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翌日の昼休み。
楽しげな声と机を動かす音が教室を包む。
お弁当の包みを開けていたとき、目の前に別のお弁当包みが置かれた。
顔を上げると司の笑顔があった。
「蒼、お弁当食ーべよ!」
こくんとうなずく。
司は私の前の席を借りて座り、机を合わせた。
「ねぇ、よかったら一緒に食べない?」
ひょこっと身を乗り出して言う司につられて後ろを向くと、肩につきそうなさらさらの髪の子がいた。
村上 爽香。
私の出席番号の後ろで飼育委員。
白いバラやかすみ草が似合いそうな、大人しい女の子。
「……いいの?」
「うん!蒼もいいよね?」
「うん」
うなずくと、おずおずと机をくっつけて 「……ありがとう」と小さく言いながらぺこりと頭を下げた。
ハルは、と窓側の席を見ると、貴澄と椎名が……押しかけてる?ように見えた。
「蒼って、よく窓側の席見てるよね」
3人でご飯を食べてる最中、いきなり司に言われた。
「そ、そうか……?」
「うん。あ!もしかしてあの男子気になってたりすんの?」
「ハルは幼なじみなだけだぞ」
ハルを見ている司にそう言うと、司は心なしか唇をとがらせ拗ねたような表情になった。
「なんだー。あたし恋バナとかすきなんだけどな。あ、なんか椎名が面白いことしてる」
窓側を向いてみると、椎名が貴澄に何か力説していた。
四種目のエア水泳してたから、メドレーリレーの説明かな。
楽しそう。
「村上……そういえば下の名前なに?」
「……爽香、です」
また3人でちょっと話したりしながらご飯を食べていたとき。
「ハル、アオー」
教室の入り口で、真琴がこいこいと手招きしていた。
お箸を置いてから行くと、引き戸の後ろから男子生徒が顔を出した。
背丈とか制服の着崩し方からして先輩かな。
「あのね、この先輩が……」
「よう。岩鳶SCの七瀬 遙だよな。水泳部に入ってくれよ」
真琴が紹介するように片手を向ける。
彼は引き戸に手をかけ、単刀直入といった感じでハルに言った。
先輩直々の勧誘か……。
少し苦手だ。
思わず身を固くする私と、真琴をじとっと見たハル。
真琴がちょっと困ったように笑った。
「さっきからこんな感じで……」
「あ〜……、これじゃあ分かんないよな。悪い。
俺は桐嶋 夏也。水泳部の部長をしてんだけど、君らを水泳部に勧誘しに来たんだ」
すると、先輩の目が私の方へ向けられた。
「君は向日 蒼だよな。"向日 透青の妹"の」
先輩から何気なく放たれた言葉。
その言葉に、胸の奥が透明な針を射し込まれたようにツキンと痛んだ。
「……っ、」
思わず顔が強ばる。
……"また"この言葉……。
「入部する1年が少なくて困ってるんだ。頼むよ」
「……私、は、……もう……」
「どうだ?」と気さくに笑いかける先輩に声を詰まらせる。
じくじくと痛み出す胸に、当てた手をぐっと握りしめ、うつむいた。呼吸をするのが、苦しくなる。
「もう、どの部に入るか決めた?」
「まだですけど……。あの、アオは、」
先輩の問いかけに、気づかうような声で真琴が答えかけたとき。
「部活なんてただの遊びだろ」
ぶっきらぼうな、冷たい声。
振り向くと桐嶋が立っていた。長い前髪の間から、きつい視線を向けている。
「郁弥、部活は遊びじゃない」
先輩がさっきまでと打って変わった真面目な表情で、さとすように言った。
場の空気が、ピリッとしたものに変わった気がした。
「……遊びだよ。なに、競泳にあきたら次はなかよしクラブごっこかよ。兄貴、バッカじゃないの!」
先輩をにらみつけながら放った言葉は、明らかに刺を含んでいて。
「兄弟なんですか?」
「ああ……。じゃあ3人とも、入部の件考えといてよ」
戸惑いながらの真琴の質問。
先輩は少し歯切れの悪い声で答えた後、片手を上げて行ってしまった。
「新入部員少ないって……。ハル、アオ、どうしよう……」
「……私は……」
眉を下げて迷ってるように言う真琴に言いよどむ。
ハルがため息をついた。
「真琴も蒼もお人好しすぎる。あんなの勧誘のときの決まり文句だろ」
「入る必要なんか無いってば」
教室に戻ったとき、とがめるように桐嶋が言った。
どうしてそこまで部活を嫌うんだ?
「桐嶋くん、だっけ。なんでそう思うの?」
私と同じ真琴の質問に、彼は腕を胸の前で組んで話し始めた。
「部活なんて遊びみたいなもんだろ。僕みたいにSCで真剣に水泳してる人間から見たら、部活なんかぬるいよ。あんたらだってそう思うだろ」
「別に思ってない。めんどくさいだけだ」
「あんなもの遊びなんだよ!」
淡々と返して横を通り過ぎようとしたハルに、桐嶋が詰め寄り声をあらげた。教室の何人かがこっちを向くほどの剣幕だ。
「……とにかく、部活が真剣だなんて思えないね」
斜め下に視線を向け、鋭さが残る目つきでつぶやくように言う。
私には、まるでそう自分に確認するように見えた。
そのとき。
「残りの昼飯、食わねーの?」
「あれ、なんか空気重い?」
後ろから来た椎名と貴澄。
びっくりしたのか、桐嶋が警戒するように2人から距離を置いた。
「あ、お前いっつも俺のこと見てるやつ!」
「は?見てないよ」
「いーや見てるねー。なんだよー、そんなに俺と友達になりたいのかー?」
「しょうがないやつだなー」と照れたように頭をかく椎名に対し、桐嶋はしかめっ面を向けている。
椎名、視線には気づいてたのか。
「違う!あんたを見てると動物園みたいで笑えるからだ」
「動物園?なんで?」
きょとんとする椎名に、桐嶋は鼻で笑ってから付け加えた。
「サルにそっくり」
その拍子に貴澄が吹き出した。
「なんだと!?サルって言ったほうがサルなんだからなー!」
「大丈夫だよ旭。人類みんな元はサルだよ。……っぷぷ」
「てめえはどっちの味方だよ!」
「……あの、」
小気味いいくらいの口げんかを見回しているわけにもいかず、思わず私は声をかけていた。
「……けんかはよくない」
3人が私を見て、拍子抜けしたように瞬きした。
「あ、ちょうど5人!このメンバーでバスケ部入らない?アオはマネージャー!」
「入らない」「入らねえ」
そのとき人数がちょうどいいことに気づいた貴澄がバスケ部を推すけど、椎名と桐島が同時に断った。
「ハルと真琴と向日は泳げるんだろ?! なら水泳部入るだろ!」
「あの、」
「待ってよ。なんで僕が泳げないみたいになってんの」
「なんだよお前、泳げるのかよ」
"私は泳げない"
そう言おうとするも、桐島の声にかき消された。
さっきの口げんかの後だからか、椎名がけんか腰になっている気がする。
「小1から板東SCに通ってる。だから僕はお遊びみたいな部活に興味がないんだ」
「なんでお遊びかなんてわかるんだよ!」
部活はレベルの低いお遊びだと主張する桐島に、椎名が「そんなのわかんねえだろ!」と言い返す。
「あんただって入部してないのに、分かんないじゃないか!」
「わかってねーから入るんだ! やってねーのにわかるわけねーだろ!」
続く言い合いの中。椎名の率直な言葉に、桐嶋がハッとしたように目を見開く。
「お前、知らないところに飛び込むのが怖いんだろ」
挑発するような椎名に、とうとう桐嶋が強い声で言い放った。
「いいよ! そこまで言うなら水泳部に入って、遊びかどうか試してやる!」
「いやー、悪い悪い」
「桐嶋先輩!」
その場の空気が解けるような声。
片手を頭に当て、もう片方の手に紙の束を抱えて、教室に来たのはさっきの先輩だった。
「これ渡すの忘れてたよ。水泳部のチラシ」
そう言って各々にチラシを配っていく。
バスケ部希望の貴澄は丁重に断っていた。
「ここにいる全員入ります! 貴澄以外!」
「えっ、マジ?」
突然の椎名の発言に思わずあわてた。
「えっ……!?」
「ちょっと勝手に……! ハルも何か言ってよー……」
「バスケ部よりましだ」
……いくら何でも、その決め方は適当すぎないか?
貴澄が「バスケ部批判はんたーい!」と口をとがらせる。
「途中で音を上げるなよ」
「……っ、分かってるよ!」
先輩にそう言われ、桐嶋はひったくるように先輩からチラシを取った。
「じゃ、ゴールデンウィーク明けにプールで」
爽やかな印象を残して先輩が帰る。
貴澄が「結局全員、水泳部に取られちゃったなぁ〜」と残念そうな声を出していた。
「……なんだかよく分からない間に入ることになっちゃったね……」
「……どうしよう……」
まるで嵐に巻き込まれたような気分を味わう中。
隣でハルが、めんどくさいと言うようにため息をついていた。
***
その後幸いにも少し時間があったので、ちょっとあったお弁当の残りを急いで食べた。
「おつかれ。なんか災難だったねー」
「……うん」
「てかさ、水泳部の部長さんイケメンだったね! スポーツマンっぽくて!」
ちょっと目が輝いてる司に(そうか?)と小首をかしげる。緊張してたからか、よく分からない。
「そういえばさ、椎名と桐嶋だっけ? が口げんかしてるとき、爽香震えちゃってて大変だったんだよね」
そのことにびっくりして爽香を見る。
言いづらそうにもじもじした後、爽香は目を伏せて言った。
「……男の子、苦手だから……」
「そうなのか……」
「……向日さんは、すごいね。男の子と、話せるなんて……」
普通じゃないか?
そう思ったけど、きゅっと机の上で握られたこぶしを見て、私は話を変えた。
「"向日さん"じゃなくて、名前で呼んでほしい」
「あ、あたしも"司"でいいから! つかっちでもいいし」
私の言葉と、身を乗り出しておどけたように言う司に驚いたのか、目を丸くした爽香はおそるおそるつぶやいた。
「……蒼ちゃん、……司ちゃん」
その後はずかしそうに微笑んだ爽香は、まるでかすみ草みたいに可愛かった。