弓場と迅の話
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梅雨の終わり、朝からはっきりしない変な空だった。微かに頭痛がして、二度寝を試みる。朝ごはんの後に鎮痛剤を飲んだから、そのうちに効くはず。とは思ったものの、身体の怠さとは裏腹に、不思議と気分は塞いでいなかったので、なにかをしたいなぁと考え直す。作業をするよりは、誰かと出かけておしゃべりがしたい。声をかける候補を思い浮かべる。夏休みに入ったし、わりかし誰にも声をかけやすい。迅は忙しそうだから、ちょっと放っておいた方がいいかな。蓮ちゃんも嫌な顔をしないだろうけれど、当日にいきなり誘うのは申し訳ないかな。結局、当日にいきなりとなると候補は2人しかいないのだ。拓磨に電話をかける。3コールほどして、繋がる。
「もしもし」
「もしもし、おはよぉ」
「……おはよう」
「あのね、おでかけしたいんだけど、今日は暇?」
「夕方まででよければ」
「うん、大丈夫。おでかけしよ」
いつも通りなやりとり。酷く安心する。あんまり甘えてはダメだなぁとは思っているけれど、拓磨が許してくれるなら少しくらいはいいのかなとも思う。だから、会いたい時には素直に会うし、ちょっとしたわがままも聞いてもらう。……嫌と言われなければ分からないから、たまに気持ちは確認するけどね。
「いつ出るんだ」
「すぐでも出れるよぉ」
「そりゃ俺が無理だ」
向こうで柔らかく笑った気配を感じて、自分の頬も弛む。
「じゃあ、1時間後くらい?」
「……分かった、間に合わせる」
「うん、待ってるね。支度出来たら教えて」
電話を一度切り、伸びをする。どこへ行こうか。着替えを引っ張り出しながら、考える。まぁ、どこへでもいいや。君と会うのが目的だし。穏やかな海の夜明けのように、凪いだ心が静かに満ちる。気力がみなぎって、なんでも出来るような、なんとか出来るような気になる。水に飛び込む時みたいに、呼吸に意識を向けて。連絡を心待ちにする。眠くなってしまう前に、早く来るといいな。
『支度、出来た』
ちょうど1時間後、連絡が来た。待ってる間なにも出来なかったけど、不安じゃない。リュックの中身を確認して、背負う。帽子をかぶって、外に出た。マンションの入り口のとこに、拓磨が立っているので駆け寄って、ハイタッチ。
「パウンドケーキ、食うか?」
「食べる!」
拓磨がラップに包んだそれを手渡してくる。受け取り、ラップを剥がして口に運ぶ。しっとりしていて美味しい。
「拓磨の分は?」
「夜に食った。莉子が食べるかと思って、残しといたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう、美味しい!」
拓磨が返事の代わりに、私のはねた髪を指で弄ぶ。パウンドケーキはあっという間になくなった。
「ごちそうさまでした」
「ん」
拓磨が残ったラップを回収してくれて、ウェットティッシュを差し出す。ウェットティッシュで口と手を拭いて、それも拓磨に返す。拓磨はどちらも丸めて、ポケットにしまった。
「で、どこ行くんだ?」
「暑いからなるべく涼しいとこ」
「だなぁ」
とりあえず、いつものテリトリーな駅前かな。特に口にすることはなく、2人どちらともなく駅へ歩き出す。
お昼ご飯はいつものパスタ屋で済ませた。食後、少しのんびりお茶を飲む。カルピスソーダを飲むとスッキリとして美味しい。拓磨は期間限定の梅昆布茶を飲んでいる。次はそれにしよう。
「今年は蓮ちゃんと花火見るんだ!」
「おう、いいな」
「去年一緒に見れなかったから、リベンジしたいって〜」
「……今年はなにもないといいな」
カルピスソーダを飲み終わったので、梅昆布茶を取りに行く。拓磨、なに飲むかな。一度、席に戻る。
「拓磨、なにか飲む?」
「えっいや。自分で取りに行く」
「そっか」
梅昆布茶を注ぐ、宙を見る。足をぶらつかせて、最近のことを思い返す。自分の思ったこと感じたこと、疑問に思うこと不思議に思うこと、なんでも拓磨には話してしまうし、話したい。
「こないださぁ王子に生まれ変わったらなにになりたいって聞かれた」
「ほーん」
「拓磨はなにになりたい?」
「ん?俺は生まれ変わっても俺でいい」
こういうとこ、カッコいいんだよなぁ。
「ほーん。人間じゃない生き物じゃなきゃダメって言われたら?」
拓磨はなにか言いたそうに私と目を合わせ、逸らして、軽くため息を吐いて、お茶を口にする。
「お前と同じのがいい」
「?」
「お前と、同じ生き物に生まれ変わりたい」
「え、え〜?人任せだなぁ」
私は梅昆布茶を飲み干す。やっぱり暑いので、冷たい飲み物が欲しい。席を離れ、烏龍茶を持ってくる。
「莉子はなにに生まれ変わりたいんだ?」
「悩むなぁ、生き物好きだからなぁ」
冷たい烏龍茶をゴクゴク飲みながら、例え話と言えども真剣に考える。
「鳥かなぁ」
「鳥か」
「うん。拓磨も一緒なら、渡り鳥がいいかな。たくさん飛ぶ」
「うん」
「羽根が綺麗なやつがいいなぁ」
「そうだな」
気づけば、烏龍茶も飲み干してしまって。拓磨の手元にも、ドリンクはなくなっていた。
「そろそろ行く?」
「あぁ」
拓磨が伝票をすかさず持っていく。やられたなぁと思う。こうなってしまうと財布を出しても払わせてくれないのだ。脚の長い拓磨の、華奢な背中を追う。さながら雛鳥のようだなと思う。
「ごちそうさまでした」
「ん」
拓磨が私の頭を撫でる。撫でる手に触れて、指を絡めて、離す。
「どこ行く?」
「どこでも……駅ビルの中でも見るか?」
「そうする!」
嬉しさを表現するように、軽く跳ねる。拓磨といるとよく跳ねるのがクセ。だって背が高いんだもん。
変わり映えはしないが、駅ビルの中をほっつき歩く。雑貨屋、文房具屋、服屋、本屋。本屋のステーショナリーコーナーを覗くと、野鳥フェアをやっていて。野鳥をあしらった小物がたくさん並んでいた。
「かわいい〜」
ボールペンやブックマーカー、ブックカバー。本屋なので本にまつわる物が多い。中でも、カワセミが刺繍されたブックカバーが素敵だった。手に取ってみる。作りもしっかりしていて、丈夫そうだ。
「莉子はフクロウが好きなんじゃなかったか?」
「フクロウ好きだけど鳥は全般好きだし、カワセミも結構好き」
「ふん……」
ブックカバーを棚に戻そうとすると、拓磨がおもむろに取り上げて、そのままレジに行こうとする。
「あ、ちょっと!」
「なんだ、いらないのか?」
「いらないわけじゃないけど!」
「それに、お前にやるなんてひと言も言ってないが?」
「う〜……」
拓磨はしたり顔で笑うと、レジに並び。会計を済ませると、私の手にブックカバーを戻した。
「やる」
「う、嘘つき」
「やらねぇとも言ってねぇ」
「むー……」
軽く睨むが、拓磨はお構いなしで私の頬や顎下を撫でる。あまりに満足そうに見えるので、ため息を吐いて諦めた。
「ありがとう、大事にする」
「おう」
「ちょっと久々に本読もうかな」
「感想聞かせてくれ」
「うん」
駅ビルを出る。そろそろ約束の夕方だが、まだ陽は高い。空は朝からは予想がつかないほど、すっきり晴れ渡っている。こんな空を飛べたら、心地いいだろうなと思う。拓磨を見上げる。気付いてくれて目が合う。
「……なんだ」
「ううん。いつもありがとう、これからもよろしくね」
にへーっと笑えば、拓磨はなにも言わずに顔を逸らして、スタスタと歩き出す。
「よろしくねって!」
「分かった、分かったから」
追いついて、シャツの裾を引っ張って捕まえる。拓磨は観念したように立ち止まって振り向くと、軽く私を抱き寄せて背中を叩いた。
「まったく、なんだよ急に……」
「ふふふふ」
拓磨の手が髪に、頬に触れるのが心地よくて、目を細める。空はほんのり夕焼けに染まり始めた。夢のような美しい日々の中にいる。夢なら覚めないで欲しいけれど、もし終わりを迎えたら、2人同じ鳥に生まれ変わって羽ばたけるだろうか。拓磨が一緒なら、どんな空を飛ぶのも怖くはないだろう。
「もしもし」
「もしもし、おはよぉ」
「……おはよう」
「あのね、おでかけしたいんだけど、今日は暇?」
「夕方まででよければ」
「うん、大丈夫。おでかけしよ」
いつも通りなやりとり。酷く安心する。あんまり甘えてはダメだなぁとは思っているけれど、拓磨が許してくれるなら少しくらいはいいのかなとも思う。だから、会いたい時には素直に会うし、ちょっとしたわがままも聞いてもらう。……嫌と言われなければ分からないから、たまに気持ちは確認するけどね。
「いつ出るんだ」
「すぐでも出れるよぉ」
「そりゃ俺が無理だ」
向こうで柔らかく笑った気配を感じて、自分の頬も弛む。
「じゃあ、1時間後くらい?」
「……分かった、間に合わせる」
「うん、待ってるね。支度出来たら教えて」
電話を一度切り、伸びをする。どこへ行こうか。着替えを引っ張り出しながら、考える。まぁ、どこへでもいいや。君と会うのが目的だし。穏やかな海の夜明けのように、凪いだ心が静かに満ちる。気力がみなぎって、なんでも出来るような、なんとか出来るような気になる。水に飛び込む時みたいに、呼吸に意識を向けて。連絡を心待ちにする。眠くなってしまう前に、早く来るといいな。
『支度、出来た』
ちょうど1時間後、連絡が来た。待ってる間なにも出来なかったけど、不安じゃない。リュックの中身を確認して、背負う。帽子をかぶって、外に出た。マンションの入り口のとこに、拓磨が立っているので駆け寄って、ハイタッチ。
「パウンドケーキ、食うか?」
「食べる!」
拓磨がラップに包んだそれを手渡してくる。受け取り、ラップを剥がして口に運ぶ。しっとりしていて美味しい。
「拓磨の分は?」
「夜に食った。莉子が食べるかと思って、残しといたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう、美味しい!」
拓磨が返事の代わりに、私のはねた髪を指で弄ぶ。パウンドケーキはあっという間になくなった。
「ごちそうさまでした」
「ん」
拓磨が残ったラップを回収してくれて、ウェットティッシュを差し出す。ウェットティッシュで口と手を拭いて、それも拓磨に返す。拓磨はどちらも丸めて、ポケットにしまった。
「で、どこ行くんだ?」
「暑いからなるべく涼しいとこ」
「だなぁ」
とりあえず、いつものテリトリーな駅前かな。特に口にすることはなく、2人どちらともなく駅へ歩き出す。
お昼ご飯はいつものパスタ屋で済ませた。食後、少しのんびりお茶を飲む。カルピスソーダを飲むとスッキリとして美味しい。拓磨は期間限定の梅昆布茶を飲んでいる。次はそれにしよう。
「今年は蓮ちゃんと花火見るんだ!」
「おう、いいな」
「去年一緒に見れなかったから、リベンジしたいって〜」
「……今年はなにもないといいな」
カルピスソーダを飲み終わったので、梅昆布茶を取りに行く。拓磨、なに飲むかな。一度、席に戻る。
「拓磨、なにか飲む?」
「えっいや。自分で取りに行く」
「そっか」
梅昆布茶を注ぐ、宙を見る。足をぶらつかせて、最近のことを思い返す。自分の思ったこと感じたこと、疑問に思うこと不思議に思うこと、なんでも拓磨には話してしまうし、話したい。
「こないださぁ王子に生まれ変わったらなにになりたいって聞かれた」
「ほーん」
「拓磨はなにになりたい?」
「ん?俺は生まれ変わっても俺でいい」
こういうとこ、カッコいいんだよなぁ。
「ほーん。人間じゃない生き物じゃなきゃダメって言われたら?」
拓磨はなにか言いたそうに私と目を合わせ、逸らして、軽くため息を吐いて、お茶を口にする。
「お前と同じのがいい」
「?」
「お前と、同じ生き物に生まれ変わりたい」
「え、え〜?人任せだなぁ」
私は梅昆布茶を飲み干す。やっぱり暑いので、冷たい飲み物が欲しい。席を離れ、烏龍茶を持ってくる。
「莉子はなにに生まれ変わりたいんだ?」
「悩むなぁ、生き物好きだからなぁ」
冷たい烏龍茶をゴクゴク飲みながら、例え話と言えども真剣に考える。
「鳥かなぁ」
「鳥か」
「うん。拓磨も一緒なら、渡り鳥がいいかな。たくさん飛ぶ」
「うん」
「羽根が綺麗なやつがいいなぁ」
「そうだな」
気づけば、烏龍茶も飲み干してしまって。拓磨の手元にも、ドリンクはなくなっていた。
「そろそろ行く?」
「あぁ」
拓磨が伝票をすかさず持っていく。やられたなぁと思う。こうなってしまうと財布を出しても払わせてくれないのだ。脚の長い拓磨の、華奢な背中を追う。さながら雛鳥のようだなと思う。
「ごちそうさまでした」
「ん」
拓磨が私の頭を撫でる。撫でる手に触れて、指を絡めて、離す。
「どこ行く?」
「どこでも……駅ビルの中でも見るか?」
「そうする!」
嬉しさを表現するように、軽く跳ねる。拓磨といるとよく跳ねるのがクセ。だって背が高いんだもん。
変わり映えはしないが、駅ビルの中をほっつき歩く。雑貨屋、文房具屋、服屋、本屋。本屋のステーショナリーコーナーを覗くと、野鳥フェアをやっていて。野鳥をあしらった小物がたくさん並んでいた。
「かわいい〜」
ボールペンやブックマーカー、ブックカバー。本屋なので本にまつわる物が多い。中でも、カワセミが刺繍されたブックカバーが素敵だった。手に取ってみる。作りもしっかりしていて、丈夫そうだ。
「莉子はフクロウが好きなんじゃなかったか?」
「フクロウ好きだけど鳥は全般好きだし、カワセミも結構好き」
「ふん……」
ブックカバーを棚に戻そうとすると、拓磨がおもむろに取り上げて、そのままレジに行こうとする。
「あ、ちょっと!」
「なんだ、いらないのか?」
「いらないわけじゃないけど!」
「それに、お前にやるなんてひと言も言ってないが?」
「う〜……」
拓磨はしたり顔で笑うと、レジに並び。会計を済ませると、私の手にブックカバーを戻した。
「やる」
「う、嘘つき」
「やらねぇとも言ってねぇ」
「むー……」
軽く睨むが、拓磨はお構いなしで私の頬や顎下を撫でる。あまりに満足そうに見えるので、ため息を吐いて諦めた。
「ありがとう、大事にする」
「おう」
「ちょっと久々に本読もうかな」
「感想聞かせてくれ」
「うん」
駅ビルを出る。そろそろ約束の夕方だが、まだ陽は高い。空は朝からは予想がつかないほど、すっきり晴れ渡っている。こんな空を飛べたら、心地いいだろうなと思う。拓磨を見上げる。気付いてくれて目が合う。
「……なんだ」
「ううん。いつもありがとう、これからもよろしくね」
にへーっと笑えば、拓磨はなにも言わずに顔を逸らして、スタスタと歩き出す。
「よろしくねって!」
「分かった、分かったから」
追いついて、シャツの裾を引っ張って捕まえる。拓磨は観念したように立ち止まって振り向くと、軽く私を抱き寄せて背中を叩いた。
「まったく、なんだよ急に……」
「ふふふふ」
拓磨の手が髪に、頬に触れるのが心地よくて、目を細める。空はほんのり夕焼けに染まり始めた。夢のような美しい日々の中にいる。夢なら覚めないで欲しいけれど、もし終わりを迎えたら、2人同じ鳥に生まれ変わって羽ばたけるだろうか。拓磨が一緒なら、どんな空を飛ぶのも怖くはないだろう。