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2013年、3月22日。春の陽気を感じる穏やかな日に、私は従兄弟である荒船哲次を訪ねた。勝手知ったる人の家、女である私が哲次の部屋に入っても、おばさんも哲次も別に顔色を変えることはない。広くはない哲次の部屋で、幼い頃からと同じように、各々別のことをする。哲次は机に向かって多分勉強をしていて、私はよく整えられた部屋の中をうろうろとしていた。
「昔っからお前、よくうろうろするよな。熊か」
「えっうん。ダメ?」
「ダメじゃねぇけど……よくこんな狭い部屋でするなとは思う」
哲次はこちらを見ずにそう言う。ページの捲られる音がして、私はダメとは言われなかったけど、そう言われるとなんか気まずい気もして、大人しくベッドの上に体育座りで収まることにした。哲次がペンを走らせる音だけが響く。
「で?」
「んあ?」
「んあ、じゃねぇよ。今日はなんかあって来たんじゃねぇのか」
「え、えーと。うん、そう」
別にいつもなにはなくとも、哲次の家にお邪魔することはあるし、逆も然りなのだが。今日は「話したいことある!」と一言連絡してから来たので、哲次はそれのことを言っている。
「話していい?」
「いつでも」
「あのさ、ボーダー入ろうと思うんだけど」
「なんで」
振り向かず淡々と、哲次は理由を訊く。昔からそうだ。私がなにかしようという時、必ず理由を訊く。私はいつも新しく始める時、なんとなく哲次に言うようにしていた。それは哲次が理由を聞いた後、意見を言ってくれるからで、それが思ったらすぐ行動しないと気が済まない私の、転ばぬ先の杖となることがあるからだ。哲次の意見を聞くのは習慣のようなもので、私は哲次という自分にはない風をわりと信用していた。
「やっぱりまだこの街は大変なわけだし、私もなにか出来ることしたいなって」
「……今じゃなきゃダメな理由は?」
「今私、やることないし」
「いやあるだろ。勉強しろ」
「んー……勉強かぁ」
実のところ、私は進学校の不登校生徒である。授業は嫌いではないのだが、ものすごい睡魔に襲われて寝てしまうし、なにより教室という箱で、顔見知りの皆々が私に構うことなく生活する、喋る、というのがどうしてもダメだった。友達はいるけれど、個人個人の付き合いで、グループの輪に入る、ということはなかった。
「大学はどうすんだ?」
「あんま行く気しない」
「……なんか興味ある学部調べたりとかは?」
「してない」
はぁーっと哲次がため息を吐いて、こちらに振り向く。私は気分が沈むのを感じていた。
「調べなきゃ行きたいかどうかも分かんないだろ。そろそろ先のこと考えて、」
「やろうとすると、すごいしんどい。息が詰まる。先のことなんて、分かんない。ただ、自分にもやれることがあるなら、挑戦したい」
目の前のすぐ出来ることに、逃げていたかった。遠く先のことを考えて、努力をするのが苦痛だった。勉強なんて、1人でどうしていいのか分からないくらい、積み上がっていたから。
「現実逃避だって言いたいんでしょ、分かってる。でも、みんなと同じようにするの、辛い」
しばらく沈黙が訪れた。将来のことも、今の現状も、自分にとっては不本意で、肩に重くのしかかる重石でしかなかった。ボーダーの広報番組を思い出す。嵐山さんや佐鳥くんのように、誰かのために明るく振る舞うことが出来たなら。自分のやるべきことを、もっとしっかり分かる形で見つけられたなら。分かりやすい目標が、分かりやすい心の拠り所が欲しかった。
「俺は、」
先に沈黙を破ったのは、哲次だった。
「お前が心配なだけであって、お前を追い詰めたいわけじゃない。……そこんとこ、勘違いするなよ」
「うん」
「…………いいんじゃねぇか、ボーダー」
「えっ」
「あ?」
「いいの?」
「なんだよ、珠莉がやりたいって言い出したんだぞ」
「それはそうだけど……さっきまで反対ムードだったじゃん」
そう言えば、哲次はまた少し黙って、私への言葉を吟味しているようだった。
「珠莉は、珠莉が学校に行けなくなって」
「うん」
「塞ぎ込むこととか、寝込むことが増えて……うぜぇ」
「うざいと言われましても……」
「悪りぃ、今のはなし。その、……寂しいというか、俺は不安で」
顔を上げて、視線を交わそうと思えば、逸されてしまう。罰が悪そうに、哲次は続けた。
「また珠莉が元気になれるなら、方法はなんだっていいと思う。思った」
「……うん」
「やりたいなら、やってみればいいんじゃねーか?」
「……うん!」
私の声が明るくなったのを聞いて、哲次はホッとしたように息を吐いた。そうして、また机に向き直る。
「ボーダー、結構大変だぞ。めげるなよ」
「頑張ります!」
「……あんま張り切りすぎるなよ」
「分かった!」
「絶対分かってないよなぁ……」
呆れたような哲次の声に、何故だか安心感を覚えて、私は笑った。その後は、たまに会話をしながら、夕飯になるまでのんびりと過ごした。
「昔っからお前、よくうろうろするよな。熊か」
「えっうん。ダメ?」
「ダメじゃねぇけど……よくこんな狭い部屋でするなとは思う」
哲次はこちらを見ずにそう言う。ページの捲られる音がして、私はダメとは言われなかったけど、そう言われるとなんか気まずい気もして、大人しくベッドの上に体育座りで収まることにした。哲次がペンを走らせる音だけが響く。
「で?」
「んあ?」
「んあ、じゃねぇよ。今日はなんかあって来たんじゃねぇのか」
「え、えーと。うん、そう」
別にいつもなにはなくとも、哲次の家にお邪魔することはあるし、逆も然りなのだが。今日は「話したいことある!」と一言連絡してから来たので、哲次はそれのことを言っている。
「話していい?」
「いつでも」
「あのさ、ボーダー入ろうと思うんだけど」
「なんで」
振り向かず淡々と、哲次は理由を訊く。昔からそうだ。私がなにかしようという時、必ず理由を訊く。私はいつも新しく始める時、なんとなく哲次に言うようにしていた。それは哲次が理由を聞いた後、意見を言ってくれるからで、それが思ったらすぐ行動しないと気が済まない私の、転ばぬ先の杖となることがあるからだ。哲次の意見を聞くのは習慣のようなもので、私は哲次という自分にはない風をわりと信用していた。
「やっぱりまだこの街は大変なわけだし、私もなにか出来ることしたいなって」
「……今じゃなきゃダメな理由は?」
「今私、やることないし」
「いやあるだろ。勉強しろ」
「んー……勉強かぁ」
実のところ、私は進学校の不登校生徒である。授業は嫌いではないのだが、ものすごい睡魔に襲われて寝てしまうし、なにより教室という箱で、顔見知りの皆々が私に構うことなく生活する、喋る、というのがどうしてもダメだった。友達はいるけれど、個人個人の付き合いで、グループの輪に入る、ということはなかった。
「大学はどうすんだ?」
「あんま行く気しない」
「……なんか興味ある学部調べたりとかは?」
「してない」
はぁーっと哲次がため息を吐いて、こちらに振り向く。私は気分が沈むのを感じていた。
「調べなきゃ行きたいかどうかも分かんないだろ。そろそろ先のこと考えて、」
「やろうとすると、すごいしんどい。息が詰まる。先のことなんて、分かんない。ただ、自分にもやれることがあるなら、挑戦したい」
目の前のすぐ出来ることに、逃げていたかった。遠く先のことを考えて、努力をするのが苦痛だった。勉強なんて、1人でどうしていいのか分からないくらい、積み上がっていたから。
「現実逃避だって言いたいんでしょ、分かってる。でも、みんなと同じようにするの、辛い」
しばらく沈黙が訪れた。将来のことも、今の現状も、自分にとっては不本意で、肩に重くのしかかる重石でしかなかった。ボーダーの広報番組を思い出す。嵐山さんや佐鳥くんのように、誰かのために明るく振る舞うことが出来たなら。自分のやるべきことを、もっとしっかり分かる形で見つけられたなら。分かりやすい目標が、分かりやすい心の拠り所が欲しかった。
「俺は、」
先に沈黙を破ったのは、哲次だった。
「お前が心配なだけであって、お前を追い詰めたいわけじゃない。……そこんとこ、勘違いするなよ」
「うん」
「…………いいんじゃねぇか、ボーダー」
「えっ」
「あ?」
「いいの?」
「なんだよ、珠莉がやりたいって言い出したんだぞ」
「それはそうだけど……さっきまで反対ムードだったじゃん」
そう言えば、哲次はまた少し黙って、私への言葉を吟味しているようだった。
「珠莉は、珠莉が学校に行けなくなって」
「うん」
「塞ぎ込むこととか、寝込むことが増えて……うぜぇ」
「うざいと言われましても……」
「悪りぃ、今のはなし。その、……寂しいというか、俺は不安で」
顔を上げて、視線を交わそうと思えば、逸されてしまう。罰が悪そうに、哲次は続けた。
「また珠莉が元気になれるなら、方法はなんだっていいと思う。思った」
「……うん」
「やりたいなら、やってみればいいんじゃねーか?」
「……うん!」
私の声が明るくなったのを聞いて、哲次はホッとしたように息を吐いた。そうして、また机に向き直る。
「ボーダー、結構大変だぞ。めげるなよ」
「頑張ります!」
「……あんま張り切りすぎるなよ」
「分かった!」
「絶対分かってないよなぁ……」
呆れたような哲次の声に、何故だか安心感を覚えて、私は笑った。その後は、たまに会話をしながら、夕飯になるまでのんびりと過ごした。