いびつな欠片
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そして、ゴールデンウィーク明け。
水泳部の練習開始の日になった。
小学校やSCとはまた違うプール。
そして1個か2個上の先輩たち。
「こいつらが新しく入部した1年生だ。じゃ、端から自己紹介していってくれ」
楽しみと緊張が一緒になったみたいな表情の椎名が、胸を張って1歩前に踏み出した。
「椎名 旭、1年っす!」
「おーい、1年ってことは分かってるからなー」
桐嶋先輩のツッコミに笑いが起こる。
椎名はパッと顔を赤くするも、すぐに姿勢を正した。
「今年の春こっちに越してきました。向こうでSCに通ってて、バッタが得意っす!
もっともっと速くなる予定です。よろしくお願いします!」
元気な声とおじぎで拍手が起こる。
椎名のスタイルワン(得意種目)は、凛と同じなんだな。
「郁弥、自己紹介」
桐嶋先輩の声に、私の隣にいた桐嶋が口を開いた。
「……桐嶋郁弥です。専門はブレです」
渚と同じスタイルワンだ。
ぶっきらぼうな口調と短い自己紹介に、困惑したようなまばらな拍手が起きる。
震えそうな足を踏ん張り、私は真っ直ぐに前を見た。
「向日 蒼です。マネージャーを希望しています。よろしくお願いします」
心の中で用意していたセリフを言い切り、おじぎをしてからホッと息をつく。
「橘 真琴です。岩鳶SCではバックが専門でした。よろしくお願いします!」
真琴の朗らかな声と笑顔に場の空気が上手くほぐれる。
「七瀬 遙。俺はフリーしか泳がない」
「敬語、敬語」
「です」
真琴にひじでつつかれ、ハルは敬語を付け足していた。
「そういやお前らの専門、うまい具合にばらけたな。学年別のメドレーリレー出られるぞ」
「俺は個人しか出ない、です。あとフリーしか泳ぎません」
ハルがいつものようにきっぱり言い切り、周りからざわめきが起きた。
「……遙」
「……名前で呼ぶな」
桐嶋先輩が低い声なのにも関わらず、ハルがつぶやいたのが微かに聞こえてびっくりした。
周りも驚いたような、あわてたような目を向けている。
「何ぶつぶつ言ってんだ?
それより個人にしか出ない、しかもフリーしか泳がないってのは部長としては認められない!」
大きな声に体がすくんだ。
ハルの前に立ち「どうしても出ない気か」と厳しい声で言う桐嶋先輩に、ハルはうなずく。
「今すぐプールに入れ。俺と50mで勝負しろ」
そう言いながら桐嶋先輩はジャージとタンクトップを脱ぎ捨てる。
「種目は、フリーだ!」
挑むような笑い方とその言葉。
ハルも無言で運動着の上を脱ぎ、プールサイドに落とす。
私はとっさにそれを拾い上げ、少しついた砂を手で払った。
「あの、ちょっと……」
「ああなったら聞かないから、うちのキャプテン。まあ諦めて」
止めるような真琴の肩にぽんと手を置き、穏やかな調子で別の先輩が言う。
真琴の心配をよそに当の2人は準備運動を始めていた。
「尚、スターター頼む」
「はいはい。位置について」
"ナオ"と呼ばれたさっきの先輩がホイッスルを口に当てる。
飛び込みの姿勢をとる2人を、少しはらはらしながら見守る。
たぶん真琴も私と似た表情をしてるんだろう。
全員の視線が集中する。
「よーい」
ピッ!
笛の音を合図に着水。
ドルフィンキックからストロークを開始する。
「あいつ速え!」
「部長と並んでる!」
ハルの泳ぎにあちこちから驚きの声があがる。
私も息をつめて惹きつけられていた。
見たら誰でも目が離せなくなるような、ハルの泳ぎ。
ターンを終え、まさにくらいつくようなスピードで追うハル。
「2人並んだ!」
最後の5m間際、ラストスパートをかけるように加速して……。
2人が壁に手をつき、歓声が起こった。
ゴーグルとキャップをとり、本気を出したことを物語るように2人は息を切らしている。
「2人同着だったよ」
ナオ先輩が伝え、桐嶋先輩が少し悔しそうにした後ハルに向き直った。
「いいぜ、泳ぐのはフリーだけでいい。でも引き分けたんだから、リレーには出てもらうからな」
桐嶋先輩が伸ばされた手にハルがおそるおそる手を出し、パシッとつかまれていた。
「でも次は俺が勝つ!」
その言葉にハルの目が少し険しくなったように見えた。
「ハル」
真琴が歩み寄り、ハルに手を伸ばして引き上げる。
私も運動着を抱えて駆け寄った。
学年の差があるのに、ハルはやっぱりすごいな。
桐嶋と椎名も感想を言いに来た。
「……あんた、速いんだな」
「普通だろ」
「やるじゃんハル!俺びっくりした」
「ほら、1年はこっち!」
桐嶋先輩に呼ばれ、私たちはそっちに移動した。
先輩の隣にはさっきのナオ先輩がいる。
「3年の芹沢 尚だ。主にマネージャーをやってもらってる。1年の教育係もやってもらってるから、いろいろと教えてもらえ」
「よろしく。旭、郁弥、蒼、真琴、遙」
穏やかに笑ってみんなの名前を呼んだ尚先輩に、ハルはちょっとげんなりした感じになった。
「また名前……」
「そんなに名前呼ばれるの嫌なのか……。でも残念だったな。部のメンバーは全員名前で呼び合うのがモットーだ」
それを聞いた旭と郁弥が、「えー……」と顔をしかめてお互いを見ていた。
「水泳は個人競技が多いから、自分本位になりがちになる。でも部活じゃそれは困るからね。
部員たちの絆を深めるためなんだ」
なるほど……。
ちゃんとみんなのことを考えて、ルールを決めているんだ。
「さて、君たちの教育係を任されたんだけど、まずはいろいろ案内するところからかな」
ビート板等を保管している用具室やロッカー室を回る。プールから上がった後に浴びるシャワーの使い方も、この時に教えてもらった。
「蒼はマネージャー希望だったよね。仕事を教えたり1年生同士の仲を深めるためにも、皆と行動してもらうね」
「はい」
気持ちを新たにうなずいた。
でも、先輩のアドバイスを受けて泳ぎ出すみんなを見ているとき、心の中がなぜかちくりとした。
***
「よし。じゃあ200mを1本泳いでラストにしよっか。種目はフリーね」
尚先輩の声に合わせて 真琴、郁弥、遙と次々泳ぎ出していく。
ダウンもかねてるからさっきまでと違い、ゆったりしたストロークだ。
「はい、次」
「うぃーす」
旭が壁を蹴って水に潜る。
「……?」
そのとき、私は違和感を感じた。
泳ぎ方がおかしい。
水の中でもがいてるみたいだ。
旭が泳ぎ続けられずに顔を出す。
「こら旭、ふざけない」
「あ、あはは……すみません」
から笑いの後また潜るも、必要以上に上がる水しぶきと進まない旭。
泳いでいた3人が怪訝そうに立ち止まる。
とうとう旭は立ち、ゴーグルとキャップをむしるように取った。
「旭……?」
「なに、ふざけてんの?」
立ちつくした旭に、真琴と郁弥が声をかける。
そのとき旭が少し震えた後叫んだ。
「お、俺……フリー泳げなくなっちまったああああ!!」