プロトタイプ/落書き
夢小説設定
「本当に帰っちゃうのか?」
「またその話?」
私が困ったように眉を下げると、冴くんは眉を寄せて思いっきり不機嫌な顔をした。そのくせ、身体を寄せてきて私を抱き抱えようとする。下宿のアパートは、あと10日で引き払う契約だ。少しずつ整理しているので、部屋は少し物寂しい。がらんとした部屋、最低限残しているソファーの上でふたりぼっち。冴くんは私を膝の上に乗せて、後ろからぎゅうぎゅうと抱きつく。すんすんと鼻を鳴らすからくすぐったい。出会った頃より、だいぶ遠慮がなくなってきた。
「部屋の家賃は俺が払うから、まだここにいろよ」
「あら、太っ腹」
「本気だぞ。まだ帰っちゃダメ」
「困ったなぁ」
そんなに寄り道とか休憩とか、してる場合じゃない気がするのだ。スペインに来て、技術は学べども絵は奮わず。やっぱり廻がいないとどうにも調子が出ない。培った技術を、万全のコンディションと環境で発揮してみたい。日本に帰りたい。それもちゃんと説明したのだが、冴くんは納得してくれない。
「今帰ったって、大学は夏季休暇に入るだろうが」
「夏季休暇でも、絵は描けるわ」
「ここで描いたらいい。俺も手伝う」
「手伝ってくれたこと、あったかしら?」
「なんでもする。なんでもするから、帰んないでくれ」
冴くんは出会った頃みたいにまた必死だ。出会った頃?まだ出会って半年くらい。短い夏の夜みたいね。冴くんがいたから、スペインでの生活も楽しかった。これも感謝と共に伝えたのだが、だったら帰るなと受け取ってもらえなかった。束縛とか、しつこい男は嫌われるわよ?散々言ったのに、冴くんは覚えない。それでも、冷たくは突き放せなくて。絆されちゃったわね。私が返事を忘れていたら、冴くんは私の首筋に舌を這わせた。突然の刺激にぞわっとする。
「こら!なにするのよ」
「……やめて欲しかったら、帰るのはやめにしてくれ」
「怒るよ?」
冴くんは私を抱えたまま縮こまって、怒られてもいい、と小さく呟く。身体の向きを変えて、冴くんと向かい合わせになる。冴くんの顔を下から覗き込めば、ものすごく幼い表情をしていた。私と目を合わせると、瞳の表面が潤んでいる。流石に、悪いことをした気分になる。冴くんの頬に触れて撫でる。冴くんは大事そうに自分の手を私の手に重ねて、頬を押し付けた。
「永遠の別れじゃないでしょ」
「嘘吐きだ。あんたはここを出て行ったら、もう俺に会わないつもりだろ。絶対そうだ」
言う通り、会わないつもりだった。これ以上、こんなろくでもない女に彼の時間を消費させるのは忍びない。ここで終わりにした方がいい。綺麗な思い出のうちに。
「せめて、せめて8月まではここにいてくれ。あんたのいない夏休みなんて、今更いらない」
「新しい出会いがあるかもよ?」
「いらない!瑠璃さんがいればそれでいい!」
冴くんは目を擦って、鼻を啜る。こんなにも求められたのは初めてだ。それが糸師冴であることが未だに信じられない。ちょっとからかってみただけだったのに。好きな人にちゃんと愛される世界とか、特に興味はなかったのにな。窮屈そうだから。
「泣き虫さんはタイプでないけど?」
「うるさい、バカ。泣きたくて泣いてるわけじゃない」
「うん、そうね。ごめんね?」
「謝るくらいなら、ずっと一緒にいてくれって」
冴くんの目が赤くなってるから、擦る手首を掴んでやめさせた。謝罪を込めて、鼻先にキスを落とす。冴くんは涙が引っ込む勢いで驚いて、顔を真っ赤に染めた。
「一夏だけ、夢を見せてくれる?」
「なんだよ、それ」
「夏は一緒にいてあげる。夏が終わったら、日本に帰るわ」
冴くんはまた私を睨んで、ため息を吐いて項垂れて。分かった、と小さく鳴いた。
「勝手にいなくなんなよ」
「うん、出ていく時はちゃんと言うわ」
「絶対だぞ?逃げられたりしたら恨む」
「あら、怖いわね」
冴くんの頭を撫でた。冴くんの表情は少しほぐれる。もう少し強く撫で回す。冴くんはくすぐったそうに笑った。
「一夏なんて、言わせない」
「えー?」
「あと2ヶ月で、ずっと俺といるって言わせてみせる」
冴くんは、静かに闘志を燃やす眼差しに変わった。ちょっと背筋が冷えた。とって喰われそう。怖がるのはださいから、私も笑って返す。冴くんは私を抱き寄せて、離さないとばかりにぎゅっとする。そんな子供っぽいアピールじゃ、その気になんてならないわよ?
「絶対言わせるから」
真っ直ぐすぎて、脆そう。私の前でだけ?そんなまさか。だって日本の至宝、糸師冴よ。私の目の前にいるのは、間違いなくそのはずなのに。可愛い弟のようにしか、見えないなんて。おかしな話もあるものだわ。また冴くんの頭を撫でてあげれば、機嫌良さそうな声を出す。まぁもう少し、夢を見ていてもいいかしらね。
「またその話?」
私が困ったように眉を下げると、冴くんは眉を寄せて思いっきり不機嫌な顔をした。そのくせ、身体を寄せてきて私を抱き抱えようとする。下宿のアパートは、あと10日で引き払う契約だ。少しずつ整理しているので、部屋は少し物寂しい。がらんとした部屋、最低限残しているソファーの上でふたりぼっち。冴くんは私を膝の上に乗せて、後ろからぎゅうぎゅうと抱きつく。すんすんと鼻を鳴らすからくすぐったい。出会った頃より、だいぶ遠慮がなくなってきた。
「部屋の家賃は俺が払うから、まだここにいろよ」
「あら、太っ腹」
「本気だぞ。まだ帰っちゃダメ」
「困ったなぁ」
そんなに寄り道とか休憩とか、してる場合じゃない気がするのだ。スペインに来て、技術は学べども絵は奮わず。やっぱり廻がいないとどうにも調子が出ない。培った技術を、万全のコンディションと環境で発揮してみたい。日本に帰りたい。それもちゃんと説明したのだが、冴くんは納得してくれない。
「今帰ったって、大学は夏季休暇に入るだろうが」
「夏季休暇でも、絵は描けるわ」
「ここで描いたらいい。俺も手伝う」
「手伝ってくれたこと、あったかしら?」
「なんでもする。なんでもするから、帰んないでくれ」
冴くんは出会った頃みたいにまた必死だ。出会った頃?まだ出会って半年くらい。短い夏の夜みたいね。冴くんがいたから、スペインでの生活も楽しかった。これも感謝と共に伝えたのだが、だったら帰るなと受け取ってもらえなかった。束縛とか、しつこい男は嫌われるわよ?散々言ったのに、冴くんは覚えない。それでも、冷たくは突き放せなくて。絆されちゃったわね。私が返事を忘れていたら、冴くんは私の首筋に舌を這わせた。突然の刺激にぞわっとする。
「こら!なにするのよ」
「……やめて欲しかったら、帰るのはやめにしてくれ」
「怒るよ?」
冴くんは私を抱えたまま縮こまって、怒られてもいい、と小さく呟く。身体の向きを変えて、冴くんと向かい合わせになる。冴くんの顔を下から覗き込めば、ものすごく幼い表情をしていた。私と目を合わせると、瞳の表面が潤んでいる。流石に、悪いことをした気分になる。冴くんの頬に触れて撫でる。冴くんは大事そうに自分の手を私の手に重ねて、頬を押し付けた。
「永遠の別れじゃないでしょ」
「嘘吐きだ。あんたはここを出て行ったら、もう俺に会わないつもりだろ。絶対そうだ」
言う通り、会わないつもりだった。これ以上、こんなろくでもない女に彼の時間を消費させるのは忍びない。ここで終わりにした方がいい。綺麗な思い出のうちに。
「せめて、せめて8月まではここにいてくれ。あんたのいない夏休みなんて、今更いらない」
「新しい出会いがあるかもよ?」
「いらない!瑠璃さんがいればそれでいい!」
冴くんは目を擦って、鼻を啜る。こんなにも求められたのは初めてだ。それが糸師冴であることが未だに信じられない。ちょっとからかってみただけだったのに。好きな人にちゃんと愛される世界とか、特に興味はなかったのにな。窮屈そうだから。
「泣き虫さんはタイプでないけど?」
「うるさい、バカ。泣きたくて泣いてるわけじゃない」
「うん、そうね。ごめんね?」
「謝るくらいなら、ずっと一緒にいてくれって」
冴くんの目が赤くなってるから、擦る手首を掴んでやめさせた。謝罪を込めて、鼻先にキスを落とす。冴くんは涙が引っ込む勢いで驚いて、顔を真っ赤に染めた。
「一夏だけ、夢を見せてくれる?」
「なんだよ、それ」
「夏は一緒にいてあげる。夏が終わったら、日本に帰るわ」
冴くんはまた私を睨んで、ため息を吐いて項垂れて。分かった、と小さく鳴いた。
「勝手にいなくなんなよ」
「うん、出ていく時はちゃんと言うわ」
「絶対だぞ?逃げられたりしたら恨む」
「あら、怖いわね」
冴くんの頭を撫でた。冴くんの表情は少しほぐれる。もう少し強く撫で回す。冴くんはくすぐったそうに笑った。
「一夏なんて、言わせない」
「えー?」
「あと2ヶ月で、ずっと俺といるって言わせてみせる」
冴くんは、静かに闘志を燃やす眼差しに変わった。ちょっと背筋が冷えた。とって喰われそう。怖がるのはださいから、私も笑って返す。冴くんは私を抱き寄せて、離さないとばかりにぎゅっとする。そんな子供っぽいアピールじゃ、その気になんてならないわよ?
「絶対言わせるから」
真っ直ぐすぎて、脆そう。私の前でだけ?そんなまさか。だって日本の至宝、糸師冴よ。私の目の前にいるのは、間違いなくそのはずなのに。可愛い弟のようにしか、見えないなんて。おかしな話もあるものだわ。また冴くんの頭を撫でてあげれば、機嫌良さそうな声を出す。まぁもう少し、夢を見ていてもいいかしらね。