布田くんはたまにめんどくさくて国領くんはクソ真面目、柴崎くんはちゃらんぽらん
週中って憂鬱。だから水曜の午後は会社に寄らずに直帰で帰れるようにしている。午前中のうちに3件ほど営業をこなして。お昼休み、営業先で質問されたことの確認を開発の唐木田くんにした。商品の企画書と説明書と見比べる。分かりにくいよこれ。あとで報告書に書いておこう。少し遅めのお昼に、駅ビルの中見晴らしがいいカフェに入る。窓際の席で階下の街を眺める。右にも左にも歯科医院が目に入る。なんだってこんなにも多いんだろうね。
(ま、営業先が多いに越したことはないけど)
営業職に就いたのは、適性検査で向いていると出たから。前はスマートフォンアクセサリーの営業をしていた。今は歯科医院に最新機器を売りつける仕事をしている。今どき、どんどん新しいものを入れていかないと客が離れるらしく、どこも競うように新しい器具を入れる。まぁ、値段も張るのでしっかり売り込まないと売れないが。俺の営業成績はまぁ良い方。文句は言われない。俺は文句をつけたいけれどね。営業という仕事は、自分には容易いが酷く消耗するみたいだ。ランチセットについてきたプチデザートを口に含み、ホットの紅茶で流し込む。14時か。もう今日はあと杉田さんのとこしか行かないし、報告書をまとめてしまおう。ノートパソコンを取り出し、手早く打ち込む。紅茶を飲み終える頃には、仕上げてしまった。
(電車で2駅、乗り換えて3つ、歩いて10分)
逆算して、15時過ぎには着けると思う。カフェを出て会計、領収書をもらい、地下鉄に乗る。自分は電車の移動中に何か出来るタイプではない。ぼーっと網棚の上辺りを見ている。ぼんやりしているうちに、ちゃんと乗り換えて3駅目で降りる。記憶を失くしたかと思うくらい、無意識に移動している。駅前、老舗の和菓子屋で饅頭を5つ買う。10分歩くが、足取りは軽い。寂れた商店街の、1階が潰れた古本屋で、2階に杉田歯科医院がある。看板は埃を被り錆びれているが、確かにまだ診察しているのだ。階段を上がる。小さなお爺さんが俺を出迎える。
「あれ、もうそんな時間だったかな」
「15時過ぎてますよ」
「そうかそうか。そうだったか。ま、座んなさいよ」
応接室なんてない、小さな病院なので、会計横の待合のソファーに腰掛けて。そこに杉田さんがキャスターのついた椅子と小さいテーブルを持ってくる。杉田さんの奥さんは受付をしていて、俺がくるとお茶を淹れてくれる。饅頭に合う日本茶。
「よく来たね、元気?」
「ぼちぼちですね。お饅頭食べますか?」
「いいね、みんなで食べよう」
杉田さんが奥さんを呼ぶ。奥さんは受付から出てきて、俺から饅頭を受け取ると戻って、レジ横にお茶と饅頭置いて食べる。
「いつも悪いわね」
「変わったのより、いつものがいいでしょ?」
「これが好きねぇ」
奥さんは嬉しそうに、饅頭を口に運ぶ。奥さんは、あんこ派。
「僕はたまにはチョコがいいなぁ」
杉田さんは、チョコ派。毎週来るから、交互にバランスよく差し入れしている。
「杉田さん、また面白いのが出来たんだよ」
「そうなの?」
テーブルは饅頭と湯呑みでいっぱいなので、俺は俺の膝の上に資料を乗せて、杉田さんは椅子をピッタリ俺の膝に寄せて覗き込む。俺が杉田さんに分かりやすいよう、丁寧にゆっくり説明するのを、杉田さんはうんうんと頷きながら聞く。いいねぇ、素敵だねぇと褒めながら。15分くらいかけて、じっくり説明をすると、わーと杉田さんは手を叩く。
「で、杉田さん。お買い上げになりますよね?」
「いらないねぇ〜」
「いらないかぁ!」
2人で顔を見合わせて、漫談の終わりみたいに笑い合う。いつもこうなのだ。杉田さんのとこにある器具はまぁうちのメーカーのなのだが、杉田さんが新しく買ってくれたことはない。たまに、メンテナンスの手続きを俺がしてあげるくらい。
「自信作って唐木田くん言ってたんだけどなぁ」
「いやぁお金ないし使い慣れた器具がいいからねぇ」
「そっかぁ」
「ご苦労さんだったね」
「いえいえ」
湯呑みの中を覗き込む。奥さんが俺の様子に気付いて、おかわりを持ってくる。
「ありがとうございます」
「布田くん、最近はどう?ちゃんと食べてるの?」
「ぼちぼちですね〜」
「あ〜信用ならないやつだなぁ」
杉田さんが笑って、2つ目の饅頭に手を伸ばす。杉田さんが話してごらんよ、と言うので、言われるまま営業に関係ないことをぺらぺら喋る。
「他社製品の文句を俺に言われてもさ〜」
「うんうん、どうしようもないね」
2時間ほど、こうやって過ごす。水曜日の15時から杉田歯科医院に行くようになって、一年ちょっと経つ。文句の言われる成績じゃないから、会社には大目に見てもらっている。
「また来てね」
「はい」
しこたま喋って、スッキリした気分でその場を後にする。杉田さんは俺が見えなくなるまで、入り口から手を振っていた。来週は、いいとこのガトーショコラにしようかな。
(ま、営業先が多いに越したことはないけど)
営業職に就いたのは、適性検査で向いていると出たから。前はスマートフォンアクセサリーの営業をしていた。今は歯科医院に最新機器を売りつける仕事をしている。今どき、どんどん新しいものを入れていかないと客が離れるらしく、どこも競うように新しい器具を入れる。まぁ、値段も張るのでしっかり売り込まないと売れないが。俺の営業成績はまぁ良い方。文句は言われない。俺は文句をつけたいけれどね。営業という仕事は、自分には容易いが酷く消耗するみたいだ。ランチセットについてきたプチデザートを口に含み、ホットの紅茶で流し込む。14時か。もう今日はあと杉田さんのとこしか行かないし、報告書をまとめてしまおう。ノートパソコンを取り出し、手早く打ち込む。紅茶を飲み終える頃には、仕上げてしまった。
(電車で2駅、乗り換えて3つ、歩いて10分)
逆算して、15時過ぎには着けると思う。カフェを出て会計、領収書をもらい、地下鉄に乗る。自分は電車の移動中に何か出来るタイプではない。ぼーっと網棚の上辺りを見ている。ぼんやりしているうちに、ちゃんと乗り換えて3駅目で降りる。記憶を失くしたかと思うくらい、無意識に移動している。駅前、老舗の和菓子屋で饅頭を5つ買う。10分歩くが、足取りは軽い。寂れた商店街の、1階が潰れた古本屋で、2階に杉田歯科医院がある。看板は埃を被り錆びれているが、確かにまだ診察しているのだ。階段を上がる。小さなお爺さんが俺を出迎える。
「あれ、もうそんな時間だったかな」
「15時過ぎてますよ」
「そうかそうか。そうだったか。ま、座んなさいよ」
応接室なんてない、小さな病院なので、会計横の待合のソファーに腰掛けて。そこに杉田さんがキャスターのついた椅子と小さいテーブルを持ってくる。杉田さんの奥さんは受付をしていて、俺がくるとお茶を淹れてくれる。饅頭に合う日本茶。
「よく来たね、元気?」
「ぼちぼちですね。お饅頭食べますか?」
「いいね、みんなで食べよう」
杉田さんが奥さんを呼ぶ。奥さんは受付から出てきて、俺から饅頭を受け取ると戻って、レジ横にお茶と饅頭置いて食べる。
「いつも悪いわね」
「変わったのより、いつものがいいでしょ?」
「これが好きねぇ」
奥さんは嬉しそうに、饅頭を口に運ぶ。奥さんは、あんこ派。
「僕はたまにはチョコがいいなぁ」
杉田さんは、チョコ派。毎週来るから、交互にバランスよく差し入れしている。
「杉田さん、また面白いのが出来たんだよ」
「そうなの?」
テーブルは饅頭と湯呑みでいっぱいなので、俺は俺の膝の上に資料を乗せて、杉田さんは椅子をピッタリ俺の膝に寄せて覗き込む。俺が杉田さんに分かりやすいよう、丁寧にゆっくり説明するのを、杉田さんはうんうんと頷きながら聞く。いいねぇ、素敵だねぇと褒めながら。15分くらいかけて、じっくり説明をすると、わーと杉田さんは手を叩く。
「で、杉田さん。お買い上げになりますよね?」
「いらないねぇ〜」
「いらないかぁ!」
2人で顔を見合わせて、漫談の終わりみたいに笑い合う。いつもこうなのだ。杉田さんのとこにある器具はまぁうちのメーカーのなのだが、杉田さんが新しく買ってくれたことはない。たまに、メンテナンスの手続きを俺がしてあげるくらい。
「自信作って唐木田くん言ってたんだけどなぁ」
「いやぁお金ないし使い慣れた器具がいいからねぇ」
「そっかぁ」
「ご苦労さんだったね」
「いえいえ」
湯呑みの中を覗き込む。奥さんが俺の様子に気付いて、おかわりを持ってくる。
「ありがとうございます」
「布田くん、最近はどう?ちゃんと食べてるの?」
「ぼちぼちですね〜」
「あ〜信用ならないやつだなぁ」
杉田さんが笑って、2つ目の饅頭に手を伸ばす。杉田さんが話してごらんよ、と言うので、言われるまま営業に関係ないことをぺらぺら喋る。
「他社製品の文句を俺に言われてもさ〜」
「うんうん、どうしようもないね」
2時間ほど、こうやって過ごす。水曜日の15時から杉田歯科医院に行くようになって、一年ちょっと経つ。文句の言われる成績じゃないから、会社には大目に見てもらっている。
「また来てね」
「はい」
しこたま喋って、スッキリした気分でその場を後にする。杉田さんは俺が見えなくなるまで、入り口から手を振っていた。来週は、いいとこのガトーショコラにしようかな。