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これは時枝充が時枝充になるまでの話。
ボーダーに入ったのは、飼い猫のアーサーととみおが喧嘩をしていたからで。言うなれば、理由はなんでも良かったわけで。そもそも理由なんてものは質問されるまでもなく、「三門市民」ということだけで充分だった。たまたま、なんの因果か、僕が配属されたのは嵐山隊で、街のヒーローとなるべく赤い隊服を着ることになった。この時点で、うっすらと吐き気を感じたのを遠く記憶する。
ボーダーというのは、謎だらけの組織だ。謎の侵略者、謎の技術、謎の成り立ち……みんな謎な事だけを知っている。そんな謎謎に命を預けて、笑いあいながら仮初の命を奪い合う。こちらに侵攻してくるトリオン兵には、操作している人間が存在する。黒トリガーには、生きていた人間の命が詰まっている。僕らの記憶は、封印措置でいくらでも弄れる。これら全てが怪しく馨る街で、笑顔で平和に暮らす人々がいる。僕が守っているのは、守るべきなのは、なんだ。狂っているのは世界なのか僕なのか、はたまた両方ともなのか。ない頭で考えすぎてしまって、ただ正しくありたいと思っただけなのに、最初は本当にそれだけだったのに。
(手が、冷たい)
トリオン体の手の平が、やけに冷たく感じたので、ライターで炙ってみたのだ。熱さは感じるが煙が出ることはなかった。揺れるオレンジ色の火を、吸い込まれるように見つめる。
「ここ、火気厳禁だけど」
突然声をかけられて、慌てたせいでライターを落とした。ボーダーの隅っこ、こんな忘れられてそうな倉庫に、人が来るなんて思ってもなくて。いや、僕もなんでここに来たのか説明は出来ないのだけど。
「火遊びは良くないと思う」
「うん、そうだね」
「…………でも、この建物ってそもそも火災に遭うのかしら?」
僕を置いてきぼりに、思案顔の君がなんか気に入らない。仲間に入れて欲しいので、提案をする。
「試してみる? 火事になるか」
「まさか」
君はまた、先程の言葉を繰り返した。
「ここ、火気厳禁だし」
それから、約束などはしないけどボロ倉庫に行けば、なんとなく彼女に会えていた。父親の部屋からくすねたライターは、元の場所に戻しておいた。彼女と話すと、思考のモヤが晴れてクリアになる気がする。今日も防衛任務の終わりに、倉庫に立ち寄れば君はいた。
「お疲れ様」
「お疲れ〜時枝くん」
彼女が寄りかかる壁の反対側に、僕も身を預ける。彼女は紙パックのジュースを飲んでいた。
「飲食禁止じゃない? ここ」
「んー? こぼさなきゃ大丈夫でしょ」
彼女のルールは大胆で、曖昧だ。守ったり守らなかったり、良いように適当に解釈したり。それが人間でしょ、と彼女は言う。
「時枝くんは、少し頭堅いよね」
「そうなのかな」
「うんうん、そうやって悩むのがもうナンセンスというか」
ししし、と笑う彼女はシニカルで、イタズラに成功した猫のようで愛らしい。
「笑いなよ。その方が少しは楽になる」
聞くところによれば、彼女は大規模侵攻で天涯孤独の身であるらしい。どうしてそんな風に笑っていられるのか、なんて聞くことは出来なかった。そんな無責任なこと。僕にはなにが出来るんだろう。
「困った顔しない! スマイルスマイル!」
彼女のかけ声につられて、笑ってみた。ぎこちないね、と笑われてしまったけれど。
君と出会ってから半年を過ぎた頃、事故は起きた。君は車に撥ねられた。道路に飛び出した子供を庇ってのことだ。幸い、怪我はなかった。彼女は咄嗟にトリガーを起動し、トリオン体で車と衝突したからだ。車側も軽症で済み、僕が考えつく限りでは最良の結果である。僕はやはり、彼女はすごい人だと思った。きっと正しさは彼女の形をしていて、彼女こそ街のヒーローであると、そう思った。
しかし、ボーダーの判断は違った。
「ーー隊員を、活動停止処分とする」
トリガーの警戒区域外での使用が隊務規定違反とされての結論だった。君は何も言わなかった。怒りも泣きもせず、いつもの笑みで帰ってきた。
「どうして」
僕の言葉にも、やっぱり君は笑う。
「君は正しいことをしたのに」
「でも違反は違反だしねー」
僕は悔しい想いをしているのに、君ときたらなんでもないようなんだ。君のいいところが、反転して見えるんだ。
「笑うなよ」
自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。君は目を丸くした後、微笑みながらこう言った。
「時枝くんは優しいね」
それきり、静寂が訪れた。窓がない、埃っぽい倉庫で、呼吸音だけが響いている。
「……私さ、思うんだ」
君は寂しい目で話し出した。
「幸せになるには、笑うしかないって。笑うためには、私が私でいなくちゃならないって」
だから、と笑う君の、周囲が色とりどりに点滅して見えたのを忘れない。
「正しい必要もまともな必要も、特にないんだ。私が私であれれば、それでいい」
僕に深く突き刺さった言葉は、きっと一生引き抜かれることはないし、そうする気もない。彼女が彼女であることだけに、僕は心を燃やせばいいんだ。そう、決めたんだ。
その決意も嘲笑うように、現実は追いかけてきて。君は三門市を離れることになった。停止処分のせいで金銭的に余裕がなくなり、親戚に引き取られることになったのだ。その話をされた時も、君は笑ってた。
「時枝くんとこうして話すのも、あと少しということになります」
「……そっか。寂しいな」
「うん。いろいろありがとう」
ありがとうを言うのは、こちらの方なのに。現実にやられた幼い僕を、引き戻してくれたのは間違いなく君なのだから。
「今思えば、時枝くん最初ぶっ飛んでたなー。もう火気厳禁のところであんなことしちゃダメだよ?」
「喫煙所ならいいの?」
僕が茶化して言えば、君は珍しく真面目な声で、
「私が悲しいから、やめてほしいな」
と言う。
「え」
不意打ちだそんな、僕が大切な人みたいな言い方。ずるい。顔に熱を感じていると、後ろを向いてと君はお願いしてきた。言われるがまま、背を向ける。
「離れたくないなぁ……こんな結末、嫌だよ」
君のすすり泣く声がする。振り向いて抱きしめてあげたかったけど、それをしたら君が君でなくなるんじゃないかって怖くなって、僕は前を向いたまま。
「……守るよ。君が守りたかったもの、全部。正しさもまともかも関係ない。僕が、僕のやり方で、君のことを守るから。だから、ずっと幸せに笑っていてよ」
こんなこと、君より弱い僕がよく言えたものだと思った。でも、願いに近い僕の告白を。
「やっぱり、時枝くんは時枝くんだね」
涙を拭いながら、笑ってくれたから。こんな結末と君は言ったけど、明日へ向かおうって手を取れたんだ。
現在。僕は相変わらず嵐山隊でボーダーをしていて、アーサーととみおは元気で、君は隣町で高校生をしている。ボーダーが忙しくてたまにしか会えないけど、君は日に日に可愛くなるから、僕は緊張してしまったりする。笑われたくないから、なんでもないように振る舞うことにしてるけど。今の僕は火気厳禁をしっかり守るし、飲食禁止はたまに破ったりする。悩むことも凹むことも、なくはないけど。やっぱり三門市は危険と謎でいっぱいだけど。笑わなきゃ幸せになれないし。だから、たまに笑顔を浮かべながら、僕はとりあえず幸せだ。
ボーダーに入ったのは、飼い猫のアーサーととみおが喧嘩をしていたからで。言うなれば、理由はなんでも良かったわけで。そもそも理由なんてものは質問されるまでもなく、「三門市民」ということだけで充分だった。たまたま、なんの因果か、僕が配属されたのは嵐山隊で、街のヒーローとなるべく赤い隊服を着ることになった。この時点で、うっすらと吐き気を感じたのを遠く記憶する。
ボーダーというのは、謎だらけの組織だ。謎の侵略者、謎の技術、謎の成り立ち……みんな謎な事だけを知っている。そんな謎謎に命を預けて、笑いあいながら仮初の命を奪い合う。こちらに侵攻してくるトリオン兵には、操作している人間が存在する。黒トリガーには、生きていた人間の命が詰まっている。僕らの記憶は、封印措置でいくらでも弄れる。これら全てが怪しく馨る街で、笑顔で平和に暮らす人々がいる。僕が守っているのは、守るべきなのは、なんだ。狂っているのは世界なのか僕なのか、はたまた両方ともなのか。ない頭で考えすぎてしまって、ただ正しくありたいと思っただけなのに、最初は本当にそれだけだったのに。
(手が、冷たい)
トリオン体の手の平が、やけに冷たく感じたので、ライターで炙ってみたのだ。熱さは感じるが煙が出ることはなかった。揺れるオレンジ色の火を、吸い込まれるように見つめる。
「ここ、火気厳禁だけど」
突然声をかけられて、慌てたせいでライターを落とした。ボーダーの隅っこ、こんな忘れられてそうな倉庫に、人が来るなんて思ってもなくて。いや、僕もなんでここに来たのか説明は出来ないのだけど。
「火遊びは良くないと思う」
「うん、そうだね」
「…………でも、この建物ってそもそも火災に遭うのかしら?」
僕を置いてきぼりに、思案顔の君がなんか気に入らない。仲間に入れて欲しいので、提案をする。
「試してみる? 火事になるか」
「まさか」
君はまた、先程の言葉を繰り返した。
「ここ、火気厳禁だし」
それから、約束などはしないけどボロ倉庫に行けば、なんとなく彼女に会えていた。父親の部屋からくすねたライターは、元の場所に戻しておいた。彼女と話すと、思考のモヤが晴れてクリアになる気がする。今日も防衛任務の終わりに、倉庫に立ち寄れば君はいた。
「お疲れ様」
「お疲れ〜時枝くん」
彼女が寄りかかる壁の反対側に、僕も身を預ける。彼女は紙パックのジュースを飲んでいた。
「飲食禁止じゃない? ここ」
「んー? こぼさなきゃ大丈夫でしょ」
彼女のルールは大胆で、曖昧だ。守ったり守らなかったり、良いように適当に解釈したり。それが人間でしょ、と彼女は言う。
「時枝くんは、少し頭堅いよね」
「そうなのかな」
「うんうん、そうやって悩むのがもうナンセンスというか」
ししし、と笑う彼女はシニカルで、イタズラに成功した猫のようで愛らしい。
「笑いなよ。その方が少しは楽になる」
聞くところによれば、彼女は大規模侵攻で天涯孤独の身であるらしい。どうしてそんな風に笑っていられるのか、なんて聞くことは出来なかった。そんな無責任なこと。僕にはなにが出来るんだろう。
「困った顔しない! スマイルスマイル!」
彼女のかけ声につられて、笑ってみた。ぎこちないね、と笑われてしまったけれど。
君と出会ってから半年を過ぎた頃、事故は起きた。君は車に撥ねられた。道路に飛び出した子供を庇ってのことだ。幸い、怪我はなかった。彼女は咄嗟にトリガーを起動し、トリオン体で車と衝突したからだ。車側も軽症で済み、僕が考えつく限りでは最良の結果である。僕はやはり、彼女はすごい人だと思った。きっと正しさは彼女の形をしていて、彼女こそ街のヒーローであると、そう思った。
しかし、ボーダーの判断は違った。
「ーー隊員を、活動停止処分とする」
トリガーの警戒区域外での使用が隊務規定違反とされての結論だった。君は何も言わなかった。怒りも泣きもせず、いつもの笑みで帰ってきた。
「どうして」
僕の言葉にも、やっぱり君は笑う。
「君は正しいことをしたのに」
「でも違反は違反だしねー」
僕は悔しい想いをしているのに、君ときたらなんでもないようなんだ。君のいいところが、反転して見えるんだ。
「笑うなよ」
自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。君は目を丸くした後、微笑みながらこう言った。
「時枝くんは優しいね」
それきり、静寂が訪れた。窓がない、埃っぽい倉庫で、呼吸音だけが響いている。
「……私さ、思うんだ」
君は寂しい目で話し出した。
「幸せになるには、笑うしかないって。笑うためには、私が私でいなくちゃならないって」
だから、と笑う君の、周囲が色とりどりに点滅して見えたのを忘れない。
「正しい必要もまともな必要も、特にないんだ。私が私であれれば、それでいい」
僕に深く突き刺さった言葉は、きっと一生引き抜かれることはないし、そうする気もない。彼女が彼女であることだけに、僕は心を燃やせばいいんだ。そう、決めたんだ。
その決意も嘲笑うように、現実は追いかけてきて。君は三門市を離れることになった。停止処分のせいで金銭的に余裕がなくなり、親戚に引き取られることになったのだ。その話をされた時も、君は笑ってた。
「時枝くんとこうして話すのも、あと少しということになります」
「……そっか。寂しいな」
「うん。いろいろありがとう」
ありがとうを言うのは、こちらの方なのに。現実にやられた幼い僕を、引き戻してくれたのは間違いなく君なのだから。
「今思えば、時枝くん最初ぶっ飛んでたなー。もう火気厳禁のところであんなことしちゃダメだよ?」
「喫煙所ならいいの?」
僕が茶化して言えば、君は珍しく真面目な声で、
「私が悲しいから、やめてほしいな」
と言う。
「え」
不意打ちだそんな、僕が大切な人みたいな言い方。ずるい。顔に熱を感じていると、後ろを向いてと君はお願いしてきた。言われるがまま、背を向ける。
「離れたくないなぁ……こんな結末、嫌だよ」
君のすすり泣く声がする。振り向いて抱きしめてあげたかったけど、それをしたら君が君でなくなるんじゃないかって怖くなって、僕は前を向いたまま。
「……守るよ。君が守りたかったもの、全部。正しさもまともかも関係ない。僕が、僕のやり方で、君のことを守るから。だから、ずっと幸せに笑っていてよ」
こんなこと、君より弱い僕がよく言えたものだと思った。でも、願いに近い僕の告白を。
「やっぱり、時枝くんは時枝くんだね」
涙を拭いながら、笑ってくれたから。こんな結末と君は言ったけど、明日へ向かおうって手を取れたんだ。
現在。僕は相変わらず嵐山隊でボーダーをしていて、アーサーととみおは元気で、君は隣町で高校生をしている。ボーダーが忙しくてたまにしか会えないけど、君は日に日に可愛くなるから、僕は緊張してしまったりする。笑われたくないから、なんでもないように振る舞うことにしてるけど。今の僕は火気厳禁をしっかり守るし、飲食禁止はたまに破ったりする。悩むことも凹むことも、なくはないけど。やっぱり三門市は危険と謎でいっぱいだけど。笑わなきゃ幸せになれないし。だから、たまに笑顔を浮かべながら、僕はとりあえず幸せだ。