一番好き。行かないで」
「……私も、澄晴好きだよ」
「寂しいよ、無理、辛い。あきがいないなんて考えらんない」
「澄晴……」
あきは困った様に眉を下げる。分かってる、こんなワガママ、今更言ったってあきに嫌われるだけだって。でも、言わずにはいられなかった。あきの目を見つめれば、今この瞬間は俺だけが映っている。それに少し気持ちは安らいだ。そっと頬を手で包み、唇にキスを落とす。何度も、何度も。味わうように、忘れないように。キスを深くしようとしたら、ぐっと肩を押し返された。
「も、おしまい! 恥ずかしい!」
「あきのケチー」
「ケチじゃないもん! 続きは、今度また会った時にしよ!」
その言葉に、目を見開いて驚く自分がいた。次にまた会った時も、俺はあきの恋人でいていいのか。
「……うん。分かった。約束だよ?」
「うん、約束」
小指と小指を結び、微笑みあう。その手が離れるのと一緒に、あきは俺に背を向けた。
「じゃ、いってきます!」
「……いってらっしゃい」
トランクを引いて歩き出す彼女が、ふと立ち止まった。不思議に思っていたら、振り向いて駆け寄ると俺にもう一度キスをした。
「!! あき、」
「またね、澄晴! 愛してるよ!」
手を大きく振りながら、あきは笑顔で搭乗ゲートの向こうに消えた。やられた。俺の顔は恥ずかしいくらいに熱を持った。
澄み渡った青空に飛行機は飛んでいく。どんどん小さくなる機体に、「俺も、愛してる」と告白した。泣きながら飛行機を見送ったのなんて、初めてだ。これからは俺は何をしようか、彼女に負けないように。