布田くんはたまにめんどくさくて国領くんはクソ真面目、柴崎くんはちゃらんぽらん
ぽっぽーと鳩時計が鳴く。もう15時か。水曜日だから、もうすぐ布田くんが来る時間だね。家内と顔を合わせて、微笑み合う。僕たち夫婦の週一の楽しみ。
「今日は元気かしらねぇ」
「きっと元気だよ」
ここに来られる間は、きっと。布田くんと出会ったのは一年と少し前。布田くんは酷い雨の日に営業に来た。とても丁寧な説明で、笑顔を絶やさない。素晴らしい営業マンだった。でも、僕には彼がとても無理をして仕事をしているように見えた。
「この仕事は長いの?」
思わず訊ねると、笑顔が一瞬曇った。でもすぐに営業スマイルを取り戻すと、この会社に来てからはもうすぐ3年になりますかね、と無難に返す。
「立派だね。買ってはあげられないけど、これからも頑張ってね」
僕はせめて彼が嫌な思いをしないように、笑顔で彼と握手をした。指が長くて繊細そうな手だった。彼は雨の中、なにも成果を得ずに帰った。
「あれぇまた来たの」
「新しい商品の紹介に来ました」
それから、布田くんは結構な頻度で杉田歯科医院に来るようになった。何度買わないよと伝えても。僕が買ってくれないから意地になってるようにも見えなかった。布田くんはいつも穏やかにゆっくり、僕に商品の説明をする。そのうち、無駄話も増えていった。無駄話をする時、営業用じゃない笑顔が覗いた。それで、この子がとても繊細で弱い部分があることを悟った。
「布田くん、よかったら毎週ここに来ない?」
「え」
そう提案した時、布田くんは初めてものすごく困惑した顔を見せた。僕は布田くんの優しい手に触れて、包んだ。
「営業に行くって会社には言えばいいじゃない。毎週水曜の15時なんてどう?約束しようよ」
布田くんは迷子の子供のような表情で、分かりました、と小さく頷いた。それから毎週水曜日の15時、仕事を休むことがなければ必ずここに来てくれる。
「あ、来たみたいだ」
階段を上がってくる音が聞こえる。僕は玄関の方へ足を向ける。布田くんを見ると、僕は自然と笑顔になれる。
「こんにちは」
「……こんにちは」
あぁ、今日はちょっと元気がないな。なにかあったのかな。布田くんが無理して笑うのが、僕には分かる。分かった気になっているだけかもしれないけれど。
「ま、座んなさい」
いつも通り机とキャスター椅子を持ってきて、話を始める。今日のお土産はチョコ饅頭。食べながら、彼女さんのこと、お仕事のこと、お友達のこと。いろんな話を聞く。布田くんは営業職なのに、自分の本当の気持ちを伝えることが難しいようだ。とても怖がりなのだと思う。とても優しいのだと思う。
「ニュースレター、書きます」
「無理しなくていいよ?」
「月初めに半分は書いたので、間に合いますよ」
布田くんがそう言うので、無理はさせたくないなとは思いつつ、僕の仕事用ノートパソコンを持ってくる。布田くんは膝に乗せて、僕では到底追いつけないスピードでタイピングしていく。
「3月なので、環境の変化による体調不良への対処の仕方を記事にしようかなと」
「いいねぇ」
僕が患者さん向けに配っているニュースレターを、布田くんが書いている。昔は自分で書いていたのだけど、布田くんがあまりに興味深そうにニュースレターを読むので。詳しく聞けば、布田くんは文章を考えるのが好きなんだそうだ。それで、書いてもらっている。布田くんは話題選びも上手だし、なにより文章を書くのは一級品だ。事実、ニュースレターは僕が書いていた時より好評で、貰って行く人も増えた。
「ギリギリになっちゃいますけど、あとは来週に書きます」
「分かった。来週もきっと来てね」
僕が手を差し出せば、布田くんはそっと握る。僕は握手が好きでよく求めるのだけど、その時いつも布田くんが苦しそうな、切なげな目になるのがずっと気になっている。
「また来週」
布田くんが見えなくなるまで、手を振って見送る。布田くんが健やかに、朗らかな気持ちでいられる時間が、少しでも増えますように。僕に出来ることは少ないけれど、いつもそう願っている。
「今日は元気かしらねぇ」
「きっと元気だよ」
ここに来られる間は、きっと。布田くんと出会ったのは一年と少し前。布田くんは酷い雨の日に営業に来た。とても丁寧な説明で、笑顔を絶やさない。素晴らしい営業マンだった。でも、僕には彼がとても無理をして仕事をしているように見えた。
「この仕事は長いの?」
思わず訊ねると、笑顔が一瞬曇った。でもすぐに営業スマイルを取り戻すと、この会社に来てからはもうすぐ3年になりますかね、と無難に返す。
「立派だね。買ってはあげられないけど、これからも頑張ってね」
僕はせめて彼が嫌な思いをしないように、笑顔で彼と握手をした。指が長くて繊細そうな手だった。彼は雨の中、なにも成果を得ずに帰った。
「あれぇまた来たの」
「新しい商品の紹介に来ました」
それから、布田くんは結構な頻度で杉田歯科医院に来るようになった。何度買わないよと伝えても。僕が買ってくれないから意地になってるようにも見えなかった。布田くんはいつも穏やかにゆっくり、僕に商品の説明をする。そのうち、無駄話も増えていった。無駄話をする時、営業用じゃない笑顔が覗いた。それで、この子がとても繊細で弱い部分があることを悟った。
「布田くん、よかったら毎週ここに来ない?」
「え」
そう提案した時、布田くんは初めてものすごく困惑した顔を見せた。僕は布田くんの優しい手に触れて、包んだ。
「営業に行くって会社には言えばいいじゃない。毎週水曜の15時なんてどう?約束しようよ」
布田くんは迷子の子供のような表情で、分かりました、と小さく頷いた。それから毎週水曜日の15時、仕事を休むことがなければ必ずここに来てくれる。
「あ、来たみたいだ」
階段を上がってくる音が聞こえる。僕は玄関の方へ足を向ける。布田くんを見ると、僕は自然と笑顔になれる。
「こんにちは」
「……こんにちは」
あぁ、今日はちょっと元気がないな。なにかあったのかな。布田くんが無理して笑うのが、僕には分かる。分かった気になっているだけかもしれないけれど。
「ま、座んなさい」
いつも通り机とキャスター椅子を持ってきて、話を始める。今日のお土産はチョコ饅頭。食べながら、彼女さんのこと、お仕事のこと、お友達のこと。いろんな話を聞く。布田くんは営業職なのに、自分の本当の気持ちを伝えることが難しいようだ。とても怖がりなのだと思う。とても優しいのだと思う。
「ニュースレター、書きます」
「無理しなくていいよ?」
「月初めに半分は書いたので、間に合いますよ」
布田くんがそう言うので、無理はさせたくないなとは思いつつ、僕の仕事用ノートパソコンを持ってくる。布田くんは膝に乗せて、僕では到底追いつけないスピードでタイピングしていく。
「3月なので、環境の変化による体調不良への対処の仕方を記事にしようかなと」
「いいねぇ」
僕が患者さん向けに配っているニュースレターを、布田くんが書いている。昔は自分で書いていたのだけど、布田くんがあまりに興味深そうにニュースレターを読むので。詳しく聞けば、布田くんは文章を考えるのが好きなんだそうだ。それで、書いてもらっている。布田くんは話題選びも上手だし、なにより文章を書くのは一級品だ。事実、ニュースレターは僕が書いていた時より好評で、貰って行く人も増えた。
「ギリギリになっちゃいますけど、あとは来週に書きます」
「分かった。来週もきっと来てね」
僕が手を差し出せば、布田くんはそっと握る。僕は握手が好きでよく求めるのだけど、その時いつも布田くんが苦しそうな、切なげな目になるのがずっと気になっている。
「また来週」
布田くんが見えなくなるまで、手を振って見送る。布田くんが健やかに、朗らかな気持ちでいられる時間が、少しでも増えますように。僕に出来ることは少ないけれど、いつもそう願っている。
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