プロトタイプ/落書き
夢小説設定
8月28日。廻の16歳の誕生日の20日後。夏の終わり、廻は今日も一日中ボールを蹴っていて、私は彼の側で絵を描いていた。空を、川を、鳥を、虫を。蜂楽廻を。スケッチブックに描き納めていく。
「帰らないの?」
「まだ明るいじゃん」
「そうだね」
憎たらしいくらい、長い西日。ぐずぐずとしているから、明日にならないんじゃないかって不安にさせる。明日が不安だから、いっそ早く来てしまえばいいと思う。
「瑠璃ちゃん、寂しいんだろ?」
「そんなこと言ってない」
「またまたぁ。お見通しだかんね」
廻はリフティングをやめて、私の方へ歩いてくる。草原に腰を下ろす私の、隣に遠慮なく座る。廻はごつい指で、私の目元に触れた。
「ありゃ、泣いてなかった」
「泣いてないわよ」
「んにゃ、今に泣くね」
「泣かないったら」
私は膝を抱えて、顔を埋めた。廻が笑う気配がする。それだけで少しセンチメンタルは鳴り止む。
「泣いたっていいよ。俺の前だけね?」
唇を噛み締めた。廻の腕が肩に回されて、抱きかかえられる。胸に飛び込んだ。遠慮なく泣いた。廻はやっぱり笑って、背中を撫でる。
「スペイン行きは瑠璃ちゃんが決めたんでしょ〜ワクワクするっしょ?」
「廻のいない場所は怖い」
「大丈夫だって。生で糸師冴見るんだろ?」
「うん」
「そんでそれを絵にするんだろ。シンプルじゃんか」
「シンプルなことこそ難しいものだわ」
「ん〜難しいことは俺分かんない!」
廻はぽんぽん私の背中を叩き、いっそう強く抱きしめてくれた。男くさい、汗の匂いが鼻をつく。嗅ぎ慣れた匂い。汗の匂いが好きなのか、蜂楽廻のそれだから好きなのか、ふと考える。思い返せば、廻の匂いが1番好きだ。寂しさがひとしお、押し寄せた。
「廻が心配」
「俺が瑠璃ちゃんのこと心配」
「廻が1人になっちゃう」
「瑠璃ちゃんがいれば俺は1人じゃないよ」
かいぶつもいるしね、と廻は私の手を握る。怖くなって握り込む。離れないように。
「離れても大丈夫、心はいつも一緒って言うでしょ。母さんが言ってたよ」
「優先生が?」
「そ。どれだけ離れても、瑠璃ちゃんのこと忘れたりしないから」
廻は少し身体を離して、私と顔を合わせた。じっと瞳を覗き込んで、嬉しそうに唇に弧を描く。廻の瞳は、透き通っていて鏡のようだ。情けない私が映り込む。
「忘れられるわけないじゃんか。瑠璃ちゃんをだよ?」
「うん……」
「でも、瑠璃ちゃんは俺のこと忘れて。楽しんでね」
「私も忘れないわ」
どれだけの数、男を知っても。それで廻が塗ってくれた色が褪せることはないだろう。廻が育ててくれた根っこが、腐ることはないだろう。ある意味で、私の全てだった。私の芸術は、ずっと彼の隣で息づいた。また不安が襲う。明日から私は、スペインでひとりきり。廻が私の頬を手で包んで、額と額を合わせた。鼻先が触れ合う。頭痛が遠のく。深く呼吸をして、冷静さを取り戻す。そうだ、前に進むために決めたことだ。期待に胸を膨らませた夜があったはずだ。なにも心配はいらないはずだ。決意に唇を引き結んで。顔を離して、少し身体を伸ばして、廻の額に口付けた。廻はお返しに、私の頬にキスを落とす。
「落ち着いた?」
「うん」
「じゃ、手繋いで帰ろっか」
廻に引っ張り起こされて立ち上がる。太陽は川の向こう側に沈んだ。フライトまで、14時間ほど。残りの時間、もったいなくなるほど廻と一緒にいよう。飛行機に乗ってから、忘れてきたなどと思わないように。
「帰らないの?」
「まだ明るいじゃん」
「そうだね」
憎たらしいくらい、長い西日。ぐずぐずとしているから、明日にならないんじゃないかって不安にさせる。明日が不安だから、いっそ早く来てしまえばいいと思う。
「瑠璃ちゃん、寂しいんだろ?」
「そんなこと言ってない」
「またまたぁ。お見通しだかんね」
廻はリフティングをやめて、私の方へ歩いてくる。草原に腰を下ろす私の、隣に遠慮なく座る。廻はごつい指で、私の目元に触れた。
「ありゃ、泣いてなかった」
「泣いてないわよ」
「んにゃ、今に泣くね」
「泣かないったら」
私は膝を抱えて、顔を埋めた。廻が笑う気配がする。それだけで少しセンチメンタルは鳴り止む。
「泣いたっていいよ。俺の前だけね?」
唇を噛み締めた。廻の腕が肩に回されて、抱きかかえられる。胸に飛び込んだ。遠慮なく泣いた。廻はやっぱり笑って、背中を撫でる。
「スペイン行きは瑠璃ちゃんが決めたんでしょ〜ワクワクするっしょ?」
「廻のいない場所は怖い」
「大丈夫だって。生で糸師冴見るんだろ?」
「うん」
「そんでそれを絵にするんだろ。シンプルじゃんか」
「シンプルなことこそ難しいものだわ」
「ん〜難しいことは俺分かんない!」
廻はぽんぽん私の背中を叩き、いっそう強く抱きしめてくれた。男くさい、汗の匂いが鼻をつく。嗅ぎ慣れた匂い。汗の匂いが好きなのか、蜂楽廻のそれだから好きなのか、ふと考える。思い返せば、廻の匂いが1番好きだ。寂しさがひとしお、押し寄せた。
「廻が心配」
「俺が瑠璃ちゃんのこと心配」
「廻が1人になっちゃう」
「瑠璃ちゃんがいれば俺は1人じゃないよ」
かいぶつもいるしね、と廻は私の手を握る。怖くなって握り込む。離れないように。
「離れても大丈夫、心はいつも一緒って言うでしょ。母さんが言ってたよ」
「優先生が?」
「そ。どれだけ離れても、瑠璃ちゃんのこと忘れたりしないから」
廻は少し身体を離して、私と顔を合わせた。じっと瞳を覗き込んで、嬉しそうに唇に弧を描く。廻の瞳は、透き通っていて鏡のようだ。情けない私が映り込む。
「忘れられるわけないじゃんか。瑠璃ちゃんをだよ?」
「うん……」
「でも、瑠璃ちゃんは俺のこと忘れて。楽しんでね」
「私も忘れないわ」
どれだけの数、男を知っても。それで廻が塗ってくれた色が褪せることはないだろう。廻が育ててくれた根っこが、腐ることはないだろう。ある意味で、私の全てだった。私の芸術は、ずっと彼の隣で息づいた。また不安が襲う。明日から私は、スペインでひとりきり。廻が私の頬を手で包んで、額と額を合わせた。鼻先が触れ合う。頭痛が遠のく。深く呼吸をして、冷静さを取り戻す。そうだ、前に進むために決めたことだ。期待に胸を膨らませた夜があったはずだ。なにも心配はいらないはずだ。決意に唇を引き結んで。顔を離して、少し身体を伸ばして、廻の額に口付けた。廻はお返しに、私の頬にキスを落とす。
「落ち着いた?」
「うん」
「じゃ、手繋いで帰ろっか」
廻に引っ張り起こされて立ち上がる。太陽は川の向こう側に沈んだ。フライトまで、14時間ほど。残りの時間、もったいなくなるほど廻と一緒にいよう。飛行機に乗ってから、忘れてきたなどと思わないように。