可能性の話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼女のことを共犯者にしたいと思った。実際は、秘密ではないけれど彼女は俺に見せない部分がたくさんあって、俺にだってそんなのたくさんあって、それでいいと思えるようになって。お互いに自然体でいられるのを尊いと思い、そうしたら結局同じ荷物を背負って欲しいなんて思えなくなって。でも、誰かを守るためにひとりぼっちになることが、誰にも言えないけどずっと怖かった。
「桜を見に行こう」
秋も終わるそんな季節に、妙なことを言う俺を、君は否定せず黙って受け入れた。それだけで胸が少し軽くなること、どうやって報いようか考えてしまうこと、かじかんだ手を温めるのに君の手を借りようとしてしまうこと。どれだってどこからくる感情なのか、分かりきっていて。それでも俺は、認められずにいる。
「枯葉いっぱいかなぁ」
莉子ちゃんはぼんやり空を見上げながら、呟いた。多分、枯葉を踏んで遊びたいのだと思う。無邪気な君を、そっと撫でる。ふわふわとした猫っ毛が、指をすり抜けるのを楽しむ。信号をしっかり守って、川沿いの桜並木を目指す。厚い雲が出ていて、日差しは差していない。鳩が低く空を飛んだ。
「あったかいお茶買おう」
土手へ上がる手前のコンビニに寄る。温かいペットのミルクティーと、缶のカフェラテ。飲みながら階段を上がって、遊歩道へ出て。川を見下ろせば、昨夜の雨のせいか濁った水が流れていた。魚はどこへいったのだろう。莉子ちゃんはミルクティーを飲みながら、俺の様子を伺っていた。本当は全部莉子ちゃんに委ねて任せてしまいたいし、全部俺に委ねてもらって安心させたい。心配いらないよと、返事の代わりに頬に触れる。莉子ちゃんは俺の触れている手の方に顔を傾ける。そうして、俺の言葉を待ってくれる。
「……しばらく、川沿いを歩いていい?」
「いいよ」
「疲れたら、言ってね」
「うん」
頷くけれど、君は疲れたなんて言ってはくれないだろう。もっと弱いところも、ダメなところも、全部見せてよ。なにも疑わないし、否定なんてしないから。俺を頼りに歩いて。絶対手は離さないから。そんな嘘を、言えるわけない。君と共犯者になってしまいたい。俺の企みも嘘も、本音も。全部知って欲しい。桜並木の入り口、桜の木の下に着く。桜はまだ蕾すらつけていない。
「まだ咲いてないね」
君はそんな当たり前のことを、不思議そうに言う。
「そりゃそうだよ」
「そうだね。また春になったら来ようね」
君の瞳を見るのが恐ろしかった。けれど、吸い込まれるように目を合わせる。君が瞬きをする。その一瞬に未来が生まれ変わったらなんて魔法を信じたくなる。
「一緒に来よう?」
「……うん」
目を瞑る。未来は動かない。彼女といても未来が変わることはない。この街にとって重要なピースじゃない。いつか、天秤にかけることがあれば。俺はこの子を手放すしかないだろう。鳩尾の辺りが、重く押し込まれる感覚がする。
「大丈夫だよ」
莉子ちゃんの声で、目を開ける。心配そうな顔の莉子ちゃんがいる。反射的に笑った。誤魔化したいからなのか、酷く安心したからなのか、俺には分からない。それでも、君のおかげで笑うことが出来る。それを嬉しいと思える。莉子ちゃんを軽く抱き寄せた。そっと触れ合うだけのハグ。莉子ちゃんは小さくて細い。守りたいと思うことは、きっと間違いではないはずなんだ。
「ありがとう」
「少し元気出た?」
「うん」
「そっか。無理しないでね」
難しいことを言う。曖昧に笑って返す。どこからどこまでが平気で、どこからが無理なのか。分からない。分からないから、ものさしを他人に求める。君が悲しむようなことなら、きっとやめるだろう。次の春に、この桜並木が満開になるのを、俺だけが視ている。その花だって、散るのが定め。咲く前から分かっていること。明けない夜も止まない雨も、散らない花も、ない。
「莉子ちゃん」
名前を呼べば、振り向いてくれる。花は散るとしても雨なら止む。それが定めと分かっていても、俺は散らない花を探してしまう。見つけたところで、雨を止めるためには投げ出すだろうことも知っていて、なお。
「なぁに」
「なんでもない」
風が吹き抜けて、木の葉を巻き上げる。枯葉が擦れ合う音と、遠くの子供の声。雲の合間から光の帯が見える。川のせせらぎ。踏み締めた地面の感触。全部、全部君といるから確かなものなのに。きっとそれだって、嘘になるだろうに。俺は、君といるのをやめられない。
「なんでもないから、手を繋いでいていい?」
君は黙って、俺の手を取った。繋がれた手は温かかった。自分より随分と小さい手の甲を撫でる。きゅっと力を込めてくれたのに、応えるように握り返した。空が晴れてきて、日差しに照らされる。陽だまりの中で、こんな日がずっと続けばいいと思う。
「ケーキでも食べようか」
「うん!」
少し自分の気持ちも晴れてきて、君が喜ぶような提案をする。花が散るまでなら、雨が止むまでなら。少しでも長く、君と笑っていたい。ケーキを食べて微笑む君が視えた。直接出会うまであと10分。どんなに先回りして君を視たって、現実になる瞬間がなにより愛しいんだ。
「あのね、こないだね」
莉子ちゃんがいつも通りに喋り出したってことは、俺もいつも通りに戻れたってこと。こんがらがった結び目が解けたような気持ちになる。君が隣にいる間は、難しいこと考えるのはやめよう!本当はなにも考えたくないんだ、君に集中していたい。それくらい、許してもらえないだろうか。
「桜を見に行こう」
秋も終わるそんな季節に、妙なことを言う俺を、君は否定せず黙って受け入れた。それだけで胸が少し軽くなること、どうやって報いようか考えてしまうこと、かじかんだ手を温めるのに君の手を借りようとしてしまうこと。どれだってどこからくる感情なのか、分かりきっていて。それでも俺は、認められずにいる。
「枯葉いっぱいかなぁ」
莉子ちゃんはぼんやり空を見上げながら、呟いた。多分、枯葉を踏んで遊びたいのだと思う。無邪気な君を、そっと撫でる。ふわふわとした猫っ毛が、指をすり抜けるのを楽しむ。信号をしっかり守って、川沿いの桜並木を目指す。厚い雲が出ていて、日差しは差していない。鳩が低く空を飛んだ。
「あったかいお茶買おう」
土手へ上がる手前のコンビニに寄る。温かいペットのミルクティーと、缶のカフェラテ。飲みながら階段を上がって、遊歩道へ出て。川を見下ろせば、昨夜の雨のせいか濁った水が流れていた。魚はどこへいったのだろう。莉子ちゃんはミルクティーを飲みながら、俺の様子を伺っていた。本当は全部莉子ちゃんに委ねて任せてしまいたいし、全部俺に委ねてもらって安心させたい。心配いらないよと、返事の代わりに頬に触れる。莉子ちゃんは俺の触れている手の方に顔を傾ける。そうして、俺の言葉を待ってくれる。
「……しばらく、川沿いを歩いていい?」
「いいよ」
「疲れたら、言ってね」
「うん」
頷くけれど、君は疲れたなんて言ってはくれないだろう。もっと弱いところも、ダメなところも、全部見せてよ。なにも疑わないし、否定なんてしないから。俺を頼りに歩いて。絶対手は離さないから。そんな嘘を、言えるわけない。君と共犯者になってしまいたい。俺の企みも嘘も、本音も。全部知って欲しい。桜並木の入り口、桜の木の下に着く。桜はまだ蕾すらつけていない。
「まだ咲いてないね」
君はそんな当たり前のことを、不思議そうに言う。
「そりゃそうだよ」
「そうだね。また春になったら来ようね」
君の瞳を見るのが恐ろしかった。けれど、吸い込まれるように目を合わせる。君が瞬きをする。その一瞬に未来が生まれ変わったらなんて魔法を信じたくなる。
「一緒に来よう?」
「……うん」
目を瞑る。未来は動かない。彼女といても未来が変わることはない。この街にとって重要なピースじゃない。いつか、天秤にかけることがあれば。俺はこの子を手放すしかないだろう。鳩尾の辺りが、重く押し込まれる感覚がする。
「大丈夫だよ」
莉子ちゃんの声で、目を開ける。心配そうな顔の莉子ちゃんがいる。反射的に笑った。誤魔化したいからなのか、酷く安心したからなのか、俺には分からない。それでも、君のおかげで笑うことが出来る。それを嬉しいと思える。莉子ちゃんを軽く抱き寄せた。そっと触れ合うだけのハグ。莉子ちゃんは小さくて細い。守りたいと思うことは、きっと間違いではないはずなんだ。
「ありがとう」
「少し元気出た?」
「うん」
「そっか。無理しないでね」
難しいことを言う。曖昧に笑って返す。どこからどこまでが平気で、どこからが無理なのか。分からない。分からないから、ものさしを他人に求める。君が悲しむようなことなら、きっとやめるだろう。次の春に、この桜並木が満開になるのを、俺だけが視ている。その花だって、散るのが定め。咲く前から分かっていること。明けない夜も止まない雨も、散らない花も、ない。
「莉子ちゃん」
名前を呼べば、振り向いてくれる。花は散るとしても雨なら止む。それが定めと分かっていても、俺は散らない花を探してしまう。見つけたところで、雨を止めるためには投げ出すだろうことも知っていて、なお。
「なぁに」
「なんでもない」
風が吹き抜けて、木の葉を巻き上げる。枯葉が擦れ合う音と、遠くの子供の声。雲の合間から光の帯が見える。川のせせらぎ。踏み締めた地面の感触。全部、全部君といるから確かなものなのに。きっとそれだって、嘘になるだろうに。俺は、君といるのをやめられない。
「なんでもないから、手を繋いでいていい?」
君は黙って、俺の手を取った。繋がれた手は温かかった。自分より随分と小さい手の甲を撫でる。きゅっと力を込めてくれたのに、応えるように握り返した。空が晴れてきて、日差しに照らされる。陽だまりの中で、こんな日がずっと続けばいいと思う。
「ケーキでも食べようか」
「うん!」
少し自分の気持ちも晴れてきて、君が喜ぶような提案をする。花が散るまでなら、雨が止むまでなら。少しでも長く、君と笑っていたい。ケーキを食べて微笑む君が視えた。直接出会うまであと10分。どんなに先回りして君を視たって、現実になる瞬間がなにより愛しいんだ。
「あのね、こないだね」
莉子ちゃんがいつも通りに喋り出したってことは、俺もいつも通りに戻れたってこと。こんがらがった結び目が解けたような気持ちになる。君が隣にいる間は、難しいこと考えるのはやめよう!本当はなにも考えたくないんだ、君に集中していたい。それくらい、許してもらえないだろうか。